第二章
レイワマンションの新規ご契約ありがとうございます?~第二章
作: 大丈生夫 (ダイジョウイクオ)
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Scene.07 エレベーターの扉の先へ
老紳士がB8Fのボタンを押した。
エミは老紳士について何も知らなかったことに気付く。
「あの~、そう言えば、お名前伺っていませんでしたね?」
「ああ、改めまして私、令和不動産の姫百合八十吉と申します。」
と告げると、ブレザーの懐から革の名刺入れを取り出し、そっと二人に名刺を手渡す。
ずいぶんお金をかけていそうな金箔貼りの派手な名刺。
あの古ぼけた店構えの町の不動産屋にしては粋な感じに驚く。
「実は~、意外にウチ、取引数はこの姫百合界隈では実績No.1でしてね・・・いや、自慢でしたねこりゃ、ハハッ・・・」
サトルが呟き始める。
「そうでしたか。いえね、一見の私たちに昼食まで出前していただき随分気前が宜しいと思いましたよ。儲かっていらっしゃるのですね!ならば私たちも安心して物件を依頼できますよ、まずはここからお手並み拝見、とさせていただきますね。」
エミが続く
「ヒメユリヤソキチさんでしたっけ?もしかしてこの姫百合商店街の姫百合と同じ苗字ですけど、もともとのお住まいで?」
何故かちょっとドキッとしたような素振りをした様子ではあったがヤソキチが話す。
「さよう、私の祖祖父の時代には既にこの辺りの大地主でありまして、ここ「白百合」の地名がそのままウチの苗字となっています。まぁ今はしがない不動産屋ですがね・・・ちなみにこの「レイワマンション」の管理人も兼務していますので御用の際は何なりと。」
サトルが続く
「それにしてもこのエレベーター、「B100F」までボタンがありますが、全てお部屋ですか?」
「いいえ、住民の方はそこまではいらっしゃいませんよ。それぞれのフロアの詳細については後々にご説明しますが・・・契約を交わしてからですね。先ずお部屋を見ていただいてからにしましょうか―――」
やがて管理人ヤソキチに案内されたお勧めの「B8F」物件に到着する。
「さぁ、こちらへ。」
長い通路が先に伸びている。その奥に玄関がある様子。
エントランスのときの広さから想像するよりもだいぶ距離のある通路。
奥にはちょっとした専用のエントランスっぽいエリアがあり、マンションぽい印象はある。
「えーこちら、高セキュリティー化の一つ、生態認証式のドアロックとなります。」
建屋入り口の様子からすると以外にハイテクな装備。説明し終わるやヤソキチは手のひらをそっと取っ手にかざす。
数秒後、カチッという音と共にドアが開いた。そこにあったものは・・・
「やだぁ。なによこれぇ!」
「あ、あぁ―――何なんだこれは!?」
扉の先の光景に思わず絶句する二人。
「どうです、すごいでしょう?」
床も天井も真っ白な世界がそこには広がっている。地下という概念からはおおよそ想像できないほどの巨大な空間がそこには広がっている。
「え、これマンション?何かの間違いよね?」
「体育館じゃないのか?しかも地下って事を考えるとどんだけお金を・・・」
「ここの建物の地上の権利は一部のみですが、地下の権利は地主当時に交わした契約にのっとっているので、これだけの広いスペースが確保できているのです。」
「それにしても新しいのね?」
「はい、以前住まわれていた方が昨年海外へお引越しされたので、フルリフォームしたばかりですよ。全て新品ですのでご満足いただけるかと。」
「え、たしか家賃月額15万円、でしたよね?都内でこれだけのスペースだったら破格だね?」
「はい、こういう物件はこちらとしてもとっておきですので、不動産業界の経験から人を見る眼が肥えているとは自負しているのですが、なかなかお目にかかる方がいらっしゃらなくて・・・1年近くが過ぎてしまいました。しかし本日お二方に会いまして、お勧めできるかなと思いました!どうです、気に入っていただけましたか?」
「はい・・・ですがまだ二人で相談しないと・・・。」
「くれぐれもこの物件のことは他の方にはご内密に願います。此処の住民は皆さん、対外的に非常に安全が必要な方々ばかりですのでご迷惑がかかってしまいます。これが最初のお約束事項となります。」
ヤソキチのスマホが鳴る。
「じゃ少しこちらでゆっくりしていてください。私ちょっと出ます。あ、これはこちらの物件の概要の資料となりますので眼を通していて下さい・・・」
ヤソキチはそそくさと部屋を出て行った。残された二人。
二人にとって明らかに広すぎるこのスペースの中で取り残されたかのように・・・
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Scene.08 もう帰れないのね
ヤソキチは一体何処に行ったのだろう?
