第一章
レイワマンションの新規ご契約ありがとうございます?~第一章
作: 大丈生夫 (ダイジョウイクオ)
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Scene.01 何かの間違い?
「あの~、これ下さい。」
「はい、ロト7ですね。現在キャリーオーバー中です。」
「あ、そうなの。」
エミはパートの仕事を早めに終えた足で、スーパーのチャンスセンターで夢を買う。
ささやかな夢、いつか叶えてみたいなと。
サトルの待つアパートへとたどり着く。そう、サトルはまだ就職先が決まっていない。
いつものようにドアの鍵は開いたまま。無用心なんだから。
「ただいま~。」
「あ、お帰り。今日早いね。」
「うん、仕事暇だから。」
「いいね、仕事あるだけ。」
「探せばいいのに。」
いつもの口癖のような会話。やる気のない人。
「晩飯、何?」
「肉じゃが。」
「たまには変わったもの食べたいな。」
「じゃ買って来てよ。」
「お金ない。」
「じゃ文句言わないの。」
「はいはい。」
文句だけは一丁前な人。
「どっかいい会社見つかった?」
「ん~、ないね。」
「無いことないでしょ。まったく!」
テレビをボーっと見つめているサトル。
可愛そうなのでそれ以上は言わないでいるマミ。
これから先どうなってしまうのだろう。
1Kの夕暮れ。自ずと二人の口数は減ってゆく。
夕食を終えシャワーを浴びた後、まったりとしたひと時。
テレビの番組が終わると宝くじの抽選が始まる。
「あ、そうそう。抽選今日だったんだ。ロト7。」
「へぇ、買ったの。当たりっこないよ、そんなの。」
「そうよね。」
エミはお財布の中からクジ券を取り出すと答え合わせをする。
「7, 8, 12, 15, 21, 23, 26 。 ん?」
「どうした?」
「え。」
「で、どうよ?」
「うん、合ってる。」
「何が?」
「数字。」
「何の?」
「これの。」
しばし無言の二人・・・
サトルが切り出す。
「いつ?」
「今。」
「どこで?」
「ここで。」
「誰が?」
「私が。」
「何を?」
「これを。」
「どうした?」
「当たった。」
エミの肩がわなわなと震えている。
非常に危険な状態だ。
エミの身に一体何が起こったというのだ!
サトルに動揺が走る。
と同時に震えながら笑っている自分がそこに居る。
「またぁ!お前それズルいよ。プッ。」
サトルはケタケタ笑い出す。
「だって~しょうがないじゃない!」
プルプル震えるエミ・・・
そして泣き出す。
「あ、あのぅ~エミちゃんっ、てか大丈夫?」
「わかんないよ。」
「何が?」
「これ。」
エミはクジ券をサトルに渡す。
サトルが眺める。
「嘘だろ、エミ。本当?」
「ん、うん・・・」
「そんな馬鹿な!」
「だって・・・」
「マジかっ、またぁ、うそぅ、ほんと?」
「多分・・・」
「いや、見間違いだねっ、絶対!」
「そんなことないもん!」
「そんな筈ないだろぅ。」
「絶対、多分・・・」
「はいはい、エミ疲れてるんだよ。早く寝ろ。」
その夜二人は朝まで眼が瞑れないで居た。
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Scene.02 時のない二人
寝ぼけたままの二人はぼんやりと朝を迎える。
コーヒーを沸かすエミ。
それをすするサトル。
ベーコンエッグと食パンを食す。
いつも通り会社へと向かうエミ。
満員電車の中、ぼんやり夕べのことに思い巡らす~~~
でも、間違いはない。普段からパソコンの会計作業に手馴れているから数字には至って強いマミとしては、数字を間違えることなど考えられない。
サトルはそれでも信じないで居た。だから今日チャンスセンターで確認してくるはず。
当たり券を持って。
