↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/71

59 差別と区別と特別の間で


 エインレイドは私がフォリ中尉に可愛がられていると言う。だけど可愛がられているっていうのは、もっと違うものだと思う。

 たとえばおねだりしたら何でもはいはいと叶えてくれるとか、ラブリーでささやかな企みを見逃してくれるとか、そういうことを言うと思うんだよ。


「うーん、僕の人生を振り返ってもそんなことあったかなぁ。僕、ガルディ兄上に一番可愛がられてきた筈だけど」

「ビーバーの拡大解釈に付き合っても人間としての何かが壊れるだけだろ」

「それが実現するならまさに傾国の妖(あや)しくも麗(うるわ)しき美女ってことになるんだろうけど、アレルじゃな」

「なんかアレルの精神的なたくましさって普通じゃないよね」

「・・・ひどい。この乙女心を誰も分かってくれない」

「フィルがおかしいだけだよ」


 ミディタル大公邸内の歓談室。

 誘拐犯と私が交渉して秘密裏に慰謝料をいただく計画に対し、まずはローグとマーサの意見を聞いてからアレンルードとも話し合ってこっちに要求しなさいと言い放ったフォリ中尉の姿に私への特別扱いは全く見られなかった。

 私は断言する。それで可愛がられているなんてことはない。

 フォリ中尉は子供がそんな手段で大金を得ることを覚えたらまともな大人になれなくなると言う。ローグとマーサ、そしてアレンルードもその意見に賛成だ。私の味方がいない。

 哀れにも私の濡れ手に粟なお金ざくざく計画は水泡と化した。悲しすぎる。


「ヴィーリンさんとは初めてですね。セブリカミオ殿も、フェリルド殿が信頼していて子供達も素直に言葉を聞く大人はあなた方しかいないと太鼓判を押されましたので、アレンルード君への同行をお願いしてしまいました。この度はご足労いただきましたことに感謝いたします」

「いえ、こちらこそ立場をわきまえず、このような場に足を踏み入れることになってしまいまして・・・」

「とんでもないことです。あなた方だからアレナフィル嬢も落ち着くことができたのでしょう。今まではかなり気が張っていたようで、通話していても心が休めていないのか、異常な興奮状態が続いていました。カウンセラーを連れてこようかとも考えたのですが、セブリカミオ殿が家族に会えば大丈夫だからと」

「ああ、やはり。普段、家からなかなか出ないものですから」


 フォリ中尉が子供達グループのテーブルに来たものだからローグとマーサも立ち上がって寄ってきたけど、愛想よく挨拶しているフォリ中尉がいいところ取りだ。

 ひどいよね。フォリ中尉ってばローグ達にはとても爽やかそうな笑顔を見せてる。

 しかも私の要求を異常な興奮状態で片づけやがった。さっきまでの私を愚弄するような冷笑をどこに隠した。

 私の味方をしてくれる筈の大公妃はどこへ行っちゃったの。


「ヴィーリン夫人もご心労が大きかったことでしょう。アレナフィル嬢は思いきりが良すぎるようですからね。お父上を見ていれば、それが普通だと思ってしまうのでしょうが」

「いえ、そんな。・・・あの、もしかして実はかなりご身分が高くていらしたのでは? 私、今までなんて失礼を」


 さすがに今のフォリ中尉、マーサが知るフォリ中尉と違い過ぎた。

 休日にフォリ中尉やネトシル少尉に誘われて出掛ける時、それこそ私はめいっぱいおしゃれして出かけるけれど、女の子と違って男の人の服装なんてきっちりした上着を着ていれば構いませんレベルだ。かつてはウェスギニー子爵邸に出入りしていたマーサにとって、どちらも常識的な服装でしかなかった。

 そしてクラブ参観で見る彼らの姿は、どこぞのカツアゲチームみたいな姿とか、用務員の作業服とかで、はっきり言って貴族とはまず思われない肉体労働者だ。

 多分、この場にいる伯爵家の人達も、あのサングラスで顔を隠して金属ジャラジャラなガラの悪い恰好していた寮監達の中にフォリ中尉が紛れこんでいたなんて気づいてないだろう。なんと言っても未だに伯爵家令息達、気づいてないし。

 貿易都市サンリラに行く時は、誰もが市街に溶け込むラフな服装で集合したわけで、それこそマーサは気のいい青年達だという認識しか持っていなかったのだ。

 ゆえに私もマーサが委縮しないよう、フォリ中尉とネトシル少尉の実家の身分を教えなかった。実家がどうであれ、職業は学校の寮監だったり用務員だったりと、やってることは下働きに近いからだ。

 そんなマーサはフォリ中尉がここまで立派な軍服を着ていたものだから不安になったらしい。

 フォリ中尉があまりにも堂々としていて偉そうだったので気後れしている気持ちと、知っている顔なので信頼してしまう気持ちとの間で行ったり来たりしているらしく、ライトブルーの瞳が不安そうに揺らめいていた。


「そんなことありませんよ。今回はアレンルード君とアレナフィルさんが委縮しない人間の方が詳しく事情を聴けるだろうということで、陛下の名代として差し向けられただけにすぎません。国王陛下の名代である以上、ミディタル大公よりも偉そうに振る舞わなくてはならないので不在で助かりましたよ」

「あらあら。そうですわね、大公様に偉そうだなんて・・・。それはとても無茶なお役目すぎますわ。聴取ってやはりこれからありますの?」

「聴取という名目の体調確認ですよ。既に国王陛下もミディタル大公妃から報告は受けておられますので形だけの聴取となります。結局は私も雑用係な身の上ですから」


 なんか好青年っぽく答えている。

 フォリ中尉と見つめ合っているマーサは気づいていなかったが、このテーブルにいたクラブメンバー達が、えって顔になっていた。

 ローグとマーサは親戚筋の人間だけど貴族ではないし、私達とも血は繋がっていないので、本当は太公邸に来るのも怖いものがあったと思う。

 だけどマーサは今まで何かと顔を合わせていたのでフォリ中尉とは話しやすいようだ。


「そうですの? 国王陛下に信頼されておられるだなんて、やはりご立派ですわ。私服姿も素敵でしたけれど、そうしておられるとまるで、・・・ええ、無礼であればお詫びしますけれど、あの第二王子様、今はこちらの大公様になっておいでですのよね? あのお方の凱旋を思い出しましたもの」

「凱旋ですか?」

「ええ。あの時は新聞の一面から三面まで、笑顔で迎える国王陛下御夫妻と第一王子様、そして第二王子様の誇らしげな様子が特別カラーで刷られましたの。国王陛下も王妃殿下も堂々たるお姿でしたけど、賢くて穏やかな第一王子様と勇猛な第二王子様に国中が熱狂したものですわ。だから黒い正装の王子様と白い軍服の王子様がセットのお姿が様々なところで飾られていましたのよ」


 フォリ中尉が目をぱちくりとさせる。


「そんな時代があったのですか」

「生まれてもいませんものね。あの頃は王族の方々の情報もかなり国中に知らされていましたの。今は違いますけど」

「マーシャママ、ガルディ様、ミディタル大公様の息子さん。その第二王子様のお坊ちゃま」


 さすがにこれは教えておかないとまずかろうと思って、私はつんつんとマーサの腕を引っ張って教えてみた。

 マーサの前ではフォリ先生とかフォリ中尉とか呼ぶようにしているけど、あまりそれは口外しない方がいいらしい。そうなるとガルディアス様なんだけど、ここは縮めてみる。ちょっとカジュアル?