取り残された二人。
辺り一面真っ白に塗られただだっ広い居室。
ポツリと佇む二人には不安感がよぎる。
呟くエミ。
「それにしてもどう思う、サトル。」
「ああ、広いね。」
「ハッ?それだけ?」
「だって広いし・・・」
「それもそうね。」
「それがどうした。」
「どうにもこうにも。」
「止まらない~♪」
「エッ、昭和歌謡?」
プッ、と噴出す仲良しな二人。
「でもね、良いわねぇこの広さ。いろんな物置けるし。」
「広すぎて退屈じゃねぇ?」
「そんなこと無いわよ、自分色に染めれる。」
「いろんなこと出来そうだな、趣味とかさ。」
「どんなこと?」
「あんなことやこんなこと。」
「何よそれ!わかんない。」
「ほら、家庭菜園やりたいって言ってたジャン。」
「でも、窓ないし、地下よ此処。」
「LEDとかで栽培すれば?野菜工場みたく。」
「へぇ、その手があったわね。頭いい!」
「まあな。」
「何よそれ、格好つけちゃって。ダサ!」
「いいじゃん、格好良いだろう、オレ!」
「それもそうね。」
「だろっ!エヘン!」
「貴方パカあるね。」
「ああそうさ、何か問題でも?」
キャハハとはしゃぐエミの声が広い室内に響く。
ガランとしたその居室以外にはキッチン・バス・トイレ以外にはやが見当たらない。体育館のようなワンルームが広がっている。
「どうする、契約?」
「ああ、家賃15万か。高いな。」
「だけどこれだけの物件にしては上等じゃない?」
「ああ、しかしヤソキチさん、何故僕らにこの物件を紹介したのだろう?」
「そうね、特別な物件のようだし。全て地下なんて変わってるわね。」
「セキュリティー上安全そうだがな。」
「それはそうとヤソキチさん、「くれぐれもこの物件のことは他の方にはご内密に願います。」って言ってたけど、何か意味深ね。」
「ほら、住民の方々が安全が必要な人だって言ってたよな。もしかしてV.I.P.?」
「えっ、私たちは一般庶民じゃない?」
「いや、もう違うんだよ、エミ。」
「エッ、どゆこと~?」
「ほら、数日後には10億長者。」
「それもそうね。いや、まだ信じられない・・・」
「でもな、考えても見ろよ。大金持っていることが世間にばれたら、立場って言うかいろんな危険な目にあう可能性が高くなる。いつ狙われるか分からないだろ?」
「私、なんだか怖い。」
「だから~、パッと見地味そうなアパートにしか見えないところから出入りしていればリスクは防げるだろ。命のための家賃15万円なんて安いもんだろ?」
「そうかもね。」
二人に明日からの身の置き所の不安が渦巻く。
「それにしても、此処の住民はどんな生活をしているのかしら。お金持ちかな?」
「ま、そこそこにはあるだろうけど。」
「そういう人たちが住む場所に初対面の私たちを連れてきたのは一体・・・」
「それは不思議だな。素行調査もしていないだろうし。数時間話をしただけの間柄。」
「それにしてもヤソキチさん、遅いわね。」
広々とした部屋の隅っこに佇む二人。置き去りにされたように。
地下であるため外界からの音さへも完全にシャットされているため、異様な静けさがより一層二人の不安を掻き立てる。それが余計に時の経つのを忘れさせる。
二人は先ほどヤソキチから受け取った此処「レイワマンション」の説明資料に眼を通し始める。
「ああ、あまり詳しいことは説明されていないな。」
「契約してから教えてくれるんでしょう。」
サトルの携帯が鳴る。管理人、もといコンシェルジュのヤソキチからだ。
「連絡遅くなりすみません。いかがですか気に入っていただけましたか?実は今出先でして・・・見学がお済でしたら申し訳御座いませんがお二人で不動産屋まで戻っていただけますでしょうか。家内が対応しますので・・・」
サトルが了解すると二人は部屋を出ることにした。
先ほどの生態認証の玄関ドアがオートロックとなった。
専用エントランスから長い通路を戻りエレベーターを呼ぶ。
最新式のエレベーターは直ぐにB8Fに到着した。
誰も乗っていないのを確認して乗り込む。
