第六章
レイワマンションの新規ご契約ありがとうございます?~第六章
作: 大丈生夫 (ダイジョウイクオ)
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Scene. 24 手紙
姫百合島の一件から無事解放されてからはやくも1週間経った頃、一通の手紙が舞い込んだのが事の始まりとなった。
それからのサトルとエミの生活は臆病風にでも吹かれるように変化していった。
「サトル、あの手紙のことだけど・・・」
「もういいよ、何度話したって変わる事は無いのだから!」
「でも、もっと考えたほうがいいと思うのよ。こんなんじゃ不安だし。」
「解ってるさ、オレだって・・・だが。」
「だが何よ?」
「折角此処の住人たちとも親密になってきたところだし、そもそもこの手紙の内容の真偽なんてどうでも良くないかい?」
「だって、私達このままじゃ不安で使用が無いじゃない・・・」
「ほら、コンシェルジュ☆ヤソキチさんだって「そんなこと無い!」と断言した。」
「それもそうね。だけど一体誰がこんな手紙を送りつけてきたのかしら?」
「誰でもいいよ、別に。」
「それもそうね・・・」
その手紙の内容とはこうだ―――――
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サトル様・エミ様
私はあなた方の住んでいる部屋に先日まで暮らしていたものです。
昔は歌手をやっていまして売れっ子でした。
それも若き日の幻・・・今思えば遠い遠い昔話。素敵だったわ。
そして時代は変わり、昭和から平成になって私もお声がかからなくなった。
頑張ってためた貯金も此処での暮らしに使い果たしてしまって。
あの頃はもう帰らない。そしてそのお部屋、広くてよかったな。
私も60歳となりました。そして今も一人暮らし。
貴方がたご夫婦が羨ましい・・・
このお手紙でお伝えしたいことは他でもありません、実は・・・
そのお部屋、気をつけてくださいね。
お気づきでしょうか、不思議な現象が起こります。
その現象とは・・・ま、ご体験あれ!
ではお大事に(笑)
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二人は気に病んでいた。
特に最後の「お大事に(笑)」とはどんな意味なのだろう。
自分が気に入って持っていたマンションの一室を手放してしまった。
そして新たに入居した二人に宛てた手紙。
嫉妬には違いなかろう。
しかし、お大事に、というその言葉は不吉な予感を想像させる。
居ても経っても居られぬ二人の身に一体どんな未来が待ち受けているのであろうか。
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Scene. 25 B9F
「そうだ、あの人なら何かわかるかも!」
思い出したように咄嗟にエミが言い放つ。
そしてサトルを連れ出してどこかへ向かう。
エミに誘われるままに連行されるサトル。
部屋を出るとエレベーターに乗り込む。
エミは「B12F」のボタンを押す。
一体そこは何処なのであろうか?
エレベーターのドアが静かに開く。
その空間はエミたちの部屋同様に通路の向こうにエントランスがある。
真っ白な通路の先の入り口へとたどり着く。
呼び鈴を鳴らす。
扉が開く。
「まあ、お二人お揃いでいらっしゃい!お久しぶり!」
扉を開けたのはナッチャンだった。
「先週はどちらかご旅行にでも行かれてたの?お見かけしませんでしたが。」
「ええ、リニアが暴走して・・・それで。」
「え、ああ時々あるみたいね。まあお上がりください。」
夏子女史はいつもと変わらぬ様子で二人を招き入れる。
二人はリビングに通されるとナッチャンはお茶の支度へとキッチンに向かう。
快適な空間に先ほどまでの動揺が薄らぐ二人。
ナッチャンがエスプレッソとチーズケーキを持って戻る。
エミが切り出す。
「あのぅ、実は今日お邪魔したのはお聞きしたいことがありまして・・・」
「何よ畏まっちゃって、やぁね。夫婦喧嘩でもしたの?」
「いえ、実はこれ。」
と告げるとハンドバックから問題の手紙を取り出す。
ナッチャンは受け取ると読み始める。
「あら、やぁねレミママったら。」
「え、ご存知なんですか、この方を?」
「ええ。かわいそうなのよ、この人。
「はあ。」
やはり、ヤソキチの奴。知らないなんて嘯いて。一体どうして・・・
