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58 そんな協力は望んでいなかった


 ヴェラストールにあるミディタル大公家の別邸から首都ファリエにあるミディタル大公邸へ移動車で連れてこられた私達だが、平然としているのはエインレイドだけだった。他の三人は圧倒されていた。


「これが・・・あの有名なミディタル本拠地」

「口を慎め、ディーノ。ミディタル大公家が軍を持っていることなど当たり前だろう」

「いや、だってあの有名なミディタル軍本拠地だぞっ!? この目で見ることができるなんて思わないじゃないかっ」

「広いし大きいし、凄いね。ミディタル大公様を三回見るの、もしかして叶っちゃうかも?」


 ベリザディーノの興奮はともかく、マルコリリオの言葉にネトシル家のローゼンゴットが首を傾げたので、エインレイドがミディタル大公の姿を人生で三回見ることができたら強くなれるというジンクスがあるのだと説明する。


「それ、大公のしごきを三回受けることができたら強くなってるとかいう話では?」

「どうなんだろう。叔母上も知らなかったけど、叔父上は知ってるのかな。世間では有名な話だって」

「今度、皆にも聞いておきます」


 目立たないようにとミディタル大公邸用の正門ではなく、同じ敷地内ながらもミディタル軍の訓練スペースや寮などがある方の正門から入ったので、私も改めてその広さに感動した。やっぱりここ軍事要塞基地だと思う。

 そして大公邸の方へと移動車は進み、正面玄関で停止する。二十人程の使用人達が左右に分かれて整列していた。


「申し訳ありません、エインレイド様。今日は目立たぬよう使用人も制限しておりますの。本来なら全員整列させるところですけど」

「別に気にしないです、叔母上。それに僕、大勢の人の間を歩いていくのって面倒なだけだなって、最近しみじみと思うようになりました」

「あらまあ。使用人達も貴族の紹介で入っておりますから、強制的に何人か休みを取らせましたのよ」


 実はシビアな大公妃。何人かじゃなくて何十人か、だよね。それ、要は信用してないって言われたようなものじゃないのかな。

 だけどそこで信用されるべく努力するか、それともやはり信用するに値しない人間で居続けるかは人それぞれなんだろう。


「大公妃様。私がここでしばらくお世話になったらすぐに噂になっちゃうのでは?」

「そうね。だけど子爵邸よりも動きやすくて安全な筈よ。あなたはガルディアスとよく話し合いなさいね、アレル。ついでにここでもお母様と呼んで構わないのよ?」

「婚約者の二股と言われかねないのでそれはちょっと・・・。だけどもしもまた大公妃様とお出かけする時、変装していたらお母さんって呼んでもいいですか?」

「ええ、勿論よ」


 王城や太公邸では、爵位ある貴族子女も結婚前の行儀見習いで働いていると、ちゃんと教わっているのだ。ウェスギニー子爵邸のようにただの使用人ではない可能性があるのだ。

 そんなところで大公妃をお母様と呼んだ日にはどんなことになるやら。私はちゃんと変装して違う人間になりすましている時という、場所を選べる子である。


(フォリ先生はあれで女性に気を遣う人だ。ここは大公妃様を味方につけていかなくては)


 今日の私は白いシルクシャツにレンガ色のスラックスと上着という、ちょっと大人のモードだ。何故なら可愛いラブリー妖精だとフォリ中尉を説得しにくいからである。ここはしっかりしている大人の女で戦いたい。

 荷物は部屋に運んでおいてくれるということなので、ミディタル大公妃とお喋りしながら歩いていくけど、護衛の人達は邸内に入った時点でどこかに行ってしまった。

 

「なんでレイドじゃなくてアレルが大公妃様独占しちゃうんだろうな」

「僕、ここはよく来てるから。それにトレンフィエラ叔母上なら、アレルも貴婦人のお手本でちょうどいいしね」

「プライベートではいいが、数年後の社交界であれはまずいだろ。貴婦人の序列は絶対なんだぞ。通常の貴族令嬢は数歩後ろを歩くのが常識だ」

「心配しなくてもダヴィ、アレル、要領いいから大丈夫じゃない? 学校長先生とも仲いいけど、普段の校内では全然そういうところ見せないし」


 少年達が後ろで何やら言っている。


「いい女は先に口説いた者勝ちということも知らないお子ちゃまには困ったものです。礼儀礼儀言ってる内に本命を逃がす典型ですね。ところでみんなは男子寮に入るんですよね?」

「ええ。今日はここに泊まるけど、明日は入寮の荷物をまとめて移る予定ね。アレルの誘拐を手引きした犯人に仕立て上げられても困るもの」

「全く姑息なことを考える人はどうしようもないです。大人しく私に慰謝料で全財産差し出せばいいだけなのに」

「ほほ。頑張ってむしり取ってらっしゃい。ガルディアスを説得できたらだけど」


 私はミディタル大公妃の袖をぎゅっと掴んだ。


「お母さん・・・。お母さんは、私の味方ですよね?」

「ええ。だけどガルディが折れるのは陛下と王妃殿下とトフィナーデ王女殿下ぐらいじゃないかしら」

「なんということでしょう。これだけ素敵なお母様がいてマザコンじゃないとは。男の風上にもおけません」

「あらあら。じゃあ息子は追い出してアレルをうちの子にしようかしら」

「それは素敵です。だけど私、いずれ叔父の妻と折り合いが悪くなって肩身の狭くなる祖母と、元気な時に無茶しすぎて体を壊すであろう父と、そして育ての両親、更にはファレンディアの祖父みたいな人の老後のお世話がこの肩にかかっているのです。更には現在の婚約者に素敵な奥さんを見つけてあげないといけなくて、・・・これで大公様まではちょっと無理。大公妃様は素敵だけど、大公様は完全に無理」

「あの人も男には好かれるのだけどね」

「男の群れはボスがいないと始まらないからだと思います」


 そんな話をしていたら、とあるドアの前でミディタル大公妃はトントンとノックし、二拍ほどおいて扉を開ける。

 返事を待たなくていいんだろうかと思ったけれど、ここはミディタル大公邸。大公妃は女主人だ。


「さ、元気なお顔を見せてあげなさい」

「え?」


 私の背中を軽く押し出すようにしたミディタル大公妃を見上げたけれど、その水色の瞳が室内を示す。それなりに広い室内には幾つものテーブルと椅子が置かれていて、それぞれのテーブルを囲んで何人もの人が座っているのが分かった。


「フィルお嬢ちゃまっ」

「おお、フィル嬢ちゃんっ」


 その声に弾かれたようにそちらを見れば、一つのテーブルを囲んでいた男女が立ち上がっているのが見える。


「マーシャママッ、ローゥパパぁっ」


 思わず私はマーサの腕の中に飛び込んだ。ぎゅっと抱きしめてくる腕がとても震えている。


「ああ、本当によく無事で・・・。もうおうちから出しませんわ。怖かったでしょう。可哀想に、・・・うぅっ」

「ママぁ、怖かったよぉ」

「よく助かってくれて・・・。フィル嬢ちゃん、本当に、本当に、・・・よく、助かった」


 マーサに抱きしめられている私を、ローグが二人まとめて抱きしめた。


「ローゥパパぁ」

「おお、おお。どこか怪我は? 怖かっただろうに。よく助かってくれた」

「ローゥパパぁ、フィルね、変態ジジイに売り飛ばされるとこだったんだよ。セクシーなお姉さんをモノにできなかった恨みをこめて、フィル、売り飛ばされるとこだったんだよぉっ」

「なんてことを子供にっ。しかも・・・、・・・本当に、よくぞ助かって・・・」


 二人が泣きながら抱きしめてくれたので、私もぎゅっと二人にしがみつく。

 血は繋がってないけど、お休みの日には肩車してくれて公園に連れて行ってくれたり、こっそりと美味しい屋台に連れてってくれたりしていたローグは、口下手だけど素敵な父親だ。


「ああ、ルード坊ちゃんを差し置いちゃいかんな。ほら、ルード坊ちゃん」

「だけどさぁ、ローグおじさん。フィルって、もう慰謝料取るとか言ってやる気満々って僕聞いたよ。甘えたいだけだよ。もう厳しくしていいって、僕思うんだ」

「強がってるだけさ。怖がりなフィル嬢ちゃんがそんなこと考えるわけないじゃないか」


 マーサが私の額にキスして離れたと思ったら、そこにはアレンルードがいた。

 やばい。もうバレてる。誰だ、慰謝料のことを話したのは。可愛い妹バージョンでどこまでごまかせるんだ。


「ルード、来てくれたの? 会いたかった」

「全く少し目を離したら今度は殺されかけてるって何なんだよ。もうおうちから出なくていいよ。今まではそれなりにいい男だったかもしれないけど、あんな変なのまで引っ掛けてどうするんだよ」

「引っ掛けてなんかないもん。勝手に誘拐されたんだもん。フィル、悪くないもん」

「あれぐらい逃げられただろ。叔父上だって呆れてたよ。ま、誘拐される場所をフィルが誘導したおかげで証拠はばっちり撮れたらしいけどね」

「え? 証拠って?」


 どうしよう。フォリ中尉を口説き落とす前に大きな壁が発生していた。


「フィルが不自然な質問してきた時点で手を打ったって聞いたけど? アパートメントとその周辺にどれだけの人数がいたと思ってるのさ。もう名前も顔も分かってるわけだし、後は父上待ちだね」

「・・・え。待ちって何を?」


 クラブ活動で留守にしていた筈のアレンルード。だからそっちは後回しにしていたのに。


「父上の判断待ち。お祖父(じい)様も、爵位持ちの直系令息がフィルを誘拐して遺体も残らないような殺し方をしようとしていた以上、父上を外国に寝返らせる為にまずそいつらから取りこまれた可能性があるって言ってたよ」