無事先ほどの1階エントランスに到着する。
エントランスのテーブル席には60代ほどの初老の女性が座っている。
こちらに気付くと会釈をすると不意に話しかける。
「あら、始めまして。新しく入居の方ですか?」
「はい、検討中でして・・・」
「あら、そうですか。お若いのね。此処は長く暮らしている年寄りばかりですよ。」
「はぁ。」
話好きそうな淑女風の女性。気の良さそうの笑みを浮かべる。
「こちらのマンション、ちょっと変わっているでしょ?もしご入居がお決まりでしたらご案内しますね。夕方はだいたいここでお茶してますのよ。さびしい老人の一人暮らしなので是非話しかけてね。」
女史はドトールで買ってきた紙袋の中から飲み物を取り出してストローをさす。
「はい。その際はこちらこそよろしくお願いいたします。」
サトルがシャキッとした口調で頭を下げる。
地下から脱出した二人は今朝来た不動産屋へと足を運ぶ。といっても超短距離。
「お帰りなさい。如何でした。」
感じのよい老婦人が待ちかねたようにコーヒーを入れる。
二人の決意は既に固まっていた。
新しい未来へと胸高らかに・・・の筈だった。
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Scene.09 お引越し
夏の日差しに照りつけられて、サトルの汗は引かないで居る。
ようやく実感は無いものの、当選金10億は令和信託銀行の口座へと振り込み手続きが完了された。マンションも無事契約し入居日に至る。
「レイワマンション」の木札のかかった入り口に荷物が運ばれて行く。
引越し業者はセキュリティーの関係上、ヤソキチが手配した。
だだっ広い二人の新居へと荷物が運ばれてきた。
部屋の広さとは対照的に荷物の少なさが際立つ。
「そのうち新しい家具を見に行こう。」
「そうね、この部屋にふさわしい、ちょっと贅沢しても撥は当たらないわよね。」
「うん、けど生活水準は上げないから覚悟して置くように。」
「え、ちょっとぐらい良いじゃない。」
「それが破綻の元だぞ、気を引き締めないとあっという間にお金はなくなる。お金はお羽根と昔から言うじゃないか、飛んでっちゃうぞ!」
「それもそうね・・・さぁ喋ってないでお片付け!」
ある程度片付いたところで二人は昼食を取りに外に出ることにしていたが、コンシェルジュ・ヤソキチの機転で入居祝いを兼ねて店屋物を取ってくれた。
「こんなにいっぱい!お寿司まで、すみません。」
「いいって、永いお付き合いになりますのでこのぐらいは。」
「うんっ、此処の御寿司、うんまいっ!」
サトルの引越し疲れも吹き飛んで行く。
食事を済ませるとヤソキチはそそくさと退散する。意外に忙しそうな。
階上のエントランスまで見送る二人。
エレベーターが到着すると先日の老淑女が辿り着く。
「あら、お引越し?それはそれは、ご入居おめでとう御座います。では、丁度良かった、お茶でもしない?」
二人はいつものようにエントランスでお茶する女史に誘われて、しかし今日は女史の居室へと案内されることになった。B12Fへと向かう。
やがて到着するとエレベーターの扉が開く。
エミたちのフロアと同じく通路の奥にはちょっとしたエントランスがあり、女史の趣味であろう多肉植物がオブジェのように並べられている。
「へぇ、サボテンとかご趣味で?」
「ええ、ちょっと殺風景なので飾ってみたの。さ、どうぞ。」
やはり生態認証のドアロックに手を翳し扉を開く。
二人の部屋同様にやはり広い居室となっている。しかし異なるのは、一人暮らしとは考えられない程の有効活用を行っているようで、家具がぎっしり詰まっている感じ。
上手に家具やパーテーション、そして観葉植物をコーディネートして仕切りを作ることでがらんどうではなく、落ち着いたスペースを醸し出している。中々いいセンス。
「へぇ~素敵ですね!」
「一人やもめなのに物が増え過ぎちゃって、ちょっと断舎利しなきゃね。」