しかし、全部合ってるから一等よね。おばさん、キャリーオーバーって言ってたし、嘘よね。ロト7のキャリーオーバーって10億よね?10億円・・・
「エミ、今日変よね。ボーッとしちゃって。大丈夫。」
「う、うん。ちょっと寝不足なだけ・・・」
同僚とランチを食べるエミ。実感がない浮ついたような時が過ぎている。
すっかり気が抜けてしまっている。
LINEが入る。サトルからだ。
「どうしよう。早く帰って来い!」
え、どうしよう?・・・
エミは気分が悪いと言い会社を早退すると、そそくさとサトルの待つアパートへと向かう。
部屋の扉はいつもと違い鍵がかけられている。
チャイムを鳴らす。
サトルが少し隙間を開けると片目でこちらをのぞく。おびえた様に。
しばしぎょっとしてエミは中に入る。
サトルは動揺を隠せずに居る。
「サトル、大丈夫?」
「あ、ああ。」
「本当なの。」
「うん。」
「ほんとに、ほんと?」
「そうだよ。」
「嘘?」
二人は無言になる。エミの肩がピクピクと動き出す。
「エミ、明日この券を持って銀行に行こう。」
「だって、会社が。」
「休めばいい。」
「そうね。」
「で、どうする?」
「何が?」
「当たったんでしょ?」
「そうだよ。」
「私怖い。」
「俺だって怖いよ。」
「一等なの。」
「そうだ。」
「幾らなの。」
「10億。」
「もらえるの?」
「貰える。」
「誰が?」
「俺達。」
「いつ?」
「明日以降。」
「どこで?」
「銀行で。」
「何を?」
「10億。」
「どうしたの?」
「当たったの。」
プッ、とサトルが噴出すとエミがほほえむ。
やっと我を取り戻したような二人。
「明日からどうする。」
「わからない。」
「人生変わっちゃうの?」
「多分ね。」
「私怖い。」
「俺も。」
「気が変になりそう。」
「僕も。」
「もう変になってるかも。」
「俺も。」
「どうするの?」
「どうもこうもない。」
「何するの?」
「銀行に行く。」
「なぜ?」
「お金を貰いに。」
「何で?」
「俺たちのだから。」
「いつ?」
「明日。」
「誰と?」
「僕とエミ。」
「もういいよっ!」
「お前だろ!」
二人はのケタケタした笑い声が1Kの居室に響く。
二人の行く末は二人にとって果てしなく感じられた。
此れから起こる不思議な出来事の数々をも知らずに・・・
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Scene.03 希望の架け橋
しかし二人には実感はなかった。
そして二人は日常へと帰っていった。
いつものように時間だけが過ぎて行く。
無言のまま夕食を済ませた二人はテレビを眺めている。
それぞれに何か呆然とした面持ちで。
いつもどおりの時間になると二人は床に着く。
昨日の寝不足もあって今夜はぐっすりと眠れそうだ。
翌朝いつもどおりに眼が覚める。
エミは昨日のうちに会社にお暇を頂いた。
有給休暇もそこそこだったエミは、すんなりと休めた。
サトルが眼をこすりながら食パンにかじり付く。
「眠れた?」
「うん、よく寝た。」
「なんか、疲れてたみたいね。」
「ほんとだな。」
「今日休みかぁ、もう少し寝てても良かったかな。」
「これからいっぱい休めるよ。」
「だめよ、そんなの。貴方は仕事しなきゃね。」
「え、何のために?」
「えっと~、人として。」
「稼がなくてもいいんじゃない?」
「それもそうね、じゃなくて、だから~!」
「お金ある。」
「そうね。」
「まだわからないよ。」
「そうよね。」
「だから確かめに行こう。」
「それもそうね。」
実感のないいつもの二人のまま時が流れて行く。
10時になると支度を整え二人は銀行へと向かう。
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やがてレイワ信託銀行へと到着する二人。
「いらっしゃいませ。」
「あのぅ、これ。」
