第119話 勝手な追放
「訓練、長引いちゃった……」
ミラベルは小さく呟きながら、女子寮へ戻ってきた。
今日は思ったより訓練が長引いた。
いつもなら、とっくに部屋へ戻っている時間だ。
廊下を歩き、いつもの部屋の前で足を止める。
扉を開ける。
「ただいまー」
返事はない。
「……あれ?」
部屋の中は、真っ暗だった。
ミラベルは少しだけ首を傾げる。
いつもなら、リナが先に戻っている。
灯りくらい、ついているはずだった。
「リナ?」
返事がない。
ミラベルは部屋の中へ入った。
「リナ? いないの?」
その時だった。
「……っ」
小さな音が聞こえた。
ミラベルが足を止める。
「……?」
耳を澄ます。
「……うっ……」
啜り泣く声。
ミラベルの表情が変わった。
「リナ?」
暗闇の中。
廊下から差し込む明かりだけを頼りに、声のする方へ近づいていく。
「リナ、どうしたの?」
返事はない。
ただ、押し殺すような泣き声だけが聞こえる。
ミラベルは手を伸ばした。
「……リナ?」
薄暗い月明かりの中。
そこに、リナがいた。
目は真っ赤だった。
ミラベルの顔を見るなり。
「ミラベル……」
堪えていたものが、とうとう溢れた。
「うっ……ううっ……」
「リナ……?」
リナは何度も涙を拭いながら、震える声で言った。
「私……」
「うん」
「……ここを……うぅ、出ないと、いけない」
「……え?」
ミラベルの表情が固まる。
「それって……どういう……」
「うっ……うう……」
リナは答えられない。
ただ、涙だけが止まらなかった。
――少し前。
二科の教室。
いつもとは違う空気が漂っていた。
教室の前方には、見慣れない姿がある。
学園長。
その後ろには、王家監察局の人間たち。
黒い外套が静かに並んでいる。
けれど。
学園長の様子がおかしかった。
自ら歩いているというよりも。
まるで、王家の人間に促されるようにして、前へ立たされている。
教官が教壇に立つ。
顔が強張っていた。
「……これより、第二科の今後について、学園長よりお話があります」
ざわめきが広がる。
何人かの生徒が顔を見合わせる。
学園長はしばらく黙っていた。
そして。
ゆっくりと口を開いた。
「……本日をもって」
声が震えている。
「第二科を解散します」
「……え?」
誰かの声が漏れた。
一瞬。
誰も意味を理解できなかった。
「解散……?」
「どういうこと?」
「今日って……?」
ざわめきが膨らんでいく。
学園長は目を伏せたまま、続けた。
「昨日、魔力適性測定を受けた生徒のうち、指定された者は本日より各所属教室へ移動してください」
淡々と告げられる言葉。
その一つ一つが、リナの耳を通り過ぎていく。
「それ以外の者は――」
学園長が一度、息を呑んだ。
「本日中に学園から退去してください」
「…………」
静まり返る。
誰も声を出せない。
「……は?」
ようやく、誰かが呟いた。
「今日……?」
「退去って……」
「俺たち、どうなるんだよ……」
生徒たちの間から、次々と声が上がる。
けれど。
答える者はいなかった。
王家監察局の人間たちは、ただ静かに立っている。
その姿が、あまりにも冷たかった。
教官が拳を握る。
何かを言おうとして。
けれど、言葉が出てこない。
学園長は視線を落としたまま、告げた。
「……以上です」
それだけ。
「解散してください」
学園長と監察局の人間たちは、教室を出ていった。
残された生徒たちは、しばらく動かなかった。
呆然としている者。
泣き出す者。
怒りを露わにする者。
そして。
何事もなかったかのように荷物をまとめ始める者。
リナは。
ただ、椅子に座ったままだった。
「……」
頭が、何も考えてくれない。
昨日まで。
ここには、自分の席があった。
毎日通う教室があった。
一緒に勉強する友達がいた。
先生がいた。
卒業したら、進みたい道だってあった。
それなのに。
今日。
全部がなくなった。
「……リナ」
隣から、シルヴィアの声が聞こえる。
けれど。
リナは振り向けなかった。
自分の手を見つめる。
魔力の少ない手。
昨日、測定された数字。
それだけで。
自分の居場所が、なくなった。
その事実だけが。
ぼんやりと胸に残っていた。




