大谷吉継に九州征伐の時に、転生していると気づいたけど、歴史とはかなり違う。父親は豊臣秀長だし、ハンセン病も一応治っているし。
第一章 岩戸山の記憶
天正十五年(一五八七)。
九州征伐も終盤を迎え、豊臣秀吉の本陣は筑後へ進んでいた。
私は、大谷刑部少輔吉継戦国時代にそういわれた存在。
主君・秀吉の命を受け、兵糧や諸将との調整に奔走する毎日だった。
その日は束の間の暇を得て、岩戸山へ足を運んだ。
「……妙だな。」
初めて訪れるはずの場所だった。
それなのに、風の匂いも、土の色も、丘から眺める平野も、どこか懐かしい。
幼い頃、毎日のように遊んだ景色。
そんなはずはない。
私は近江で育ち、浅井家に仕え、今は豊臣家の家臣である。
この筑後とは何の縁もない。
だが胸の奥に引っかかった違和感は消えなかった。
数日後、再び暇を見つけると、私は供を最小限にして矢部川を遡り始めた。
誰に教えられたわけでもない。
それでも、足は迷うことなく山奥へ向かっていた。
「この先に何かある。」
そんな確信だけがあった。
川幅が狭まり、深い杉林に包まれた頃、小さな社が姿を現した。
その瞬間だった。
頭の奥で、何かが弾けた。
――俺は、この神社を知っている。
祭りの日。
石段を駆け上がる子どもたち。
祖父に手を引かれ、夏の蝉時雨を聞いたこと。
矢部川で魚を捕まえ、夕暮れまで遊び、母に叱られたこと。
戦国とはまるで違う服装。
舗装された道。
山を走る自動車。
電柱。
携帯電話。
「……何だ、これは。」
私は膝をついた。
私の中には、もう一人の人生があった。
筑後で生まれ育ち、現代日本を生きた、一人の男の記憶。
その男は戦国時代など本でしか知らず、歴史好きではあったが、ごく普通の人生を送っていた。
だが、それだけではない。
その男の知る歴史と、私が歩んできた人生には、小さくない違いがあった。
私は世間で噂されるほど病に侵されてはいない。
病変は髪に隠れる頭部だけで、人前に出ても誰も気づかない。
視力も衰えておらず、馬にも乗れる。
家臣たちも、私を病人として扱うことはない。
「違う……。」
歴史が違うのではない。
私が知っている『大谷吉継』と、この世界の『私』は、最初から別人なのだ。
では、この世界は史実ではないのか。
それとも、私という存在が、知らぬうちに歴史を書き換えてきたのか。
社の鈴が、風に揺れた。
その音だけが、静かな山中に長く響いていた。