「・・・それはない。そこまで考える頭はない。あの人達、変態ジジイとフィルとの既成事実目的。変態ジジイからの謝礼目当てだったの。外国、関係ない」

「そっか。じゃ、もう生かしておく価値ないね」

「へ?」


 私と同じ顔をしている双子の兄は、とても私を愛している。ユニシクルボールの集中レッスンで他のことなど見聞きする暇はないと思っていたけど、まさかの事態だ。

 悪魔が降臨している。アレンルードは笑顔だけど、心は笑っていないと分かった。

 慰謝料欲しいから何もしないでって言える状況じゃない。怒ってる。完全に怒ってる。


「ル、ルード、・・・何かした?」


 私と同じ顔をした少年は冷たく微笑んだ。


「僕がスカート姿でいるだけで口止め交渉してきたんだから笑っちゃったよ。・・・ああ、そうそう。ニッシーナさん、いい人だね。レーザー撃銃で頭をシマ刈りにするコツも、体に少女誘拐殺人未遂犯ですって一ヶ月は消えないペイントするのも教えてくれた。奴らの顔とおしりにピンクで楕円を描いて、マントヒヒペイントとか言ってたっけ」


 気絶したい。

 和臣は「暴力に言葉は必要ない」を地で行く人だ。アレンルードの年齢に合わせてくれたらしいけど、交渉どころか人前に出られなくなった奴らと接触なんて不可能。全然喜べない。


「ニシナさん、いい人だけど、真似しちゃ駄目。ニシナさんの常識、世間の犯罪」

「誘拐犯から慰謝料もらって不問にするつもりだったフィルも十分非常識だよ」


 私は王子という権力者に助けを求めようと思った。それなのに、がしっと私のほっぺたを両手で固定する双子の兄がいる。


「え、えっと、ルード。どんなおうちにもね、無実の人はいるわけでね、その人の罪はその人だけのものだって、フィル、思うんだ。その、・・・弟や妹とかだってね、何も知らなかったのに、犯罪者の弟とか妹って言われたら、それ、ちょっと可哀想、だよね?」

「あのね、フィル。フィルが誘拐されて変態ジジイの好きにされても、フィルが焼き殺されても、ローグおじさんだってマーサおばさんだって、家族みんながフィルを守れなかったことで自分を責めるんだよ。みんな死ぬまで泣き暮らしちゃうよ。それって可哀想じゃないの?」

「そ、それは・・・」

「僕が誘拐されて殺されても、フィルは犯人の家族が世間からいじめられたら可哀想だからって、犯人を隠してあげるわけ?」

「それはしないけど」


 そもそもアレンルードがおとなしく誘拐されるのかって話だよ。どうして幼年学校時代にボールを蹴りながら登下校していたかというと、ちょこまかちょこまかボールを蹴りながら歩いたり駆けたりしている子供を誘拐するのが難しいからだよ。

 優斗のように一瞬で昏倒するような薬品を作れるならいざ知らず、普通の誘拐犯にアレンルードが誘拐されるとはとても思えない。軍人ならできるだろうけど。


「ルードが誘拐されたら、フィル、ちゃんと助けに行くよ。二度としないように全員退治しちゃうよ」

「うん。だから僕もフィルを殺そうとした奴らを退治するわけだ。分かるよね?」


 それ、もう疑問形じゃない。


「そ、それは、えっと、あの人達も殺そうとまでは思ってなかった・・・んじゃ、ないかなぁ? って」

「ニッシーナさんも言ってたよ。追い詰められた善人の犯罪は許してやってもいい。だけど悪人の犯罪を許したら社会は崩壊するってね。ちゃんと軽くお仕置きしといたし、後は去勢手術するだけ」

「レ、レイド助けてっ。うちのルードが暗黒世界に堕ちちゃうっ」


 顔を固定されていてもエインレイドは私の味方だ。そして王子様だ。

 お願い、王子様。今こそあなたの権力が必要なの。暗黒世界に堕ちちゃう子爵家長男をどうか明るく正しい世界に引き留めてっ。


「えっと、ごめんね、アレル。アレンってばどうやらガルディ兄上側みたい。それでもボードをひっくり返したいならディオゲルロス叔父上とウェスギニー子爵を味方につけるしかないんじゃないかな。とりあえずお茶でも飲んだら?」


 顔は見えないけど、のほほんとした答えが返ってくる。


「ルード、お茶飲もうっ。まずは一息入れて落ち着くっ。冷静さは大事っ」

「なんでフィル、いつも人に言いつけて終わらせるわけ?」


 ぎゅっと双子の兄を抱きしめて、ほっぺたすりすりしてから両頬にキスしたけれど、なんかまだ不機嫌だった。仕方ないから額にもキスしてあげた。私の頬にもキスしてもらってお鼻をこっつんこしてから、緩んだ拘束の中から周囲を見渡してみる。

 ベリザディーノやダヴィデアーレ、マルコリリオはとっくに違うテーブルにいて、どうやらそれぞれの家族が来ていたようだ。

 肝心のエインレイドはミディタル大公妃と同じテーブルにいる。問題はそこに貴婦人(推定王妃様)もいることだろうか。

 

「フィルお嬢ちゃまは優しくていい子ですわ。だけど犯人の家族を思いやってあげてもフィルお嬢ちゃまが傷つくだけですのよ。お金より何よりフィルお嬢ちゃまの安全が大事ですわ」

「・・・うん」

「あの学者先生のおかげでフィル嬢ちゃんも頭でっかちに考えてしまうから仕方ないさ。旦那様方も本当はいち早くフィル嬢ちゃんの無事な顔を見たかっただろうに、ルード坊ちゃんしか連れてこられなかったんだ。フェリルド様もまだ帰ってないそうでな」

「ううん。ローゥパパとマーシャママ、来てくれて嬉しいの。お祖父(じい)ちゃま達、とってもとっても忙しいって分かるから大丈夫なの。でもローゥパパ、お仕事大丈夫だった?」

「フィル嬢ちゃんより大事なことなんてないさ。レミジェス様も休む暇なく走り回ってるそうだよ。本当に無事でよかった」


 ローグとマーサ、そしてアレンルードがいたテーブルは私を入れて合計四人だ。マルコリリオの所は両親と一緒で三人だ。

 他のテーブルはどんな関係者が来ているのか分からないけど、少なくともベリザディーノとダヴィデアーレの所は祖父と父親が来ているのが分かる。何故ならクラブの発表会で見た顔だからだ。

 気づけばみんなが私達を見ていた。


(まずい。いつものフィルちゃんバージョンを披露してしまった。今からみんなを記憶喪失にさせる方法はどこだ)


 だけど何度も、それこそ何度も何度も無事でよかった、よくぞ助かってくれたと繰り返すローグとマーサにとって、私は守ってあげなきゃいけない甘えん坊なお嬢様だ。二人にとってはいつまでも目の中に入れても痛くない娘なのだ。

 私はそんな家族の心を優先したい。だから周囲の視線は気にしないことにした。


「フィルお嬢ちゃま。お茶とオレンジジュース、どちらにします? 移動も疲れたでしょう」

「えっとね、お水飲みたい。お口すっきり。それからお茶ほしい。フィルね、お利口さんしてたから疲れてないんだよ」

「ええ、ええ。フィルお嬢ちゃまが好きそうなお菓子を用意してくださいましたのよ」


 マーサがテーブルの真ん中に置かれていたお菓子を適当に選んで取り分けてくれる。何度も私の頭を撫でてくれるその手には、紛れもない愛情があった。

 砂糖とミルクを入れてもらった紅茶からはほんのりとオレンジっぽい香りが掠めていく。

 そこへ開いていた扉から何人かの人達がノックもせずに入ってきた。誰もが物々しい軍服である。


「ああ。皆、立ち上がる必要はない。今回の口裏合わせに抜け出してきただけなのでな」


 先頭にいた男が軽く手を挙げて皆を制すが、彼よりも偉い貴婦人(推定王妃様)とこの国の王子様がいると思うのだ。

 しかし髪を全て撫でつけて正装すると、人って数割増しに見えるんだなって改めて思ったりする。フォリ中尉は以前一度見た軍服ではなく、純白の軍服に金銀の豪奢な装飾がついたものを着ていた。

 ちょっと近寄りがたい空気がある。

 しかしそこは王子様。エインレイドは服装なんて気にせず立ち上がり、近寄った。


「ガルディ兄上」

「お帰り、エリー。初日から派手にやってたな。おしのび旅行っていうのはこっそり現地の人に紛れて過ごすのが定番なのに、自然に帰った森の子達は巨大ゴーストを天空にぶちあげるわ、ドヘタクソな狩猟好きおっさん坊やの迷惑行為防止対策に乗り出すわ、移動車一台ダメにして別荘を破壊するわ、土産も支出代金の倍額以上持ち帰るわ、皆の前では陛下も厳しい顔つきをされておられたが自室では大笑いされてたぞ」


 エインレイドは年齢のわりに長身だけど、フォリ中尉は平然とその両脇に手を添えて持ち上げた。見下ろす感じになっても、エインレイドも全く気にしていない。よくあることなんだなって分かった。

 この部屋も天井が高いし、テーブル同士の空間が広いので圧迫感はないけど、本当に仲がいい従兄弟だなって思う。

 静かに扉が閉められ、室内にフォリ中尉と一緒に入ってきた男の人達が散らばった。よくよく見たら、ヴェラストールで護衛をしていた人達だったりする。


「どれも僕じゃないよ」

「はは。楽しかったか?」

「とてもね。だけどアレルが危なかったって知った時は怖かったし、嫌だった。それなのにアレル、気にしてないし、ガルディ兄上を言いくるめる為に僕、アレルの味方をしなきゃいけないんだ。だからガルディ兄上、ここはアレルの言うこと聞いてあげてよ」


 我が国の王子様はとても素敵な王子様だと私は確信した。


「それならもっと騒ぎを小さくしておくべきだったぞ。大体、全国的に貴族令嬢が爆殺されそうになったと明らかになっていて、誘拐手段も監禁場所も全て割れている。これで誰も罪に問われなかったら、サルートス上等学校の女子生徒の8割は一方的に殺しても罪にならないことになるじゃないか」

