第99話 残された少女
ノアは、ようやく足を止めた。
「……っ」
セレスを支えていた腕から、力が抜ける。
「はぁ……」
その場に座り込んだ。
ガルドも壁に背を預け、そのまま腰を落とす。
「……死ぬかと思った」
エルフィナは膝から崩れ落ちた。
肩で息をしながら、来た道を振り返る。
「……ミラベル……」
その名前だけが、掠れた声になった。
けれど。
返事はない。
「――そこまでだ」
冷たい声が響いた。
通路の先。
王家の監督官たちが立っている。
「試験は終了する」
「……は?」
ガルドが顔を上げた。
「何言ってんだ」
「これ以上は危険と判断した」
「なら――」
ノアが立ち上がる。
「ミラベルを連れて帰る」
「できない」
「……何?」
「これは命令だ」
短い言葉。
そこに迷いはなかった。
「待って」
エルフィナが立ち上がろうとする。
「ミラベルが、まだあそこに……」
「彼女については、現時点で確認できていない」
「だから何だよ!」
ガルドが怒鳴った。
「置いて帰れってのか!?」
「そうだ」
あまりにも淡々とした返答だった。
ガルドの拳が震える。
「……おかしいだろ」
「何がだ」
「学生を放り込んでおいて!」
声が、崩れた研究所に響く。
「危なくなったら、置いて帰るのかよ!」
監督官は静かにガルドを見る。
「先に伝えてあったはずだ」
「……何を」
「この試験には、落ちる者もいる」
ガルドが言葉を失う。
「選抜試験とは、そういうものだ」
「それでも――!」
「帰還する」
その声に、反論を許さない圧があった。
ノアは黙っていた。
俯いたまま。
拳を握り締めている。
「……くそ」
小さく吐き出す。
そして。
ゆっくりと顔を上げた。
崩れた通路の向こう。
ミラベルが消えた場所を見る。
一歩。
踏み出した。
「おい」
監督官が声をかける。
ノアは止まらない。
「待て」
さらに一歩。
「ノア!」
エルフィナの声。
それでも。
ノアは走り出した。
「ノア!」
監督官が手を伸ばす。
けれど、遅い。
崩れた瓦礫を飛び越え、ノアは暗闇の中へ消えていった。
「……あいつ」
ガルドが呟く。
そして。
「……俺も行く」
立ち上がろうとする。
だが、セレスが腕を掴んだ。
「待って」
「でも!」
「今、行けば……全員戻れなくなる」
ガルドは歯を食いしばった。
その先で。
エルフィナが両手を握り締めていた。
誰も、何も言えなかった。