「そんなこと無いですよ、私も参考にさせていただきます。」
二人は奥のソファのあるリビングスペースへと促される。
皆が腰を下ろす。
サトルがソファの沈み込む深さにのけぞる。
女史が自己紹介を始める。
「私、戸川夏子と申します。ナッチャンとでも呼んでね。」
「そんな、失礼ですって。」
「あら、いいのよ。此処の住民はみんなそう呼んでくれるし、友達のようなものよ。」
夏子女史はお茶の支度をする。
大きく立派なガラステーブルにマンゴーの載ったマイセンを置き、やはりマイセンのティーカップにアールグレイを注ぐ。いい香りが部屋に漂う。
サトルは少し緊張気味の声で尋ねる。
「失礼ですがご職業は?」
「あら、どこかで見たこと無いかしら?これでもわりと売れてる小説家なのよ。」
「あ、そうでしたか・・・とんと小説とは無縁でして。」
「無理も無いわね、どちらかというと脚本のお仕事が多いから、ま、昔の話ね。」
「と申しますと?」
「今では一線は退いて悠々自適な人生よ。過労で身体を壊したこともあって・・・」
「そうでしたか。それはそうと此処の住み心地は如何ですか?何年くらいお住まいで?」
「もう30年は暮らしてるわね。30代半ばで此処に移り住んで、若げの至りもあって散在しちゃって。」
「ということは家賃ではなく買取で?」
「そう、今は管理費のみね。都心に比べれば安いものよ。それより何ていってもこの地下での暮らしが静かで心地よくって。しかもハイテク設備満載で便利すぎよ。」
「え、そうですか?日の光も入らないし健康的と言えなそうだし・・・」
「あら、コンシェルジュから聞いていないの?耄碌したわねあの爺やも。」
「と申しますと?」
「此処は全館イオナイザーや清浄器が常に作動していて至ってクリーンな環境を作り出しているの。全室天然温泉完備だし、必要ならば日焼けだって筋トレだって出来ちゃうのよ。」
「そ、そんなぁ・・・パカな?」
「は?パカって何よ。」
「え、ええすいません。ついパカって・・・」
サトルの不意の同様にエミが噴出す。
女史もつられて笑い出す。
その場の空気がドッと和む。
「わかりました。まぁ一日では回りきれないから・・・私が案内を引き受けましょう。そうね引越しのお片づけが済んでからね、LINE交換ヨロシクね!」
年甲斐も無く女史の可愛い表情にまたも二人が噴出す。
美味しいオヤツを戴いて二人はフロアを後にした。
「それにしても、たまげたねぇ此のマンション。そんなことに成っていたとは。」
「まるでアトラクションよね、本当かしら。」
「早く部屋を片付けて、調査に当たらねば!」
「ラジャ!」
二人は仲良くプッとなる。
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Scene.10 女史のお誘い
それでも3日ほど片付けは掛かった。
無いようでいてこまごました物が時間を阻む。
全部片づけが済んでも今はまだ無駄なスペースが彼方まで広がっている・・・
LINEで約束した時間にエミは階上のエントランスで女史を待つ。
今日の予定はお買い物♪
女史がどこかに連れて行ってくれるそう。
楽しみに胸は躍る。此の後何が起こるかも知らぬまま―――
「あ、エミちゃんお待たせ、待った?」
「こんにちはおば様、私も先ほど到着したところです。ところで今日はどちらへ?」
「ええ、ちょっとぶらりとお買い物。そう遠くではないから心配後無用。それより「おば様」じゃなくって、ナッチャンでいいから・・・友達よ!」
「わかりました、ナ、ナッチャン・・・楽しみぃ~じゃ行きましょうかっ!」
エミがエントランスから戸外へと向かうと夏子が引き止める。
何か間違ってた?唖然とするエミ。
「あ、あのね、こっちこっち・・・」
「だって、あ、エレベーター?」
「知らないから無理ないわよね、着いてきて!」
二人は今来たエレベーターに乗って行く。
夏子はすぐさま「B1F」のボタンを押す。
二人は黙り込むや、もう到着。
これって何だろう?一体何処に連れてかれるの?