「番号札を持って少々お待ちください。」
落ち着かない様子の二人。
やがて順番が来る。サトルが席を立つ。エミは見守る。
「こちらの用紙に記入してください。」
~高額当選者アンケート~と書かれた用紙を職員が手渡す。
至ってポーカーフェイスなお姉さん。
しかし他の職員たちはじろじろとこちらを伺っている様子。
「なんなの、あの職員たち。」
「そりゃそうだろ。」
「なによ、こっちばかり見て。」
「お前の顔に、ハナクソが付いてるから、プッ!」
「やだぁ、そんな筈ないもん」
「でも笑える」
「何がよ」
「ブスって顔に書いてある、ププッ!」
「やだぁ~!!」
エミが大声で叫んだせいであたりの人々がこちらを伺う。
サトルは腹を抱えてうなるように笑いをこらえる。
そんなこんなで用紙を書き終えると受付に渡す。
暫くして奥の壁際の上司と思しき行員の案内で二人は奥へと通される。
辺りがざわつく中で――
「この度はおめでとうございます。」
「ということは本当に?」
「ハイ然様でございます。」
「10億。」
「ハイ然様でございます。」
「もらえるの?」
「ハイ然様でございます。」
「貰える。」
「ハイ然様でございます。」
「誰が?」
「あなた方でございます。」
「俺達。」
「ハイ然様でございます。」
「いつ?」
「今からでございます。」
「どこで?」
「こちらでございます。」
「銀行で。」
「ハイ作用でございます。」
「何を?」
「10億でござぁいますぅ。」
二人はしばらく呆気にとられていた。
こんなことが起こるなんてまるで夢でも見ているような。
テーブルにお茶が置かれた。
これからの手続きのことでその行員が説明を続けてはいたが、
殆ど頭の中に入ってこないでいた。
説明が終わる頃二人は我に帰り、今日のところは一先ず帰路に着く。
いつものように晩飯の買い物を終え家に着く。
今日のことには触れないで居る二人。
もくもくと食事を終え、いつものように寝床に付く。
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眠りにつくエミ。
なんだか長い夢を見た・・・
広い草原、その中にポツンと一軒の邸宅。
青い空に白い雲。蝶ちょが飛び交う。
澄み切った高原の空気の中サトルと二人で邸宅へと小道を歩く。
近づくにつれ家の大きさに圧倒される。
サトルとつないだ手にはペアの金の指輪。
「何が起こってるの?」
「へへっ、まだ内緒。」
「これってペンション?」
「そうかもねっ。」
「何よ、内緒って。」
「そのうちわかるよ。」
「うん、意地悪ぅ~」
玄関に到着する二人。
サトルはおもむろにドアをノックするや開け放つ。
「え、何で?」
「今日から此処で暮らそう。」
「えっ、それって本気?」
「そうだよエミ、本気さ」
「うっそおう~」
「ヒャッホーゥイ!」
「あなた馬鹿ね。」
「そうかもねぇ~」
訳もわからずにただサトルに促されるまま邸宅に入って行く。
「これはこれはお疲れ様でした。」
奥からこの家の主とおぼしき老紳士が現れる。
「長旅ご苦労様でした。東京からはさぞ遠かったでしょう。」
「いや、何てことはない。」
さも偉そうな態度でサトルが告げる。
「食事はできているかい?」
「ええ、ダイニングへどうぞ、さあこちらです。」
「うん、ミエおいで。」
サトルの偉そうな態度に尚も怪訝なエミは申し訳なさそうに進む。
少し暗い廊下の奥にダイニングはあった。
重そうな扉を開くと、廊下とは裏腹に窓から日の光が入り込む真っ白な
空間へと案内される。
大きなダイニングテーブルに二人は腰を下ろす。
老紳士がグラスにウェルカムドリンクを注ぐ。
キッチンから給仕らしき家政婦の女性が料理を次々と持ち込む。
「サトル~、素敵なペンションね。」
「あ、ああそうだな。て言うか少し違うな。」
「違うって?」
「俺の。」
「俺の?」