 あまりかしこまった言葉を使うと、マーサもこの人の身分が高いことに気づくだろう。いや、大公の息子という時点で身分は高すぎだから無駄なあがきだけど、ささやかな努力をしてみる。

 私はいらん恨みは買いたくない。いじめっ子だが、フォリ中尉はそれでもお願いしたらそこそこ融通してくれる人だ。


「え? え? あら、やっぱりそうでしたの? まあ、なんてことでしょう。道理でよく似て・・・、あら? ではやっぱりご身分の高いお方ではありませんの。まあまあ、なんてこと。あの第二王子殿下のご令息だなんて雲の上のお方ですわ」

「そんなことありません。それこそ国王陛下の息子に生まれたやんごとなき身分の王子がそこにいますが、アレナフィル嬢に牛さんパジャマ着せられて、全国的に微笑ましがられてる程度のものですからね。あ、これは護衛担当者がアルバム仕立てにしてきたものですが、一冊どうぞ」

「ガルディ兄上、僕達パジャマが必要だって知らなかったんだよ。知っていたらいつもの持っていったよ。それにアレルがやったことで一番ひどかったの、僕達に怖い幽霊セットして自分は叔母上の所ですやすや寝てたことだと思うな」

「私だって本当は自分のブースにセットするつもりでしたよ、レイド。だけど大公妃様が迎えに来てくれたのでそっちに移動しただけなのです」

「アレン、受け取れ」

「はい」


 気づけばアールバリ伯爵家、グランルンド伯爵家、ハネル家のテーブルにも同じアルバムが一冊ずつ渡されていて、アレンルードにも同じ物をフォリ中尉がパスしていた。普段、男子寮で顔を合わせているせいか、アレンルードも慣れた調子でパッと受け止めている。


「いいんですの? ではレミジェス様にお渡ししておきますわね」

「いえ、それはフェリルド殿の私邸の本棚にでも。夫人もご覧になれば少しは安心できるでしょう。ウェスギニー家は子爵邸とは違う場所に住んでおられるので二冊用意したのですよ。アレンルード君に渡した一冊は子爵邸に持ち帰ってセブリカミオ殿とレミジェス殿に見せるでしょう」

「僕、こんなのが作成されていることが問題な気がします。見てよ、ローグおじさん。フィル達、寝癖ついたパジャマ姿でホーム降りてるし。しかもヴェラストール城、出口って書いてある札の方に向かってるし」

「まあまあ。旅行そのものは楽しそうでよかったじゃないか。怖がりでお外になかなか出ていかなかったフィル嬢ちゃんがこんなにも・・・。幼年学校でも引っ込み思案でお友達ができずに心配していたが、やっぱり進学したのが良かったんだな。ランチは女の子のお友達と食べてるそうだし」


 ローグはやっとできたお友達が男の子ばかりだというので不安視していたようだが、アルバムを見てほっとした様子だ。

 おすまししているフォトならともかく、慌てて列車から降りる様子とか、走って競争している様子とか、なんだか令息令嬢のドキドキハラハラほんのり青春旅行というより、少年少女のドッタンバッタン行くぜ俺達旅行になっている。

 二つの伯爵家のテーブル、そしてマルコリリオの両親も複雑そうな表情だ。

 きっともっと上品なものを思い描いていたんだね。


「ローグおじさん。それってフィル、外で友達と遊ぶより、家の中で自分の趣味にのめりこんでいたかっただけだよ。それにフィル、友達の作り方、多分まだ知らないよ」

「そんなことないさ。上等学校に入って、ちょっとお姉さんになったんだよ。それに友達は数が多ければいいってもんじゃない。一緒にいて楽しい友達ができたならそれでいいんだ」

「ローゥパパぁ」


 ローグの所まで行ってきゅっと抱きついておく。マーサはアレンルードに甘いが、ローグは女の子の私に甘かった。


「ずるいよね、フィルって。甘えれば何でも許されるとか思って」

「ルード、うるさい。ローゥパパ、フィル、頑張ったんだよ」 


 母を亡くし、父は不在がち。両親の愛情を思うように受けられなかったというので、ローグは私達を不憫な子達だと思っている。だから大抵のことは甘えれば許してもらえた。

 見上げれば、よしよしと頭を撫でてくる。


「フェリルド様のお仕事がお仕事だからな。フィル嬢ちゃんも、二度とやらない為には手痛い目に遭った方が抑止力になると思って慰謝料を要求してみただけじゃないか。フィル嬢ちゃん自身はいつだっていい子だよ。な?」

「そ、そうなの。フィル、お金を手に入れても悪いことには使わないの。それにあの人達、女の人にひどいことしていいと思ってる人達だったんだよ。みんなに知られて軽蔑されて大人しくなった方が社会の為だよ」

「本当に恐ろしかっただろう。もう一人で出歩いちゃ駄目だぞ。全く、・・・そうだ、護衛の人がついててくれても爆発物なんて扱っちゃ駄目じゃないか。そういうのはきちんとした装備を身につけて、専門知識を持った人間が扱うものだぞ」

「うん。ごめんなさい。気をつければ大丈夫だって思ったの。そしたら思ったよりも凄かったの。びっくりした」

「それですませちゃいかんのだがな。だけど無事でよかった。フィル嬢ちゃんも大きくなったら誘拐されそうになったりしないだろうと思ってたら、大きくなっても可愛いのは変わらんからな。困ったもんだ。やっぱりルード坊ちゃんは家に戻ってきた方がよくないかい」


 目で怪我は本当にないのかと尋ねられたので、大丈夫だと笑顔で両腕をわきわきぶんぶん動かしてみせた。

 それでローグも安心したらしい。誰に何を言われても、私に直接確認しないと信じない、それが家族だと思う。

 血が繋がっていなくても、ローグとマーサもまた私の家族だ。


「学校の往復は関係ないし、普段の生活もフィルってば居留守しかしないもん。問題は家族が見てない所で何やるか分からないことだよ。それを監視しろって言うなら、僕と同じクラスで僕と同じクラブに入らないと無理だって」

「そりゃ無理か。フィル嬢ちゃんはルード坊ちゃんみたいに泥だらけになって運動する子じゃない」

「あなた。それで終わっちゃ駄目でしょう。あれは本当に運が悪ければ亡くなってましたのよ。社会のことを考える前に、フィルお嬢ちゃまこそ安全な場所にいなくてどうしますの。あんなニュース、大旦那様や奥様も心臓が止まりそうになった筈ですわ。レミジェス様もどんなにご心配なさったことか」

「い、いや、・・・それはそうなんだが」

「マ、マーシャママ、ごめんなさい。フィルね、あの時ね、えーっと、えっと、その・・・、なんかこういうこと、本当にあるんだって、なんか頭がパニックしててね、なんかね、変にぶっちぎりだったの」


 ぎゅっとマーサに抱きつけば、ぐいっと抱きしめられる。

 ぐぇ。

 けぽって中身が出るかと思った。


「フィルお嬢ちゃまに何かあったら、フェリルド様もルード坊ちゃまも生きていけませんのよ。レミジェス様だってどれ程にお嘆きになることか」

「ママぁ、・・・ごめんなさい」

「それで新聞一面トップで特ダネとか、後日の脅迫ネタとか、フィルお嬢ちゃまを誘拐して監禁したという口止め料とか、貢がせるとか、どこでそんな言葉を覚えてきましたの? フィルお嬢ちゃま、可愛くしててもマーサは騙されませんよ。あのフェリルド様を見てきたのですからね」

「・・・え?」


 あの盗撮内容はやはりマーサに衝撃を与えていたらしい。忘れていなかった。

 いつもは穏やかなマーサがどこまでも目を険(けわ)しくしている。


「マーサはあの物静かで大人しく、誰に何を言われても微笑んで受け流すフェリルド様を少年時代から存じておりますのよ。虫一匹殺せないと思われていたフェリルド様がその裏でとんでもない変質者に二度と人前に出られないようなお仕置きをして、後は素知らぬ顔をしていた時も居合わせておりましたわ。しかもフェリルド様、普段が大人しかったから誰もフェリルド様を疑わなかったのです。フィルお嬢ちゃまがやったのも同じことですわね」