不安に戸惑うエミの表情。
この「B1F」フロアもやはりエミたちのフロアと同じ造り。
通路の奥には「レイワ商店」の文字が光る。
え、お店?
此処は生態認証ではなく誰でも入れる自動ドアとなっており、入ると奥まで陳列棚が並ぶ。
よくあるスーパーマーケットと何ら変わらない。
「どう、素敵でしょ?」
「え、ああビックリです!」
「大抵の食料品や生活雑貨は此処で揃うから便利よね。」
「へぇ、そうなんですね!此のマンション、まるでモールみたい。」
「まだまだあるわよ、又案内してあげる。 そ・の・う・ち・に (笑)」
「はい、お願いします、ナナナ、ナッチャン!」
「何よそれっ、プッ!」
二人は商品を散策する。
「ここね、レイワ信託銀行とリンクしていて、キャッシュカードのチップとスマホとが連動して商品を持ち出すと自動的に口座から引き落とされるのよ。キャッシュレスも進化したものね。」
「え、知らなかったです。それってどのように登録すれば?」
「あら、ご存じない?既にマンション契約時に登録されている筈・・・コンシェルジュ、重要なこと何も説明していないんだから。抜けてるわね。貴方も持ってるでしょ、レイワ信託のキャッシュカード?」
「はい、確かに。ということはもうこのまま使えるんでしょうか?」
「ためしにやってみなさいよ。ほらこのナス安いから。」
「ええ、じゃ試しに・・・」
二人はナスを手に人気の無い店内から自動ドアの外に出る。
無事に通過できた様子に驚く。
「ななな、ナッチャン、なんだか万引きしてるみたい・・・」
「フフッ、おかしなお嬢さんだこと!大丈夫よ。」
再びエレベーターへと乗り込む。
今度は「B2F」のボタンを押す。ナッチャン何処へ行くやら。
「さぁ、着いたわよ、こっちこっち!」
楽しそうな夏子がエミの手を引く。まるで少女のよう。
通路の奥にはやはり自動ドア。
「ファッション・レイワ」と書いてある。
ネーミングセンスが昭和な感じ。
つないだ手と手の二人は少女に帰ってゆく―――
「あのね、ここの試着室に採寸システムがあるから入ってみて。」
「は、はい夏子様。」
「何よそれっ、ウ・ケ・ルゥ~!」
「ルー大森、みたいな。」
「何よそれ、プップクプゥ~」
「やだぁ、夏子さん。オナラみたい!」
「なによ、や~ね、もうエッチ!」
「えっええ~、ウケル~ゥン~」
楽しげな二人。
此の店舗も無人なので、誰もいなくて良かったかも。
数十秒で採寸が完了し、データがスマホに飛び、インプットが完了した。データはネットのオンライン決済同様、クラウドサーバーでコントロールされ、AIによって適時抽出される仕組み。
二人は商品棚に近づくとお目当てのサイズのタグが点滅するので非常に便利。
「な・な・な・ナッチャン、これ似合うと思いません?」
「えぇ~ちょっと若向きぃ~」
「やだぁ~行けてますよまだまだ~」
「でもスケスケで、非常にエッチ~~~」
「エロチックマダムっ!」
「何よそれっ、プップクプ~さん!」
「やだぁ~、それって脳内破壊ぃ~」
誰もいなくて良かったが・・・
「あとね、便利なのは此処で着替えてそのまま外出出来ちゃうのよ。あとで着替えた荷物は部屋まで届けてくれるし。AIクラウドが追跡してくれているから。」
「へぇ~素敵ね。まるでホテルね。夜の外食なんてロマンティックゥ!」
「それを言うならエロチック!もうやだぁ、変なこと言わせないで(笑)」
「ええ、仰るとおり、誰も止めませんがね(笑)」
そんなこんなで楽しい時間は過ぎてゆく。
一体このマンション、幾らかけてるの??