「そう、俺の。」
「俺のなによ?」
「俺のもの。」
「だから何よ。」
「俺の家。」
「だから何が?」
「誰の?」
「いつ?」
「ちょっと前」
「どこで?」
「ここで」
「誰が?」
「俺が」
「何を?」
「家を」
「どうしたか?」
「買ったのだ。」
「何のために?」
「住むために」
「誰と?」
「エミと」
「何故に?」
「買ったから」
「はぁ~馬鹿か!」
「そうかもねぇ~」
「それ、ウザぃ!」
エミは呆気にとられたまま口を開けている状態。
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Scene.04 ミラクル
いつものように朝食を済ます二人。
エミはいつものように化粧台に向かう。
それにしても変な夢だったな。
なんかトラウマになりそうだけどいい感じだった。
ああ、そういえば昨日の銀行員、口座への入金は一週間後、って
言っていたっけ。何だか待ちどおしいな。
でも何だか怖い気もするし、まっじっくり考えればいいわね。
エミはいつもの時間に出て行った。
暫くぼーっとしているサトルは、ふとテレビのニュースに釘づけになった。
「昨日、レイワ信託銀行に強盗が押し入りました。詳細については銀行側は明らかにしていません。銀行側は強盗の多額の要求に答えた模様。」
サトルの手には嫌な脂汗がにじむ。
あれ、この銀行。昨日行った支店じゃないか!まさか!
あわてて身支度をすると戸外へ駆け出す。
支店までは数分とかからずに到着した。
警察による厳戒態勢。マスコミや野次馬の人だかり。
「はい、関係者以外、下がって下がって!」
すると屋内から先ほどテレビに映った行員が出てきた。
「皆様お騒がせしております。営業は来週より普段どおりとなりますので、誠にご迷惑おかけし申し訳御座いませんが、御用の方は他支店の窓口までお願いいたします。」
そう言い終えるや警察と再び中へ戻っていった。
まずい、まさか俺たちのお金は大丈夫なのか?ニュースでは多額の要求えお呑んだようだが・・・多額って、俺たちの10億?いやまだそんなわけ無いよな。だって入金は来週だもん。いいや、既に準備金をそろえ始めていたかもしれないし・・・
困惑するサトル。
夢のような話と酷い現状が錯綜する。
いてもたってもいられず、エミにLINEを送信するや、隣町の支店へと足を運ぶ。
やはりこちらにも人だかりが出来ている。
暫く様子を伺ってはいたが、今日はこれ以上居てもきりがなさそうなので一旦帰宅することにする。
アパートの鍵を開けると、見慣れた靴が脱ぎ散らかされている。
エミのものだ。
「早かったな。」
「で、どうなの?」
「ううん、わからん。」
「私たちのお金、大丈夫?」
「いいや、わからん。」
「何よ、それ!」
「何だよ!」
「だってぇ!」
「しょうがないじゃん。わからんものはわからん。」
「それもそうね。」
テレビではどのチャンネルからも先ほどの支店の映像が流れる。
と、画面の中のコメンテーターが何やら慌しく受け取ったメモを読み出す。
「新たな情報です!現在逃亡中の犯人複数名は現金10億円を要求し、金庫にあった宝くじ当選金に当てるための保管金凡そ1億円を奪った模様。」
「えっ、やっぱし!」
「お、俺たちの?」
「1億円?」
「いや、俺たちのは10億円。」
「じゃ、減っちゃったね。」
「いいや、俺たちのは来週だ。」
「だってあの時来週すぐに準備できると言っていた金額と同じ。」
「まさか!」
「減っちゃったね。」
「減っちゃいないさ!」
「でもどうなのよ。」
「だから、わからん!」
「何よそれ。」
途方に暮れる二人。
それからどれくらいの時が過ぎたであろう。
サトルが口火を切る。
「銀行も宛てにならないな、特にこの支店は!」
「だからって家に持って帰れないでしょ。」
「ああそうだな、じゃなくなる前に使っちゃうか?」
