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「大変お待たせしました。ただいまより、白き自由の教団本部定例祭礼を行います」
祭礼が始まった。司会を担当するのは、ハク様によると教団の広報担当だそうだ。
礼拝堂は信者でごった返している。びっしり並べられた座席には到底納まりきらず、立ち見している人も礼拝堂の中ならまだいいほうで、礼拝堂にすら入れず扉の外のホールから参加している人もいる。
集まっている人々は、流石は白き自由の教団の信者だけあって個性的だ。自由な服装に自由な化粧、自由な食生活からそうなったであろう体型。しかしそんな自由人ばかりの集団でも、今は全員が揃って同じ方向を向いている。
あの巨大な祭壇のある、ステージ。ご神体不在のその場所に、全員の視線が集まっている。
司会者はステージの左端で、マイクスタンドを立て、朗々と開式の辞を述べている。ステージ右下に設けられた幹部席には、不安げな顔の教祖と、下を向いて表情を見せない春代夫人をはじめ、他数名が神妙な顔で座っている。その中には、テーブルを爪で叩く、安東の姿もあった。中折れハットを深く被っていて、顔は見えない。
「本日は礼拝の前に、皆様にお知らせがございます。一斉配信しました教団メールマガジンにてご承知おきいただいておりますとおり、先日水曜、我らが神、白珠様が誘拐されました」
挨拶を終えた司会者が、タイムリーな話題を持ち出した。信者たちがざわつく。この件が気になってやってきた彼らは、早く詳細を知りたくて落ち着かない様子だ。
自由気ままな信者たちだからだろうか、この状況でいきなり、ひとりの信者が手を上げた。
「質問! 白珠様はご無事ですか」
ひとり手を上げると、ざわついていた会場はすっと静まり返った。妙な一体感に感心する。司会者はマイクを口元に寄せた。
「我々がこうして自由で平和な生活を送れているということは、ご無事であられるということです」
「質問! 誘拐犯は身代金を要求してきたと聞いております。教団は支払いを拒否したのですか。なぜ要求どおりに支払わないのですか」
次の質問が飛び出すと、また会場がざわついた。司会者は返答する。
「それについては後ほど教祖からご説明があります」
「質問! 幹部はなにをしていたんですか」
「身代金は三億円と聞きました! 神のためなら三億円なんて安いものでは?」
「SNSで誘拐犯のアカウントを見つけました! 足取りは掴めたのですか」
「お静かに! 後ほど教祖より説明します!」
矢継ぎ早に質問を浴びせる信者たちに、司会者は目を回した。最初は統率が取れていたように見えたが、神様誘拐のトピックスに興奮した信者たちは暴走しはじめ、収集がつかなくなってきている。
誘拐事件はそれだけ注目されているのだ。俺は罪悪感で頭が痛くなった。この人たちの大事な神様を誘拐してしまったこと、ただの白い石でしかないものに三億も払うだなんて馬鹿馬鹿しいとさえ思っていたこと、いろいろと申し訳ない。
神様は、必要とされている。ハク様がそれを実感して、嬉しそうににまにましている。
ある信者がひと際大きく叫んだ。
「教祖の演説はまだか!」
脇の幹部席の教祖が、ぎょっとした顔で立ち上がる。突然自分に投げかけられて、焦っている。他の信者たちも乗っかって騒ぎ出す。
「そうだ! 教祖様! ご説明を!」
猛烈に催促され、教祖は慌てて壇上に上がった。演台に向かう教祖を見て、司会者が空気を読んでステージを降りる。プログラムの順番を急遽変更して、教祖の演説が始まった。
「ええ、皆様。祈りの前に、心を鎮めましょう。私からご説明いたします」
彼の立ち姿を眺め、ハク様はニッと口角を上げた。
「さて、そろそろ行っちゃうよ」
