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第108話 観察対象

「あのー」


薄暗い部屋に、ミラベルの声が響いた。


「それで私は、何をすればいいのでしょう?」


向かいに立つ恰幅のいい男が、腕を組んだ。


「……」


返事がない。


「?」


ミラベルは首を傾げる。


あの日から。


ミラベルは、この男に見張られていた。


部屋から出ることは許されない。


両手には魔力を封じる魔法具。


魔力を使おうとしても、何も起こらない。


けれど――


それ以外には、何もされなかった。


尋問されるわけでもない。


実験をされるわけでもない。


ただ、ここにいる。


それだけだった。


何日経ったのかも、ミラベルには分からない。


目の前の男も、どうやら同じらしい。


「……俺にもわからん」


「え?」


男は困ったように頭を掻いた。


「上からの指示がなくてな」


「指示が?」


「ああ」


深いため息。


「俺は、お前をここで見張ってろとしか言われてない」


「でも……」


ミラベルは、自分の手首に視線を落とした。


「私の魔力を調べたり」


胸元のペンダントを見る。


「これを調べたりするのでは?」


「うーむ……」


男は唸った。


「そう聞いていたから、お前をここまで連れてきたんだがなぁ」


「……」


「何を調べるのかも、誰が調べるのかも聞かされてない」


「それは……」


ミラベルは少しだけ拍子抜けした。


王家に捕らえられた。


魔力を封じられた。


そして、観察対象と呼ばれた。


もっと恐ろしいことが始まると思っていた。


なのに。


「……何もないんですね」


「今のところはな」


男も同じように困った顔をしている。


なんとも奇妙な監禁生活だった。


ミラベルは少し考えてから。


「あの」


「なんだ?」


「ペンダント、見ますか?」


「……俺が?」


「はい」


ミラベルは胸元に手を伸ばした。


鎖を外す。


小さなペンダントが、掌の上に落ちた。


それを男へ差し出す。


「俺が見たところで、よく分からんと思うが……」


「見るだけなら」


「まあ、そうだな」


男は受け取った。


大きな手の中に収まる、小さなペンダント。


表。


裏。


角度を変えながら、しばらく眺める。


「……うーむ」


「どうです?」


「精巧に作られているな」


「そうなんですか?」


「ああ。細工も細かい」


男は指先で縁をなぞった。


「古いものなのか?」


「分かりません」


「大事なものか?」


ミラベルは、少しだけ目を伏せた。


「……母の形見なんです」


「母親の?」


「はい」


ミラベルは小さく頷く。


「昔から、ずっと持っています」


男は何も言わず、もう一度ペンダントを眺めた。


「そうか」


その時だった。


――淡い光が、ペンダントの奥で瞬いた。


「……ん?」


男が眉を寄せる。


ミラベルの目が見開かれた。


「……え?」


次の瞬間。


ペンダントが、もう一度。


淡く――


光った。


「おい、今……」


男が顔を上げる。


ミラベルは咄嗟に手を伸ばした。


「返してください!」


「お、おう」


慌てて差し出されたペンダントを、ミラベルが受け取る。


ぎゅっ。


両手で包み込む。


――光は消えていた。


「……」


男がペンダントを見る。


「今、光ったよな?」


「……」


ミラベルも、自分の手の中を見つめる。


さっきまで。


何度握っても。


何も感じなかった。


研究所で、あれほど強く応えてくれた魔力も。


ここへ来てからは、完全に沈黙していた。


なのに。


自分の手を離れた瞬間だけ。


「……どうして」


思わず呟く。


男は首を傾げる。


「俺には何も分からん」


「私にも……」


ミラベルはペンダントを胸元へ戻した。


「こんなこと、初めてです」


男は何かを言おうとした。


その時――


コツ。


廊下から、足音が聞こえた。


二人とも扉を見る。


コツ。


コツ。


ゆっくりと近づいてくる。


男が姿勢を正した。


「……来たようだな」


「誰が?」


返事の代わりに。


扉の前で足音が止まった。


カチャリ。


鍵が回る。


重い扉が開いた。


次の瞬間。


一人の男が、ゆっくりと姿を現した。


男は一歩、部屋の中へ入った。


濃紺のローブ。


胸元には、王家の紋章が刻まれた銀の徽章。


五十代半ばほどの男だった。


鋭い眼差しが、部屋の中を静かに見渡す。


そして――


ミラベルを捉えた。


「……この子か」


「はい」


恰幅のいい男が立ち上がる。


「観察対象です」


男は答えなかった。


ただ、ミラベルを見つめている。


手首の拘束具。


そして――


胸元のペンダント。


視線が、そこで止まった。


ほんの一瞬。


男の目が細くなる。


「……」


「どうかしましたか?」


ミラベルが尋ねる。


「いや」


男はゆっくりと視線を戻した。


「少し、気になっただけだ」


「……?」


男はミラベルへ一歩近づく。


「私は王家専属の宮廷魔導師だ」


ミラベルの身体が、わずかに強張った。


「君の魔力について調べるよう命じられている」


静かな声。


けれど。


その視線は、ミラベルではなく――


胸元のペンダントへ向けられていた。


「……そのペンダントも、見せてもらおう」


ミラベルは無意識に。


ペンダントを握り締めた。


――さっきまで、何も感じなかった。


それなのに。


今。


胸元で。


ほんのかすかに。


ドクン。


脈打った。

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