魂の旅
第二章 魂の旅
その夜、私は床に就くと、泥のような眠りに落ちた。
そして、夢を見た。
いや――あれは夢ではない。
もう一人の私の記憶だった。
私は死んだ。
肉体を失い、魂だけの存在となった。
不思議なことに恐怖はなかった。
体は軽く、風も山も海も、何一つ私を遮るものはない。
どこへでも行ける。
大声で叫んでも誰も振り向かず、誰にも触れることはできない。
魂とは、これほど自由なものなのか。
やがて私は、奇妙なことに気づいた。
未来へ進むことはできない。
だが、過去へ戻ることはできる。
試しに昨日へ戻ろうとした。
しかし思い通りにはいかなかった。
時間は糸を手繰るようには戻らない。
ほんの数時間戻るつもりが、気づけば百年、二百年という単位で巻き戻されてしまう。
私は何度も何度も時を遡った。
ようやく辿り着いたのは戦国の世だった。
困ったことが一つあった。
魂になると、なぜか目も耳も生前よりずっと頼りない。
遠くは霞み、人の話もはっきりとは聞こえない。
人を探すだけでも骨が折れた。
それでも私は、大きな城を目印に美濃へ辿り着いた。
岐阜城――いや、この頃はまだ稲葉山城であったか。
そこには、美濃の梟雄・斎藤道三がいた。
私は彼の傍らに留まり、その最期を見届けた。
やがて国主となったのは、その子・龍興。
私は驚いた。
龍興の身体には、私が後に「ハンセン病」と呼ぶ病の兆しがあった。
史実にはない。
だが、確かに彼は苦しんでいた。
どうせ私の声は誰にも届かない。
そう思っていた。
それでも私は、毎日語り続けた。
眠っている時も。
目を覚ましている時も。
耳元で、何度も何度も。
『天竺へ行け。』
『今ならインドと呼ばれる国に、この病を抑える薬がある。』
『生きろ。諦めるな。』
それは祈りだった。
届くはずのない祈り。
ところが、ある朝、龍興は飛び起きた。
「……また同じ夢か。」
彼は額の汗をぬぐい、家臣を呼び寄せた。
南蛮や堺の商人を集めよ。
天竺に薬を探しに行かせる。
その言葉を聞いた時、私は初めて知った。
魂の声は、人の夢に届くのだ。
それから私は、人の運命に触れぬよう心掛けながらも、ときおり迷える者の夢へ現れた。
やがて尾張に、小牧山城が築かれた。
私は山上から城を見下ろした。
そこにいた二人の若者が、不思議と目に留まった。
木下藤吉郎。
そして、その弟・小一郎。
兄は炎のようだった。
近づけば何もかも焼き尽くしてしまいそうな熱を秘めている。
対して弟は、水のように静かだった。
人を支え、流れを整え、自らは決して前へ出ない。
私は長く迷った。
歴史を動かすのは兄だ。
だが、歴史を支えるのは弟だ。
ならば――。
私は静かに、小一郎の後ろへ立った。
この時の選択が、後に大谷吉継という一人の武将の運命を、大きく変えることになるとは、まだ知らなかった。