「え・・・、パ・・・、お父様もそんなことしてたんだ。じゃあ、フィルも悪くない?」


 なんということだ。私の正義の鉄槌(てっつい)は父譲りだったらしい。

 それならしょうがないよね。


「そんなわけないでしょう。フィルお嬢ちゃまは治安警備隊員でも軍人でも何でもないんですのよ。それにフェリルド様は完全に隠し通して、二十年以上経った最近になって私も初めて知ったのです。あんなことするのはてっきりレミジェス様だと思っていたのに。それに比べ、フィルお嬢ちゃま、皆様にばればれじゃありませんの。諦めて怒られて、二度とやらないと反省しなくては駄目に決まってるでしょう」

「なんでぇっ。お父様がよくて、フィルが駄目っておかしいっ。フィルだってあんな盗撮されてなかったら隠し通せたもんっ」

「おかしくありませんっ。フェリルド様は子爵邸内でお済ませになりましたっ。次の子爵様として邸内の治安を守られたのですっ。お嬢ちゃまは違うでしょうっ。そして犯人だって、あの時はニュースになど、ましてや全国放送なんて辱めまではされてませんのよっ」

「そっちはルードぉっ」

「言っておくけど、僕だってフィルがあんなことにならなきゃ何もしなかったよ。それに父上も僕も脅迫ネタとか口止め料とか、そんなことしてないから。あくまで火の粉を払っただけだし」

「ルードの裏切り者ぉっ」


 ネトシル侯爵家次男の盗撮映像により私が今までの信頼を崩壊させているというのに、フォリ中尉とローゼンゴットはさっきまでの他人行儀が嘘のように立ち話を始めている。


「よくこの短時間であそこまで色々とできたな」

「気楽な任務の筈が減給待ったなしの再指導付きですからね。みんなもう必死になってまとめあげてましたよ。というわけで、どうかお願いします」

「伝えておいたが、・・・ま、そこそこで終わるだろ。陛下も子爵が令嬢を隠していたのも納得だと楽しんでおられた。あれがアレンならゴーストの発生装置なんぞ周囲の迷惑を考えて使わん」

「その思い切りの良さはアレルちゃんにしかないでしょうね。こうして見るとそっくりじゃないですか」

「性格はかなり違うぞ」

「そのようで。いくら駅に到着間近だとしても、アレンルード君ならエリー王子の胸倉掴んで揺り起こしたりはしないでしょう。ウサギに突撃起床されても怒らない四人にもびっくりでしたよ」

「怒る前に再突撃されてノックダウンしてなかったか?」


 マーサにほっぺたぎゅっされてふみゃあっとなっている私を助けもせず、なんという男達だ。

 どうして悪ガキで手のかかるアレンルードが高く評価されちゃうの。世界中の人がおかしいと疑問を投げかける事態だ。

 助けて、王子様。こういう時こそ最高権力の発動プリーズ。

 それなのにエインレイドはこっちを見ずに、従兄とネトシル侯爵家次男を見上げていた。


「ねえ、ガルディ兄上。僕達、どこまで監視されてたの? なんで兄上そんなことまで知ってるの? ネトシル殿もなんでもかんでも報告すればいいもんじゃないって思うな。僕のプライバシーがなさすぎだよ」

「失礼しました、エインレイド殿下。ご指摘の通り、本来は報告などしない予定でした」


 ぷんぷん怒って鼻を鳴らすエインレイドに恭しく返事をするローゼンゴットだけど、丁寧に答えるのと本当に敬意を持っているのとは別物だよね。

 多分ローゼンゴット、エインレイドよりミディタル大公を優先するタイプ。


「今まで近衛が担当していたエリーの護衛だ。ミディタルでもまずは記録に残し、後日改めてエリーの希望を聞き、何が問題だったか、何をどうした方がいいか、次回の改善に活かせるようにと考えていたらしい。だが、あまりにも変則続きの旅行だったものだから、ここはもう陛下の判断を仰ごうと提出されたんだ。大公妃では判断しかねたこともあったしな。陛下に提出されたのは見やすくまとめられていたぞ」

「見やすくまとめられていたって、それなら僕の牛パジャマとかも映ってない?」

「しっかり映ってた。ウサギ娘に起こされる様子とかな。陛下も、息子達が可愛い女の子に起こされる場面では甘酸っぱいそれかと思ったらアレだ。表情が固まっておられた」


 初めての業務だから仕方がなかったと、フォリ中尉が説明し始めたが、そんなの所詮は建前だった。初めてのクラブ旅行が気になる保護者達の好奇心が本音だ。


「ひどっ。そんなの消しておいてよ」

「アルバムには載ってない。ヴェラストール城ゴーストの時点でいち早くウェスギニー子爵がアレナフィル嬢の仕業だと報告しに登城したから、王妃殿下も安心なさってはいたんだ。アレナフィル嬢が誘拐されて別荘と移動車を滅茶苦茶にするまではな」

「それ、僕達関係ないよ」

「アレナフィル嬢もエリー達がいたらやらなかったさ。今度から抑止力代わりに目を離さず見張っとけ」

「そっか。言われてみればアレル、僕達やアレンにも隠し通すつもりだったっけ。うん、そうする」


 これこれ、王子様。言いくるめられてどうする。

 おっとり育った王子は大公家の息子に掌(てのひら)の上で転がされていた。


「ああ。エリーは大丈夫そうだな。ダヴィデアーレ君とベリザディーノ君はエインレイドのことに気づいた時点から覚悟していた様子だったと聞いていたが、この子のことを知った時は驚いただろう。何か辛いことはないかい?」

「恐れ入ります。辛いことは何もありません。レイドがエリー王子だと気づいた時は驚きましたが、それぐらいです」

「毎日楽しく過ごしております。たまに本当はエリー王子だということを忘れているぐらいです」

「はは、それぐらいでちょうどいい。この子は普通の生徒がどういうものなのかを知りたかっただけなんだ。王子扱いはいつでも戻れるからね。今はただの友達として仲良くしてやってくれ」


 声をかけられた途端、二人が立ち上がって答えてるんだけど、本当に仲のいい従兄弟だよね。なんかフォリ中尉が父親みたいなこと言ってる。

 慌ててマルコリリオも立ち上がっていた。


「マルコリリオ君はさすがにこんなことがあるなんて思わなかっただろう? 夜、眠っている時にいきなり不安が襲ってきたりしていないかい? カウンセラーもいるから安心して相談してほしい。ウェスギニー兄妹はともかく、君達にはショックも大きかった筈だ」

「え、いえっ、大丈夫です。カウンセラーなんて、・・・あ、そうですね。普通なら怖くなる、のかもしれないんですけど、その場にいなかったのと、知った時は特集番組で、しかも僕達の隣でアレルってばあれはアレンだとか言ってたり、博物館長にお酒を売ってほしいとか交渉していたり、この後のお金儲けの予定立てたりしてて、怖くなる暇もなかったです」


 やはり貴族社会に慣れていないマルコリリオが心配されていたようだ。

 だけどマルコリリオは要らないこと言い過ぎだと思う。そんな詳細説明、私が困ると気づかないからベイビーなのだ。

 女の子を守ってくれる頼れる殿方が絶賛不足中。


「そうなんだが、誘拐された仕返しにそこの別荘を探検して脅迫ネタを確保し、勝手に爆破してくるアレナフィル嬢がおかしいのであって、普通の女の子は誘拐されたらその事実だけで心を病むものだ。過去の誘拐事件でも、一緒にいて誘拐を阻止できなかった友達もまた自分を責めてしまうことが多かった」

「あ、そうですよね。だけど誘拐されても、・・・あれ? もしかしてアレルって最強?」


 マルコリリオが、マーサにいつからあんな予定を立ててたのですかと怒られている私を振り返る。


「フェリルド様は即興でなさいましたけど、使った物は全て邸内の物置部屋にありました。だけどフィルお嬢ちゃまの用意の良さは違うでしょう」

「えっと・・・」


 お願いだから助けて、マーサとも知らない仲じゃないんだし。

 そんな私の無言の要請を、マルコリリオは目を逸らすことで気づかないフリした。フォリ中尉も同じく私をちらっと見て、こほんと咳払いして少年達に向き直る。


(この場に紳士はいない。哀れなお嬢様ぐらい助けられんのかいっ)