「それもそうね・・・ん、それって何か変じゃない?」
「ああ、頭が混乱してきた、もう寝る!」
「まだ午前中よ。」
「だったら、どうするよ!」
「私にも分からないもん。」
「じゃ、お前も寝ろ!」
「何夜それ。」
「何が!」
「だからっ、寝ろって。」
「じゃどうするよ。」
「考えるのよ。」
「だから全部なくなる前に使っちゃえばいいんだ!」
「え、使っちゃえば無くなるじゃない!」
「じゃオレにどうしろと言うんだよ。」
「無くなる前に、奪ってきて!」
「お前パカあるか?」
「何よパカって、アルパカなの?」
「誰が?」
「サトルが。」
「いつから?」
「さっきから。」
「どうして?」
「バカじゃなくてパカって言ったから。」
「どのように?」
「そのように。」
二人はクスクスと笑い出す。
そして吹っ切れたようにゲタゲタと笑い出した。
多分頭が変になってしまったらしい・・・
と、チャイムの音が鳴る。
エミがあわてて玄関ドアの外をのぞく。
しかし人影が見えない。
それをアルパカのままのサトルに告げる。
サトルも戸外を確認する。
やはり人影は無い。
不安な二人に嫌な時間が流れる。
「おい、どうするよ。」
「私、怖い。」
「オレだって怖いさ。」
「アルパカなのに?」
「もし誰かにこの話を聞かれていたとする。それを恨んだ住民が襲い掛かってくるかもしれないさ。」
「アルパカなのに?」
二人はまたもクスクスと笑う。今度は気をつけながら今度は小さめに・・・
サトルは気を落ち着かせ、そおっと玄関ドアを開ける。
と、ドアの脇には回覧板。
なぁんだ、と思った矢先、隣の部屋のドアがパタンと閉まる。
一気に背中に寒いものを感じるサトル。慌ててドアを閉める。
「おい、隣の奴、こっち見てた・・・」
「えっ、何よ、怖い。」
「はい、これ。」
「何よいきなり!」
「回覧板。」
「バカね。」
「パカだよ。」
「それもそうね(笑)」
「それにしても今日休んでるのかな?」
「仕事無いんじゃない?」
「ま、珍しいことでもないがな。」
「あんただって、無いじゃないの。」
「うん、分かってるよ。でももう探さなくても良くね?」
「それはそれ、ダメよそんなんじゃ!」
「しかし、隣にもこの会話聞かれてたりして。」
「やだぁ~怖ゥイ~」
「お前もな。」
再びのんきな二人がクスクスする。
「何だか不安だな、やっぱり。ここ、壁薄いし・・・」
先ほどまでのやり取りで少し落ち着いてきたエミが切り出す。
「ねぇ、私の今朝見た変な夢。教えてあげる。」
それから暫く、あの緑の中での二人の出来事をサトルに話す。
「うん、それ良いかも知れないな。」
「でも今の職場の人間関係も悪くないし。やめて引っ越すのもチョッとね。」
「それもそうだ。」
「じゃ、マンションって手は無いかい?セキュリティーの整った。」
「でも高いでしょ。」
「何をおっしゃいます、お金持ちさん!」
「まぁね。買えるとしてもあまり派手なところに住むのは気が引ける。っていうか、今までの職場の近くで給料に見合わない派手な暮らしをしていたら怪しまれるし。」
「それもそうだな。うーん、じゃ地味なところ探そうか・・・そうと決まれば善は急げっ!」
立ち上がるサトルに促されて下見を開始することに決定した。
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Scene.05 ミラクル2
戸締りを確認する二人。
いつもの普段着で戸外へと赴く。
何も変わらぬ平凡な景色。
近所の住民の様子も特に変わらず。
エミがいつも通いなれた職場の向こう側、アパ-トとは逆方向にある古い「姫百合商店街」。
そこの端っこの角地にある小さな不動産屋へと足を運ぶ。
「えっ、此処?」
「そう、前からオレは引っ越したいなって思ってたんだよ。あのアパート。そこで暇に飽かしていろんな物件をネットで検索していたのさ。わりかし良さそうな物件を扱っている此処が気になっていたんだ。金額もピンきりで。」
