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第121話 切ない直談判

「すみません!」


ミラベルは、王家管理棟の重い扉を力いっぱい叩いた。


「開けてください!」


返事はない。


それでも諦めず、もう一度拳を振り上げる。


「お願いします! 話を聞いてください!」


ドンドン、と廊下に乾いた音が響く。


やがて――


「……なんだ。こんな時間に」


扉の向こうから、面倒そうな声が返ってきた。


「学園の生徒か?」


「一体、何の用だ?」


重い扉が開き、王家監察局の監督官が姿を現す。


ミラベルは息を切らしながら頭を下げた。


「二科の解散についてです!」


監督官の表情が曇る。


「……その件か」


「リナを追放しないでください!」


「は?……もう決まったことだ」


「でも、まだ変えられますよね?」


「決定事項だ。帰りなさい」


「お願いします! 話だけでも――」


「話すことなどない」


 監督官が扉を閉めようとする。


「待ってください!」


 ミラベルは咄嗟に扉へ手をかけた。


「リナは何もしていません!」


「だから何だ?」


「何もしていないのに、どうして追い出されるんですか!」


「いい加減にしろ!」


怒声が廊下に響く。


ミラベルの肩が跳ねる。


「君一人が騒いだところで、決定が覆るわけではない」


「それでも……!」


「これは王家が定めた方針だ。学園の一生徒が口を挟むことではない」


 監督官がミラベルの腕を掴んだ。


「帰れ」


「嫌です!」


 強く引かれ、ミラベルの身体がよろめく。


 そのまま外へ連れ出されようとした――その時。


「――何をしている」


 低い声が廊下に響いた。


 監督官の動きが止まる。


 振り返った先に、一人の魔道士が立っていた。


 黒いローブ。


 冷静な眼差し。


 その視線が、監督官の手へ向けられる。


「その手を離せ」


「これは……」


「聞こえなかったか?」


 監督官は渋々、ミラベルから手を離した。


 ミラベルは腕を押さえながら、魔道士を見上げる。


「君もだ」


「……え?」


「これ以上、問題を起こせば困るのは君自身だ」


「……」


「君は観察対象だということを忘れたのか?」


 その言葉に、ミラベルの表情が強張る。


 それでも、視線を逸らさなかった。


「……それでも、帰れません」


「なぜだ?」


「リナが困っているからです」


「それだけか?」


ミラベルは少しだけ黙った。


そして、まっすぐ魔道士を見る。


「友達だからです」


短い言葉だった。


だが、その声には迷いがなかった。


「困っている友達を、見捨てたくありません」


監督官が冷たく言う。


「国には基準が必要だ」


「基準……」


ミラベルは、その言葉を繰り返す。


そして、監督官へ向き直った。


「その基準から外れた人は、いらないんですか?」


「……」


「リナは誰かを傷つけましたか?」


答えはない。


「規則を破りましたか?」


やはり、返事はない。


「何もしていない。ただ魔力が少ない。それだけですよね?」


「……だからこそ、基準に満たないのだ」


「だったら……」


ミラベルの拳が震える。


「魔力が少ないなりに、できることを探せばいいじゃないですか」


「それでは駄目なんですか?」


監督官は答えなかった。


その沈黙を見つめながら、ミラベルは涙を堪える。


「私は……そんなの、嫌です」


「どうして、何もしていない人の居場所まで奪うんですか?」


魔道士が、わずかに目を細めた。


ミラベルはその変化に気づかない。


ただ、胸の中にある思いを言葉にする。


「人を見捨てなければ成り立たない国を――」


震える声。


それでも、目だけは逸らさなかった。


「私は、強い国だとは思いません」


魔道士の瞳が、ほんのわずかに揺れた。


「……君の言いたいことは分かった」


「だったら……」


「だが、それと決定が覆ることは別だ」


ミラベルの表情が曇る。


「王家が定めた基準だ。学園は、それに従う」


「……」


「今日は帰りなさい」


ミラベルは唇を噛んだ。


「……分かりました」


そう答えながらも、その声には悔しさが滲んでいる。


「でも」


顔を上げる。


「私は、諦めません」


魔道士がミラベルを見る。


「……」


それだけ言って、ミラベルは監督官に促されるまま管理棟を後にした。


閉じていく扉。


遠ざかっていく足音。


やがて、その音も聞こえなくなった。


「……随分と頑固な生徒でしたね」


監督官がため息を吐く。


「しかし、あの歳で国のあり方にまで口を出すとは」


「……違う」


「え?」


魔道士は、閉ざされた扉を見つめたまま呟いた。


「そういう話ではない」


監督官が怪訝そうに眉を寄せる。


「では……?」


魔道士は答えなかった。


先ほどの言葉が、頭から離れない。


――人を見捨てなければ成り立たない国を、強い国だとは思いません。


あの言葉。


あの目。


魔道士はゆっくりと目を伏せる。


「……そうか」


小さく呟いた。


「何か分かったのですか?」


「いや」


魔道士はすぐに表情を戻した。


「何でもない」


監督官は釈然としない顔をしたが、それ以上は追及しなかった。


魔道士はただ一人、閉ざされた扉を見つめ続ける。


――間違いない。


まだ、本人さえ知らない。


本人さえ気づいていない。


それでも確かに、あの少女の中には残っている。


かつて失われたはずの力が。

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