第127話 新鮮な訓練場
訓練場、魔法が飛び交い、生徒たちの声が響いている。監察官の声が響く。
「次」
魔法陣が切り替わった。
地面が再び揺れる。
今度は複数の魔力反応。
「右!」
カインが叫ぶ。
「三つ来る!」
ルークが笑った。
「へぇ、結構本格的だねぇ」
レオニスが前へ出る。
「俺が正面を受ける」
「じゃあ、私は――」
ミラベルが周囲を見る。
全員の位置を確認する。
以前なら、ここで少し迷っていた。
けれど。
「……大丈夫」
ミラベルの足元に魔法陣が広がる。
淡い光。
次の瞬間。
五人の周囲を、薄い膜のような光が覆った。
「守護魔法……?」
カインが目を見開く。
飛来した魔法が、障壁にぶつかる。
衝撃が走る。
だが、完全に防いだ。
「……っ、早い」
エルフィナが呟く。
完全に変わった。
……いや。
変わったというより、変わらないようにしている。
ミラベルは笑っている。
いつも通りに。
声も、表情も、仲間を気遣うところも。
けれどエルフィナには、どうしてもそうは見えなかった。
選別試験のあと、何日も戻らなかったときもそうだった。
そして、リナがいなくなってからは――もっと。
明るく振る舞っている。
まるで、何もなかったことにするみたいに。
「エルフィナ? 大丈夫?」
不意に声をかけられて、エルフィナは我に返った。
「……なんでもない」
笑って答える。
けれど、その目はミラベルから離れなかった。
いつもそうだ。
自分のことより、周りのことばかり気にする。
だからこそ。
今のミラベルが、本当に大丈夫なのか。
エルフィナには分からなかった。
変わったのは魔力もだ。
普通の防御魔法とは違う。
特別な力を使っているように見える。
ただ、彼女は身体の奥から自然に湧き上がる力を、形にしているだけのようにもみえた。
「もう一度来るぞ!」
レオニスの声。
魔力の奔流が迫る。
「分かった!」
ミラベルが手を広げる。
その瞬間だった。
――ぞくり。
何かが、身体の奥で蠢いた。
「……っ」
ミラベルの指が止まる。
一瞬。ほんの一瞬だけ。
両腕に、黒い線が浮かんだ。
手首から腕を這うように。
複雑な紋様。
まるで、何かが皮膚の下から浮かび上がったように。
「……」
ミラベル自身は気づいていない。
ただ、魔法を維持することだけに集中していた。
「――っ!」
守護魔法が強く光る。
迫っていた魔力を弾き返した。
「……防いだな」
カインが呟く。
ルークは目を輝かせていた。
「今の、面白いねぇ」
レオニスだけは、何も言わなかった。
視線は、ミラベルの腕に向いている。
黒い紋様。
だが。
それは、もう消えていた。
「……」
見間違いか。
そう思いかける。
しかし。
確かに見た。
レオニスは目を細める。
けれど、口には出さなかった。
「ミラベル」
エルフィナが駆け寄る。
「今のよかったよ」
「ほんと!?」
ミラベルは嬉しそうに笑いながらペンダントを握る。
「初めて組んだメンバーだけど」
「ノアやセレスたちとは違って新鮮だね」
その横で、レオニスが一度だけ目を逸らした。
(……俺には関係ない)
気にしない。
王家から与えられたのは、ただの演習。
それ以上のことに首を突っ込む必要はない。
「次へ進むぞ」
レオニスが言った。
「え?」
ミラベルが振り返る。
「まだ終わってない」
「あ、そうだった!」
ミラベルは慌てて構える。
ルークが笑う。
「ほんと、切り替えが早いねぇ」
カインも小さく笑った。
「……ああ」
再び魔法陣が起動した。
訓練は、そのまま続いた。
「初めて組んだとはいえ、何となく形になっているな、A班は」
監督官の一人がそう言って、前方を見つめる。
その視線の先には、レオニスの姿があった。
「ええ。特にレオニス君は、さすがですね」
「……」
別の監督官が、わずかに笑う。
「親御さんの指導が行き届いているのでしょう」
「そういう言い方はやめておけ」
監督官は苦笑した。
「本人が嫌がる」
「ですが――」
「レオニスはレオニスだ。私の息子だから評価しているわけじゃない」
そう言いながらも、その声音にはどこか誇らしさが滲んでいた。
「――終了!」
監察官の声が響いた。
魔法陣が停止する。
砂煙がゆっくりと晴れていく。
「ふぅ……」
ミラベルが肩を回した。
「疲れたぁ」
「最初から飛ばしすぎ」
エルフィナが呆れたように言う。
「そう?」
「そうだよ」
「でも、楽しかったよ」
ミラベルは笑う。
ルークが隣で頷いた。
「僕も結構楽しめたよ」
カインも短く答える。
「……悪くなかった」
レオニスは何も言わない。
ただ、ミラベルを一度だけ見る。
そして。
「行くぞ」
それだけ言って、先に歩き出した。
「待ってよ、レオニス」
ルークたちも続いていく。
ミラベルもその後を着いて行こうとしたその時、
「……っ」
少し腕が疼いた気がした。
「魔法使いすぎたかな?」
華奢な腕を摩りながらミラベルはみんなを追いかけた。
⸻
その頃。
少し離れた演習区画ー
「――右だ!」
ノアの声が飛んだ。
「分かってる!」
ガルドが魔法を叩き込む。
爆音。
その隙にセレスが術式を組み上げる。
「今!」
フェリクスが即座に反応した。
「リシェル!」
「了解」
二人の魔法が重なる。
だが。
「っ、待て!」
ノアが叫んだ。
一瞬遅れて、魔法陣が崩れる。
「……くそ」
ガルドが舌打ちする。
「連携、難しいな」
セレスが苦笑した。
「まあ、今日初めて組んだんだから仕方ないよ」
フェリクスが眼鏡を押し上げる。
「問題は連携そのものより、互いの判断基準が違いすぎることだね」
「それ、俺に言ってる?」
「心当たりがあるなら」
「てめぇ……」
「お前ら」
ノアが止める。
その視線が、ふと離れた演習区画へ向いた。
向こうに見えるのは、B班の姿。
ミラベルが笑っている。
「……」
ノアは、ほんの少しだけ目を細めた。
「ノア?」
セレスが声をかける。
「……なんでもねぇ」
そう言って、再び前を向く。
「次、行くぞ」
「了解」
五人の訓練が再び始まる。