 雇用者の娘でも私はマーサに逆らえない。だってマーサは息子や孫達への愛情を諦め、私とアレンルードに愛情を向けている人だ。

 その愛を裏切ることなどできる筈がなかった。


「もしもフィルお嬢ちゃまに何かあったらマーサは申し訳が立ちませんのよ。今のマーサにとって、ルード坊ちゃまとフィルお嬢ちゃまが健やかに成長して、素敵な方と巡り会って幸せな家庭を築いてくださることだけが・・・うぅっ」

「マ、ママ、泣かないで。フィル、反省してる。ほんとだよ。あの時はね、ちょっとフィル、アクションドラマのヒロインだったの」


 私は一生懸命マーサを慰めながら、ローグに助けてアイサインを送った。

 さすがにローグもそろそろいいだろうと思ったのだろう。助け舟を入れてくる。


「そこまで怒らなくても、フィル嬢ちゃんだって反省してるじゃないか」

「あなたは黙っててくださいっ。思い起こせばフェリルド様もそういう方でしたのよっ」

「フェリルド坊ちゃんは軍人さんだ。一緒にしちゃいかんよ」


 そうだそうだ。虎の種の印が出ている軍人と、温室の中で優雅に飛び回る蝶の令嬢とを一緒にしてはいけない。


「あなたはフェリルド様がどんなに物静かで優しい少年だったか知らないからっ」

「父上、物静かで優しかったりする? 黙って見てるだけでけっこう意地悪くない?」


 ぼそっとアレンルードが口を挟んだが、マーサは聞いていなかった。


「いたずら好きで腕白坊主なレミジェス様をいつも窓から見守っている、そんな穏やかな少年でしたのよ。それなのに、そろそろ時効だろうからと最近になって教えていただいたらもうとんでもない。幼年学校生の時からクマ狩りだのイノシシ狩りだのに参加していたとか言うじゃありませんか。しかも別荘に行くとか言ってグライ山で十日間程過ごしてたなんて。もう卒倒するかと思いましたわ」


 グライ山とは、サルートス王国内にある険しい山である。決して観光登山の名所などではない。


「そう言えば、あののんびりしたフェリルド坊ちゃん、よく軍で続いてるなぁと思ってたんだが、もしかしてルード坊ちゃんよりやんちゃだったのか? グライ山なんて狼も出るじゃないか。誰だ、子爵家の跡取りをそんな所に連れてったのは」

「それはともかく、あのフェリルド様の子供ですもの。同じように隠れて乱暴なことするようになったら困ります。フェリルド様はまだ優秀な方がついててくださいましたけど、フィルお嬢ちゃまは女の子ですのよ」

「フィル、そんなとこ、絶対行かない。フィル、素敵なベッドのあるおうちがいい。山の中で寝るのイヤ」

「ええ、そうですわね。だけど誘拐犯が連れていく建物も駄目です。いいですか、フィルお嬢ちゃま」

「・・・はい。ごめんなさい。フィルが悪かったです」


 お願いだからここはその身分で助けてくれてもいいと思うの。

 私はちらっちらっとフォリ中尉とローゼンゴットを見た。ムカつくことにネトシル家の次男坊はにっこり笑って軽く手のひらから先だけ振ってくる。

 いや、手を振ってほしかったんじゃないよ。助けてほしいんだよ。

 しかもフォリ中尉は私の苦境を見なかったフリして話を続けやがった。


「貴族令嬢が誘拐されたんだ。一緒に行動していた君達も、誘拐犯達に対して何もできなかった自分を責めてしまうことだろう。その犯人達はとっくにアレンルード君が非常識な方法でやり返しているので、無力感にさいなまれることのないようにとしか言ってあげられないが、どんな小さなことでも心を吐きだすだけで楽になれる。学校側も支援を惜しまない」


 さすがにアレンルードも非常識と言われて反論したくなったらしい。


「僕、別に何もしてません。アレは父の知人達がやったことで、僕は妹のフリをしていただけです。何よりそういう心の傷が一番大きいのって、知らない間に妹が事件に巻き込まれていた僕だと思います」

「あのな、アレン。あれで何もしてないとか言われたらこっちが困る。やりたい放題のお前に心の傷なんぞあるか。いずれ女装も無理になるんだから、今の内に妹に危ないことをしちゃいけないって教えこんどけ」

「僕はまだ子供です。妹への苦情は父に言ってください」

「ウェスギニー子爵なら、うちの娘はやり方が派手だっただけで悪気はなかったのですとか、ふざけた伝言を寄越したまま行方不明だ」


 ああ、やっぱりうちの父が世界で一番素敵。いつだって私の味方。

 大抵のことは抱きついてすりすり甘えれば許してくれる。


「それならそれでいいのでは。父なら妹が誘拐された別荘まで先回りしていても驚きません」

「その通りだ。子爵はアレナフィル嬢が連れていかれる場所も、何をやるかも把握した上で動いていた。誘拐犯達は彼の掌の上で踊っていたことになる。今もこちらが取りこぼしている存在に対応しているだろう。だが、子爵家令嬢がこんな事件に巻き込まれて子爵が行方不明だなどと言えるか。普通は娘を抱きしめて号泣しているところだ」


 なんかフォリ中尉がやさぐれている。

 ヴェラストールで父の姿なんて全然見かけなかった。私が父を見逃すだろうか。あんなにも好みの肉体なのに。

 あれでうちの父、かなり要領がいい。どこかで気晴らしに遊んでいても、戻ったらみんながその間も何か大事な作業をしていたのだろうと信じてくれるタイプ。

 思うにフォリ中尉、被害妄想に陥ってるんだよ。

 駄目ね。いつだっていい男は妬まれてしまうものなの。そんな父が世界で一番愛しているのはわ・た・しだけど。


「どうせ父、いつもいないです。それなら叔父を子爵にすればいいと思います。僕と妹、叔父の子供でいいです。そしたら叔父が誠実に対応すると思います」

「レミジェス殿の子爵代理はともかく、フェリルド殿がウェスギニー家の主であることは変えられん。諦めて今度から妹にどこまでもくっついてろ」

「僕、妹とクラブは違うんです」

「しょうがない。エリー、今度からみんなで仲良く手を繋いで行動しとけ」

「僕達、男だから寝る時は別なんだよ。あれはどうしようもないじゃないか。女の子と一緒の部屋で寝ちゃいけないって言うんだから」

「一人ぐらいクラブに女の子を入れたらどうだ?」

「嫌だよ。アレル、外側も中身も男の子なんだよ。女の子をクラブに入れたら外側も中身も女の子じゃないか。僕、将来の約束をさせようとしてくる女の子の相手なんて嫌だよ」

「そこだな。せめてアレナフィル嬢と同じく伸び伸び自由な子がいればいいんだが」

「上級生を青い果実呼ばわりする一年生なんてアレルぐらいだって姉上も言ってた」


 私というお姉さんがみんなの面倒をみてあげているというのに、誰も彼もが勝手なこと言ってる。


「いいですか、フィルお嬢ちゃま。騙し通せばいいだなんて考えていいのはフェリルド様だけです。フェリルド様は色々とあったから仕方がないのですわ。だけどフィルお嬢ちゃまは何でも相談できるルード坊ちゃまがいて、何より皆様がここまで気にかけてくださってるのですよ。どうしてそれで心配をかけてしまうような選択をするのですか」

「・・・じゃあ、ルードがやるのならいいの?」

「フィル、怒られる時だけ僕を巻きこまない。僕はフィルと違ってまず叔父上に相談するし」


 父がよくて私ではいけないとはどういうことだ。やはり女の子というだけで制限がかかってしまうのか。

 それならアレンルードなら次の子爵なんだし、やってもいいということになるんじゃないかな。

 要は私がアレンルードになりすませばいいだけだよね?


