第113話 託された未来
学園長室は、静寂に包まれていた。
学園長はしばらくミラベルを見つめていたが、やがて視線を落とす。
そして――
懐から、小さなものを取り出した。
「……これは」
ミラベルには、見覚えのないものだった。
「昔、拾ったんだ」
学園長は、それを掌の上で静かに眺める。
「持ち主だと思っていた者に渡したことがある」
「……?」
「だが、その者は似たものを持っていた」
ミラベルは首を傾げる。
「では……違ったんですか?」
「ああ」
学園長は小さく頷いた。
「本当の持ち主は別にいるそうだ」
「誰なんですか?」
「……とうとう、教えてはもらえなかった」
どこか遠くを見るような目。
それから、学園長はそれをミラベルへ差し出した。
「ただ、一つだけ言われた」
「何を?」
「――いつか、持ち主が分かったら返してやってくれ、と」
「……」
ミラベルは、差し出されたそれを見つめる。
「でも」
学園長は苦笑した。
「私には、もう分からない」
そして。
ゆっくりとミラベルの手に、それを乗せる。
「だから――」
「ミラベル」
「君に託すよ」
「……私に?」
「ああ」
学園長は静かに微笑んだ。
「君が進む道の先で、それが誰のものなのか分かる日が来るかもしれない」
ミラベルは手の中のそれを見つめる。
「その時は……」
「君の思うようにすればいい」
学園長は、それ以上何も言わなかった。
「さあ、話は終わりだ」
学園長はそう言って、ゆっくりと立ち上がった。
「連れて来られたとはいえ……よく来てくれた」
「はい」
ミラベルも立ち上がる。
学園長はしばらく、何かを言おうとしていた。
けれど。
結局、何も言わなかった。
「これから君が進む未来は、簡単なものではないだろう」
「……」
「けれど――」
学園長は、静かにミラベルを見る。
「君は一人ではない」
その言葉に、ミラベルが顔を上げた。
「仲間がいる」
「……はい」
「互いに支え合い、助け合って進みなさい」
「はい!」
ミラベルは、いつものように明るく返事をした。
学園長は、そんな彼女を見つめ――
ふっと笑った。
「……うむ」
ミラベルは少しだけ目を瞬く。
初めて見る笑顔だった。
いつもの厳しい表情でもない。
どこか寂しげで。
どこか、懐かしむような。
そんな笑顔。
「……?」
胸の奥に、小さな違和感が残る。
けれど、その理由は分からなかった。
「では、行きなさい」
「はい」
ミラベルは一礼する。
そして扉へ向かって歩き出した。
「学園長」
振り返る。
「今日は、ありがとうございました」
「……ああ」
学園長は微笑んだまま答えた。
「こちらこそ」
ミラベルが部屋を出ていく。
扉が静かに閉まる。
――カチャリ。
一人になった学園長は、しばらく閉じた扉を見つめていた。
やがて。
ゆっくりと窓へ視線を向ける。
夕暮れの赤い空が、静かに学園を照らしていた。




