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鬼は外、チョコは内  作者: チョコレート・オーガ~めいど いん なろう~
節分編
9/47

日本イベント協会サバイバル集会 ~節分編~@裏山おもて

ジャンル:その他

「節分代表、恵方豆彦です。どうぞよろしくお願いします」


 

 豆 豆 豆 豆 豆 豆


 節分のことなんて、あまりよくわからないけれど。



 恵方(えほう)豆彦(まめひこ)

 二八歳にして無職。

 趣味といえる趣味は、お菓子作り。


 背は低く、童顔。ともすれば高校生に見えてしまいそうな彼の容姿は、社会に生きる大人としては適していない。まだ声変りが来ていないような高い声と相まって、いままで入社してきた会社では〝子ども扱い〟を受け、すべて辞めてしまった。大人の男にとって幼く見えるというのは非常に不利なことだった。

 誰のせいでもなく、豆彦は無職になった。

 ただ漫然と親の金で過ごすぬるま湯の日々は、もどかしくも抜けられない蟻地獄のようなものだった。

 そんな彼に手紙が届いたのは、数日前のことだ。


『あなたは節分代表として日本全国イベント集会に選ばれました』


 手紙の差出人は、日本イベント協会という聞いたことのないところだった。

 ハトが豆鉄砲をくらったような顔をして驚いてると、母親が部屋を覗きこんで「豆がハトに食われたような顔してんじゃねえよ」と睨まれた。

 なんのことかさっぱりわからなかったけど、問い合わせ番号にかけてみると手紙は悪戯でもなんでもなく、バックアップはなんと文部科学省。

 仕事を辞めてからしばらく外出していなかったけど、参加手当十万円と交通費全額支給という文字に惹かれて、参加を決めたのだった。






「節分代表様ですね。この名札を付けて、そちらの控室をご利用ください」


 日本イベント教会の建物は、東京都上野にあった。下町のうすよごれた雑居ビルの受付で『節分代表』という名札を渡された豆彦は、胸に名札をつけたまま控室の扉を開けた。

 控室は大勢の人であふれかえっていた。

 椅子に座って談笑するひとたちや、床に寝転がっている老人、筋トレをするイケメンマッチョなどなど。いろんなひとがいるなかで、豆彦はちぢこまって隅のほうに座る。


「ねえ、そこのあんた」


 すぐに声をかけてきたのは、女の子だった。

 中学生か高校生くらいだろう。豆彦と同じくらいの身長の、すこし釣り目の少女だった。胸には『十五夜代表』と名札がついている。


「何歳? 高校生? あんたどこの代表?」


 ヒマなんだろう。

 豆彦はすこし戸惑いながらも、自分が高校生ではなくて立派な大人だということを説明した。名札を見せて「節分代表だ」ということも忘れずに。

 すると少女は、節分と聞くや否や、豆彦のことを鼻でふふんと笑い飛ばした。


「なあんだ。バレンタインデーに負けてる衰退イベントじゃん」

「えっ」


 目を丸くする。

 たしかに二月のイベントといえば、ほとんどの人がバレンタインデーを浮かべるだろう。でも節分は歴史あるイベントで、決してバレンタインデーに劣ってるとかそんな気持ちはなかった。

 それはもちろん、豆彦がバレンタインに縁がなかったから、というのもあるけど。


「名前のとおり、豆イベントよね」

「……すみません」

「なんで謝んの? ふつう怒るとこでしょ? 肝もちっちゃいわね」


 なぜか不快そうにして、去っていく少女。

 べつに、豆彦は節分にそれほど思い入れがあったわけではないけど、少しだけ胸の奥がチクリと傷んだ。



 豆 豆 豆 豆 豆 豆



「それでは、第四十二回、日本全国イベント集会を始めます」


 控室から呼ばれて集められたのは、会議室のような部屋だった。

 長机が並べられていて、豆彦はその一番真ん中あたりに座った。

 右側に座っているのは『敬老』と名札をつけた、さっき床で爆睡していた老人で、またもや机につっぷしてすやすやと眠っている。


「あの、おじいさん、始まりますよ?」

「むにゃむにゃ……ここはわしがくいとめる……わしにかまわずさきにゆけぇ……むにゃむにゃ」


 なんて寝言だ。

 夢の中で死亡フラグを展開させている老人は起きる気配がないので、豆彦はあきらめた。


「では、開会に先立ちまして、日本イベント協会会長、元日福治様より開式の言葉を頂きたいと思います」


 司会の黒服がそう言うと、一番前に座っていた初老の男性がマイクを手に取った。


「皆様方、本日はお集まり頂きまことにありがとうございます。今回の集会をとりしきることになった身としては、例年に珍しく欠席者がいないことに大変うれしく感じております。短い時間ですが、有意義なひとときを過ごすことができるように皆様方のご助力・ご協力をお願い申し上げます」