「ええ、ルード坊ちゃまはよくお分かりですわ」

「差別だ。マーシャママ、それ、差別だよ」

「ルード坊ちゃまはあんな破壊活動してきません。壊すのはせいぜいボールぐらいです」

「うっ」

「フェリルド様は子供でいられる時間が短かったのです。だから仕方がないのですわ。だけどルード坊ちゃまとフィルお嬢ちゃまは一つ一つ大人になっていかなくてはいけません。その為にマーサがいるんですのよ。分かりますか?」

「・・・はい」


 マーサの場合、私を心配していた気持ちと、うちの父に裏切られた気持ちとがごっちゃになっているような気がするんだけど、父はどこだ。

 父がどんな少年だったのかは分からないけど、あそこまで竜に愛された虎だ。多少のやんちゃはしていてもしょうがないんじゃないかなって思う。

 だけどその恨み言は父に伝えて。私、関係ない。


「どうしよう、ディーノ。頑張って可愛くしようと無駄に足掻いてるアレルが哀れに見えてきたぞ」

「そうだな。味方してやりたくなってくるんだが、・・・だけどなぁ、ヴィーリンさんだって怒るの当たり前だろ。僕達だってわざと誘拐されたと知った時あれだけ怒ったんだし」

「僕、今はそっちより子供の頃の子爵様、クマ狩りとかイノシシ狩りとかいう方が気になる。普通、肩壊すんじゃないの? その前に子供が狩猟なんてしてよかったの? だけど子爵様、そういうタイプに見えなかったよね?」


 そこへコンコンと扉がノックされて、ネトシル家の次男ローゼンゴットがさっと開けたら叔父が立っていた。


「おや、ローゼンゴット殿ではありませんか。これは失礼しました。最近、お姿を見ないと思っておりましたが、ミディタル大公家においでだったのですね。この度は姪がお世話になったと聞いております。よろしければ今度はどうぞ弟君と当家に遊びにおいでください。歓待させていただきます」

「恐れ入ります。どうぞお入りください」

「叔父様、ローゼンお兄様は私をぐるぐるに縛り上げて恥ずかしい目に合わせていたのです。私、もう、お嫁に行けない・・・」


 にこやかに話している二人に、私はちょっと涙ぐみながら燃料を投下しておく。だってネトシル少尉と違って、彼は私を庇ってくれない気がするもん。

 これでウェスギニー子爵邸に招かれた彼が、あることあること喋った日には・・・!


「人聞きの悪いことを言うんじゃありません、アレルちゃん。その前に自分が何をしていたか思い出しなさい。あまりにも考え無しなことばかり言ってると私の妻になる道しか残らなくなりますよ。恥ずかしい目とやらに合わせた責任を取って、あなたが成人した日をもって結婚しましょうか?」

「お説教人生ノーサンキュ。ごめんなさい、叔父様。別に恥ずかしくも何ともなかったです」

「おやおや。ローゼンゴット殿が相手なんて良縁もいいところじゃないか。いたずらっ子になれば結婚してもらえるなんて、これから令嬢方のお見合い方針がかなり変わりそうなビッグニュースだぞ」

「それってどこのおうちが一番高く買い取ってくれるニュース?」

「どうだろう。ローゼンゴット殿に聞いてごらん」


 ちらっと見てみたら、完璧な愛想笑いをにっこりと浮かべている侯爵家の次男坊がいた。令嬢教育の成果なのか、私も完璧な愛想笑いをにこっと浮かべてみる。

 うん、やめておいた方がよさそうだ。私は失敗すると分かっているプロジェクトを立ち上げるつもりはない。


「ガルディアス様もこちらにおいでだったのですね。姪達を呼びに来る前に、合流しておこうと思ったのですが」

「間に合うとは思わなかった。わざわざすまない」

「後ほどお時間を頂戴したくお願いいたします。当家のことでもございますから」


 ローゼンゴットと私が、うふふ、ふふふと愛想笑いを浮かべて見つめ合っている間に、叔父はフォリ中尉と話し始めていた。

 軽くフォリ中尉に礼を取ると、叔父は三つの家の保護者達がいるテーブルへと歩いていく。

 それからまさに貴族らしい礼を取った。父もそうだけど叔父もスポーツしていたせいか、姿勢がいい。だから動作に美しさがある。

 あれはフォリ中尉を軽視したわけではなく、年長者への礼だ。貴婦人(推定王妃様)が教えてくれた。

 動きがある分、伯爵達に対して一番礼を尽くしているように見えるが、フォリ中尉に叔父は軽い礼を取りながら手先で王族への敬意を示す仕草をしていた。

 それに気づくことができるかどうかが大事なのだと。


「皆様にはお忙しいところ、姪のアレナフィルのことでお騒がせして申し訳ございません。本来は父親である兄のフェリルドが参る予定でしたが、当家の事情で私が代わりに参りました。ご令息方には恐ろしい思いをさせてしまったことをお詫びいたします」

「いやいや。一番恐ろしい思いをしたのはアレナフィル嬢ではないか。・・・いや、あまり恐ろしい思いはしていなかったようだが」


 グランルンド伯爵、後ろの言葉は要らないです。それなのにアールバリ伯爵も頷いている。


「そうですな。あの速報を見た時は血の気が引いたが、・・・ま、なかなかたくましいご令嬢だ。いや、ご令息もまた将来(さき)が楽しみですな」


 どうやらよそのおうちは祖父に発言権があって父親にはないみたいだ。普通は父親が何か言いそうなもんだけど、伯爵家はどちらも何も言わなかった。

 では両親が来ているハネル家はどうかというと、特に口を挟む気はなさそうな感じである。

 そりゃそうか。ウェスギニー家は何故か父がもう爵位を継いでしまったので若い世代になってしまうが、よそはまだその一つ上の世代が爵位を所有している。

 世代が違うと発言しにくいよね。

 叔父もその気持ちは分かっているのかもしれない。


「恐れ入ります。甥のアレンルードは夏の長期休暇の際にも軍の訓練を受けておりましたので、アレナフィルが事件に巻き込まれたと知り、エインレイド様を巡る妃候補のつばぜり合いに見せかけた何らかの陰謀があるのではないかと考え、自らが囮となるべくアレナフィルになりすましておりました。どうかこのことは口外なさらぬようお願いいたします。私も姪のことで連絡を受けた後は、城と連携して動いておりました」

「ほう。それでどこまで分かったのですかな?」

「アールバリ殿。気が早いですぞ」

「私共は指示に従っただけです。全ては王城が発表なさることでしょう。・・・ただ、うちの子供達は荒っぽいことも見慣れてはおりますが、皆様のお宅のご令息にとってはかなりの恐怖であったと認識しております。姪の我が儘で始まったクラブに参加していただきながら申し訳ないことですが、こうなった以上、クラブの退会は致し方なしとこちらも覚悟しております。そこはどうぞ遠慮なくお伝えください。学校長も、生徒の心の衝撃を案じておられます」


 がたっと立ち上がったのがベリザディーノだ。

 君達、いつの間に座り直してたの? その前に怒られている私を救助しようと思わなかったの?