「言われてみればそうだった。アレルが全財産巻き上げた挙句、今後の一生も弱みを握って言いなりにするとか言ってたから、それでいいのかって気になってた」


 所詮、お従兄(にい)ちゃん大好きっ子な王子様は押しが弱い。フォリ中尉はエインレイドを元の椅子に座らせてから頭を撫でた。くすぐったそうに目を細めるエインレイドは、性格が素直すぎる。


「あれだけの報道が行われなかったらその手もあっただろう。よく見ておくんだ、エリー。何事もやりすぎたら止められなくなる流れがあるってことをな」

「アレルもやりすぎは良くないって言ってたよ。あそこまで特集されるなんてアレルも思わなかったんだよ。ガルディ兄上、どうにかできない? 僕だって嘘情報が広がってくの嫌だよ」

「そのきっかけを作ったのは誰だった?」

「アレルだけど」

「それをなんて言うか分かるか?」

「えっと、・・・自業自得(じごうじとく)? 自縄自縛(じじょうじばく)?」

「よくできました。他山の石として勉強させてもらえ」

「だけどアレル、女の子なんだよ。可哀想だよ」

「本人、気にしてるのか? 夜も眠れない程? 食事ものどを通らない程?」

「・・・それはないけど」


 私はフォリ中尉と一緒に入ってきたうちの一人、ネトシル侯爵家の次男を振り返った。

 さっきまでは普通の服だったのに、今は茶色みを帯びた濃緑色の軍服だ。山野だとかなり保護色。うん、どう見ても戦うことしか考えてない軍服だ。


「ローゼンお兄さん。ここは私の味方をすべきです。王子様だって私の味方をしようとしてます。大事なのは人数です」

「ははは。おうちの人の言うことをよく聞いていい子になりましょうね、アレルちゃん」


 聞く耳持たない人って頭の回路が凝り固まっているんだよね。もっと柔軟になるべきだ。

 するとフォリ中尉のワインレッドの瞳が私に向けられる。


「無事で何よりだ、アレナフィル嬢。ウェスギニー子爵は不在、前子爵は城に詰めっぱなし、レミジェス殿も子爵邸を離れられんというので保護者としてヴィーリン夫妻にお越しいただいたが、育ての親だから問題あるまい。レミジェス殿も、未成年であろうがアレンルード君ならば十分ウェスギニー子爵の名代として参加できるだろうと言っておられた」


 いい人そうな言葉だ。だけど私には分かる。

 私との話し合いを封じ込める為の人選だと・・・!


「ガルディアス様、兄はまだ子供です。こういう大人がいる場には呼ぶべきじゃないと思います。私達は当事者だから仕方ないとしても」

「安心したまえ。既にアレンルード君は当事者だ」

「へ?」

「時間がない。早めにすませよう」


 いやいや、勝手に決めないで。私の意見をまず聞いて。

 それなのにフォリ中尉は室内の一番奥に設置された椅子の所まで行くと、皆を振り返った。


「さて、第二王子エインレイドのヴェラストール旅行でご子息ご息女を同行させていたウェスギニー家、アールバリ家、グランルンド家、ハネル家の方々は、気が休まらない週末だったことだろう。ミディタル大公妃が同行の上、護衛もつけていたが、まさかの事態となった。王子の学友として選ばれた以上、各家、今しばらく落ち着いて対応してもらいたい。とはいえ、まずはこの状況を説明すべく集まっていただいた」


 名前を名乗らなくても話を進めるところがとても偉そうだ。自分の母親のことも他人みたいに言ってるし。


「まずは後ろのスクリーンを見ていただこう。一番分かりやすい」


 フォリ中尉と反対側にあった大型スクリーンが起動する。そこには青色のワンピースドレスに白いざっくりケープを羽織った私がいた。てくてくと歩いている。


「ちょっと待ってください。盗撮はいけませんっ」

「アレナフィル嬢を黙らせろ」

「はい」

「フィ、フィルお嬢ちゃまっ」

「子供になんてことをっ」

「んむぎゅーっ」


 双子の兄は平然とお菓子を食べていたが、ローグとマーサが止めようと立ち上がった。


「心配なさらなくても、アレルちゃんが誘拐された時の映像です。アレルちゃんは自分が誘拐犯の高級移動車を滅茶苦茶にしたなんて知られたくなくて邪魔しようとしてるんです」

「え。・・・えっと、それは、罪になるのですか?」

「いいえ。すぐに終わりますから夫人も映像をよくご覧になっておいてください。誘拐犯の顔も映ってます。ヴィーリン殿も念の為、顔を覚えておいてください」

「はあ。そういうことなら」

「誘拐犯の顔が? そうですのね」


 ひどい。

 ネトシル家の次男坊が私の両手をさくっと縛って口をぐるぐる巻きにしてしまう。


「見た目が悪いから大きなリボンをつけておきましょうね。はい、可愛いですよ」


 すっぽりとかぶせられた袖のないピンクの上着は、襟回りに大きな赤と白のチェック模様リボンがついている。だから口元ぐるぐるも見えないのだ。まさかこの為に作られたのではないと信じたい。


「程いいところで解いてあげてください、アレンルード君」

「おうちに帰るまでこれでいいです」

「んむーっ」


 双子の兄が薄情すぎる。

 そして映像の中では私がヴェラストールにあるアパートメントに入ろうとしていた。そして私が共用扉から入っていくと、アパートメントの前に白い高級移動車が滑りこんでくる。

 そして私が男二人に抱えられてアパートメントから連れ出されていた。角度的に、私が5ナル硬貨で傷つけた様子は映っていない。

 良かった。これで私の軽犯罪は無いことになった。

 そして移動車が発進する。幾つかの街並みが映り、すぐにそれは私有地へと入っていった。


「アレナフィル嬢の護衛は、誘拐犯をその場で捕らえるよりも犯人を明確にすることを選択し、追跡したわけだ。誘拐時点では多少の変装もしていたようだが、大した問題ではあるまい。既に見覚えのある顔だと気づかれた方もいるだろう。見ておくべきはここからだ。護衛はアレナフィル嬢が連れこまれた別荘に侵入した」


 フォリ中尉の言葉が響く。

 私を誘拐した白真珠色の高級移動車はもう誰も乗っていなくて、そのナンバーは偽装だったのか、その場で誰かの指がそれを剥がして正しいナンバーを映す。その際、私が5ナル効果で傷つけた場所も大きく映し出された。


「え。何筋あるんだ、あれ」

「うわぁ」


 ベリザディーノとマルコリリオの声が響く。

 そして窓越しながらも車内の様子も次々と映し出された。


「あ。チョコレートバー、落っこちてるのもある。あのね、母上。アレルによると滑らかなくちどけのチョコレートは溶けやすいから嫌がらせにぴったりなんだって。だけどポケットに入れておく時は体温で溶けちゃうから難しいらしいんだ。アレル、ちゃんと包装を剥いておいたらしいけど」

「手に持っただけでも溶けちゃうチョコレートはあるものね。だからあんなに汚れちゃったのね」


 貴婦人(推定王妃様)に話しかけるエインレイドに悪気はないらしいが、あちこちの使わなかった座席や足元に飛ばされて落ちているチョコレートバーは、それがわざとだとバレバレである。

 私は上目遣いでローグとマーサを見上げた。それでも二人は優しく私の頭を撫でてくれる。普段、おうちではこんなイタズラなんてしないからだ。


「フィル、やっぱり分かってて誘拐されたね。アパートメントの監視映像装置に、フィルが特に抵抗してなかった様子と、腕を抑えられるのを妨害して手先の自由を確保していた様子が映ってたよ」

「んみゅーっ」


 違うのだ。そんなことないのだ。信じて、アレンルード。私はなす術もなく誘拐された被害者だ。

 映像の場面が切り替わり、どこかの物陰から壁を撮っているようなものとなる。その為、ピントがちょっとずれていた。それでも何人かの服とか顔はちらちら映る。


『はっ、いい気味だ。身の程知らずだからこんな目に遭うんだよっ』

『安心しろよ。外国なんざ行かなくてもいい嫁ぎ先を用意してやる』

『ウェスギニーだって喜ぶさ、外国に出さずにすむ。ちょっと年寄りだけど子供好きな変態親父だからな』


 嘲(あざけ)るような口調に、ベリザディーノとダヴィデアーレのテーブルで何人かがガタッと立ち上がりかけた。

 知ってる人だったのかもしれない。


『どうせここは近くに民家もない。遠慮なく泣きわめいておけ』

『全くだ。たかが子爵家程度で生意気なんだよ』

『しかもあのウェスギニーだろ。はっ、何を大公妃に取り入ってるんだか』


 やがて物置部屋から皆が出ていき、玄関に鍵を掛けて出ていった音が響いてからこの映像もそろりそろりと動き出す。

 物置部屋には色々な箒や塵取り、モップなどが置かれ、そして私は顔に布袋をかぶせられ、腕を縛られた状態で、背中に回された手首も縛られて床に転がっていた。


「フィルお嬢ちゃまっ」


 マーサが息を呑む。

こうして見たら、本当に私ってば哀れすぎる。泣けちゃうよ。こんな可哀想な子によくぞあんな罵詈雑言をぶつけられたもんだよね。

 ローグとアレンルードも奥歯を噛み締めたのが分かった。

 皆が注視していると、映像の中の私は腹筋の力だけで起き上がる。うん、柔軟体操の成果だ。そして体を起こした私は爪をこすり合わせた。


(ヤバい。めっちゃヤバイ。なんでコレ、録画してたかなぁっ)


 両手の爪の中央がいきなり伸びてミニナイフとなる。映像の中にいる私はそれで縄を切った。

 手首を自由にした後は、腕を縛っていた縄も切る。映像を撮っていた人は私の背後から前の方へと移動した。

 そこで私が顔にかぶせられていた布袋を取り去る様子もしっかり映っている。


(どこに映像記録装置持ってたかなぁっ。ひどすぎるよっ。普通、こういう時は止めておかないっ!?)