 パチパチパチ、と拍手が起こる。

 どうやら顔見知りの人たちが大勢いるらしく、いろんなところに向かってほほ笑んでいた。


 元日福治が席に戻ると、司会の黒服がマイクを手にとって、


「それでは早速始めていきたいと思います。まずは第一次審査の〝サバイバル選挙〟です。各自のテーブルに配られているイベント表のなかから、自分以外のイベントで重要・または好きだと思うイベントに丸をつけてください。丸は二十個までならいくつつけても構いません。丸がつけられなかったイベント代表者様は、ここで脱落となります」

「え?」


 豆彦は驚きの声をあげて、周りを見渡した。

 すでに周囲の者は知っていたのだろう。みんな鉛筆を手にとって真剣な表情で紙とにらめっこしていた。

 豆彦と同じように慌てているのはわずか数人。どれも初々しい初参加勢のようだった。


「なお、脱落したイベントとその代表者は、文部科学省が責任をもって歴史から抹消させていただきますので、ご安心ください」


 なんだって!


 息をのむ豆彦。

 わきあいあいとした雰囲気が一転、殺伐としたものに変わっていることに、ようやく気付いた。

 豆彦も慌てて鉛筆をとって、紙に丸をつけていく。

 丸で囲むのは、『昭和の日』『防災の日』『重陽の節句』など、あまり誰もいれなさそうなものにしておいた。


 隣で寝ている『敬老』のお爺さんの寝息だけが、場違いなほどすこやかに聞こえてきた。






 一年に一度開かれる日本イベント集会の目的は、どうやら不要なイベントの排斥にあるらしかった。四十年ほど前から始まったこの集会は、文部科学省の指導のもと、国民にとっての不必要なイベントを歴史から消去し、日本を健全に保つという目的があるようだ。そしてその代表者はイベントと共に生まれてきたことすらなかったことして消される。

 なんて恐ろしいイベントだ。


 無事、豆彦は一次審査を通過していた。もしかして……と震えながら開票結果を待っていたけど、誰かが投票してくれたらしい。どうやらすべてのイベント日が投票を受けることができたようで、脱落者はでなかった。

 節分が重要だと思ってくれてる人がいてよかった。


「それでは、第二次審査の〝爆弾回し〟に移りたいと思います」


 つぎにはじまったのは、全員で円になって、風船爆弾をまわしていくというものだった。風船が爆発したらそのイベントは消去だという。

 生き残るためには運も必要らしい。

 どこのギャンブルマンガだ……


「では音楽スタートです」


 黒服の声とともに、軽快な音楽が鳴り始める。


 ちゃらっちゃっちゃらちゃ~♪


 とリズムに合わせて回されていく風船。

 元日福治から始まった風船爆弾は、ゆっくりと膨らみつつ、ぐっすり寝ている『敬老』お爺さんを飛ばして、どんどん回されて近づいてくる。


 爆発したら……死ぬ!


 豆彦は冷や汗をびっしょりとかきながら、風船を受け取った。

 緊張が一気に高まる。

 すぐに隣に押し付けたい衝動を抑えて、唇を噛みながらリズムを待つ。

 心臓の音が耳まで聞こえてきそうな刹那の瞬間が、まるでスローモーションのように流れていく。まだリズムは来ないのか!? いや、まだ大丈夫だ。こんなところで割れる風船なんてないはずだ! 