「お祖父(じい)様、発言をお許しください」

「なんだ、ベリザディーノ」

「僕達はこんなことで怖じ気づいたりしていません。クラブも退会しません。恐ろしい思いも何も、爆発から救助されたとかいうアレルは何食わぬ顔して戻ってきたら、可愛い服を自慢したかと思うとご機嫌で食事して、僕達とパン作りしてから遊びに出かけてたんです。あれでどんな恐怖を僕達が抱くというんですか」


 ダヴィデアーレも立ち上がっていた。マルコリリオもだ。


「お祖父(じい)様。僕もディーノ、いえ、ベリザディーノ君に同意します。たしかに事件そのものは大きく報道されましたが、大空に広がったゴーストにしても、アレナフィルさんはサイズを間違えただけなんです。爆発も量を間違えて大きく壊しすぎただけです。何よりこんな面白い友人を、感じてもいない恐怖とやらで失いたくありません」


 以前から思ってたけど、普段はニックネームで呼んでるのに、どうして人前だと真面目な呼び方しなくちゃいけないんだろう。人間って無駄な見栄張る生き物だよね。


「あの、・・・お父さん、お母さん。僕もクラブはやめたくないです。だって、これって、国王様まで特別放送されて凄いことになってるけど、最初からアレル、えっと、アレナフィルさんの予定通りで、全く問題ないんです。普段のクラブ活動と一緒です」

「普段と一緒って・・・」

「アレナフィルさんはいつも、何をどうしたらこうなるけど、ちょっとした違いでどこまで結果が変わるんだよって、説明しながら僕達に教えてくれてました。今回だって結果がとても大きすぎただけで、流れとしては普通にアレナフィルさんの予定通りです。アレナフィルさんは全国的に報道されることで、相手が貴族令嬢の名誉や醜聞問題で恥ずかしげもなく脅迫してくることを考え、その思惑を先に潰しただけです。それって、不良をきっちり成敗したのと変わりません。裏路地にたむろしている不良達を、もっと狂暴な子供が退治したところで社会に何の被害があるんですか」

「えっと、マルコリリオ。その、な?」


 ハネル氏が周囲のテーブルに視線をちらちらしながら戸惑ってるけど、全くだよ。庇っているようで全然庇ってくれてないよ。

 それで私、今まで怒られてたんだけど?


「そりゃアレナフィルさんがしたことは、・・・危ないことだったし、大人に怒られてしまうのは仕方ないと思います。子供がしていいことじゃないです。だけど僕は、・・・僕は、そんなアレナフィルさんのクラブに入れてよかったって思ってるんです。だって、だって、・・・だって、アレルは、・・・全然悪くない。誰もアレルを誘拐しなければ僕達は普通に旅行して帰ってきてたっ。アレルはいつだって自分からは何もしない、ただの横着人間なのに・・・!」

「それ全然褒めてないよ!? リオほんとに私の味方っ!?」


 ひどすぎる。

 それなのにアレンルードは、

「そっか。横着・・・うん、フィル、横着人間だよね」

などと、呟いている。

 叔父のレミジェスは真面目そうな顔をしようとしていたが、少し失敗していた。

 これからは私の庇い方講座を開くべきだって、私は悟る。少年達の庇い方がダメダメすぎてどうしようもない。

 そりゃ気持ちはありがたいけど。


「だって、だって、・・・だって、アレル」

「あー、もう泣かないでよ、リオ。だから内緒ですませたかったんだって。これでも私、変質者なんて慣れてるんだから。ああいう手合いは許したら次はもっと狡猾に仕掛けてくるって知ってるから完全に叩きのめすのが一番って知ってただけなんだよ。泣かないでよ」


 私はマルコリリオの所まで行って肩をぽんぽんとしてあげた。ぎゅっと抱きしめてくるマルコリリオはもしかしたら本当に怖かったのかもしれない。


(平民とか言っても、あそこに進学できた時点で誰もが使用人ぐらいいる裕福なお育ちだもんなぁ)


 怖くないって言ってたけど、本当は怖かったんだ。

 そうだよね。貴族の特権は平民とは段違いだから。領主になると、領地ではまさに神様レベルでどんな無茶もまかり通る。

 ポケットから取り出したミニタオルで、マルコリリオは目頭を押さえた。

 

「大丈夫。もう怖いことはないよ。これでも私、しっかりしてるんだからみんなぐらい守れるんだよ」

「アレルは一番ちっさいじゃないか。それにアレルが狙われてるんだよ。あの時だって縛られた状態で殴られたり蹴られたりしていたらどうなったと思ってるんだよ」


 その時は反撃に出てたと思う。だけど言えない。この流れでは言えない。


「別に世の中、女に生まれたらそれだけで自分のいいなりにしたいって男から目をつけられることばかりだよ。そういう男はしつこいしね。あんな私の即興のトラップに引っ掛かるような人達、行き掛けの駄賃で脅した程度じゃない。あとは普通の生活と何も変わりないよ」

「変わるよ。アレルじゃなかったらどうなってたと思ってるんだよ」

「私で良かったんだよ。改心の期待なんてしてないから問答無用で対応できるでしょ」

「え」


 マルコリリオは土いじりに関しては頑固だけど、それ以外では繊細だ。だから私は目を合わせて頷いた。


「私は精神がとても大人びているお姉さんだから、何が相手にとってダメージ与えるか知ってるし、ちょっとした暴露程度なら相手が嘘で逃げようとする人種だってのも分かってたの。だから揉み消せないぐらいに派手にやったんだよ。これでも移動車の修理代金システムぐらい把握してるよ。ざまあみろって実は思ってたよ。当たり前でしょ。あれでボロの中古車だったら汚す価値もなかったんだから、高級移動車と知って思いっきりやったに決まってるじゃない」

「・・・やっぱりわざとだったんだ」

「男なんて女を襲った後で合意だったとか言い出す生き物だよ。誰が見ても分かる合意ではない証拠を残さなくちゃね。相手が分かってたから何もしなかったけど、そうじゃなかったら遺伝子情報を取って証拠にする為に骨を折るぐらいしてたよ。それぐらいしないと自分の身も誇りも守れないって私は知ってる。だからリオが傷つく必要なんてないの」

「アレル・・・」

「もう泣かない。ね? 誘拐されたのがリオ達だったら、私、もっと派手にやってたよ。大丈夫、もう怖いことは終わったよ」

「・・・うん」


 テーブルの上にあったキャンディを一つ取ってマルコリリオの口に押しつける。嫌そうに顔を顰めてから、マルコリリオは渋々それを口に含んだ。


「心が疲れた時は甘いものだよ、リオ。大抵のことは一晩寝ればどうでもよくなってる」

「うん。ごめん、アレル。僕達、何も気づかなくて」

「リオ達も一緒に誘拐されてたら、私を助けようとするリオ達を守る為に、私もその場で誘拐犯達を半殺しにしなくちゃいけなかったもん。そうなったら私、あの爆発を人間に向けてたんだよ。確実に死者が出てたよ。リオ達はね、誘拐犯の命を守ってあげてたの。高級お菓子の詰め合わせぐらいお礼でもらってもいいぐらいだね。今度たかりに行こっか」

「ぷっ、何それ」


 甘いものでちょっと心が落ち着いたらしい。マルコリリオの強張(こわば)っていた顔が緩み始めた。


「考えてみなよ。盗撮お兄さん、私をきっちり追跡してたんだよ。本来はあのまま連れて帰られるところだったんだよ。その時は爆破もないから特別番組もあるわけなかったし、みんな気づかずに博物館と動物園行って観光してたと思う」

「うん」

「その時ってどうなったと思う? 秘密裏にトカゲのシッポ切りで実行犯だけ処罰されて終わり。私のこれからのリスクは変わらなかった。だけどあそこまでの事件になって、今どうなってる? ここぞとばかりに私を理由にして皆が今まで手をつけられなかったところを耕(たがや)し始めちゃった。そしてこの騒動で私の未来のリスク激減中」


 今までは、これからどこのお茶会に招待されていじめられるかもしれないからと、貴婦人(推定王妃様)のマナー講習も異物混入対策が多かったんだよね。

 だけどこうなったら私を招待する人もかなり腰が引けそう。


「えっと、・・・そっか。うん、そうだよね。これからも狙われる筈だったんだ」

「そうだよ。そっちの方が怖いでしょ。うちの父が戻ってこないのもそれがあるんだよ。お城だってそう。私という名目を使って、すべきことをしている。事件が起きてからじゃないと動けないことってあるからさ。だけど子供はそんなこと知らなくていいの。私も知る気はないし、父だって帰宅した時に私が笑顔で元気に迎えてあげればそれでいいって言うよ。大人が子供を、軍が国を、政治が善良な国民を守ってくれる、そんな社会を維持する為にみんなが動いてるんだから」