 ぷるぷると首を横に振って、はぁっと大きく深呼吸する愛の妖精が、そこにいた。目を丸くする様子は、まさに誘拐されてびっくりしている被害者である。


『ふー、ひどい目に遭いました。これはもう倍返ししないと気が済みません。全くなんてことでしょう。リオンお兄さんのお兄さんが私を拘束してこんな所に監禁した奴らの仲間だとは』

『何言ってるんですか。私は助けに来たんですよ』


 そのやり取りを見たアレンルードは、ぐるぐる巻きにされて身動き取れない私の頬を人差し指でつんっとつついた。 

 言わんとすることは分かる。


『なんてひどい人でしょう。幼気(いたいけ)な私が恐ろしさに震えているというのに、助けもせずに証拠保全に勤(いそ)しんでいたとは。優しさが足りませんよ。そんな男はもてないんですよ』

『別にもてなくても、好きな相手に愛されればそれで十分です』


 声でこの人が誰なのかが分かったのか、アレンルードがネトシル侯爵家の次男坊を見上げた。

 さっき、声を掛けられたからだろう。


『それは一理あります。それはリオンお兄さんのお兄さんが正しいです。私も恋人にしたい父に愛の言葉をシャワーのように浴びせてもらい、結婚したい叔父には甘く微笑んで溺愛してもらい、祖父母には頬ずりしてもらいながら甘やかされ、ちょくちょくとガルディアス様にお金を使ってもらってお出かけして、リオンお兄さんにおねだりを聞いてもらって、ヴェインお兄さんを使い走り兼荷物持ちにして、婚約者からは程々に便宜を図ってもらえさえすれば文句ありません』

『どこまで図々しいんですか、このミニサイズ悪女が』


 いきなり私が映らなくなり、映像の位置が高くなった。


「うちの妹がご迷惑をおかけしました」

「いいえ。アレンルード君がしっかりしているからウェスギニー家は安泰だと聞いています。ここで私が抱き上げたので映像には映らなくなりましたが、変なことはしていませんから安心してください」

「はい」


 思うんだけど、アレンルードって年上の強い男の人に憧れる気分が強すぎだ。どうして素直に頷くの。ここは映像を止めるところだよ。

 それなのに物置部屋の汚れた棚やバケツなどが映され、会話だけが響いている。


『ところでここの建物はどなたの持ち物ですか? 見た所、なんか別荘っぽい?』

『さあね。あいつらの内、誰かの持ち物でしょう』


 問題はこのやりとりだ。


『そうですか。この場所は私有地ですよね。道から離れてます?』

『道路からちょっと入り込んだ場所です』


 どんなに被害者目線に立とうとも、私が何かを考えていると分かってしまう。


『何か起きたらすぐに治安警備隊、到着します?』

『その「何か」にもよるでしょう。何を考えてるんですか』


 映像の中で床に着地した私が、両手を広げてくるりと見上げていた。何も言ってくれない相手に、はっと愛想を尽かす様子まで。


『決まってるでしょう。こんなことに味を占めたらどうなると思ってるんです。気に入らない女の子は監禁していいんですか、何をしてもいいんですか。誰もがこうして助けに来てもらえるわけじゃないんですよ。というわけで、お兄さん。私をぐるぐる巻きにしてください。この別荘をぶっ壊します。そして駆けつけた治安警備隊が見つける、拘束された可哀想な被害者の私。新聞一面トップ。特ダネニュース』


 ローグとマーサの目がいきなり私に集中する。二人の顔はとっても怒っていた。めっちゃ怒っていた。

 危ないことして怒られる奴だ。どうしよう、どうすればいいの。

 他のテーブルにいたクラブメンバーは頭を抱えてテーブルに突っ伏し、他の保護者達はあんぐりと映像を見つめている。


『あなたの名誉がどうなると思ってるんです? 認められるわけないでしょう』

『はっ。・・・何言ってるんですか。大事なのは私が大々的に救出されることです。そうじゃないと私があちこちでお買い物していたこととか、ゆえに襲われたところで大して時間が経っていなかったこととか、そういった検証、行われないじゃないですか。そしてこの建物の持ち主が明らかになることも大事です。ですが、それは下ごしらえに決まってるでしょう』


 映像の中で冷笑しながら説明する私を誰か止めて。

 ローグとマーサに怒られちゃう。もうおうちから出してもらえなくなっちゃう。


『何をやる気ですか』

『第二、第三の犯罪を防ぐことこそ大事なんです。かつて私の師匠は言いました。見せしめとは非情であればある程、結果的に被害者を少なくするものなのだと』

『そいつ、まともな人間じゃないですよ、アレルちゃん』

『知ってます。さ、お兄さん、一緒に探検しましょう。証拠は大事です』


 洗濯物を入れて集めるカートを見つけた私は、そこの布袋の中に、あちこちの引き出しや棚から集めた書類や小物をポイポイ入れていく。そんな様子がしっかり撮られていた。


『さ、これ、持って帰ってください。指紋付きの大事な証拠です』


 カートから布袋を外した私が、それを突き出している。


『いつの間に手袋していたのかな、アレルちゃん?』

『こんなところ、素手で触る馬鹿になった覚えはありません。何より後日の脅迫ネタですよ。持ち帰らなくてどうするんですか。特に家紋とイニシャル入り封蝋用スタンプなんて脅しネタに最適ですよね』


 可愛く笑う様子は、まさに愛の妖精なんだけど、多分そう言ってくれるのは父だけだ。

 マーサなんて私の頭を撫でていたのが、私のほっぺたを両手で挟んで怒ってますアピールに入ってる。


『何を押しつけてるんですか』

『爪ナイフなんて見つかりやすい物を身につけてたら、拘束されていた信憑性(しんぴょうせい)が薄くなってしまいます。恐ろしさに震えていた少女を助けなかった罪悪感を解消する為にも責任もって私が戻るまで預かっていてください』


 どうしよう。なんだか同情してくれていた他のテーブルから、どんどん同情モードが消えていくんだけど。


『あ、栄養補給バーとドリンクも持ち帰っておいてください。まさか助けに来る人いないと思ってたから、腹ごしらえ用に持ってきてたのに。これ、美味しい奴なんです』

『弁当持参で誘拐されるんじゃありませんっ。最初からそのつもりでしたねっ!?』


 あまりの決めつけに、映像の中で私はとても傷ついた顔になる。


『思うんだけど、リオンお兄さんのお兄さんは被害妄想に陥っています。私が初めて会った人の思考なんて知るわけないじゃないですか。私がしたことは、今日はうちのアパートメントに行くつもりだと、昨日の通話でにおわせたことぐらいですよ』

『分かってて誘導した人間のセリフですかっ』

『つまりお兄さんは、未成年の女の子が誰もいない場所へ行くと聞いたら襲っていいと考えるわけですか?』


 普段、自分の表情なんて見えないから、冷めた様子の私がとても新鮮だ。私は、新しい魅力を自分が開発してしまったことに気づいた。


『そんなわけないでしょう』

『だけど、そんなわけがある人がいた。それも複数。どう思います?』

『罰せられるべきですよ』

『その通りです。私もそう思います。そしてただの救助であれば言い逃れることが分かってます。せめて誘拐されたという醜聞に塗(まみ)れる私への慰めとして、この別荘には一緒に滅んでもらわなくてはなりません。それだけなのです』


 なんて高潔な私。全世界の人間が私に惚れてしまうね。

 だけどマーサのほっぺたキュッが更に強くなる。絶対これ、後で怒られる。


『ところで自分の息子が子爵家の令嬢を監禁したという醜聞を出回らせるぐらいなら、貴族の父親とはどこまで私に融通してくれる生き物だと思います? 新聞社の買収だけでも大変でしょうが、詳細を知る私にどれだけ貢いでくれるものなんでしょう』

『知りませんよ』 


 どうしよう。アールバリ家とグランルンド家の保護者達が声を出さずにお腹を押さえて笑ってるんだけど。

 冷笑って感じじゃないけど、あそこまでウケると複雑だ。

 ハネル家は表情が固まっていた。


『そう拗ねなくても。栄養補給バー、特別に1本食べてもいいから元気出して。ね? プレゼントです。可愛い女の子からプレゼントだなんて、もうお兄さんったら世界中の男の子が嫉妬しちゃいますねっ。よっ、色男っ。バナナ味がお勧めです。甘くて美味しいの』

『安っぽくて全く有り難味のない買収ですね。幼年学校生でも叩き落としますよ』


 アレンルードの眼差しがとても冷たくなっている。私の味方はどこだ。


『仕方ありません。じゃあ、ラズベリー味も食べていいです。甘酸っぱくてちょっとリッチ気分。私のお気に入りはバナナとラズベリーとチョコレートがスリートップなのです。だけどチョコレートは帰ったら食べるからあげません。それでも女の子の宝物を2つもプレゼントされるだなんて、お兄さんってばもう果報者(かほうもの)っ。いやん、もう憎いねっ、このこのっ』

『はっ。何がスリートップですか』


 にんまりと笑いながら肘でつんつんしていたものだから、さすがに貴族令嬢としてはアウトだったらしい。

 私の味方になってくれる筈のクラブメンバーは、お行儀悪くもテーブルに肘をついて顔を伏せていた。

 

『んもう、なんて強欲なんでしょう。それならドリンクも飲んでいいです。ドリンク1本にバー2本。これでお昼ご飯は完璧です。お昼ご飯をあげる代わり、料理人の小父さんにフレッシュジュースを用意しておいてほしいと頼んでおいてください』

『どこまで図々しく生きれば気が済むんですっ』

『全く今時の若者は我が儘すぎて困っちゃいますよ。じゃあ、特別に動物園ソーダにアイスクリーム浮かべたのを戻ったら分けてあげます。もう終わり。それ以上はあげません。我が儘言えばどこまでもおねだりできると思うんじゃありませんよ、全く』


 あ、アイスクリームと動物園ソーダを忘れてた。だから嫌がらせでこれを公開したのか。なんという奴だ。不満があるならまずは口に出せというのに。


『調子乗るんじゃねえよ。やっぱり今すぐここから逃げるか、このクソ生意気娘?』

『いえいえ。ほら、お兄さんも次の被害者を未然に防ぐというヒーローになりましょう。ね? 見えない善行が罪のない少女を救うのです。さ、私をぐるぐる巻きしてください。まさになす術(すべ)もなく拘束されていたって感じでお願いします』