なにをする気だろう、と思った矢先。ハク様は人混みを潜り抜けて、礼拝堂の中央通路に立った。彼に押しのけられた信者たちが顔を顰めて振り向き、そしてぎょっと二度見する。
「えっ! あれってSNSで見た……」
「嘘、誘拐犯!?」
なんとハク様は、自ら信者たちの前に姿を現し、注目を掻っ攫った。
俺は声にならない悲鳴を上げた。こんな血気盛んな信者たちの前に堂々と出ていくだなんて、なにを考えているんだ。
壇上の教祖が絶句し、春代夫人が凍りついた。春代夫人の隣にいた安東が、ガタッと立ち上がる。
「誘拐犯だ! 捕えろ!」
それは地下の懺悔室で聞いた優しげな声とはまるで違う、鋭く高圧的な声だった。彼の指示が響き渡ると、幹部たちが血相を変えて椅子から立った。全員の注目を一身に浴びたハク様は、満足げに笑う。
「月華ちゃん、どこ?」
「ここです!」
大勢の信者の中から、ぴょんと、小さな手が覗いた。場所はステージのまん前である。早くから来ていた有明さんと一緒だったからか、いちばん前の席を確保できたらしい。ハク様が大声で叫ぶ。
「了解! さっき借りたもの、届けるね」
ハク様がするっと、パーカーについたお腹のポケットからなにか取り出した。やや灰色が買った黒の、ふさふさした物体である。俺は遠巻きに目を凝らしたが、なにか分からなかった。
そこで、呆然としていた信者たちが動き出した。ハク様を取り押さえようと、いちばん近くにいた信者が彼に手を伸ばす。ハク様はそれを屈んでかわし、俺のほうを振り向いた。
ご機嫌な顔が、俺にアイコンタクトを送る。
「おっと、手が滑ったあ!」
赤いフードが翻り、ハク様の手からぶんと、灰色のなにかが投げられた。信者たちの頭上で弧を描き、俺のほうに飛んでくる。当然、それを追う信者たちの目線の先で、俺まで見つかった。
「え? え!」
なんの打ち合わせもなくいきなり巻き込まれ、俺は目を白黒させた。とりあえず手を伸ばして、飛んできたものをキャッチする。
受け取ったものは、黒と白の毛が混じってシルバーがかった、ふわっとした物体だった。遠目に見てなにか分からなかったが、手元で見てもやはり分からない。俺を捕まえようとしてきた信者も、謎の物体を前にして頭上に疑問符を浮かべいている。誘拐犯がいるのに、それ以上にヘンテコな状況に困惑して、誰も動けなくなっている。
月華さんがぴょんぴょんとアピールする。
「月華、それ、欲しいです。安東さんに貰ったんです」
途端に、安東が身を乗り出した。ステージに駆け上がると、演台の教祖に半ば体当たりする勢いでマイクを奪う。
「誘拐犯はいい! 誰か、それを回収しろ!」
彼の怒声に、礼拝堂が静まり返った。いつもは理性的な安東が、感情的に怒鳴っているのだ。親しい友人である教祖も、目をぱちくりさせている。
安東がまたマイクに向かって声を荒らげた。
「なにをしている! 早くそれを奪い返さないか!」
数人の信者がびくっとして、こちらに手を伸ばそうかどうか、迷った動きをした。俺と安東を交互に見比べて、戸惑っている。信者側も、安東の挙動に困惑しているのだ。なにか様子がおかしいと、信者同士で互いの顔色を窺い、行動を躊躇っている。
その隙にハク様は通路を突き進み、ステージ前まで躍り出た。
「加藤くん、それこっちに持ってきて」
「へっ!? なんなんだよこれ!」
やがて端っこの席にいた誰かが、大声で叫んだ。
「おい、安東様のご指示だぞ!」
駆けつけたいのに人が多すぎて、掻き分けてくるのにも時間がかかっている。俺の傍にいた信者が我に返って俺の腕を取る。俺は慌てて、手にしていたフサフサを放り投げた。
「わあああ!」
飛んでいくそれに、人々の視線が誘導される。妙なところに落ちたそれを、誰かが拾う。
「え……これって……」