「この人、私と同い年でよく一緒に旅行したものよ。」
「そうなんですか。お知り合いでしたの。」
「ところがね、急に引っ越すって言い出してね。私ビックリしちゃって。」
「どんな方ですか。」
「歌がとてもお上手で、よくテレビにも出てましたよ。昭和の一時期は飛ぶ鳥を落とす勢いでヒット曲を連発して、アイドル全盛期になるまでは独壇場でしたのよ。それがね、ちょっと下火になってくるとスキャンダルになっちゃって、騙されたのよあの子。そして仕事が来なくなってプロダクション事務所が破産して・・・全てを失う羽目になったの。」
「へぇ、波乱万丈ですね。それで引っ越したわけですね。」
「そうなの。」
ナッチャンはそういうと二人にエスプレッソを勧める。
仄かな香りを漂わせて注がれてゆく。
「それにしてもこの手紙の意味解りますか?」
「うんう、わかんない。」
「でも仲良しだったのでは?」
「ええ、何度かお部屋にお邪魔したことはあるけど、こんな話聞いた事も無いし。」
落ち着いた二人は又怪訝な表情に変わる。
「じゃ、聞いてみましょう。ネ!」
「え、ご存知なんですか、連絡先とか?」
「ま、いいわ。ついてらっしゃい!」
そそくさと出かける支度を始める夏子。二人は顔を見合わせる。
促されるまま3人はエレベーターに飛び乗る。
「ええと、どちらへ?」
「決まってるじゃない、レミママんとこ。」
「え、ご近所なんですか?」
「ま、いいから。」
そういうと、夏子は「B9F」のボタンを押す。
これって?二人は眼を丸くする。
エレベーターは静かにドアを開く。
そこはやはり白い通路があり、その先に何やら怪しげなネオンが点滅している。
そして辿りついた扉の傍らには「スナック☆南国」と表記してある。
なんとも昭和チックな佇まいのスナックの様子。
ナッチャンは扉を開くとドアに吊るされていた鈴がカラコロと鳴り、そこに薄暗い空間が展開されていた。
ブラウン調のカーペット、ワインレッドのビロードのソファ、艶のある木目のテーブルやカウンターが重厚に鎮座する。天井には星空をあしらった電球が散りばめられている。
なんとなく懐かしい空間がそこにあった。
カウンターの壁越しに彼女は立っていた。
この人は?
「あ~ら、お久しぶり、夏子さん。お元気そうで。」
「レミママもお元気そうで何よりです!」
え、この人が?唖然とする二人。
引っ越したって聞いていたけど、同じマンションに居たとは?
ポッカリ口を開けて立ち尽くす二人。
ナッチャンがカウンターの席に着く。
「ご紹介するわ、こちらサトルさんとエミちゃん。」
「あら、いらっしゃいませ。」
と言うや、レミママが少し強張ったような表情に変わる。
どうやら手紙のことに気付いた様子だ。
咄嗟に察したナッチャンが切り出す。
「そうそう、あなた手紙送ったそうね、二人に。」
「ええ。」
「何でそんなことしたのよ。」
場の空気が静かに流れて行く。BGMのレイチャールズが渋いハスキーヴォイスでソウルを奏でる。
「そうね、気まぐれかしら・・・」
少し申し訳なさそうな小声となったレミママ。
「あなた、もしかしてそれって嫉妬じゃない?」
「そうかもしれないわね。」
そう告げるとやるせない様子でタバコに火をつける。
サトルとエミもカウンターの席に座る。
様子を伺う3人。
3人を前にひと吹かしすると語り始める―――
「そうね、寂しかったのかもしれないわね。」
そう一言告げるとレミママは水割りを作り始める。
そして3人に振る舞い、自分の分を飲み始める。
曲がサッチモの「Kiss of fire」に変わると遠い眼をするレミママ。
どうやらこの曲でなにか思い出してでもいそうな。
「あの頃は良かったわ。何不自由の無い暮らし。私はスターだった。」
少し涙ぐむように目元が潤む。
「そして私の時代が終わりを告げる頃、あの人と会ったの。あの人も売れっ子だったので人目を忍ぶように密会していた。気がついたら愛が芽生えていたのね、そう禁断の愛。もちろん事務所も知らない筈はなかった。事ある毎に大事な立場を気にして密会を止めに入ったの。そんな頃マスコミにスッパ抜かれたのよ。間が挿したのね。そして二人の運命は転落していった・・・」
我慢しきれない様子でレミママはとうとう涙を流す。
「新しく入居したお二人のことは知っていた。ヤソキチさんから聞いていたから。そして事もあろうに私の密会場所であったあの部屋に住みことになったことを知るや急にジェラシーが湧いてきてしまったのよね、歳柄も無く・・・」
