第111話 再会の邪魔者
「え?ミラベル?」
真っ先に気づいたのは、エルフィナだった。
午後の授業を前に、演習場へ集まっていた四人。
その視線の先に、ミラベルが立っていた。
「……え?」
本当に帰ってきたのか、驚きのあまり四人はすぐ動けなかった。
ミラベルは少し困ったように笑う。
「……ただいま」
「ミラベル……!」
エルフィナが駆け出した。
勢いのまま、ミラベルに抱きつく。
「よかったぁ……!」
「エ、エルフィナ……?」
「本当に……本当に心配したんだから……!」
声が震えている。
やがて。
その肩が小さく揺れ始めた。
「……泣かないで」
「だって……!」
ミラベルは戸惑いながらも、そっとエルフィナの背中に手を添えた。
「私は大丈夫だから」
「……うん」
エルフィナは何度も頷く。
その後ろで、
その肩が小さく揺れ始めた。
「……泣かないで」
「だって……!」
ミラベルは戸惑いながらも、そっとエルフィナの背中に手を添えた。
「私は大丈夫だから」
「……うん」
エルフィナは何度も頷く。
その後ろでは。
「お、お前……!」
ガルドが腕を組んでいる。
その目には、隠しきれない涙が浮かんでいた。
「黙っていなくなりやがって……!」
声が少し震える。
「どれだけ心配したと思ってんだ!」
「……ごめん」
「……ったく」
ガルドは顔を背けた。
「帰ってきたなら、それでいい」
「ありがと、ガルド」
「礼なんかいらねぇよ」
そう言いながら少し鼻を啜る。
何も言わず、涙目になりながら笑顔のセレス。
ミラベルが首を傾げる。
「セレス?」
セレスはくしゃりと顔を歪めた。
「……おかえり」
それだけだった。
たった一言。
けれど、その声は少し震えていた。
「……ただいま」
ミラベルもくしゃりと笑う。
ノアはずっと黙ってミラベルを見つめていた。
視線を感じミラベルも、ノアを見た。
目が合うと、ノアは
「おい!」
と言いながら、ミラベルに近づく。
「何もされてないのか?」
「うん。大丈夫だよ。何もなかった」
ミラベルは、いつものように笑って答えた。
けれど。
ノアは眉をひそめる。
「……お前の“大丈夫”が、一番信用ならねぇんだよ」
「え?」
ミラベルが眉間に眉を寄せる。
「そんなことないと思うけど」
「ある」
「ないよ」
「あるっつってんだろ」
「ないってば」
「ったく……」
ノアは呆れたように息を吐いた。
その横で、ガルドが吹き出す。
「ははっ。戻ってきて早々それかよ」
「だって、ノアが変なこと言うから」
「変なことじゃねぇだろ」
ノアはミラベルを見る。
「……本当に、何もされてねぇんだな?」
今度は、少しだけ声が低かった。
ミラベルは一瞬だけ黙る。
王家の施設。
魔力を封じられた手枷。
宮廷魔導師。
そして――あの言葉。
『君は、生まれてはいけない存在だ』
脳裏に浮かぶ。
けれど。
「うん」
ミラベルは笑った。
「大丈夫」
ノアはじっと見つめる。
「……そうかよ」
納得したわけではない。
けれど、今はそれ以上聞かなかった。
ミラベルは笑顔のままノアを見つめ、胸元のペンダントにそっと触れる。
その瞬間だった。
「やあやあ!」
あまりにも場違いな明るい声が響いた。
「無事だったかい!」
「……」
五人が一斉に振り返る。
演習場の入口。
そこに立っていたのは――
「セドリック先輩……」
ミラベルが呟く。
満面の笑みを浮かべたセドリックが、ひらひらと手を振っている。
「お久しぶり」
「……なんで、お前がここにいる」
ノアの声が低くなる。
「おや?」
セドリックは大げさに目を丸くした。
「久しぶりに会った先輩に、それはないんじゃないかな?」
「質問に答えろ」
「怖いなぁ」
笑いながら、セドリックは演習場へ入ってくる。
「まあ、簡単な話さ」
その視線が、ミラベルへ向いた。
「彼女が帰ってきたと聞いたからね」
「……」
「顔くらい見ておこうと思って」
「それだけ?」
ノアが睨む。
「もちろん」
セドリックは笑っている。
いつもの。
何を考えているのか分からない笑顔。
「感動の再会のところ悪いけど」
セドリックが、ぱん、と手を叩いた。
「彼女、ちょっと借りていくから」
「……は?」
ミラベルが瞬きをする。
「借りるって――」
言い終わるより早く。
セドリックはミラベルの手を取った。
「え?」
あまりにも自然な動きだった。
けれど。
その瞬間――
「おい!」
真っ先に反応したのは、ノアだった。
一歩、踏み出す。
「どこへ連れて行く気だ!」
セドリックは振り返る。
そして。
「おお、怖い怖い」
まったく怖がっていない笑顔で、肩をすくめた。
「別に、とって食べたりしないよぉ〜」
「そういう問題じゃねぇ!」
ガルドも声を上げる。
「急に連れてくって、どういうことだよ!」
「ちょっと用事があるだけさ」
「だったら俺たちにも――」
ノアがさらに一歩踏み出す。
「その手を離せ」
低い声。
演習場の空気が変わった。
セドリックはノアを見る。
ふっと笑った。
「まあまあ」
掴んでいたミラベルの手を、少しだけ持ち上げる。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だって」
「信用できるか」
即答。
「ひどいなぁ」
「お前だから言ってんだよ」
「なるほど」
セドリックは楽しそうに笑う。
その横で、ミラベルは困ったように二人を見る。
「ノア」
「なんだ」
「たぶん、大丈夫だよ」
「お前は警戒心がなさすぎるんだよ!」
「そうかな?」
「そうだよ!」
セドリックがくすりと笑う。
「仲がいいねぇ」
セドリックはミラベルへ向き直った。
「じゃ、行こうか」
「え、ちょっと待って――」
その瞬間。
びゅうっ――!
突然、強い風が吹き抜けた。
「――っ!」
エルフィナが思わず目を閉じる。
砂埃が舞い上がる。
制服の裾が大きくはためいた。
「うわっ!」
ガルドが腕で顔を覆う。
「なんだ、この風――!」
風は急に止んだ。
「……?」
エルフィナが目を開ける。
そこに、二人の姿はなかった。
「……え?」
ガルドが目を見開く。
「おい……」
ノアは何も言わない。
ただ。
さっきまで二人が立っていた場所を睨んでいる。
「……消えた?」
セレスが呟く。
ノアの拳が、強く握られる。
「……あの野郎」
そこに残っているのは――
わずかに揺れる草と。
舞い上がった砂埃だけ。




