第115話 観察する者とされる者
――訓練場。
いつものように、五人は訓練をしていた。
ただ一つ。
いつもと違うことがある。
訓練場の端に、王家から派遣された監察官が立っていること。
その視線は、五人の中でも一人だけを追っていた。
――ミラベル。
「……なんか、やりづれぇ」
ガルドが剣を振りながら、ちらりと監察官たちを見る。
「ずっと見てやがる」
「まあ、あれだけ堂々と見られたら気になるよね」
セレスも苦笑する。
エルフィナもちらりと視線を向けた。
「ミラベルだけ、だね」
「みたいだな」
ノアが短く答える。
「何を見てるんだか……」
ガルドがぼやく。
けれど。
当のミラベルは、まるで気にしていなかった。
「ねえ、そろそろ始めようよ」
そう言って、いつものように訓練場の中央へ歩いていく。
「ミラベル」
エルフィナが呼び止める。
「監察官の方々が、ずっとあなたを見ているけど」
「ん?」
ミラベルが振り返る。
「ああ……うん」
監察官たちを見る。
「別にいいんじゃない?」
あっさり。
「気にならないの?」
「うーん」
少し考えてから。
「見られて困るようなことしてないし」
そう言って笑った。
「……まあ、そうだけどよ」
ガルドは釈然としない顔をする。
「本人が気にしてないなら、いいのかな」
セレスも肩をすくめた。
ノアだけは、何も言わなかった。
ただ、ミラベルを見ていた。
ーー前から、あいつは周囲をあまり気にしない。
それは知っている。
だからこそ。
妙だった。
以前なら、監察官の視線にも多少は困った顔をしていたはずだ。
なのに今は――
妙に落ち着いている。
「……」
ノアは目を細めた。
「どうしたの?」
ミラベルがこちらを見る。
「いや」
ノアは視線を逸らした。
「なんでもねぇ」
「変なの」
ミラベルが笑う。
「ほら、始めよう?」
「ああ」
ノアも構えた。
訓練が始まる。
ミラベルが魔力を集める。
いつものように。
身体の奥から魔力を引き出し、腕を通して指先へ。
そして――
魔法を放つ。
風が巻き起こった。
「……」
ノアの目が僅かに細くなる。
速い。
以前より、明らかに。
魔力が流れ始めてから術式が完成するまでの時間が短い。
しかも、無理に出力を上げたわけではない。
魔力の流れそのものが、滑らかになっている。
「……?」
ミラベル自身も、手を見つめていた。
「どうした?」
ノアが尋ねる。
「ううん……」
ミラベルは手を握ったり開いたりする。
「ちゃんとできてるんだけど……」
「けど?」
「なんか、違う」
「何が」
「分からない」
ミラベルは困ったように笑った。
「前と同じように使ってるつもりなのに、ちょっとだけ感覚が違うの」
ノアは黙ってミラベルを見る。
「……出力は?」
「問題ないと思う」
「制御は」
「できてる」
「術式は」
「崩れてない」
一つずつ答えるミラベル。
ノアは少し考える。
「じゃあ、魔力そのものか」
「……たぶん」
ミラベルはもう一度、手を見た。
「前より、身体の中を通るのが早いっていうか……」
「そうだな」
「え?」
ミラベルが顔を上げる。
ノアは何でもないように続けた。
「前より動き出しが早い」
「やっぱり?」
「俺にはそう見える」
ミラベルは少し嬉しそうに笑った。
「じゃあ、ちゃんと成長してるのかな」
「……そうかもな」
ノアはそう答えた。
けれど。
その視線は、ミラベルの手から離れない。
成長した。
それだけならいい。
だが――
何かを境に変わったように見える。
その何かを、ミラベル自身もまだ理解していない。
「……まあ、考えても分かんねぇか」
ノアが呟く。
「え?」
「何でもねぇ」
ミラベルは首を傾げた。
そのまま、また魔法を構える。
ノアも構え直す。
少し離れた場所では、監察官が黙ってミラベルを見ていた。
けれど。
ミラベルは、その視線を気にすることなく魔法を放つ。
――今までとは、ほんの少し違う魔力。
その違和感を。
彼女自身が、まだ言葉にできないまま。