「・・・うん」

「悪いのは襲われた私じゃないし、私が襲われることなんてないって信じていたリオ達でもない。責めるならちゃんと悪い誘拐犯達を責めなよ。リオが自分を責めていいのは、私を誘拐させる手引きをした時だけだよ」

「しないよ、そんなこと」

「そうだね。・・・あのね、リオ、こういうことは正解を間違えちゃ駄目。責めるなら、正しく本当に悪い人を叩きのめさなきゃ。自分の心を叩きのめすのは不正解。元はと言えばレイドが王子様だからって、みんなが将来のメリット狙ってカモにしようとしたのが悪いんだよ。邪魔な私を排除しようと、勝手に売りとばす計画立ててた人達が絶対的に悪いでしょ? あれはもう再起不可能なぐらいに懐を痛めつけてもいい」


 被害者が被害者を責めてどうする。正しく加害者を責めるべきだ。私はそう信じてる。


「えっと、そっちはちょっと、・・・もう、なんか可哀想なことになってたし」

「それはルードがやった仕返し。私じゃない。そして復讐者としての権利は私が優先順位第一位。リオは自分を責めるだなんてムダなことしてるぐらいなら、私の復讐に手を貸してくれてもいいと思う。そうでしょ? とりあえずは誘拐犯達のリストを手に入れるところからね」

「え。だけど、それで怒られてたんじゃなかった? それに僕がそんなの手に入れられるわけないよ」


 甘いな。マルコリリオ達は男子寮への入寮を特別に許可される見込みだ。

 そして男子寮には寮監達がいる。その寮監の一人、フォリ中尉の部屋はとても素敵な情報室。

 私はそれを知っている。


「勿論、私は怒られたから反省して大人しくしてるよ? だけどリオはレイドを通じて手に入れるチャンスがあるよね? これでレイド、王子様だからその気になれば様々な情報にアクセスし放題。特権の塊だよ」

「それって犯罪だからっ」

「根本が間違ってるっ。犯罪者は私を誘拐した人達っ。さあ、リオ言うんだっ。悪いのは私を誘拐してエロジジイに売ろうとした人達で、これは聖なる復讐であるとっ。その為に私に全面協力するとっ」

「レ、レイド助けてっ」

「相変わらずアレルのふてぶてしさは健在だね。だから僕に権力なんか無いってば」


 いつの間にかエインレイドがすぐ後ろにいて、頭のすぐ上から声がした。

 そしてマルコリリオから腕を引き剝がされたんだけど、ダヴィデアーレがマルコリリオの背中をそっとぽんぽんしている。そこは肩を組んで協力を誓うところだ。

 それなのにエインレイドが私を背後からおぶさり状態なので動けない。


「僕、さすがにクラブの存続は無理かもって覚悟してたんだけど。アレルが狙われてこんな危ない目に遭ったわけだし。・・・ガルディ兄上、クラブ活動ってやっぱりもうまずい?」

「そっちはキセラ学校長の判断次第だ」


 フォリ中尉の返事に、エインレイドが顔を伏せた。


「そっか」


 男の子がしゅんっとなってしまってるのって、ちょっと可哀想。だけどなんか可愛いよね。

 できれば優斗にも私はこういう日々を得てもらいたかった。友達のことを自分のように感じて、そうして力を合わせて乗り越えて、一つずつ新しい感情を知る、そんな時間を。

 だから振り返りながら笑ってみせる。

 もうあの頃には時間を巻き戻せないけれど。


「何言ってるんですか、レイド。あそこは私の秘密基地の一つですよ。クラブが潰れたら、学校長先生とエドベルさんにおねだりして特別自習室にしちゃえば今までと変わりません。それが駄目って言われたら、今度はただのお友達として遊べばいいだけじゃないですか」

「え・・・」

「うちだと不純異性交遊がどうこう言われちゃうから、あちこちのお店とか出かけてもいいですね。ぶらぶらと色々な繁華街を見て回るのも楽しいですよ。それに秘密基地なんて一つ駄目になったら他に作ればいいだけじゃないですか。何の為に人の弱みを集めてきたと思ってるんです?」


 エインレイドにとって、自分が王子でも王子じゃなくても変わらない友人はとても貴重だったって知ってる。

 友達ならこんなことで距離を置いたりしない。だからいつだって強気で行くのだ。

 そんな私の気持ちが伝わったのか、エインレイドが力なく笑う。


「それってそっちの方がまずくない? そんな理由の許可って大丈夫なのかな」

「あのゴースト制作者が来てるから大丈夫。警備棟への面倒くさい予定表提出だの許可だの無視したところで、あの人がいれば過剰防衛能力は折り紙付き。私もレイドに何かあったら大変だから真面目に予定表を出してましたけど、私の許可があってあの人がいるなら無敵です。たとえ町一つ焼け野原にしても、レイドと私は無傷で立っていられますよ」


 父が私に調達してくれた特別な許可証。それはまさに治外法権と言ってもいい最高特権だ。


「アレル、町を焼け野原にしちゃ駄目だよ。犯罪者になっちゃうよ」

「尊い犠牲でした。そして証拠ゼロで無罪です。終わり。・・・クラブ存続ならヴェラストールのハーブ特集でいきたかったですけど、そっちが潰れるならお店に関する法律を調べたいですね。レイドも普段は王子様。そして放課後とか休日とかは私と一般人になりすまして副業してみたくないですか? 私は危ないことしちゃいけないので、安全を完全確保した上で、さあ、今こそ新しい世界へ飛び出しましょう。子供がお金稼ぎはいけませんから、金遣いの荒い恋人がいて金欠な男を捜して、その人に名義貸し協力させましょう」

「名義貸しって何?」

「責任者としての名前だけを貸してもらって、実際の活動は他の人がやることです。要は隠れ蓑ですね。世間にはそういう法律の抜け穴ってのがあるんです。子供がお金稼ぎしちゃ駄目だけど、成人男性の名義でやれば大丈夫。ほら、わくわくしてきたでしょう?」


 そんな私の腕がぐいっと引かれる。右腕を引いたのはアレンルード、左腕はフォリ中尉だった。


「何を堂々と王子誘拐罪を宣言、広域破壊活動を実行しようとしてるんだよ、フィル。しかもエリー王子に何させる気なのさ。そんなの許すと思ってんの?」

「アレナフィル嬢。メンバー数にかかわらずクラブは存続させる。そしてこれからもエインレイドを学外へ連れ出す時は今までと同じ手続きをとるように。無断決行は許さん」

「・・・ひゃい」


 二人の目が本気だった。何が本気と言われても何とは言えないが、本気だった。


「ガルディ兄上、アレルを怒らないでよ。アレルはいい子だよ。僕が落ちこまないようにって考えてくれただけだ」

「そうです。私はレイドの為を思って提案したのです」

「何を騙されてるんですか、エリー王子。フィルは自分のことしか考えてません。よく考えてください。どれもフィルの都合ばかりじゃないですか。エリー王子のことも悪だくみできる仲間としか思ってないです。違法行為に引きずり込まれてどうするんですか」

「そうかもしれないけど、アレルはそこが楽しいんだし」

「そうだよ、ルード。人は自分勝手な生き物なの。それでも社会を維持する為に理性やマナーを皆が守って折り合いをつけているだけなんだよ。レイドは私といることで、ああ、普通はこういう風に考えるんだな、そしてこう動くんだなって学んでるんだよ。王子様だからって皆が都合のいい情報だけ見せて都合のいい言葉だけ受け取ろうと利用する、そんなことばかりじゃないものだって世界にはあるってことを知ろうとしてるんだよ。スポイルすることは愛情じゃないの。生き抜く強さを教えこむのが本当の愛情だよ」


 いきなりぼすっと、私の口と頭の上に何かが当てられた。フォリ中尉の右手と左手だ。


「その歯に衣着せぬところが面白いわけだが、せめて誰にも聞かれない所で言いたまえ。エリー、手乗りインコは鳥籠の中だけで囀(さえず)らせとけ。レミジェス殿が気の毒すぎる」

