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第112話 風の行末

王家の人間が、学園長室を出ていった。


重い扉が閉まる。


――カチャリ。


学園長はしばらく、その扉を見つめていた。


やがて。


「……はぁ」


深いため息を吐く。


椅子へ腰を下ろし、額に手を当てた。


「まったく……」


机の上には、王家の封蝋が押された封筒と、幾重にも重ねられた書類が残されていた。


魔法学園に対する新たな監督権限。


実習内容の変更。


生徒の管理。


教員への監査。


どれも、一方的で命令にも等しいものだった。


「……好き勝手にしおって」


小さく呟く。


学園を任された者として、必死に務めてきた。


それなりに信頼を得ているつもりだった。


だが――


所詮、この程度だったということか。


「……」


学園を守るためにも。


生徒たちを守るためにも。


そして――


あの方の想いを守るためにも。


表向きは、従うしかない。


だが。


「……このままでは」


学園そのものが、王家のものになる。


学園長は目を閉じる。


(……そうはさせるものか)


その時。


コンコン。


「……」


またか。


学園長は頭を抱えた。


「はぁ……まだ何か?」


疲れ切った声で立ち上がる。


「今度は何を――」


扉を開ける。


「君か、私に何か用かね?」


「どうも」


そこに立っていたのは、セドリックだった。


その横には――


「……?」


学園長の目が止まる。


少女が一人。


「こんにちは?」


ミラベルが、首を傾げた。


学園長は言葉を失った。


「君は……!」


思わず、身を乗り出す。


「戻って来れたのかね?」


「……?」


ミラベルはきょとんとする。


学園長は、はっとして表情を戻した。


「……いや」


小さく息を吐く。


「そうか……」


セドリックが、ミラベルの背中を軽く押す。


「ほら」


「え?」


「用があるのはこちらの方です」


「いや、あの……」


ミラベルが困ったように振り返る。


「私、何も――」


「まあまあ」


セドリックは笑う。


「僕はこれで」


「先輩――」


ミラベルが呼び止める。


だが。


「またね」


ひらひらと手を振りながら、セドリックは踵を返した。


「……」


学園長は、その背中を静かに見送る。


やがて。


扉を閉めた。


部屋に残されたのは。


学園長と、ミラベル。


二人だけ。


「……座りなさい」


「はい?」


「話がある」


ミラベルは言われるまま、椅子に腰を下ろす。


学園長は向かいの椅子へ座った。


先ほどまでの疲れ切った表情は消えている。


「……ずいぶんと、時間がかかりましたな」


「?」


ミラベルは首を傾げる。


学園長は、ほんの少しだけ目を伏せた。


「……いや」


そして、静かに顔を上げる。


「まずは――」


「無事でよかった」


「はい」


ミラベルは小さく笑った。


「私は大丈夫です」


学園長も微笑み返す。


だが。


その視線は、ミラベルの胸元へ落ちていた。


古びたペンダント。


「……」


ほんの僅かに、学園長の表情が曇る。


そして。


「ミラベル」


静かな声。


「試験前に話したことは、覚えているかね?」


「はい」


ミラベルは頷く。


「声を聞いても、耳を貸すな――ですよね」


「……そうだ」


短い沈黙。


「どうだった?」


ミラベルは少し考える。


「……私も、あの声を聞きました」


学園長の瞳が、わずかに揺れた。


「私にはあの声が、聞こえる者に試しているのだと思いました」


「試す?」


「はい」


ミラベルは、自分の胸元へそっと触れる。


「だから、自分が進むべき道を見つけられたんだと……そう思っています」


「……そうか」


学園長は、しばらくミラベルを見つめていた。


やがて。


「君は……」


小さく息を吐く。


「私よりも、ずっと賢いのかもしれんな」


「え?」


「聡明で、誇り高い」


その言葉には。


どこか懐かしむような響きがあった。


「……まあ」


学園長は目を細める。


「当然、か」


「それって、どういう――」


ミラベルが聞き返す。


しかし。


学園長は、その問いには答えなかった。


まるで聞こえていなかったかのように。


静かにミラベルを見つめる。


そして。


「ミラベル」


「はい?」


「君に、お願いがある」

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