第125話 新旧の狭間で
最近、投稿が遅れており申し訳ありません。
現在、鋭意執筆中です。
なかなか思うように時間が取れず、お待たせしてしまっていますが、少しずつ書き進めています。
いつもより早く、ミラベルは第二演習地へ向かっていた。
朝の空気は、少し冷たい。
廊下を歩きながら、ふと考える。
リナのいない部屋は、思っていた以上に静かだった。
一人でいる時間は、どうにも落ち着かない。
ここ最近は、朝早く目が覚めることも増えた。
「……急ごう」
余計なことを考えないように、ミラベルは少しだけ歩く速度を上げた。
ふと、昨日のことを思い出す。
――昨日。
特別科棟。
授業を終えた生徒たちの前に、王家から派遣された監察官が立っていた。
黒い外套。
胸元には、王家監察局の紋章。
感情の読めない目が、十人の生徒を順番に見渡していた。
「特別科二年」
淡々とした声が響く。
「明日より、混合演習を開始する」
ノアが眉を寄せた。
「混合?」
周囲から小さなどよめきが起こる。
だが、監察官は構わず続けた。
「旧特別科五名と、新選抜五名による合同訓練とする」
「場所は第二演習地」
第二演習地。
旧訓練場を拡張して作られた、二年生専用の演習区域だ。
複数班による実戦形式の訓練にも対応できるよう、広い魔法障壁と模擬地形が整えられている。
「明日の班編成は、こちらで指定する」
その言葉に、何人かの生徒が顔を見合わせた。
「……こっちで決めるんじゃないのか」
ガルドが呟く。
セレスも静かに頷いた。
「王家が組み合わせまで決める、ってことだね」
エルフィナは黙って監察官を見ていた。
そして。
ミラベルだけが、少し楽しそうに笑った。
「でも、ちょっと楽しみだね」
全員の視線が集まる。
「お前、意外と物怖じしねぇよな」
ノアが呆れたように言った。
「そう?」
「そうだよ」
「うーん……」
ミラベルは少し考える。
「知らない人と一緒に訓練するのって、面白そうじゃない?」
「……お前らしいな」
ノアが小さく息を吐く。
ガルドが笑った。
「自覚ねぇのかよ」
そんなやり取りに、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
――そして、現在。
第二演習地。
朝靄の残る石造りの演習場に、ミラベルは一人で足を踏み入れた。
「やあ!」
聞き慣れた声。
顔を上げる。
観察席の手すりに寄りかかり、セドリックがこちらを見ていた。
「セドリック先輩?」
「早いねぇ」
「先輩こそ。どうしてここに?」
「どうしてって?」
セドリックは楽しそうに笑う。
「頼まれちゃったからさ」
「誰にですか?」
「ひ・み・つ」
「……そうですか」
ミラベルは諦めたように息を吐いた。
するとセドリックが、ふと目を細める。
「ところで」
「うん?」
「お友達、残念だったね」
ミラベルの足が止まった。
「……はい」
一瞬だけ、表情が曇る。
「もう、会えないのでしょうか?」
「うん」
あまりにもあっさりした返事だった。
ミラベルが顔を上げる。
「……そうなんですか?」
「今の君のままじゃね」
「……え?」
セドリックは、それ以上説明しようとはしなかった。
ただ、遠くを見るような目をしている。
「それって、どういう――」
ミラベルが一歩近づいた、その時。
「おい」
低い声が響いた。
振り返る。
ノアだった。
いつの間に来たのか、ミラベルの隣に立っている。
「朝から何してる」
「可愛い後輩と雑談してただけだよ」
「……にしては距離が近ぇだろ」
ノアがミラベルの腕を掴み、自分の方へ引く。
「ちょっと、痛いよ」
「あーあ」
セドリックがわざとらしく肩を落とす。
「女の子に乱暴するなんて」
「ああ?」
「おー、怖い怖い」
セドリックは笑いながら、一歩下がった。
「邪魔者は退散するよ」
「ちょっと待ってください!」
ミラベルが、セドリックの背中を追おうと一歩踏み出した。
その瞬間。
「――おい」
後ろから声がした。
「……?」
振り返る。
ノアが立っていた。
「何してんだよ」
「セドリック先輩を追いかけるの」
「もういいだろ」
「よくないよ」
ミラベルは即答した。
「まだ話の途中だったんだから」
「大した話じゃねぇだろ」
「どうしてノアに分かるの?」
「……」
ノアが黙る。
ミラベルはじっと彼を見る。
そして、ふっと息を吐いた。
「……また?」
「何がだよ」
「また邪魔するの?」
「邪魔って……」
ノアが眉を寄せる。
「別に邪魔してねぇだろ」
「してるよ」
「してねぇ」
「してる」
「……」
しばしの沈黙。