「へぇ、以外~!」
古い商店街同様、古びた店構えの不動産屋のサッシの引き戸を開くと老夫婦がテーブルで壁際のテレビを眺めながらお茶をすすっていた。
「あ、いらっしゃい。」
感じのよい丸メガネの老紳士がテーブルから立ち上がる。
テレビとは逆側の壁際にある小さめの応接セットのスペースに二人を招く。
「今日は何の御用で。」
「ちょっと賃貸マンションの物件を見たいなと思いまして。何かお勧めはありますか?」
「はいよ。」
老紳士は奥の資料棚から取り出してきたファイル。
「マンションならはい、こちらの資料をご自由にどうぞ。」
まるで図鑑のような分厚いファイルを二人のテーブルにどさっと置いた。
と、老紳士はまたもとのテーブルの定位置に座る。
奥さんであろう老婆がお茶を用意してきた。
「どれどれ、ご予算はいかほどですの。ああ、それならこちらのページから。」
そう云い終えるとやはり老婆も先ほどの定位置へと戻る。何とも愛想が薄い感じ。
しかし、魅力的な物件資料には二人も思わず熱中する。
いつの間にか2時間くらいが経過した頃、奥さんが近寄る。
「あの、私たち昼ごはんまだなので店屋物とりますが、良かったらご一緒に。」
そう告げると二人にMENUを渡す。先ほどとは違いなんとサービスの良いこと。
「じゃ、お言葉に甘えて。私はこれを。」
「じゃ僕もこれをお願いします。」
やがて皆、配達された店屋物にありつく。何これっ、以外に美味い。
「良かった、ここのお店の天丼、美味しいでしょ。うちと同じく老舗なのよ。」
奥さんが微笑みながらそう言った。お上品さが伺える。
「ところで気に入った物件は見つかりそうですか?」
「はい、逆により取り見取りで迷ってしまって・・・」
「大事なお住まいだものね。特に女性にとって生活環境の良さは必須条件ですものね。」
「やっぱりそうですよね。今のところがあまり住み心地よいほうではありませんので。」
奥さんの人の良さそうなところに安堵を覚えるエミは正直な胸の内を明かす。
「会社には程近いので利便性は悪くないのですが、壁が薄くて、丸聞こえな気がして。」
「それは心配ね。特にアパートはね。うちで扱っているマンションは殆ど心配ないですよ。」
「でもあまり派手だと会社で変なウワサされてしまうので、地味な感じで無いでしょうか。」
「僕としては、今は無職なのであまり贅沢は言えませんが、趣味も生かせたらいいなと。」
「例えば家庭菜園なんか。今はベランダと呼べる代物が無いので、無理ですが。」
「あらま、貴方もお好きなの?私の菜園は年季が入っていましてよ。プロもびっくり。」
一同が微笑む。場がより一層和む。
その奥さんの様子に気をよくしのか、ようやく奥から重い腰を上げた老紳士が乗り出してきた。
「君たちにちょっと取って置きのお勧めの物件があるのだが・・・価格は合致しているのだが、但し生活ルールとして詳細に守ってもらいたい条件がたくさんあるのが難儀だ。」
「その物件のパンフレットってありますか?」
「いや、無い。」
「場所は?」
「すぐそこ。」
「お値段は?」
「ワシの虎の子所有物で人気物件だからなぁ、そうだな、月15万円で、どうかな?」
エミはかなり乗り気な様子。サトルは事の運びを見守る。
「間取りはどうですか?」
うーむ、と唸った老紳士は考える人のようなポーズ。
「それはみてもらったら分かるから、今から行く?」
「ぜ、是非!」
あまりの急展開に呆気に取られるサトル。
エミはさっさと立ち上がり、老紳士が支度をするのを待つ。
「では、いざっ出陣!」
老紳士は鼻の穴も大きく意気込む。
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Scene.06 ようこそレイワマンションへ!