うな垂れながら水割りを流し込むレミママ。
既に時計は6:00を指していた。
ナッチャンが癒すように口を開く。
「そっかあ、さびしかったんだぁ。うん、私にも解るわ。儚い恋だったのね。」
「ええ、そんなこんなで暇をもてあましていた私をナッチャンにはよく旅行に連れだしてくれた。唯一の親友なの。この人。」
サトルは神妙そうな一同を他所に何やら機嫌の悪そうな態度で突っかかるように言う。
「ですが、あの手紙。内容には私達の不安をあおるようなものがありますが、あれはどんな意味で書いたのでしょうか?」
その様子に気付いたレミママがハッとする。
そして話し始める。
「どうしようもなかったのよ、あのときの心境は。あの日あの人と愛し合った日々。それが全て失った今、知らない二人の愛の巣になっていることにジェラシーでしか無かったのよ!」
唐突に言い放ったレミママの強い口調に圧倒される一同。
「何よ、幸せそうに暮らしちゃってさ。私が築いて来た大事な思い出を横取りして。」
少し酔ったのかレミママの本音が浮き彫りになる。
慌ててエミが仲裁に入る。
「私達こそそのような話を露知らずに生活していましたから・・・そう、ヤソキチのせいよね、ねぇ、サトル。」
サトルは無言のまま水割りを煽る。
ナッチャンが同意するように話し始める。
「レミママっ、そんな昔のことなど忘れちゃいなさいよ。今こうしてコンシェルジュのご好意もあってお店を開くことになったのじゃないの。悪くないと思うわ、今の生活も。」
「でもね・・・うん。そうよね。はい、もうおしまい。詰まらない話したわね、ゴメン。」
「レミママ。じゃ折角だからこの期に及んであれかけてくれない?私の十八番。」
十八番?それってもしや・・・
そしてレミママの後ろのモニターの映像が変わりカラオケが始まった。
「それじゃあ、いきまっす、人生色々っ!ウワゥオッ!」
な、なんなんだ、この豹変振り!さすがナッチャン!
「しんですぃまをぅなぁんてぇうえ~っ なやわぅん~だりしぃ~たぅあああぅいっ!」
エミが驚きに口を開けすぎてよだれをこぼす。
部屋一杯広がるナッチャンの大声にレミママの顔が歪む。
それにしてもすげぇ音痴。これが十八番?サトルも凍りつく。
これまでの話のことなどどこかにすっ飛んで言ってしまった。
と、扉の鈴がカラコロと鳴り、お客さんが入ってきた。
事もあろうにコンシェルジュ☆ヤソキチの奴。
「これはこれは皆さんお揃いで!楽しんでますぅ?」
サトルはヤソキチを睨むや、
「あなた一体どういうおつもりで?ご存知だったのですね。」
「ああ、これは私としたことが。いえね、何れ話そうと思っていたところですよ。でもいいじゃないですか、こうして楽しく盛り上がってらっしゃるのだから。ね?」
「違う、楽しんでるのはナッチャンだけ。」
「あ、ホントウ。」
「お前はウソツキ!」
「えっ、ウッソゥ~!」
「いいや、ホントウッ!」
「なんと、どういうこっとっ?」
「そゆこと~!」
「ホンマニ?」
「ホンマ。」
「いつから?」
「今。」
「どこで?」
「ここで。」
「誰が?」
「ヤソキチが。」
「どうしたか?」
「うそついた。」
「お前パカあるか?」
「パカって・・・」
「ウソツキは?」
「ヤソキチのはじまり。」
「ウッソゥ~」
「ホントウッ!」
「ん~UFO!」
「チャララ ラッ チャン チャンッ!」
「チャルメラっ 作っ てねっ! レミちゅわんっ!」
「何よそれっ!あんたがパカね(笑)」
ウソツキ☆ヤソキチの変な勢いで一同が和む。
ナッチャンは相変わらずヘタクソに続けている。
そうして不思議な夜は更けてゆくのであった。
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Scene. 26 B8F
大分飲んだお陰でふらふらの足取りのサトル。
エミに抱えられながら部屋へと戻った。
そして良いも手伝って、二人は床に着く。
夜中2:00頃だったであろうか、サトルは尿意を思い出しトイレへ向かう。
用を済ませると又寝床に入る。
するとどこからかとも無く囁きが聞こえる。
多分気のせいであろう。
だが、それから徐々にその囁きのボリュームが大きくなるような気がした。
どうやら廊下のほうで響いているような・・・
もしかしたらエミの奴テレビ付けっ放しか、酔っ払いだな!
