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第106話 消された名前

ミラベルが戻ってこないまま――


数日が過ぎた。


いつもの実務授業。


いつもの訓練場。


けれど。


そこにいる人数だけが、違っていた。


ノア。


エルフィナ。


セレス。


ガルド。


四人は、誰も口を開かなかった。


いつもなら聞こえる笑い声もない。


ただ、訓練場を吹き抜ける風の音だけが響いていた。


やがて。


「整列!」


教官の声が響く。


四人が振り返る。


訓練場の入口から、数人の教官が歩いてくる。


その中央には――


黒い衣服に身を包んだ、王家直属の監督官。


顔の半分は覆われ、その表情は読み取れない。


「……また、王家の人間か」


ガルドが小さく呟いた。


監督官は四人の前まで歩み出る。


「選抜試験、ご苦労だった」


淡々とした声。


「これより、試験結果を報告する」


一拍。


「合格者は――四名」


ノアが顔を上げる。


「ノア・ルミエール」


「エルフィナ・クローディア」


「セレス・アルヴェイン」


「ガルド・レイヴン」


一人ずつ。


名前が告げられていく。


「以上四名を、今回の選抜試験合格者とする」


「今後のさらなる成長を期待している」


それだけだった。


まるで。


最初から――


四人しか、いなかったかのように。


「……おい」


ノアが口を開いた。


「ミラベルは?」


その瞬間。


教官たちの間に、ほんの僅かな揺らぎが走った。


けれど。


誰も答えない。


監督官だけが、淡々と口を開く。


「残念だが」


「今回の試験は不合格だ」


「……は?」


ノアの眉が寄る。


「なぜ戻ってこない?」


「不合格だと言っただろう」


「それが答えになってねぇ」


ノアの声が低くなる。


教官たちは黙っていた。


普段なら、生徒の問いに真っ先に答えてくれる者さえ。


何も言わない。


「……教官」


セレスが一歩前へ出た。


「ミラベルは、学園の生徒ですよね」


沈黙。


「だったら――」


セレスは教官を見つめる。


「今、どこにいるのかだけでも教えてください」


返事はない。


「……無事なんですよね?」


エルフィナが声を震わせた。


「お願いします」


教官の一人が、僅かに顔を伏せる。


けれど。


それ以上は何も言わなかった。


「……くそっ!」


ガルドが一歩踏み出す。


「だったら直接、王女に聞くか?」


その瞬間。


「貴様ら!」


監督官の怒号が訓練場を震わせた。


四人が息を呑む。


「いい加減にしておけ!」


先ほどまでの冷静さは消えていた。


「合格者は四名だ」


「それ以上でも、それ以下でもない」


「ふざけんな!」


ガルドが睨み返す。


「俺たちは四人で帰ってきたんじゃねぇ!」


一瞬。


教官の一人が顔を上げた。


その目には、苦しげな色が浮かんでいた。


けれど。


すぐに目を伏せる。


監督官が続けた。


「この結果が不服なら、辞退してもらっても構わん」


「……なんだと?」


「ただし――」


声が低くなる。


「この試験で見聞きしたこと」


一拍。


「すべて忘れてもらう」


エルフィナの顔から血の気が引いた。


「……忘れる?」


「王家の権限により、記憶処理を行う」


誰も言葉を発しない。


風が吹いた。


砂が足元を流れていく。


「選ぶのは、お前たちだ」


監督官は四人を見渡した。


「合格を受け入れるか」


そして。


「それとも――」


僅かに目を細める。


「すべてを捨てるか」


重い沈黙が落ちた。


ノアは拳を握り締めている。


エルフィナは俯いた。


ガルドは怒りを押し殺すように歯を食いしばっている。


そして。


セレスだけが、教官たちを見ていた。


――おかしい。


王家の監督官ならまだ分かる。


けれど。


なぜ。


教官たちまで、何も言わない?


普段なら。


生徒の側に立ってくれるはずの人たちが。


ミラベルのことを知っているはずなのに。


誰も、その名前を口にしない。


まるで――


口にしてはいけない名前になったかのように。


セレスの背筋を。


冷たいものが走った。


ミラベル。


その名前を。


もう一度、口にすることさえ――


許されないのかもしれなかった。

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