「元はと言えば鳥籠の中にいるインコを脅(おど)かした人達が悪いんだよ。そのインコがフェニックスの雛だっただけじゃないか」

「あのなぁ、・・・全く子供に知恵がつくと口が減らん。アレナフィル嬢、少し落ち着け。誰ももう、君の周りの人間を攻撃する余力などない」


 口を塞いでいる左手が大きいから目までつぶらないと危ないし、頭の上に載せられている手が私の行動を押さえつけてるし、手足は自由だけど動かしたらなんか本気で拘束されそうでできないし。

 和臣とも父とも叔父とも違うけれど、フォリ中尉の声は悪くなかった。


「いみじくも君が言った通り、社会の秩序を維持させずして何の為の王侯貴族か。そして君が肩肘張らずとも既に悪意ある者達は取り除いた。全てを敵に回して戦う必要はもうない」


 何も知らないくせに。

 意地を張っていたわけじゃない。私はもう後悔したくなかっただけだ。

 知る筈がない。だけど分かってしまうのかもしれない。

 まるで私だけが置いてけぼりを食らったかのように、いつの間にか周りの全てが一つずつ片付いていく。それが少し、悔しかった。


「君はちゃんと守り通した。ここからは我々の番だ。よく頑張ったな」


 偉そうだけど、フォリ中尉は多分慰めてくれてる。

 それなのになんだかもやもやする気持ちがあった。別に子ども扱いなんて慣れてしまったのに。

 私は何を感じているのかさえ見失って迷子だ。


「だからもう重荷を下ろして、今は愛されていろ。ヴィーリン夫妻も、君の叔父も兄も、君がその心を傷つけてまで誰かを守る姿を見たくない程に愛しているのだから」


 背後から両脇の下に腕を入れられて、近くに来ていた叔父の方へとひょいっと投げられる。

 ぽすっと受け取った叔父にぎゅっと抱っこされれば、けぽって感じだった。

 みんな力が強すぎるよ。私のウェストが魅力的になりすぎちゃう。


「ジェス兄様、フィル、ボールじゃない」

「おやおや。兄上にされるのはよくてもガルディアス様だと文句言うのかい? フィルは赤ちゃんのように大切にされるのはいいのに、何も分からない子供扱いすると怒る。ほら、機嫌を直して」

「むぅっ」

「兄上が護衛の支援に向かったから大丈夫だとは思っていたけどね。だけど父上は、どうせ全学年の単位は取れているんだし、もう卒業までうちに閉じこめておこうとか言ってたよ。兄上に任せず、父上がフィルの子育てをするそうだ」

「え。・・・叔父様、私、おうちで大丈夫です。今回のは不幸な事故だっただけで、子育ても私、全学年終了してるから大丈夫です」

「私はいつもうちにフィルがいてくれる方がいいけどね。兄上はいずれあの家をフィルにあげるから好きにさせればいいって話しておられたが、父上はそれなら母上から女主人の差配を学んだ方がいいと考えておられる。あまりお転婆(てんば)が過ぎるとうちでもお嬢様教育が始まっちゃうよ、フィル」


 くすっと笑うその眼差しはいつもの柔らかな赤色だ。

 だから安心できる。

 叔父は独身なのに子供好きだ。ずっと私達を可愛がってくれていた。


「よそはお祖父(じい)様の世代が子爵だもん。若いんだし、お祖母(ばあ)様に女主人は頑張ってもらわないと。私、大きくなったら叔父様みたいな人見つけて結婚するの。だからお嬢様教育より、自立して対等な立場に立てる強い女の人にならないと駄目なんだよ」

「いつまでそんなこと言ってくれるかな。やっぱりフィル、私の子に生まれてくればよかったね」

「それなら赤の他人がいい。そしたら私ね、全力で叔父様ゲットしにいくの。男の人はね、自分が狙われることを考えてないから、大抵は三重ぐらいに罠を仕掛けたら捕まえられるんだって」

「仕掛けてくるのがフィルなら罠なんてなくても捕まっちゃうけどね。愛してるよ、フィル」

「ジェス兄様、大好き」


 頬にキスしてもらった私は、叔父の頬にキスをする。ついでに首筋や頬にほっぺたすりすりしていると、叔父が愛用している香りでほんわかした気分になった。

 叔父が使っている香水は幾つかあるけど、その中でもこれは特別。


「そんな怖い女の人、捕まった男の人も全力で逃げるんじゃないの? どういう罠なのかな。落とし穴とかじゃないよね? それともお酒に酔ったフリして二人きりのところを誰かに見られて噂になるとか? だけどアレルがそんな普通の手を使うかなぁ」

「真面目に考えない方がいいですよ、エリー王子。全力でゲットしに行くも何も、赤の他人に不本意な結婚を了承させる手段なんて脅迫しかないじゃないですか。うちの妹、えげつないから知らない方が幸せですよ。ねー、マーサおばさん」


 アレンルードはマーサが自分に甘いことを知っている。味方が欲しい時はいつもマーサの名前を呼ぶのだ。

 世界で一番私を好きなくせして、アレンルードは妹の表現方法を間違えている。


「そうなんだ? だけどアレル、悪いこと考える時でも正々堂々としてるよ。潔いことはあってもえげつないかなぁ。それにヴィーリンさんの前ではアレル、とっても素直でいい子ですよね?」

「ムリムリ。うちの妹が隠し通せてるわけないじゃないですか。マーサおばさんだってそう思うよね? フィルって家族以外の男の人に本気で容赦ないよね」

「それは仕方ありませんわ。フィルお嬢ちゃまですもの。それに普段のお嬢ちゃまは本当に甘えん坊な赤ちゃんですのよ。まだまだおうちの中で守られてなくては」

「けどさぁ、フェニックスの雛なんて言ってくれるのエリー王子ぐらいだよ。三年生の時なんかフィルについたあだ名、眠れる(スリーピング)クロサイ(ブラックリノセロス)だもん。リノセロスだよ、リノセロス。しかも黒犀(ブラック)ッ」

「ほほほ、それは内緒ですのよ。フィルお嬢ちゃま、フェリルド様とレミジェス様の前では怖がり(シャイ)で泣き虫な女の子でいたいんですから、ほほ」

「シャイなベイビー、ヴァイオレントなリノセロスってね」


 いらんことを思い出した双子の兄に殺意が芽生える時。


「なんで眠ってる犀(サイ)なんだ? 授業中に居眠りしてたから? だけどアレル、乱暴なんかじゃないだろう?」

「だからスリーピングなんですよ、王子。つまり普段は穏やかそうな草食動物でも変(へん)し―――」

「それ以上言ったら怒るよルードッ、お肉無しご飯責めしちゃうよっ」

「・・・あ、すみません。僕ちょっと記憶喪失になったみたいです」

「うわぁ」


 よしよしと背中を撫でてくれる叔父の手はいつも通りだった。


「フィルにサイの角が生えても可愛いけどね。いつもフィルの背中には天使の羽が生えてるから。だけどまあ、やってることは幼年学校時代と変わらないと言えば変わらないのか。ちょっと派手だっただけで」

「何もしてないもん」

「はいはい」


 叔父の首筋に顔をうずめながら、葬り去った過去を呼び覚ましたアレンルードのお肉を今度こっそり減らしておこうと決意する。


(問題はうちと違ってあちこちに係累がいるところだよ。どう出てくるかな)


 視線を向けることなく様子を窺えば、やはり伯爵家はどちらも何やら小声で話しこんでいた。

 縁戚関係や親友といった繋がりが全くない貴族はいない。見覚えのある顔に気づけば、その家の状況や自分達との関係を改めて振り返りもするだろう。

 場合によってはウェスギニー家への取りなしを頼まれることだってあり得る。

 慰謝料計画が瓦解した私にとってはもうどうでもいいことなんだけど。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。