 ちゃっちゃ~ん♪

 

「よしっ――」


 渡すリズムがきた。

 豆彦は安堵の息とともに、隣に風船を渡そうとして、ハッとする。


 隣にいたのは、控室で声をかけてきた『十五夜』の少女だった。

 待て豆彦――と豆彦の手が止まる。

 ここで自分が渡して爆発したら、この少女は死ぬのか……。


 さっき控室で馬鹿にされたことを考えたら、戸惑う必要なんてないのかもしれない。さっさとこの風船を押しつければいいのかもしれない。


 でも、豆彦にはできなかった。


 そのあいだにも、どんどん膨らんでいく風船爆弾――


「なにしてんのよバカ!」


 少女が爆弾を無理やり奪い取った。

 リズムを待ち、つぎの者へとまわしていく。

 風船爆弾が離れていくと、少女がキッと豆彦を睨んだ。


「なにしてんのよ!? あんた死にたいの!?」

「……いや、そうじゃないんだけど……」


 豆彦は目を逸らした。

 自分でも、なにがしたいのかわからなかった。少女が隣から「あんたって変なやつね!」「節分がどうなってもいいの!?」「ありがとうなんて言わないからね!」とキャンキャン吠えていると――



 パァン!!



 豆彦たちのちょうど正面あたりで、爆発した。

 風船を持っていたのは控室で筋トレしていたイケメンマッチョだった。彼は茫然とした表情で、自分の手のひらを見つめる。

 黒服が淡々と、彼の名札を確認してつぶやいた。


「……『土用の丑の日』脱落(デリート)

「うっ……うおおいやじゃあああああ!」

「暴れるな。拘束しろ」


 黒服がつぶやくと、警備員のようなひとたちがマッチョを拘束して運んでいく。


「うなぎ消費量が激減するうううっ!」


 うなぎ文化とともに、マッチョが消えることが決まってしまった。

 廊下へと運び出されたマッチョの沈痛な叫び声だけが、部屋に残る。


 しん、と静寂の集会室。


「……それではいったん休憩を挟みます。皆さんはお好きなように休んでください」


 黒服はそう言って、黙り込んだ豆彦たちを無感情な目で見つめていた。



 豆 豆 豆 豆 豆 豆



 豆彦はひとり部屋の隅に座っていた。


 あのイケメンマッチョにはとても悪いことをしてしまった。自分があそこで風船を抱えていなければ、マッチョとうなぎ文化が犠牲になることなんてなかったんだから。もし自分があのまま風船を抱えて死ねば、つぎの土用丑の日には、あのイケメンマッチョはうなぎとにゅるにゅる戯れていただろうに……。


「僕の……僕のせいだ……っ!」

「むにゃむにゃ。自分を責めるでないむにゃむにゃ」


 ふと、隣にいたのは『敬老』お爺さんだった。床で横になったまますやすやと寝息をたてているにもかかわらず、寝言だけははっきりと聞こえてきた。


「むにゃむにゃ……あのマッチョはむにゃむにゃ……握力を鍛えすぎたのじゃ……風船が割れたのはマッチョの握力のせいでおぬしのせいではない……むにゃむにゃ」

「そ、そうなんですか……?」

「うむ……むにゃむにゃ」


『敬老』お爺さんはスピーと鼻ちょうちんを膨らませてうなずいた。


「そっか……ありがとうございます。お爺さん」

 

 マッチョの握力が原因なのか……お爺さんの言っていることが、嘘か本当かはわからない。

 でも、豆彦の心はすこしだけ軽くなった。


「それではみなさん、続きを始めたいと思います。各自席に戻ってください」


 黒服が声をかけたので、豆彦たちはぞろぞろと席に戻る。

 また円になって座った。マッチョ以外の席は埋まっていた。黒服が近くの警備員たちに声をかけてなにやらゴソゴソとしているのを眺めていると、隣からチラチラと視線が注がれてくる。

 気になって首を向けると、『十五夜』の少女と目があった。


「……どうしたの?」

「な、なんでもないわっ」


 赤くなって目を逸らした少女。

 こんな状況だ。体調でも崩したのだろうか。


「なんでもないったらないの! あんたはそのままボケっとしてなさいチビ!」


 心配したのに暴言を吐かれた。

 豆彦は困りつつ、言うとおりにじっとしていることに決めた。


 つぎに始まったのはテストだった。日本のイベントたるもの日本のことをどれだけ知っているか、という簡単なテスト。五十点を下回ったら脱落という条件だったが、ここで脱落したものはいなかった。ずっと寝ていた『敬老』お爺さんがどうやって五十点を超えたのかは、豆彦にも謎だった。


「さて。今回の脱落者は現在一名のみです。なかなかに優秀で嬉しい限りであります。そして、つぎが最後の選考になります」


 最後。

 その言葉を聞いて、豆彦はほっと胸をなでおろした瞬間――


「最後の種目は〝ババぬき〟です」


 なんだって……!?

