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第117話 奪われた居場所

女子寮。


朝早くから訓練へ向かうミラベルをリナは笑顔で見送る。


「じゃあ、行ってくるね!」


「うん。頑張ってね、ミラベル」


「リナも授業、頑張って!」


いつもの笑顔。


いつものやり取り。


ミラベルは軽く手を振ると、訓練場へ向かって走っていった。


その背中を見送りながら、リナは小さく笑う。


「……朝から元気だなぁ」


そして鞄を肩に掛け、寮を出た。


シルヴィアと待ち合わせをしているのは、いつもの煉瓦造りの塀の前だった。


「おはよう。ごめん、待った?」


「ううん、今来たところ」


シルヴィアは笑って首を振る。


「今日は遅かったね」


「ミラベルを見送ってたの」


「ああ、そっか」


二人は並んで歩き始める。


昨日の授業のこと。


今日の課題のこと。


昼休みに何を食べるか。


そんな、どうでもいい話。


いつもと変わらない朝。


――のはずだった。


教室へ近づくにつれて、リナは少しずつ口数が減っていった。


「……ねえ」


「ん?」


「今日、なんか変じゃない?」


シルヴィアも周囲を見回す。


二科の教室がある廊下。


いつもなら、生徒たちの笑い声や話し声が聞こえてくる。


誰かが課題を忘れたと騒いでいたり。


朝から魔道具を壊して先生に怒られていたり。


そんな騒がしさが、今日はない。


妙に静かだった。


「……確かに」


シルヴィアが小さく答える。


その時だった。


廊下の先に、黒い外套が見えた。


一人。


二人。


……三人。


王家監察局。


その姿を見た瞬間、リナは足を緩めた。


「また、いるね」


「うん……」


昨日までなら、ただ珍しい人たちが学園を調べているだけ。


そう思っていた。


けれど。


今日は違う。


監察局員たちは、二科の教室の前に立っていた。


しかも、その横には学園の教員までいる。


まるで――


何かを待っているようだった。


「……何だろう」


リナが呟く。


シルヴィアが不安そうに眉を寄せた。


「先生たち、何も言ってなかったよね」


「うん」


「何かあったのかな」


「……分からない」


二人は顔を見合わせる。


そして、少しだけ歩く速度を落とした。


教室の前まで来る。


扉は開いていた。


中にいる生徒たちも、いつもとは違った。


誰も大きな声を出していない。


何人かは、監察局員の姿を気にしている。


リナとシルヴィアが席につくと、ほどなくして担任が教壇へ立った。


「……全員、席についてください」


いつもより低い声だった。


ざわめきが少しずつ消えていく。


教師は一度、教室を見渡した。


その表情は硬い。


そして。


「今日から数日間、皆さんには特別な測定を受けてもらいます」


「測定?」


誰かが呟いた。


教師は頷く。


「王家監察局による、魔力適性の再測定です」


教室がざわついた。


「なんで?」


「今さら魔力測定?」


「何か問題でもあったの?」


次々と声が上がる。


リナもシルヴィアを見る。


「……私たち、前にも測ったよね?」


「うん」


「じゃあ、なんでまた……」


教師は答えなかった。


代わりに、教室の後ろに立っていた監察局員の一人が前へ出る。


黒い外套。


胸元には王家の紋章。


その男は、生徒たちを一人ずつ見渡した。


「今回の測定は、今後の学園教育制度を見直すためのものです」


「教育制度……?」


「はい」


淡々とした声。


「皆さんの魔力量、魔力制御、属性適性、魔法行使能力などを総合的に確認します」


リナは自分の手を見る。


魔力。


その言葉を聞くたびに、胸の奥が少しだけ重くなる。


自分の魔力量は多くない。


だからこそ、第二科にいる。


それは今まで、何の問題でもなかった。


第二科には、自分と同じような生徒がたくさんいる。


魔力量は少なくても、知識がある。


魔道具を扱える。


術式を考えるのが得意な者もいる。


それぞれに得意なことがある。


だから――


「総合的に確認した結果は、今後の皆さんの教育課程に反映されます」


その言葉に、リナは顔を上げた。


「……教育課程?」


監察局員は頷く。


「適性に応じて、より適切な環境へ移っていただくことになります」


教室が静まり返る。


「移るって……?」


誰かが聞いた。


監察局員は、それ以上を説明しなかった。


「詳細については、測定結果が出た後にお伝えします」


それだけだった。


リナは隣を見る。


シルヴィアも、不安そうな顔をしている。


「……何なんだろうね」


小さな声。


「うん……」


リナは答えた。


けれど。


胸の奥には、理由の分からない不安が残っていた。


それは、昨日までの自分にはなかったものだった。


――そして数時間後。


二科の生徒たちは、一人ずつ測定室へ呼び出されていく。


リナの名前が呼ばれたのは、その日の午後だった。


「リナ・フェルナ」


扉の向こう。


見慣れない測定器。


王家の紋章。


そして、その横に立つ監察局員。


「そこへ」


促されるまま、リナは測定台の前に立った。


手を置く。


淡い光が広がる。


機械が静かに音を立てる。


そして。


数値が表示された。


監察局員の視線が、数字へ落ちる。


一瞬。


ほんの一瞬だけ。


その表情が変わった。


「……」


リナは気づかなかった。


ただ、自分の表示された数値を見つめていた。


――いつもと同じ。


少ない。


それだけだった。


けれど。


その数字を見つめる監察局員の目は、今までとは違っていた。

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