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孤児院が魔の森に引っ越してから、数日が経った
子供たちは広い敷地で走り回って元気に遊んでいる
サラの話によると空瓶屋はいくつかあった派閥ごとに分裂して、それぞれの店をやる事で落ち着いたらしい
派閥同士でかなりいがみ合っているらしく、こちらへ手を伸ばす余裕もないそうで、俺にとってはありがたい話である
しばらくしてシェアの大きなところができたら、そこに挨拶へ行く予定だ
主の死は酒の飲み過ぎと言う事ですんなり終わった
普段から酒癖も悪く、いつかこうなると誰しもが思っていたらしい
ただ魔の森工房へケンカを売った事も知れ渡っていたので、裏では毒殺されたともっぱらの噂だそうだ
今日も俺は錬金釜で薬を作りながらシンシアと雑談していた
すぐ近くのテーブルでシンシアはいつも通り優雅に紅茶を飲んでいる
「もう錬金道具を買いに行っても大丈夫かもな。そろそろこれを使うのも最後か…」
そう思うと感慨深いものがある
「ふふふ、前回売るのを拒否した者達は戦々恐々としておるだろうな。空瓶屋の指示で嫌がらせした相手は、その空瓶屋を闇に葬ったと噂される者じゃ。今度は自分らがどのような目にあうか震えておるじゃろう」
「まあそう言うなよ。圧力に逆らえないのも無理ないって。彼らに対しては別に悪く思って無いぞ。あと俺は公的には無罪だ」
「本音は?」
「良いもん持ってんだろう?金は払うから出し惜しみせずに秘蔵の品でも何でも見せろ」
「あやつらもある意味被害者と言ったばかりじゃぞ。お主は本当に酷い男じゃ、ふふふっ」
俺がえげつない事をしたり、考えたりする時、シンシアは何故か無性に嬉しいらしい
(機嫌が良いから構わないけど、どう言う心理なんだか…)
その日の夜、リビングで夕食後ティータイムを過ごしているとサラがやってきた
「夜分遅くに申し訳ありません。シンシア様、家賃のご相談に参りました」
「家賃?なんじゃそれ?」
シンシアはマリアへ視線を向ける
「サラさんが住んでいる小屋の使用料です」
「何故あの小屋へ住むのにそんな物を支払う必要があるのじゃ?」
「マリア…これはマズいぞ」
「ええ、よろしくありませんね」
俺達の思惑は完全に一致したので早速行動に移る
「サラ、少し工房へ来てくれ」
「あ、はい…あの…」
「言いたい事は分かる、だが今はついて来てくれ」
「…はい」
やや強引に呼ぶと、サラは不思議そうについてきた
工房へ移動し、ついでに持ってきたティーポットから紅茶を淹れてサラへ出す
「すまんな、無理に連れ出して」
「いえ」
当然ながらサラは状況がわかっていないようだ
「手短に説明すると、シンシアは世事に疎い。だが、100年以上生きている矜恃もある。なので人前で指摘すると面倒なんだ」
「そうなのですか…」
サラは相槌を入れて聞いている
「地頭はいいから『一を聞いて十を知る』まではいかないが、『一を聞いて五を知る』くらいは普段からしている。だが、まるで興味の無い分野で予備知識の一切ない事柄を説明する時に、なんていうか『アホの子』になる時がたまにある。今回がそれだ」
「はあ…。孤児院の家賃の話はメティスでもしていたので、まさか知らないとは…意外でした」
「おそらく適当に流していたんだろ。今マリアが懇切丁寧に噛み砕いて分かりやすく教えている。だが今日の内には終わらないだろう」
無知への恥ずかしさからか、やたら意固地になって話が進まないことが多いのだ
「そうなんですか…なんと言うか意外です」
「意外?」
「シンシア様は思慮深いと言うか、知識が豊富な印象でしたので」
「ああ、日頃から虚仮威しで生きているからな。知ってる風を装うのに慣れているんだ。慣れてるだけで上手くないからすぐにメッキが剥がれるけど」
「アハハッ、そんな身も蓋も無い」
サラは口に手をやるも、笑いを堪え切れていない
「それなのになんて言うか優しさを感じます。シンシア様をよくご存知なのですね」
「いろいろあってな。知り合ってからはまだ日は浅いんだが」
「そうなのですか?てっきり長い付き合いだとばかり…。息の合った掛け合いをしているシンシア様とタツキ様を見ると羨ましい時があります」
「まぁあれは相性もあるしな。俺達はたまたま合ってたんだろ」
「私は今までそう言う人と付き合った事がありませんでした。仲の良い人は物静かなタイプでしたし」
「今まで…そう言えばサラは教会の関係者か?」
「はい…2年前までは」
「やはり元がつくのか」
「気づいていたのですか?」
「聞いた話だと、だいたいの孤児院は教会関係が運営してるらしいからな」
「…そうですね」
「でも一人で運営する獣人ばかりの孤児院なんて、ちょっと普通じゃないとは思ってた」
「まぁそうですよね… 」
サラに聞いた話はこうだ
教会の孤児院で暮らしていたサラは、10歳を過ぎたある日、自分に特別な力がある事に気づく
特に習った記憶もない回復魔法が使えるのだ
回復以外にも解毒や解呪も使えたし、その効果は長年修行した司祭と同等かそれ以上らしい
この事を神に感謝したサラは驚きの行動に出る
幼い頃に見た父の修行を真似し始めたのだ
大人の真似を子供がすれば怪我をするのは当然であり、しかもサラの父は相当な武術家だったらしい
その修行内容も常軌を逸していた
足の骨が折れるほど木を蹴り、拳が砕けるまで岩を叩き、血を吐くほど走り抜く
体が壊れる度に魔法で回復し、また体を壊す
魔力が切れるまでその日の修行は続く
そんな狂った修行を数年続け、この世界では成人とされる15歳の時には、素手でメティス周辺の雑魚モンスターを瞬殺できるようになっていた
孤児院を出る日に教会で魔法の能力を調べる事になっており、そこでサラの回復魔法が初めて公のものとなる
あまりの回復能力の高さから聖女候補にまでなったが、獣人は人間より下に見られがちな風潮がある
獣人擁護派と否定派で教会は2つに割れ、数年に渡り派閥争いが続く
最終的に擁護派が敗北しサラは聖女にはなれなかったらしい
そしてその流れのまま孤児院で獣人は新たに受け入れないと新しく決まった
建前上は予算削減だが明らかに当て付けであり、勝利後のマウント行為の様なものだろう
サラが自分のせいで路頭に迷う事になった獣人の孤児を引き取って、孤児院を始めたのが2年前
その際に教会とは袂を分かち、今に至る
責任を感じた擁護派のトップの大司教が、私財を投げうって孤児院の資金を工面してくれたそうだ
「とは言え大司教様は清貧を掲げていた方ですので私財も多くはなく、あのスラム街の家を借りるのが精一杯でした」
「なるほどな、獣人ばかりなのも納得だ」
「聖女候補については驚きませんでしたね」
「空瓶屋が漏らしていたからな」
「そうでしたか、あまり知られたくない話でしたので、せめて自分から言いたかったのですが…」
「俺もシンシアも、サラが聖女候補だろうがなんだろうが気にしないぞ。もちろん子供たちもだろう。サラはみんなのお母さんだ」
「…まだ22なんです、せめてお姉さんでお願いしたいです」
サラはそう言って恥ずかしそうに笑うのだった