エミの謎は消えぬまま・・・
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Scene.11 疑いの行方
「お帰り。早かったね。」
「それがね、大変よ此のマンション!」
「何がだよ、大声で!」
「だってぇ~私なんだか怖い。」
「それで、一体何があった?夏子さんとけんかした?」
「そんなわけ無いでしょ、もう。そうじゃなくて最先端過ぎるのよ。」
「別にいまどき珍しくも無かろう。」
「何よ、いけ好かないその態度!可愛くない。」
「俺が可愛かったらキモイオニィだろ。」
「何よそれ、プップクプゥ~」
「何だよそれ、新しい技か?(笑)」
「オナラジャナイノヨ、プクプクプ~」
「さては変な友達から伝染したな?」
「ななななっちゃんは、そんな人じゃないのよ。」
「容姿に似合わずポンコツか?」
「いいえ素敵なおば様よ。ほらこのお洋服、プレゼントしてくれたの。」
「それで?」
「ビックリしないでね、私達お買い物に行くからてっきり外に出ると思ったの。」
「そりゃそうだろ?」
「なのにエレベーターに連れ込まれて・・・」
「やはりポンコツか、あのババァ!」
「違うのよ、それがね、B1FがスーパーでB2Fがファッションよ!」
「スーパーファッション?もしかしておまえもポンコツ?」
「それもそうね。じゃなくってコラァ!サトル良く聞いてっ!」
「はいはい、ポンポコポン。」
「やだぁ、腹出して!エッチゥイ~!」
「おまえ、酔っ払い?」
「そうじゃなくて、此のマンション。モールなの。」
「へぇ~。良かったね。オレ、テレビ観る。」
「待ってよぅ、サトル信じなさい。」
「信じてるよ何時でも今此のひと時も(笑)」
「だからね、B1Fがレイワ商店ていうスーパーがあって、B2Fがファッション・レイワっていうブチックなの。」
「ブチック、お前パカか?」
「そうねブティックよね。どっちでもいいけど。それでね全部キャッシュレス決済なの。」
「それで?」
「え、貴方何も感じないの?ビックリでしょ?」
「ああ、ビックリ。何ぃ!店舗が入ってるのか?」
「何よ、気付くの遅いし。レイワ信託銀行のキャッシュカードと連動してスマホ決済が出来るんだけど、自分で操作することなくそのまま商品を戸外へ持ち出せば自動で口座から引き落とされる仕組みだって。驚きよね。」
「え、それって凄いな。しかし・・・」
「でね、今日買い物した決済がどうなっているか調べてほしいの。何だか心配で。」
「それもそうだが、凄いな。まるでアトラクションか此のマンション。」
「インターネットバンクで確認してよ。」
「うん、わかった。えっと、暗証番号は・・・」
「ねぇ、どうだった。」
「確かにリアルタイムで引き落とされている。凄いな。」
「ああ、よかった。」
「ん、待てよ。お前が使ったのは幾ら?」
「そうね、2千円位かな。」
「おかしいな、そんな馬鹿な。あ、パカな。どうでもいいか。じゃ無くて残高が8億9千9百万円?引越し費用やマンションの入居費用と当座の生活費もろもろは降ろしたとして・・・1億足りない?何かの間違い?」
「どれどれ、あ、本当だ。でも私、そんなに買い物してないよ。」
「あたりまえだろ、1億って・・・どういうこと?」
「おかしいわね。此の様子だと当選金10億のはずが9億しか振り込まれていないのかも。」
「そんな馬鹿な・・・よし、明日銀行へ確認しに行こう。」
その夜は二人ともなかなか寝付けないで居た。
10億が9億?1億足りない?もしかして貧乏?