 

 豆彦の顔がみるみる青ざめていく。


 いままでババぬきで勝ったことがなかった。

 どうしようどうしようどうしよう……と豆彦が慌てている間にも、トランプカードが配られていく。もらったカードがすべて組になっている超幸運を期待したけど、もちろんすべてバラバラだった。

 強運の星のもとにすべて組になっていたのは『敬老』お爺さんで、お爺さんはさっそく一抜けしていた。


「では、元日福治様から時計回りに初めてください」


 黒服の指示のとおり、元旦福治が隣のひとのカードを抜くと、それからどんどん始まっていった。これだけ多いなかでのババ抜きなんて時間がかかると思いきや、どうやらすぐに抜けていく者がでていきはじめた。

 よく見てみると、トランプの図柄には数字しかない。絵柄とAがないものだから、すぐ終わった者が続出していく。


 安堵の息を吐きだす者たちのなか、残っていくイベント代表者は焦りの表情を隠せないでいた。

 風船爆弾と同じく、必ず誰かが脱落するゲーム。


 日本人はイベントが好きだ。

 もともとあったイベントじゃ飽き足らず、どんどん和洋折衷いろんなイベントを取り入れていく。『ツインテールの日』や『』みたいな何月かわからないような日を生みだし、日本イベント協会はもはやパンク状態にあるのだ。

 だからこうして、イベントを減らさなければならない。

 ときには知名度が彼らを守る。ときには歴史が彼らを守る。

 ただ、今回はゲーム。

 実力がものをいうサバイバル。


 これは勝負なのだ。

 ポーカーフェイスができない者は、ずっと残る羽目になる。

 脱落する可能性が襲いかかる。


 ……豆彦のように。


「いよっしゃあああ!」


 豆彦の手から『3』を引き抜いた男が、歓喜の雄叫びをあげる。

 これで残ったのは豆彦と、あとひとり……隣に座っている『十五夜』の少女だけだった。


「……あのさ」

「な、なによっ!」


 でも豆彦は、落ちついていた。

 さっきまで高鳴っていた鼓動も、いまは静かに整っている。

 理由は単純だった。


 少女が、ひどく狼狽していたからだ。


 まさか、自分が最後まで残るだなんて思わなかったのだろう。

 少女もまた、豆彦と同じく感情がすぐに顔に出るタイプだった。少女が持つババに手をかけたら、顔がぱぁっと明るくなる。逆にババじゃないものに手をかけたらしょぼんとする。ほんとうにわかりやすい。


