第100話 届かない手
「ミラベル!」
ノアの声。
暗闇の中で。
ミラベルの意識が揺れた。
「……?」
視界が、戻る。
同時に――
空間が悲鳴を上げた。
バキッ。
魔法陣に亀裂が走る。
「――っ!」
光が弾けた。
「離れろ!」
ノアが叫ぶ。
天井に走る、ひび。
一気に広がる。
「危ない!」
崩落。
「――っ!」
ミラベルの身体が傾く。
その瞬間。
ノアが飛び込んだ。
「ミラベル!」
抱き寄せる。
覆いかぶさる。
落下。
轟音。
石片が降り注ぐ。
鈍い衝撃。
――静寂。
ノアの腕の中。
ミラベルの呼吸が小さく揺れる。
近い。
温もり。
「……無事か」
低く、押し殺した声。
ミラベルは小さく頷いた。
「……ノア」
その声を聞いた瞬間。
ノアの肩から、ほんの少しだけ力が抜けた。
「……よかった」
そのとき。
空気が、歪んだ。
「――っ」
ノアが顔を上げる。
気配。
複数。
遅い。
「そこまでだ」
冷たい声。
「試験を終了とする」
ノアの目が細くなる。
「……王家の監督官」
「対象を回収する」
「な――」
影が差し込む。
複数の人影。
速い。
ノアがミラベルを庇う。
だが。
「っ!」
一瞬だった。
ミラベルの腕が掴まれる。
「待て!」
ノアが手を伸ばす。
届かない。
「離せ!!」
ミラベルの身体が引かれる。
「ノア……!」
声が震える。
魔力が封じられる。
抵抗できない。
「連れていけ」
命令。
ミラベルの身体が、さらに遠ざかる。
ノアが瓦礫を掴み、立ち上がろうとする。
「待て!」
手を伸ばす。
届かない。
ミラベルの瞳が、ノアを捉える。
離れていく。
その表情が、遠ざかる。
「ミラベル!」
叫びが響く。
けれど。
届かない。
完全に、引き離された。
――残ったのは。
腕の中に残った、わずかな温もりだけだった。
ノアの手が、空を掴む。
何もない。
ただ。
確かにそこにあった感触だけが――
残っている。
崩れかけた空間の奥で。
重い扉が、
音もなく閉じた。