いや9億でも貧乏ではないな。金持ちには違いないが。
さらに使ったとしても残額が合わない。
何度見たって合う筈が無い・・・
翌朝開店と同時に二人はレイワ信託銀行のいつもの支店へと乗り込む。
他の客とは違って丁寧な対応。それもそうかな。
前回同様、奥の部屋へと通される―――
「あのぅ、振り込み金額、間違ってません?」
サトルはスマホのネットバンクの画面を担当者に見せる。
担当者が重い口を開く。額には脂汗が滲む。
「実は~、あのう、此処だけの話としてご了解頂きたいのですが・・・」
小さな声でせがむ様にサトルに呟く。
「現在、我がレイワ信託銀行は不良債権が逼迫しておりまして・・・」
担当者ののどがゴクリと唾を飲み込む。
エミも固唾を呑んで見守る。
「これからお話しする話は、どうかご内密にお願いしたいのですが、先日引き起こされた銀行強盗に渡した1億円の捻出が我が支店にとって大きな痛手となりまして、本来このような事態のために保障機関に保険をかけるものですが、その融通さえもままならず、不用意にもそこを突かれた様に強盗に入られまして・・・そのタイミングと前後して頼みの本社も莫大な損失を被った為運用が難しく、同じくタイミングの悪いことに当選金の捻出が滞りまして・・・何と申しましょう、一時的にお借りすると言う形で・・・本当に申し訳御座いません。」
要領を得ない呟きにサトルが切り出す。
「それで?僕らの当選金に手を出しておいて、10億振り込むところを9億にディスカウントしたという訳かな?」
「いいえ・・・一時的に振込みを滞らせてしまったことに相違ありませんが、何と申しましょう、少しの期間待っていただくと言うことでご了承いただきたく・・・もちろん利子についてはちゃんと10億の分で計算させていただきますのでご心配はありません。」
「いや、心配だね。」
「何卒、そう仰らずに今後とも当行をごひいきにして戴けたら幸いと。あのう、この期に及んでお聞きしますが、当面全額の引き出しは控えていただけないでしょうか?もちろん現残高については引き出し可能ではありますが、残りの不足分1億につきましては我が支店が傾いてしまいますので、何卒待っては戴けないでしょうか・・・」
ハンカチで脂汗を拭く行員。
サトルが低い声で呟く。
「納得はいきませんが、状況は把握しました。天下の令和信託がそのような自体だとは存じ上げませんでした。しかし此の件、今まで何故黙っておいでだったのでしょうか。」
「はい、申し訳御座いません。言い訳など出来る立場では御座いませんが、貴方方が喜んでいられる大切な時期を台無しにする案件ですので、中々話し出せずに・・・もちろん時機を見てお話しようとは考えていました。」
「仰ることは良くわかります。しかし、遅かれ早かれショッキングなことには変わりありません。でも事情が事情ですから使用も無いのでしょうか・・・このまま預けておくのも心配かなと。お宅は信用をなくしましたからね。もしお宅が潰れでもしたら、残金の保証はされるのでしょうか。」
「はい、ご心配は御もっともです。此の件、必ず保証いたします。ですのでどうかご贔屓に。」
「わかりました、もう一点、姫百合にあるレイワマンションはご存知でしょうか。」
「はい、存じ上げております。令和不動産の姫百合八十吉様は当行本社付けの相談役でもありまして、あの物件は八十吉様の所有財産でして、実のところ当行の財政逼迫にも絡んでいるのですが・・・本人様からの御意志ですがどうかご内密に。貴方方があの物件フロアのオーナー様であることはこちらにも情報共有されておりますので、周知しております。」
「と、いうことは・・・私たちの全ての個人情報は丸見えと?」
「あ、はい。然様で!」
「お前もパカか?」
「は、パカとは一体何者?」
緊張のエミの肩が小さく揺れる。
「まあよい、そのことはさておき、ううん。そういうカラクリか、ヤソキチめ、さてはあいつの魂胆か!あのマンションにあんなにコストかけた暁に台所事情は火の車なのか・・・よし、わかった。残高はこのまま入金して置こう。残りの1億は都合がつき次第口座へ振り込んでくれればいい。当面使う宛ては無いからな。それまでは貸しておいてやろう。利息なんてケチ臭いことは言わないから心配ご無用!」
そう言い放つ水戸の黄門様のようなサトルの態度にエミは肩を震わす。
そうして二人は支店を後にする。
ひそかな怒りを携えて、その足で令和不動産へ向かう。
~次回へつづく~