使用が無い様子で未だ足のおぼつかないサトルはリビングへと向かう。
しかしテレビなどついていない。
と、再び玄関のほうで何やらヒソヒソと声がしている様子。
不安に駆られて玄関ドアに近づく。
何やら人影のようなものが横切ったような気がした。
不安なのでインターホンの監視カメラで外を伺う。
が、誰も映っては居なかった。
するとどうしたことか、今度は耳元でハッキリと声がした。
「レミちゃん、ただいまっ!」
ハッと、したように我に帰るサトル。もう間違いではない。
ああ、何ということだ。確かに男の声。
そしてよろつく足取りで転びそうになりながら、寝床に向かう。
床に入ると布団をかぶり、小刻みに震えるサトル。
間違いない、男の声。そして・・・
「お帰り、サトル君!」
嗚呼何ということだ、布団を被っているにもかかわらず耳元で再び男の声がする。しかも先ほどよりも大きな声で、何かを訴えているかのように・・・
そしてサトルはそのまま気を失ってしまった・・・
あくる朝、サトルはエミに夕べの出来事を告げる。
「そんなの、幻覚よ。もう、朝からヤダァッ!」
「違うって、確かに聞いたのだから。」
「何よ、あんなに飲んだくれれば誰だって可笑しな夢みるわ。」
「ち、違う・・・確かに。そういえば、あの手紙。一つ引っかかっていたセリフ、「不思議な現象が起こります。」ってやつ。それがもしや・・・」
「じゃ、もしかして幽霊?男の人の?じゃ、誰なの?」
「そこなんだが・・・アッ!」
「な、何よ急に大きな声出して!ビックリした。」
「おい、確か夕べレミママは彼氏とここで密会していたと言っていたよね?」
「そうね、で、それとどういう関係が?」
サトルが急に震えだしながら一点を見つめて言う。
「その男、「レミちゃん、ただいまっ!」って言ったんだ。」
「え、てことはその人はもうこの世には居ないの?またぁ・・・」
「そうかもしれないな。」
「やだうぁ~、そんなぁ、私もうひっこすぅ・・・」
「いや、俺も酔っていたのだろう、そうに違いない。よし、ここはレミママに相談してみよう。エミ、行くぞ!」
そう言うと、意を決したように涙ぐむエミの手を引っ張りながら、着の身着のままでB9Fの夕べの「スナック☆南国」へと急ぐ。
B9Fでエレベーターが到着すると二人は白い通路を奥へと向かう。
が、何か様子がおかしい・・・
昨日あったはずの「スナック☆南国」が忽然と消えており、そこはマンションの入り口であり、エントランスには「閉鎖中」の看板がかかっていた。
これは・・・
二人は顔を見合わせる。
そして徐にエミはスマホをポケットから取り出すと、事情を知っているであろう夏子に電話をかける。が、繋がらない。続けてヤソキチにも。
「ああ、おはようございます。」
「あのう、夕べのことをお聞きしたくて電話した次第で・・・確かお店は「B9F」でしたよねぇ?」
「は、夕べ?お店?それって何のことで?」
「だからぁ、レミママの・・・」
「はぁ?ええと・・・あの亡くなった?」
「え、それって・・・どういうこと?」
「いや、誠に言いにくくって申し上げられないままでしたが。実は貴方のお住まいになっているお部屋で以前住まわれていた住民でして、椎名レミさんという歌手の方が降りましてね・・・可愛そうに旦那さんになる筈の男がスキャンダルによって自殺しまして・・・そしてそれ以来塞ぎ込んでしまったのですが、貴方がたが入居される半月前にガンでお亡くなりになりました。しかし、レミママって、どちら様からお聞きになったので?」
エミのスマホを持つ手が震えだす。
漏れてきたヤソキチの声で事情を察知したサトルの顔が固まる。
ということは・・・えウッソ?
~次回へつづく~