ミラベルは呆れたようにノアを見る。
「前もそうだったよね」
「……」
「セドリック先輩と話してたら、ノアが来て」
「……」
「今回も同じ」
ノアは何も言い返せなかった。
確かに、そうだった。
前回も。
そして、今回も。
気づけばミラベルとセドリックの間に入っていた。
けれど――。
「……別に」
ノアは視線を逸らす。
「お前が変なことに巻き込まれたら困るだけだ」
「変なことって?」
「それは……」
言葉に詰まる。
ミラベルが首を傾げた。
「セドリック先輩、何か知ってるみたいだったんだよ」
「だからって、追いかけなくてもいいだろ」
「どうして?」
「……」
まただ。
この質問に、ノアは答えられない。
どうして。
そう聞かれても、自分でもよく分からない。
ただ――。
セドリックがミラベルに意味ありげなことを言っていたのが気になった。
ミラベルが、その男を追いかけようとしたことも。
そして何より。
二人で話しているところを見ていると、妙に胸の奥がざわついた。
だから、止めた。
それだけだ。
「……ノア?」
「なんでもねぇよ」
「……もう」
ミラベルは小さくため息をついた。
「ノアって、本当に分からない」
「は?」
「私、セドリック先輩に聞きたいことがあったの」
「……」
「なのに、また邪魔された」
「……悪かったって」
珍しく、ノアが素直に謝った。
ミラベルが少し驚いた顔をする。
「え?」
「なんだよ」
「……謝るんだ」
「俺だって謝るくらいするだろ」
「そうだけど……」
ミラベルは少し考えてから、くすっと笑った。
「じゃあ、今回は許す」
「……今回は?」
「うん」
「次は?」
「次は、ちゃんと最後まで話させてね」
「……」
ノアは一瞬、言葉を失った。
「……ああ、わかった」
「本当?」
「ああ」
ミラベルが嬉しそうに笑う。
その顔を見て、ノアはなぜか少しだけ安心した。
けれど。
「じゃあ、戻ろうか」
ミラベルが歩き出した、その直後。
ノアは何気なく、セドリックが去っていった方向を見る。
もう姿は見えない。
「……」
胸の奥に、また妙な引っ掛かりが残る。
――なんで、あいつがミラベルと話してると気になるんだ。
ノアは小さく眉を寄せた。
けれど、その答えを考えることはなかった。
ただ、
「……あいつ、何なんだよ」
ぽつりと呟いて。
ミラベルの後を追った。
⸻
やがて。
十人全員が揃った。
旧特別科の五人。
そして、新たに選ばれた五人。
少し離れた観察席には、王家監察局の人間たちが並んでいる。
ミラベルはその視線を感じていた。
けれど。
特に気にすることなく、周囲を見回す。
どんな人たちなんだろう。
少しだけ、楽しみだった。
やがて、一人の監察官が前へ出る。
「これより、混合班を発表する」
紙を開く。
「A班」
全員の視線が集まる。
「ノア・ルミエール」
ノアが顔を上げる。
「セレス・アルヴェイン」
セレスが静かに頷く。
「ガルド」
「俺か」
そして。
「フェリクス、リシェル」
呼ばれた二人が前へ出る。
フェリクスは眼鏡を押し上げ、リシェルは無表情のまま立っていた。
ガルドは露骨に嫌そうな顔をする。
「……はぁ?」
ノアは何も言わなかった。
ただ、一度だけ。
B班の方を見る。
「続いて、B班」
監察官が読み上げる。
「ミラベル」
「エルフィナ」
二人が顔を見合わせる。
そして。
「レオニス、カイン、ルーク」
その瞬間。
ノアの眉が、わずかに動いた。
ミラベルは気づいていない。
新しく同じ班になった三人を見ると、ぱっと笑った。
「よろしくね!」
空気が、一瞬止まった。
レオニスがミラベルを見下ろす。
「……随分と気楽だな」
「そう?」
ミラベルは首を傾げる。
「一緒の班なんだから、仲良くした方がいいでしょ?」
ルークが吹き出した。
「ははっ。変わってるなぁ」
だが、レオニスは笑わない。
「馴れ合いに来たわけじゃない」
エルフィナの目が、静かに細くなる。
「……そう」
その声には、わずかな棘があった。
ミラベルは気にした様子もなく、三人を見る。
「じゃあ、訓練で仲良くなればいいね」
「……」
レオニスが言葉を失う。
ルークがまた笑った。
「やっぱり変わってる」
その時。
「雑談はそこまでだ」
監察官の低い声が響いた。
全員が振り返る。
「これより、混合演習を開始する」
ミラベルは演習場を見渡した。
新しい仲間。
新しい場所。
そして――
自分だけに向けられている、いくつもの視線。
けれど。
不思議と嫌な感じはしなかった。
「……よし」
小さく呟く。
「やろう」
魔法陣が、静かに光り始めた。