「行ってくるよ!」
神さんに声をかける老紳士。
アルミサッシの引き戸をガラリと開け放つと3人は表に出る。
「あのぅ、今から車で移動ですか?」
「え、いや。」
角にある不動産屋のすぐ際を裏のほうへと向かう老紳士。
そして更に角を曲がる。
「はいっ到着!」
二人はあまりの近さに焦りを覚える。
更にその建物の様子にも焦りを覚える。
建物は不動産屋のちょうど真裏、というか同じ建物ではなかろうか。
2階建てのアパートの入り口のような門柱には小さく、
「レイワマンション」と書かれている。
入り口の際には夫々の部屋番のポストがあり、自転車が雑然と並んでいる。
エミとサトルの創造とは大分かけ離れている体裁であった。
サトルは不安げに老紳士たずねる。
「こ、これってアパートですよね・・・」
「いいえ、マンションです。」
「しかし・・・15万円は高すぎでは?」
「いいえ、これから案内すれば十分分かっていただけると思いますよ。」
「でも、不動産屋の建物と一体になっていませんか?」
「ああ、そうでしょうかね・・・さあさ・・・」
老紳士は少し急かすかの様子で二人を戸口へと招く―――
不動産屋の建てやと同じく昭和の面影が残るそのマンションの佇まいは、サトルとエミにとっておよそアパート或いは学生寮のような雰囲気しか認められなかった。
この老紳士はお勧めの様子であるが、半ば言われるがままに着いてきただけであって、契約など微塵も考えては居なかった。老紳士の言うお勧めの部分については多少気にかかるので、まぁ昼食もご馳走になった恩もあることなので付き合ってあげるかな程度でしかなかった。
学生寮のようなたたずまいと同じく、古臭い扉の片隅には小さく「レイワマンション」と書かれた木の表札がぶら下がっているのは確かに確認した。
扉を開けると老紳士は「どうぞ。」と兼官の中へと招き入れる。
内側は、やはり外観同様に古臭い造りの割と広めのエントランス。テーブルと4脚の椅子がおいてあり殺風景の感じ。唯、予想とどこか違うのが、そこにはエレベーターが一台据え付けられているのみで、他の居室への通路や部屋などは見当たらない。
老紳士が呟き始める―――
「ようこそ、レイワマンションへ。これからこのエレベーターで貴方方にお勧めのお部屋へと案内いたします。そして今の段階である一つの約束をお願いしたいのですが、此れから起こる全てのことを誰にも公言しないで欲しいのです。それは住民様たちのセキュリティーに関わることですし、住民の方々が末永く安心して暮らしていけるのも、皆さんがこのことを守っていただいているからなのです。宜しいですね?」
二人は紳士に言われるがままにコクリと頷く。
傍らのボタンを押すとすぐにエレベーターの扉が開いた。一堂は乗り込む。
扉が音も無く閉まる。
やや広めのエレベーター内部ではあるが、明らかに通常のものとは異なるのは多数のボタンが並んでいるところだ。1Fと2F以外は全て地下であり、一番下はB100Fと表記されていることに二人は驚く。
「1Fは先ほどのエントランス、2Fは私ども夫婦の居住スペースとなっています。そして住民様のお部屋はそれぞれワンフロアーとなっています。」
「そ、それにしても階数が多いですね?」
「はい、驚いたでしょう。表記のように地下100階までございます。外観からは大よそ想像できないことでしょう。この最新鋭の安全設備がこの物件の売りとなっております。そしてあなた方にお勧めのお部屋はB8Fとなります。ちゃんとマンションしてるでしょ?」
驚きとともに、二人にこれから起こる事への不安感が訪れる・・・
~次回へつづく~