 そして手首だけを拘束された私が映る。


『それじゃ誰にも見つからないようにここから離脱してください。なるべく遠くへ。言っておきますが、あなたも容疑者になり得るんですよ、リオンお兄さんのお兄さん。あなたにアリバイはありません』

『その前にこの状態でどうやってここをぶっ壊すというんですか。できるわけないでしょう』

『できるから言ってるんです。さっさと行ってください。大公妃様に、黙って見ててくださいって伝えておいてください』

『・・・仕方ありませんね。無茶はしないんですよ』

『はぁい』


 そこで一気に場面が変わり、爆発炎上した別荘の煙と救出された時の私が映って、そのスクリーンは終わった。

 なんかローグとマーサの視線が怖すぎるんだけど、そんな私を誰も助けてくれない。


「この通り、あの別荘に元々あった爆発物にアレナフィル嬢が気づいてそれを処理したにせよ、それはとても危険な作業だった。別荘の持ち主が反乱を企てていたのかどうか、改めて調べ直すことになるだろう。尚、アレナフィル嬢は第二王子エインレイドの護衛として全ての軍や治安警備隊、そして領主に協力要請し、全ての殺傷が認められる特別許可が下りている。今回、誰も殺害及び傷つけてはいないが、問題はアレナフィル嬢の名誉が傷ついたことだ」


 冷静に言ってのけるフォリ中尉だけど、そんなことより今の私を誰か助けてくれないかな。

 問題はローグとマーサにこの映像が見られてしまったことだよ。それ以上の問題なんて存在しないよ。


「んー、んー、むうーっ」

「黙ってなよ、フィル」


 もう映像は終わったんだから自由にしてくれてもいい筈だ。私だけが虐(しいた)げられている。


「そして護衛対象者を気絶させてでも回収しなかったネトシル・ファミアレ・ローゼンゴットは、本来は五階級降格の上、三年間の減給処分だが、今回はアレナフィル嬢自身がサルートス国における全軍の司令官に協力要請し、兵力をも移譲させられる権限があったことから、彼の行動は上官命令に従っただけとして不問とされた。しかしアレナフィル嬢には、これがエインレイドの護衛業務外であったなら彼も協力はしなかったことを覚えておいてもらいたい。これからは何かする時には先に相談したまえ」


 ひどい。言い方も表情も冷たすぎる。

 大公家のお坊ちゃま、私がサンリラでお酒作ってあげた恩を忘れすぎだよ。

 そこではらりと、口元のぐるぐる巻きだけが外された。


「ひどいです。あんな映像が撮られてたなんて聞いてません。盗撮は外に出さないって決まってるんですよっ」

「アホか。アレナフィル嬢が襲われる隙をわざと作ったなら、ミディタルの護衛チームとてそれを察していたに決まっているだろう。一気に処分する為の証拠を撮っていたら、それ以上の騒動をアレナフィル嬢が起こしただけだ。全くおとなしく観光することもできんのか」

「おとなしく観光してました。私は誘拐された被害者です」

「ランチ持参で誘拐されて被害者だと言い張れるものか、後でゆっくりヴィーリン夫妻から教えてもらうがいい。それより時間だ。これから特別番組が全国で流れる」


 スクリーンがぱっと点灯し、王城の映像を背景に音楽が流れる。サルートス王国の国歌だ。

 何かの重要な知らせがあるのだろう。その場にいた誰もが姿勢を正した。


『こちらはサルートス王宮・広報担当部です。先日、我が国の貴族令嬢が誘拐され、殺害されかけたことについて国王陛下のお言葉をお伝えいたします』


 さっと場面が変わり、王座の国王と王妃が映る。

 だけど王妃様って今ここにいると思うんだけど。うん、録画だな。


『先日、第二王子エインレイドのヴェラストール旅行に同行していたウェスギニー子爵家長女が誘拐され、殺害されかけた事件を知らぬ者はおるまい。

 本来は犯人を拘束の上、その罪に問うべきところであるが、ウェスギニー家長女アレナフィルはエインレイドの学友及び護衛をも兼任していたことから、その根はとても深く広いことが判明している』


 朗々と語る国王の声はとても眠くなる音域で、穏やかな気性なんだなって思った。


『従って今回の犯人追求及びその罪状に対する罰は、誘拐及び殺人未遂の被害者アレナフィルに一任することとした。ウェスギニー子爵家のアレナフィルはサルートス王国に所属する全ての軍及び治安警備隊に協力要請し、自ら加害者達を処罰することとなる。

 全ての貴族及び軍、治安警備隊や公的機関はその捜査に全面協力することを命じる。

 サルートスの民は知ることになろう。我が国の王族を支える貴族の気概とはどうあるべきかを』


 再び王城の姿が映され、国歌が流れる。


「ガルディアス様。王様だって私に一任するって仰いました。だから私のお願いを聞いてください」

「これで終わりじゃない。まだ見ておけ。こっちにガァガァ要求する前に、まずはヴィーリン夫人と話し合うんだな」

「フィルお嬢ちゃま。危ないことはしちゃいけませんってあれ程言ったでしょう。まさかさっきのは泣き真似だったのですかっ。わざと誘拐されたのですかっ」

「ち、違うもん。本当に怖かったもんっ。誘拐は、・・・本当にされるなんて思わなかったんだもんっ」


 ひどい。なんでローグとマーサを連れてきちゃうの。ほっぺたを両手で挟んできゅっとされちゃうのに。マーサが怒ってるよ。

 しばらくすると、どこかの部屋が映った。なんか見覚えがあるような気がする。主にウェスギニー子爵邸で。

 うん、どこかで見たお部屋だ。純白の壁に白百合の模様が浮かび上がっていて、風に揺れるカーテンも百合のモチーフがあしらわれている。小さめのお部屋だけど可愛いんだよね、あそこ。

 そこで可愛らしい紺色のアフタヌーンドレス姿の少女が映像の真ん中にやってきて、軽く礼をとる。頭の左右に結ばれた小さなリボンがちょっとラブリー。

 おかしいな。あんなの記憶にないんだけど。


『全国の皆様、初めてご挨拶申し上げます。ウェスギニー子爵家長女アレナフィルでございます。この度は全国の様々な方からお見舞いのお手紙やお品物をお贈りいただきましたこと、心から感謝申し上げます。ですが私に頂戴しましたお手紙や品物は、まず捜査の為に全て倉庫に運ばれ、様々な毒物チェックや関係性の調査が入りますので、私の手元に届くのは数年後となることが伝えられております。お心を無駄にすることも心苦しいことながら、その為、お返事できないことをお許しください』


 うん、あんなこと言った記憶、全くないんだけど。


『今回、私を誘拐し、殺害しようとした犯人につきまして、私自らがその恥をすすぐようにと国王陛下からの命令を頂きました』


 ゆっくりと純白のテーブルまで歩き、そして椅子に座る様子はとても愛らしい・・・かもしれない。

 着席した少女がにっこりと微笑んでいる。


『私は子爵家程度の娘が図々しくも王子妃狙いだとそしられぬよう、この年で外国人との婚約をすませております。また、普段から王妃殿下にエインレイド殿下のご報告がてら、そのご指示を頂戴しておりました。そういった立場の私を狙う人間がいるとは思わずに不覚を取りましたが、私はアパートメントに設置してあった監視映像から既に犯人を割り出しております』


 テーブルの向こうに座る少女がゆっくりと人差し指をこちらに突きつけた。


『女の子が泣き寝入りする時代は終わったのよ、坊や達。これからそれを教えてあ・げ・る』


 冷たく光る針葉樹林の深い緑色(フォレストグリーン)の瞳が、どう見ても犯罪者側の闇に染まっていた。

 ちょっと待ってぇーっ。

 私は横に椅子をくっつけて座っているアレンルードに頭突きした。だって手が縛られてるから動かせない。


「静かに座ってなよ、フィル。本当にお行儀が悪いんだから」

「違うよっ。なんで勝手に変なことしてるのっ」

「何言ってるのさ。ヴェラストールで僕のフリしてごまかそうとしたって聞いたよ。自分だってやったことだろ」

「あんな全国放送してないっ」


 すると私の口にチョコレートを挟んだ焼き菓子が突っ込まれた。

 こんな黙らせ方をするだなんて、なんて可愛くない子に育ってしまったの。仕方ないからもぐもぐと食べていると、ジュースのストローが目の前に出される。

 うむ。やはり大公邸のジュースはお高い感じで美味しい。余は満足である。


『お嬢様ぁ、あまり裏門近くには行かないでくださいませぇ』

『はぁい。だけどここに大きなお花があるのぉ。せっかくだからお祖母(ばあ)様に切っていくねぇ』


 なんだかほのぼのとしたやり取りが画面から流れているけど、使用人達用の裏門に私達は普段近づかない。何故なら移動車の行き来が多くて危ないからだ。

 この時点で、囮(おとり)なのだと分かる。もしかしてわざわざ花を植えたのだろうか。

 そこへぽぉんと、ボールが塀を越えて落ちてくる。

 玉蜀黍の黄熟色(メイズイエロー)の髪を結いあげてまとめ、それを黒いレースの大きなリボンで可愛く仕上げた少女は、黒いレースが何重にも重なって揺れるドレス姿で、そのボールに驚いた様子だった。そのスカート部分、後ろはまだそこそこふくらはぎまでの長さはあるけど、前部分は膝上ぐらいまでの長さだ。

 可愛いけど、動きやすいようになっているからあのデザインだって私には分かる。だって横の切れ込み、太ももまで入ってるって私は知ってるから。

 あのドレスは叔父の誕生日パーティでアレンルードが着たものだ。同じデザインで深紅のものは私が着た。二人、セクシー小悪魔ドレスで攻めてみたのである。身動き取れにくいデザインはアレンルードが嫌がるのだ。


