第12話:守る理由と、壊す覚悟
霧の奥から、“それ”が現れた。
歪んだ輪郭。
濃すぎる闇。
そして——片目だけが、異様に光っている。
『……かえ……せ……』
さっきより、はっきり聞こえる。
声にならない声が、直接胸に響いた。
ペンダントが激しく脈打つ。
……苦しんでる。
理由は分からない。
でも、それだけははっきり伝わってきた。
「……契約の残滓か」
セレスの声は低い。
「文献で似た例を見たことがある。かなり歪んでる」
ノアが一歩前に出る。
「下がってろ」
短い声。
すでに殺気が宿っている。
……違う。
「待って」
思わず声が出た。
ノアが止まる。
「……あれは、まだ助けられるかもしれない」
「無理だ」
即答だった。
「それは壊れたものだ。元には戻らない」
……そんなの。
「決めつけないで」
小さく、でもはっきりと言う。
「……助けたい」
空気が揺れる。
ノアの目がわずかに細くなった。
「甘いな……」
一歩、踏み込む。
「そうやって判断を遅らせた結果、死ぬ」
「それでも」
さらに一歩。
足が震える。
怖い。
それでも——
「見捨てたくない」
ノアの視線が、ほんのわずかに揺れた。
「……非効率だ」
吐き捨てるように言う。
「好きにしろ。失敗したら、俺が止める」
……うん。
小さく頷き、前へ進む。
“それ”が、こちらを見る。
『……かえ……せ……』
……大丈夫。
手を伸ばす。
怖い。
それでも——
この苦しみを、
見ないふりだけはしたくなかった。
その想いに、力が応えた。
光が溢れる。
これまでとは違う。
もっと深く、強い光。
優しい光が、“それ”を包み込む。
闇とぶつかる。
……重い……!
押し返される。
「……干渉が強すぎる」
セレスの声が飛ぶ。
「制御が追いついてない」
……負ける……?
膝が揺らいだ。
「立て」
ノアの声。
振り向くと、すぐ後ろにいた。
「お前がやるんだろ」
短い言葉。
否定じゃない。
……支えてくれてる。
「……なら、やり切れ」
胸の奥が熱くなる。
……うん。
目を閉じる。
思い出す。
森で感じた温もり。
あの時、確かに救われた。
学園で出会った、リナの手。
何も言わずに、そっと隣にいてくれた。
……一人じゃなかった。
……守りたい。
感情に、力が呼応する。
光が強くなる。
闇を押し返す。
『……ぁ……』
声が変わる。
歪みが、少しずつほどけていく。
「……いける」
セレスが低く呟く。
だが——
闇が一瞬だけ暴れた。
……っ!
限界が近い。
その時。
空気が、わずかに変わった。
いつの間にか、黒い影が現れる。
だが誰も、その接近に気づいていない。
「崩壊寸前」
……え……?
瞬間。
暴れていた闇の流れが、急激に収束した。
消すのではない。
壊すのでもない。
形だけを整えるような制御。
力が、一気に抜ける。
黒い影の気配は、消えていた。
その場に膝が崩れる。
意識が遠のく。
最後に見えたのは——
ノアの姿。
わずかに眉を寄せた表情。
……あ……。
そこで、意識が途切れた。




