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デテクティ  作者: ゆう
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第4話 少女の声

――たすけて。


 聞こえた。


 確かに聞こえた。


 けれど、その声は小さかった。


 今にも消えてしまいそうな、かすかな声。


 俺は木箱の陰から身を乗り出しかけた。


「レオン」


 ヴァールハイトが俺の腕を掴んだ。


「待て」


「でも……」


「今出たら、あの神官に見つかる」


 分かっている。


 頭では分かっている。


 それでも、声が聞こえた。


『たすけて……』


 俺は拳を握った。


 死者を助けることはできない。


 それは、ずっと分かっている。


 それでも――


 生きている人間の「助けて」を無視することと同じにはできなかった。


 俺はもう一度、死体を見る。


 幼い少女。


 見た目は十歳にも満たない。


 胸元には、青紫色の痕がある。


 首には何もない。


 争った形跡もない。


 ただ、左手だけが強く握られている。


「……ヴァールハイト」


「何だ?」


「あの子を見てくれ」


「どこ?」


「左手」


 ヴァールハイトが目を細める。


「何か握ってるな」


「取れるか?」


「今?」


「今しかない」


「お前な……」


 ヴァールハイトは小さくため息をついた。


 それでも、ゆっくり死体へ近づいた。


 その瞬間だった。


「――誰だ!」


 神官の声が響いた。


 俺たちは息を止めた。


 足音が近づいてくる。


 コツ。


 コツ。


 コツ。


「誰かいるのか?」


 神官が地下室の奥へ向かってくる。


 ヴァールハイトが慌てて戻ってきた。


「無理だ。今は取れない」


「分かった」


 俺は周囲を見回した。


 逃げ道はない。


 階段は神官の後ろ。


 扉も一つ。


「どうする?」


「走るしかない」


「いや、それはさすがに――」


 神官の影が見えた。


 白い服。


 金色の太陽の刺繍。


 第1話で見た布と同じ。


 間違いない。


 こいつが何かを知っている。


「そこにいるのは誰だ!」


 神官が叫ぶ。


 俺は立ち上がった。


「俺です」


 ヴァールハイトが目を見開く。


「おい!」


 神官も驚いている。


「……お前は?」


「ブミの診療所で働いている医者見習いです」


「なぜここにいる?」


「患者を調べに来ました」


「患者?」


 神官の顔から、一瞬だけ笑みが消えた。


 その反応を見逃さなかった。


「地下にこんな場所があるなんて知りませんでした」


「ここは教会の管理する場所だ。勝手に入ることは許されない」


「では、なぜ死体があるんです?」


 神官が黙る。


「病死した人間だ」


「全員ですか?」


「ああ」


「おかしいですね」


 俺は死体の一つを指差す。


「この人、死後かなり時間が経っています。でも腐敗が進んでいない」


「……」


「ここは地下で、湿気もある。普通ならもっと変化が出るはずです」


 神官の目が細くなった。


「医者でもない見習い風情が、何を知っている」


「少なくとも、病死した人間をこんな場所に置いておく理由は知りません」


 空気が張り詰める。


 神官が一歩近づいてくる。


 そして――


 少女の遺体を見る。


 ほんの一瞬だった。


 だが、その顔に明らかな動揺が浮かんだ。


 俺はそれを見逃さなかった。


「……この子を知っていますね」


「知らない」


「嘘だ」


 言った瞬間、神官の目が変わった。


 次の瞬間。


 神官が腕を振った。


 何かが飛んでくる。


 咄嗟に避ける。


 壁に突き刺さったのは、小さなナイフだった。


「レオン!」


 ヴァールハイトが叫ぶ。


 神官が駆けてくる。


 俺は後ろへ下がる。


 戦えるわけじゃない。


 俺は医者見習いだ。


 だから――


 目の前の人間を「殺す」のではなく、


 倒さなければいい。


 腕を取る。


 体勢を崩させる。


 師匠に教わった、患者を押さえるときの動きを思い出す。


「ぐっ……!」


 神官の腕をひねる。


 だが、力が足りない。


 振り払われる。


「レオン!」


 ヴァールハイトが横から飛び込んだ。


「今だ!」


 二人で神官を壁際に追い込む。


 しかし神官は床に何かを投げた。


 白い煙が広がる。


「伏せろ!」


 目と喉が痛む。


 煙の向こうで扉が開く音がした。


「逃げるぞ!」


 ヴァールハイトに腕を引かれる。


 俺たちは階段を駆け上がった。


 地上へ出る。


 外は夕方になっていた。


 俺は咳き込みながら膝に手をつく。


「……逃げられた」


「生きて出られただけマシだろ」


 ヴァールハイトが息を切らす。


 俺は何も答えなかった。


 頭の中には、あの少女の声が残っている。


『たすけて……』


 そして、神官が少女を見たときの表情。


 絶対に知っている。


 俺は診療所へ戻る前に、もう一度あの家を見る。


 そのときだった。


「レオン!」


 誰かがこちらへ走ってきた。


 町の衛兵だ。


「探したぞ!」


「何かあった?」


「いや、こっちの台詞だ。お前たち、勝手に現場を離れたのか?」


「違う。地下に――」


 言いかけて、俺は止まった。


 衛兵の服を見る。


 胸元に、白い布が巻かれている。


 太陽の刺繍。


 俺の背中に冷たいものが走った。


「……その布、どこで?」


「これか? 教会の神官にもらったんだ」


「神官に?」


「ああ。怪我の手当てをしてもらってな」


 俺は黙り込む。


 白い服。


 教会。


 地下の死体。


 そして、さっきの神官。


 全部が一つに繋がっていく。


 でも、まだ足りない。


 少女が最後に握っていたもの。


 あれを確かめなければならない。


 俺は拳を握った。


 その夜。


 俺たちは再び、あの屋敷へ向かった。


 今度は――


誰にも見つからないように。

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