『ごめん。ボールが入っちゃった。悪いけど、取ってくれるかな』

『いいですよ。じゃあ蹴り返しますね』

『いやいやいやっ、ここまで持ってきてくれよ。門は開けられるだろ?』

『生憎と顔を隠した不審者に近づかないようにって言われてるんです。門なんて開けられるわけないじゃないですか』


 今時、ボールが入っちゃったんだって理由で外へ誘き出す手は流行らない。ダメダメだね。

 するとフード付き上着を着ていた青年の一人がそのフードをずらした。だけどその顔の中心部はスモーク加工が掛けられている。


『あ。誘拐殺人犯達だ』

『しーっ、誤解だっ。アレナフィルちゃん、それは誤解なんだっ。どうか子爵にっ、子爵に会わせてもらいたいっ。これは本当に誤解なんだっ』

『そうだっ。まずは子爵に会わせてくれっ』

『父は留守です。そしてあなた方が私を誘拐した際の映像及び音声記録は父が戻り次第、特別公開予定です。それではさようなら』


 黒いレースのドレスに身を包んだ少女は、ポォーンと緩やかな楕円を描いて塀の外へとボールを蹴り出す。


『待ってくれっ。頼むっ、話を聞いてくれっ。このままじゃ俺達の人生が終わってしまうっ』

『誤解があるんだっ、アレナフィル嬢っ。私達は無関係なのに調査が入ってるっ。君だって私がいなかったことは分かってるだろうっ!?』

『何を言ってるんだっ。お前だって共犯じゃないかっ!』

『お願いだ、アレナフィル嬢っ。このままじゃどれだけの家が巻き添えになることかっ』

『つまりあなた達、私の人生なら終わってもいいけど、誘拐殺人犯の人生が終わるのはいけないって言ってるわけですね?』


 微笑む少女はとても穏やかな表情だけど、ここでどうして気づかなかったのか。この性格の違いに。

 私なら大騒ぎするって分からなかったのか。

ウェスギニー家の双子はそっくりなだけど、性格と行動パターンはかなり違うと言うのに。ほんと、情報収集がどうしようもないレベルで下の下だ。


『そうじゃないっ。俺達だって好きでやったんじゃないんだっ』

『事情があったんだっ。聞いてくれっ』

『聞けと言われても、今、この邸には治安警備隊上層部だけじゃなく、王城や軍の方々がいらしていて、家人はその応対に忙殺されています。何ならそちらでお話されてはいかがですか?』

『い、いやっ、そうじゃなくてっ。頼むっ。どこか人が来ない場所に、セブリカミオ殿かレミジェス殿を連れてきてくれっ』

『お願いだ、アレナフィルちゃんっ。私達は頼まれて連れていっただけで、傷つける気もなかったし、あんな爆発が起こることも知らなかったんだっ。これは仕組まれた罠だっ』

『そのことをウェスギニー子爵に伝える義務が私達にはあるっ。ここは小さな恨みを捨てて、我が国の為に協力してくれっ』


 何の義務があるんだろうと思ったけど、それ以前にこの映像を撮っていたのは誰なのかが気になる。アレンルードの近くに誰かがいた筈なのに、この男達はまるでアレンルードが一人でいるかのように話している。

 さっと切り替わった次の場面は、ウェスギニー子爵邸のクロスボウ練習場だった。

 なるほど、たしかに周囲に声が響かない。屋外だから汚れても水で洗い流せる。

 問題は的がある方向へ追いやられている男達だろう。十人以上が、その瞳に恐怖を宿してこちらを見ている。顔の下半分はスモーク加工されているけど、これってもう誰が誰なのか、分かる人には分かるんじゃないかな。

 地面にバラバラと落ちている護身用の撃銃は、どうやら撃ち落とされたものらしい。多分あれ、ヘタに触ったら暴発するね。銃身が歪んでるし。


(つまり武器持参でやってきたわけだ。場合によっては、・・・そう、人目が全くないなら私を口封じして逃げる気だったかな)


 距離があるのは、互いの間に柵が下りているからだ。と言っても、かなり細身の人ならすり抜けられないこともない程度の感覚の柵だったりする。私達は当然すり抜けられる。だけど大人の男の人だと難しい。

 何故、的の前に柵が設置できるようになっているかというと、クロスボウやナイフ投げ以外にも障害物のある状態での的当てなどを競う為だ。


『殺されそうになったのが小さな恨み? それなら我が国の為にあなた方だって殺されても文句言わないでくれるわよね? 女の子を誘拐して楽しむようなクズ、我が国の未来に必要ないでしょう?』


 少女の声が冷たく響く。どうやってこの場所まで連れてきたのか分からないけど、知らない方がいいかもしれない。

 そして誘拐犯達が増えているのだが、もしかして保護者同伴でやってきたんだろうか。自宅で家族に泣きついてついてきてもらったとか?


『こっ、こんなことをしてっ、ただで済むと・・・っ』

『よりによって箒(ほうき)で殴るかっ』

『こちらの方をどなたと思っているのだっ。小娘如きがっ』

『子供と思って手加減してりゃ遠慮なく蹴りやがってっ』

『言っておくがっ、うちは子爵家なんぞより高い身分なんだぞっ』

『ウェスギニー子爵だってタダじゃすまないんだからなっ』


 祖父や叔父に会いたいと言っていたことからして、何らかの交渉ができる人を同行させたのかもしれない。しかし私が殺されそうになった以上、祖父や叔父がそんな交渉を受け入れるだろうか。それとも受け入れると思ったからこそアレンルードはこういう場所へこっそり隔離したのか。


(ルードが自分一人であんなこと考えつくかなぁ。基本的に真正面からぶつかってくよね、ルードって)


 ピュヒュン、パヒュンッと僅かな音がして、次々にそのズボンが下に落ち、慌てて押さえようとしたところで上のシャツや上着もはらりと落ちていく。

 瞬く間に服が端切れになっていき、誰もが前かがみになった。


『この痴女っ』

『男にでも飢えているのかっ』

『なんて娘だっ』

『この変態っ』

『そんな貧相な体で吠えないでちょうだい。ウェスギニー家のアレナフィル、これでも目が肥えてますの。私が評価するのはミディタル大公殿下レベルの肉体ですのよ。あそこまで鍛えてから出直してらっしゃい』


 なんて大嘘を・・・!

 私はとてもショックを受けた。


「違うもんっ。私が評価するのはお父様の体だもんっ」

「うるさいなぁ。一番分かりやすいんだから、あれでいいんだよ」


 何故かそこで「参考映像」の表示と共に、ミディタル大公の姿が映し出される。まさに凄まじい気迫に満ちたものだ。木刀を両手に、何人もの男達と渡り合っていた。

 とても硬そうな木刀が何本もボッキボキと折れていくが、跳躍したついでにそこらの枝を叩き落として木刀代わりにしている時点で人間じゃない。

 ひどすぎる。私のイメージがガタガタだ。

 あまりの悲しみに声さえ出ない。

 と思ったら、元の映像に戻った。

 うん、たしかにあのミディタル大公の姿を見た後なら、どれもひょろりんとした肉体ばかりだった。


「ほらね。父上より余程かっこいいじゃないか」

「ムキムキならいいわけじゃないっ」


 そこへ椅子を持ってベリザディーノがやってくる。私達二人を挟むようにローグとマーサが座っていたので、反対側に椅子を置いて座った。


「凄いな、アレン。見事な女装じゃないか。アレルにしか見えない。ま、アレルなら言わないし、やらないけど」

「まぁね。妹にやらせたら脱線するのが見えてるし」


 するとダヴィデアーレとマルコリリオもやってきてしまう。


「どうせなら皆さんで仲良く座るといいですわ。あなた、あちらに行きましょう」

「ああ。ルード坊ちゃんもまさか女装が全国に公開されるとは・・・」

「大丈夫ですわ。あれはフィルお嬢ちゃまってことになってますもの」

「あ、すみません。よかったらカップ運びます」

「あら、いいんですのよ。これからもフィルお嬢ちゃまと仲良くしてくださいね」


 ローグとマーサは誰も座っていないテーブルへ移動してしまった。

 そういうことならと、エインレイドも来てしまう。


「子供達はやっぱり子供達がいいみたいですね。こちらでお茶を淹れ直しますから」

「ネトシル殿がお茶の用意までするんですか?」

「五階級降格処分を免れた分、働けって言われてるんですよ。レイド君はいつまでもいい子でいてくださいね」


 なんだかとても恨みがまし気なやりとりが聞こえるが、聞こえないフリだ。

 画面の中で幾筋ものレーザーが、男達の髪をシマシマ模様になるように放たれる。その際、続けざまにカラーレーザーを撃つことで、カラフルな縞模様になるのだが、あれは和臣だろう。


(終わった後でも鏡を見る度に心かきむしられる奴だ。和(かず)おじさんだからこその命中率なんだけど、あれができるようになったら終わりだよ)


 少女の腕を支えるようにして、そのコツを教えているようだ。あんなの教えなくていいのに。和臣が手伝っているから上手くできているだけで、本当にマスターしようとしたら練習量も大変になる。

 次々と髪がカラフル縞模様になっていくそれに、誰もが逃げようとしたけれど、それは縞模様が斜め縞になるだけのことだった。


『なんでっ、なんでこんなことをするんだっ』

『まずは話し合うこともできないのかっ』

『なんてことすんだっ』


 吠えている男達は、それでもまだ手加減されていることを分かっていない。あの爆発は私がやったことだと和臣は分かっている。だから遊びですませているのだ。


『だって私、誘拐されてしまったことが明らかになったんですもの。それこそ他人は私の身が汚されたとか、犯人達にいいようにされたとか、色々と面白おかしく囃(はや)し立てることでしょう。貴族社会で残りの人生、そんな惨めな日々を送らなくてはならないのですから、その屈辱、あなた方だって辱められなくては不公平です。・・・てめえらがやったことがそのまま返されてるだけで、これはまだ序の口だって分かれよクソ共』


 フィル、そんな汚い言葉使わないよ?