 豆彦は最後の一枚だった。

 少女は二枚。


 少女の手の中から数字を引き抜いたら、豆彦の勝ちだった。とても簡単なことだ。少女の顔を見て引けばいいだけなんだから。


「っぐ……」


 でも、豆彦の手は止まっていた。少女は必死に耐えているようだけど、その目には涙が浮かんでいる。いまにも泣きだしそうな顔で、手の中のカードを必死に見つめ続けていた。

 ここで豆彦が数字を抜いてしまうことがわかっているのだ。自分が『十五夜』の歴史と共に消えていくことをわかっているのだ。

 でも肩を震わせて、泣け叫ぶのを耐えている。


 しんとした静寂のなか、周囲がすべて見つめるなか、豆彦は肩の力を抜いた。

 こんどは迷わなかった。


「……え?」


 少女が目を丸くする。

 豆彦が抜いたのはババのほうだったから。


「ほら、引いて」


 豆彦はババをそのまま手の中に入れずに、数字のカードだけを少女に差し出した。


 ……これでいい。

 ここでもし豆彦が勝っても、どうせたいしたことにもなりやしない。ささやかな参加手当を持って帰ったって人生が変わるわけでもない。

 ただお菓子作りが趣味なだけの無職の自分。

 将来ある少女。


 天秤にかけるなら、言うまでもないだろう。

 それなら、ここで散ってしまってもいいのかもしれない。節分とともに、消えてしまってもいい。


「だから、引いてくれよ」

「っ!」


 豆彦がほほ笑むと、少女の目から涙がボロボロと流れ落ちた。

 少女も動かない。

 ただひたすらに泣きながら、豆彦をじっと見つめ続ける。


 誰も、動かなかった――


「むにゃむにゃ」


 不意に伸びてきたのは、皺のある手。

 豆彦の手の中から〝ババ〟を引き抜くと、そのまま豆彦の背中を押した。


 トン、と押されてよろめく豆彦。

 少女が慌てて豆彦の体を抱き止める。


「むにゃむにゃ……あれま、わしの手の中にこんなものが」


『敬老』爺さんはすっと目を開くと、手の中のトランプカードを見つめて楽しそうに笑った。

 あっけにとられる豆彦。


「こりゃあわしの負けじゃのぅ……無念無念。では『敬老の日』とこの老いぼれは消えるとしようかのう」

「敬老爺! おまえさん、なんてことをっ!?」

「おやおや元旦爺。おまいさんには世話になったのぅ。元気でのぅ」

「なにいっとるんじゃ! そんなの無効じゃ!」


 慌てたのは元日福治だけじゃなかった。周囲のほとんどの参加者が、ざわざわと喧騒を始めた。

 挙句の果てには黒服でさえも敬老爺に近づいて、


「敬老様! あなたがそんなことをしなくても……っ! あなたのお望みなら、いまの勝負はなかったことにしても……」

「それは誠意が足りんのぅ」


 敬老爺はひょっひょっひょと高らかに笑って、


「わしはもう寝とるだけの老体じゃ。それにのぅ、常々思っておったが『敬老』はわしら老人のものじゃのうて、息子や孫の気持ちを表した言葉なのじゃ。……嬉しいことにのぅ、わしの息子も孫も、敬老の日じゃのうても、ずっとわしのことを敬ってくれとったわい。みんなが優しければ毎日が敬老の日じゃ。もはやこの国にわしは必要ないじゃろぅ」


 豆彦は少女と抱き合ったまま、敬老爺を見つめていた。

 敬老爺もまた、穏やかな笑みで豆彦を見つめ返す。


「それじゃあのぅ節分の坊や、十五夜お月のお嬢ちゃん……歴史ある日本の節句として、この先もこの国を頼むぞぃ」


 敬老爺はそうつぶやいて、部屋から出ていった。

 バタリ、としまる扉。

 

 周囲の者も、ただ茫然として立ちすくむばかりだった。

 

 なにも言えなかった。

 でも、爺さんが言っていたその言葉に、豆彦は誓った。


 彼に恥じない人生にしよう――と。


「さようなら、敬老の日……」


 豆彦はぎゅっと、隣に立つ少女の手を握りしめたのだった。



 豆 豆 豆 豆 豆 豆



「ほら豆彦! しっかり裏越ししてよ! 味が落ちちゃうでしょ!」

「わかってるってば……もう」


 とある街の商店街の隅に、新しい和菓子屋ができたのはそのしばらくあとだった。


「まったくぼうっとして……あ、いらっしゃいませ!」


 歳の差夫婦で経営しているその和菓子屋は、妻の元気な様子が評判になり、菓子の味の質の高さもあいまって近所でも人気だった。

 節分や十五夜には、バレンタインデーやホワイトデーにも負けないほど力を入れていることが特徴だ。

 それだけじゃなく、夏祭りやハロウィンなど、街のイベントには積極的に参加した。


 店の看板は、婿入りした先の妻の名前からとった。

 十歳以上離れた妻へのプロポーズに、この店の名前を妻に捧げたらしい。


 そういう話も相まって、さらにこの店は評判になっていく。

 街から愛される和菓子屋になっていく。

 あの爺さんが言っていたように、豆彦は、懸命に働いた。






「ほら豆彦! あたし、お客様のとこに届けてくるから、焦がさないように混ぜてよ!?」


 豆彦は天真爛漫な元気な妻に苦笑しながら、うなずいた。


「わかってるよ……銀子」


 今年の節分は、豆大福が人気らしい。

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