 今からでもこの放送、なかったことにしたい。


『何もしてないだろうがっ。縛りはしたが、それだけじゃないかっ』

『こっちだってすぐに戻らなきゃいけなかったんだっ。縛り上げて後は夜ってことになってたんだから問題ないだろうっ』

『子供にしか興味ねえジジイは夜にやってくる予定だったんだよっ』

『そもそも胸もない子供に襲う価値なんぞあるかっ』

『そこまで趣味悪くねえよっ』


 その通りだ。夜になって変態ジジイに品定めされながらえぐえぐ泣く私を見て楽しむつもりだったのだろう。

 これで私がもっと育っていたならその場で襲われたのかもしれない。無事だったのは運が良かっただけだ。

 まあね。わざと誘拐されたんだけどね。


『誘拐された時点で私はあなた方に踏みにじられて汚されたと誰もが思い、それを事実として語るのです。ならば事実がどうであろうと、犯人を踏みにじって汚さなくては不公平です。あなた方が女の子にしか興味のないジジイを用意した以上、私も男にしか興味のない男を用意してあなた方を襲わせます。それは間に合わなかったので後日のお楽しみということで』


 パンツまでレーザーで切られ、隠す最後の衣類がはらりと落ちた。顔だけじゃなく腰もスモーク加工されているけど、そういう問題じゃない。

 こんな映像が全国放送。もう社会生命の終焉な気がする。


『結局何もしてないだろうがっ』

『あの出火だって私達は何も聞いてないっ』

『夜まであそこに縛って転がしておくって聞いてたんだぞっ』

『あの火をつけた奴が本当の犯人だろうがっ』

『上着さえ脱がしてないってのに、なんでこっちを裸にするんだっ』

『この痴女がっ』

『変態ジジイの素性は後ほどお伺いしましょう。だけどあなた方が私の誘拐に加担したことは紛れもない事実ですわ。それに大した持ち物ではなさそうですけど? これから成長しますの?』


 自分にもあるものだからか、アレンルードは男達の裸にも全く動じる様子がなかった。

 誰だ、あんなセリフを指導した奴は。私が言って、私がやったことになっているのに・・・!

 私はもう気絶したい。誰もが後ろを向いているけど、女の子が言葉にするにはあまりの暴言だ。


『うっ』

『あっ』


 背中を向けたからだろう。いきなり皆が次々と倒れていった。恐らく麻酔弾を撃たれたのだ。

 そして映像の角度が切り替わる。


『うーん。やはりここは分かりやすく、少女誘拐犯って書くべきね』


 意識を失った男達の体を足で蹴り飛ばす黒いレースのドレスを着た少女。

 見た目はとても可愛らしい女の子は、男達の体に「少女誘拐犯」「私は何もしてない少女を殺そうとしました」などと、胸腹部や背中に書いていく。

そして黒い手袋をした大人の手が、男達の顔にピンクの楕円を横につなげたような模様を描いていた。しかも足で蹴とばしてひっくり返すと、おしりにもピンクの丸を描く。その大人の顔や体は映し出されていなかったけれど、あまりにもおちょくり度合いが飛び抜けていた。

 その後は少し時間が経った後なのか、先程の昼間の太陽光から夕暮れの日差しになっていて、皆が目覚めた様子の映像へと切り替わった。お互いの顔と体を見て悲鳴をあげている。


『ひゃあああーっ』

『きっ、貴様っ、許さんっ。絶対に許さないからなっ』

『訴えてやるっ。破滅させてやるぞっ、アレナフィルッ』


 文句を言う根性もなく悲鳴だけをあげ続けている人もいた。


『それはここを出られてから言うセリフじゃないかしら。言っておきますけど、どうして無事にここを出られると思ってますの? だって私、手を縛られて転がされてましたのよ? そして問答無用で爆発した家屋に閉じこめられたんでしたわね。さて、爆破処分していい建物はどこがあったかしら』


 屋外用のリクライニング椅子に座って爪を磨かせながらそんなことを言う少女が夕焼けで全身を赤く染まらせているけれど、あまりにも悪辣すぎるのです。

 本物の私よりもお嬢様なアレンルード。双子の妹を誘拐された怒りがその演技能力を急上昇させている。


『大丈夫ですわ、お嬢様。ここの音は全く外に響きませんもの。ヴェラストールで同じ目に遭ったのでしょう?』

『ええ。喚こうが泣こうが誰にも聞こえないんからせいぜいほざけって言われちゃったの』

『じゃあ、おあいこですわね。何ならここはもう埋めてしまえばいいのですわ』


 裸の男達が柵の向こうにいても気にせずお嬢様の爪や髪のお手入れをしているメイド達の顔は映っていませんが、子爵邸はいつから犯罪者集団になったというのでしょう。殺人及び証拠隠滅を子供に教唆してはいけません。そして子供もそれを受け入れてはいけないのです。

 私のイメージはもうガタガタです。


(これってもう私の恋愛相手とかいなくなったりするって奴じゃないの? これってもしかして和(かず)おじさんによる私の結婚相手消滅作戦っ!?)


 そしてまた時間が経ったらしく、誰もが力なく座りこんでいた。


『ゆっ、許してくれっ』

『もうしないっ。二度としないっ。頼むから許してくれっ』

『お願いだっ。反省したっ』

『私は元々反対だったんだっ』


 罵っていた男達の言葉が哀願に変わり、周囲はとっぷりと闇に包まれている。

 私が思うに、自分だけご飯を食べに行ったって奴だ。そして男達は裸で放置され、トイレもそこでしろって奴だったって分かる。


(なんかかなり疲れきってる? もしかして映像にないだけで何か他にもやったとか?)


 和臣はそこのところ容赦がない。アレンルードへの影響が恐ろしすぎる。


『これ以上、臭くなられても困るかしら。賢い犬は飼いたいけど、やっぱりムサい男を飼うのはイヤなのよね。仕方ないからひざまずいて私の靴を舐め、全てを洗いざらい白状するなら、ご自宅に迎えに来てもらうよう連絡させてあげてもいいですわよ。だって壊していい建物はお父様が戻ってこないと分からないんですもの。その間ここで垂れ流しって臭くて近寄りたくないし・・・。山の中に捨てに行くにしても臭くて触りたくないし・・・。拾った動物は自分でお世話しなさいって言われちゃったし・・・』


 お前は鬼か。きっと全世界の人がそう思った。

 さっきからウェスギニー家の人間は誰も映っていないが、祖父母や叔父にしても私を誘拐した男達にかける情けなどないだろう。

 だからといって野良犬扱い。


『言っておきますけど、ウェスギニー子爵家唯一の娘を誘拐したあなた方に、うちの人間は誰一人として情けなどかけません。服どころか、布一枚も与えないでしょう。ここで餓死するか、それとも私にはいつくばって許しを請い、そしていつか誘拐されて男に襲われる運命を受け入れるかのどちらかですわ』


 夜の練習場を照らす明かりが、白いレースがついたネグリジェタイプの白い寝間着と白いナイトキャップに身を包んだ少女をほんのりと浮かび上がらせていた。

まさに清楚なお嬢様。とてもラブリー。全世界の少年達が惚れてしまうわ。


『私、いい子だからもう寝る時間なんです。それではおやすみなさい』

『私達はっ、昼から何も食べてないんだぞっ』

『私なんて悪いこと一つもしていないのに、朝から誘拐されて縛り上げられたんです。そして夜まで放置されて、エロジジイに襲われる予定でした。何故かその前に爆殺されることになりましたけど。・・・あなた方は悪い人達なんだから一日ぐらい食べなくていいです。人間、死んだらご飯は食べられないんですよ。私だって何も食べられない死体になってたんですよ?』


 そして少女は後ろに控えていた男達を振り返る。


『代わりにあなた方の靴を舐めるのでもいいけど、その後は自白するかどうか、その自白が正しいかどうかチェックしておいてくださる? だけどあなた達も遅くなったらもう放置して寝てください。どうせここ、外の扉に鍵かけたら誰も入れないし、出られません』


 あくびをしながら去っていく少女が残したのは、顔は映っていなかったが筋骨たくましい男達だった。

 その汚れた軍靴に口づけて水をもらえた男達が別々の場所で調書を取られる。それでも服はもらえなかったようだ。

 あまりの屈辱に誰もがその心をバキボキと折られたのが分かる。

 やがて切り替わった映像は朝の光の中だった。迎えに来た人達が悲鳴をあげて大事な令息達の悲惨な姿に駆け寄ろうとするが、全員が集まるまでそれは許されない。

 柵の中にいる男達はもう喚く気力もないようだった。よく眠って朝食をとったであろう少女達だけが元気だ。


『これはっ、厳しく責任を問わせていただきますぞっ』

『たかが子爵家の分際で許されると思うてかっ』

『では治安警備隊と正規軍を呼びましょうか? そして私の誘拐殺人未遂犯として突き出しましょう。トップニュース間違いなしですわ』

『・・・くっ。子爵をっ、子爵殿を呼んでもらおうっ。子供では話にならんっ』

『全くだっ。これは大人が出てこなくてはならんだろうっ』


 やはりそこで子爵家の大人を呼ぶようにと迎えに来た人達が言い出したが、少女は取り合わない。


『少しは頭を使ったらいかが? 無力な14才の少女一人に少なくともこれだけの男が関与している誘拐殺人ですもの。私的な罰ですませてあげるのは温情ですのよ。正式な捜査となれば、勿論、どの家もご当主が無関係とはならないことは覚悟の上ですわね?』


 朝の光が照らし出す練習場で、誰よりも背が低い少女が濃い緑の瞳を煌めかせる。

どこかで見たことのあるプロテクターは、完璧ヤる気だ。さすがにヘルメットはつけてないけど、全然喜べない。あれはかなり保護能力が高いプロテクターで、そのサーベルの切れ味も凄まじい。


『ちなみに私、殺人許可もおりてますのよ? 栄光ある一番目はあなたがなってみる?』


 お願いだからその手に持ってる撃銃付きサーベルを人に向けないで。

 少女の言葉と共に、その背後にいた男達も撃銃を腰から外して構えた。迎えに来ていた男女の誰もが後退る。

 殺人許可という言葉が説得力を持つ程に使い込まれた武器を構えた戦闘服の男達。彼(かれ)等(ら)を従える少女は誰もが見入らずにいられない程に存在感を放っていた。

 子供だからと侮れるだろうか。


『既にガルディアス殿下は、エインレイド殿下の学友にして護衛たる私が狙われたことに、エインレイド殿下を害する目的が最終的にあるものとして捜査を進めておられる。選ぶがいいっ。この私、14才の少女をこんな大勢の男達で襲って殺そうとした恥知らずな貴族子息という醜聞を受け入れるかっ。それとも今すぐ一族郎党、反逆罪で獄に繋がれるかどうかをっ!!』


 今までは可愛いドレスをひらひらさせていただけに、一気にイメージチェンジだ。

 ダークグリーンのプロテクターをつけていてもその下はタイツとミニスカートだし、しかも髪は編み上げてからリボンを結んでいるので女の子と分かりやすいけど、もう返答次第では今すぐ殺してやるという意志が漲(みなぎ)っている。


『は、反逆罪など・・・』

『何を言うに事欠いて・・・』

『子爵家の娘が、殿下のお名前を出すとはっ』


 くっと、悔しげに口を開いた迎えの人間達だが、少女は嘲るように笑った。


『それなら王城に連絡を入れてあげる。

ちょうどエインレイド殿下の情報を垂れ流していた国賊の取り調べを行っているところですもの。私を排除してエインレイド殿下を危険にさらす選択をした理由を牢獄でお喋りするってことでいいわね?

 勿論、ご当主だけじゃなくお宅の上等学校通学中のご令息ご令嬢も捕縛を免れませんわ。投獄経験のある令息令嬢だなんてとてもスリリングな人生ね。それに加担するような使用人を持ったことをさぞ誇りに思われることでしょうよ』


 誰もが項垂れ、大人しく引き下がった。被害を一人ですませるか、家門全てを巻きこむかの二択ならば当然だろう。

 解放される条件としてきっちりとお詫びの言葉を一人一人が少女に対して礼儀正しく言うことというそれを呑んでやっと合流できたのである。

 どこまでも念入りにその心を折っているところが和臣プロデュースだ。礼儀正しさと反省の気持ちが見られないものは解放しないのだから。

 正直、アレンルードだけでこれだけの男達を相手にするのは無理があっただろう。だけど和臣がいたなら話は別だ。映像には映っていないが、殴って終わりにしないしつこさが和臣だ。

 

(うちにあんな体格の警備員はいなかった筈なんだけどなぁ。どこから調達してきたの?)


 そして場面は、白い百合のモチーフが浮かび上がる室内へと変化する。そして紺色のアフタヌーンドレスに着替えた少女がそこに座っていた。


『皆様、ここまでお付き合いいただきましてありがとうございました。私はあの爆発火災の中、運よく生き延びることができましたが、それでも誘拐されたという醜聞は一生私の身につきまとうことでしょう。

ですが、それは私だけではありません。

このサルートス国内でも不本意な襲われ方をした人は男女問わずいて、その人達は辛い思いを抱えて生きていることでしょう。その上で私は、どんなに踏みにじられようとも己の誇りは他人によって決められるものではないと宣言します』


 少女が立ち上がり、鞘から抜いたナイフをまっすぐ突きつける。

 凶悪な笑みを浮かべていた。


『そして、残りの加害者達に告ぐ。・・・首を洗って待ってろ。使い走りはあれですませてやったが、首謀者のてめえらはもっと独創的に仕上げてやる。タマ落とされるだけで済むと思うな』


 左手で中指だけ軽く立て、残りの四本の指を握っている少女は、右手に持ったナイフでそれを軽く切るような仕草をした。その笑い方はどう見ても正義の味方じゃない。


(よりによって去勢宣言。それとも命(タマ)なの? あんなの誰から教わったの)


 脳裏に和臣の馬鹿笑いが浮かんで消えていった。

 ぶちっとそこで映像が切れる。

 王城の映像が映っていた。そして声だけが響く。


『これにて特別放送を終わらせていただきます。この放送番組に対するご意見は全て王城前公園にて公開させていただき、住所と氏名を明らかにしていないものは受け付けないことをお知らせいたします。それではごきげんよう』


 室内はとても静かになった。もう泣くしかないよ。


「何なのアレ。私、あれじゃとっても危険な子だよ。なんでアレなの。もう悪の女帝だよ。ひどすぎるよ。私の名誉は誘拐されたことより、やったことの方で壊滅したよ。名誉なんてチリ一つ残ってないよ」

「うるさいなぁ。フィルが変に全国放送されたのが悪いんだろ。何だよ。あちこちからお見舞いとラブレターばっかじゃないか。ふざけんなよ。どんな男も逃げ出すぐらいでいいんだよ」

「ルードの馬鹿ぁっ。あれじゃ慰謝料なんてもらえないぃーっ」

「そんな追跡できないお金なんて手にしたら、フィルはろくなことしないってみんな分かってるよ。諦めがついてよかったじゃないか」


 悲しすぎる。

 口止め料という名前の慰謝料を領収書無しで手にいれる筈が、あそこまでやった相手に何を要求できるというんだろう。

 フォリ中尉を言い負かしてゲットする筈だった大金は、夢と化した。


「えっとさ、アレル、まずはお茶でも飲む?」

「うん。だけどレイド、この手をまず外して。ひどいんだよ。問答無用でぐるぐる巻きするんだよ。護衛対象者にしていいことじゃないよ」

「えっと、ネトシル殿。アレルの手、もう外してあげてもいいですか?」

「そうですね。もう構いませんよ」


 しゅるりんと解かれても、もう遅い。


「あのね、アレル。アレンの変装でも可愛かった・・・というか、うん、カッコよかったよ」

「落ちこませてやれよ、リオ」


 ダヴィデアーレの言う通りだ。もう海の底まで落ちこんでいたい。


「不幸中の幸いとして、これからどんなお茶会に招かれても変な目に遭わないんじゃないか? アレル、かなり妬まれていた筈だ。だけどアレを見たら、・・・普通の令嬢、もう何もできんだろ」

「ほとぼりが冷めたところで、あれは実はアレンだったって噂を流せばどうにかならないかな。女の子としてはまずくても、アレンなら大丈夫じゃない?」


 ベリザディーノが言うお茶会は最初から行くつもりがなかったし、エインレイドはほとぼりが冷めた頃って言うけど、ほとぼりが冷めた時にはもう事実として固定化されている。

 どこにも救済策がなかった。


「僕はどうでもいいですけど、エリー王子がまだフィルといるならあれはフィルでいいと思いますよ。抑止力ってそれだけの力を見せないと効果は出ません」


 みんな勝手すぎるよ。

 そんな私に、フォリ中尉が声を掛けてくる。


「アレナフィル嬢。たしか自分を誘拐した犯人達を許し、その代わりに慰謝料を巻き上げるとか言っていたが、その犯人はもう一人のアレナフィル嬢によって私的制裁を加えられた後だ。その話し合いはどうしたものかな? その是非をヴィーリン夫妻とよく話し合い、アレンルード君とも意見をすり合わせてから私に伝えてくれ」


 慰謝料巻き上げるどころか、もう私、みんなから距離置かれて避けられる未来しかない。

 しかもローグとマーサ、そんなお金の収集方法なんて絶対許してくれないよ。アレンルードに至っては何をやるか分からない。


「陰謀ですっ。どう見ても陰謀ですっ。私がヴェラストールいる間に、うちの兄を巻きこんでやっちゃいましたねっ」

「まさか。アレンルード君は自分で考えて動いただけだ。ウェスギニー子爵家の跡取り殿は妹を守る為なら女装もすれば憎まれ役をも務める気概があると、その行動で示したんだぞ。将来が楽しみじゃないか」

「憎まれるのは私ぃっ。・・・レイディッ、大公妃様っ、私が可哀想すぎますっ、・・・って、二人はどこに?」

「エリーがそのテーブルに混じったところで出ていってたぞ。色々と話すこともあるんだろう」

「みんなしてひどすぎるぅっ」




 何故かその数日後から、意に添わぬ襲われ方をした被害者が、加害者が眠った隙に頭をシマシマ模様に刈ったり、油性ペンで首の後ろや背中に恨み言を書いたりするという事件がぽつぽつと現れ始めた。

 さすがにシマシマ模様にされた頭では外を歩けないと、髪を切ってもらいに出かけたところで通報される流れができたのである。

 無力でも、隙を見て首の後ろや背中に字を書くことができれば何かは変わる。

 シマシマ模様になるようにカミソリで髪を刈ってしまえば誰かには通じる。

 少なくとも治安警備隊の取り調べを受ければ周囲にもその事が知られる。

 社会現象になったそれを、人は「タマ奪(と)られ」と呼ぶようになった。

 なんでもそんなことをされる人は、それだけ恨みをかうような性犯罪を行っているんだろうと皆に警戒され、その職場を解雇されたり、家族に見捨てられたりと、社会生活の生命(タマ)を奪われる事態となったからだ。

 それまでは被害者が泣き寝入りするという一択だった。それが小さいながらも反撃する流れが少しずつ社会に生まれたのである。


(どうしよう。なんか王城前公園、私の非公認ファンクラブができてるんだけど)


 成人した男達を裸にひん剥いた挙句、辱めた子爵家令嬢の名誉は地に落ちた。・・・筈なんだけど、あの番組に対する意見は子爵家令嬢に対する応援の声がとても多いそうだ。

 14才の女の子が、男に襲われそうになったならその男を男に襲わせるのが当たり前だと全国放送でやらかした。被害者よりも加害者の名誉をより大きく落として当然だと実行したのだ、殺されそうになったというのに時間を置くこともなく。

 その苛烈さはドン引きされるよりも、特定の人達の心にずどんっとはまった。


(しくしく泣く貴族令嬢のイメージと裏腹なところ、つまりはあの口の悪さがウケたって何それ)


 どこかの学生が作ったとかいうドレスアップした少女の像が、王城前公園に置かれている。ドレス姿の少女なのはいいけど、その手に凶悪そうなナイフを握り、中指を立ててそれを切る仕草をしているところが全然よろしくない。


 タイトル「タマを奪れ ~ 反撃する少女の誇り ~ 」


 お父様。子爵家令息をあまりにも下品な市立の幼年学校に行かせたのはまずかったと思います。




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