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「それより、月華さんは?」
冗談を言い合っている場合ではない。俺はハク様側の状況の確認に入った。安東の車の中にいた月華さんを逃がすため、ハク様は安東の車を襲撃した。窓を割ってドアの鍵を開けたらしいのは分かっているが、その後信者に見つからずに済んだのか、月華さんはどうなったのか、知っておきたい。
ハク様は目を輝かせ、前のめりになった。
「そうそう、聞いてよ! 面白かったんだよ」
「楽しんでる」
「駐車場までは、無事に誰にも見つからずに行けたよ。有明ちゃんが信者を誘導してくれたみたいで、全く問題なく到達。で、途中で調達した教団のシンボルマークの石像で車の窓を叩き割って、ドアの鍵を開けて月華ちゃんを救出したんだけど」
しれっと教団のシンボルを鈍器に使っている。これが自称神様なのだからゲスである。
「なんと月華ちゃん、奪われたんじゃなくて、自分から三億円を安東に渡していた。そして安東に誘拐されたんじゃなくて、自らついてきてた」
「へっ!? どういうこと?」
声が裏返った。ハク様は俺の反応を面白そうに眺め、頷いた。
「月華ちゃんはいらないものには興味津々だけど、価値があるものは好きじゃない。欲しがる人がいるものは、欲しがる人にあげてしまう。安東がトランクを渡せと言ったから、自分の価値観に従って渡してしまった」
月華さんは、別に俺のために金を回収して、守ってくれていたわけではない。月華さんの目には、俺が捨てた不要物のトランクを、安東が価値を見出して欲しがったように見えているのである。一度捨てた俺には返してくれなかったが、安東が来てトランクの中身の価値が分かると、あっさりあげてしまったのだ。
「月華さんの考え方を考慮すればそうか……。だとしても、安東に自らついていったというのは?」
困惑する俺に、ハク様が語る。
「安東のことが気に入って、自分で車の後部座席に乗ったんだよ。で、安東は月華ちゃんの奇行に気づかず、乗ってることを知らずに走り出した。多分、車内に月華ちゃんがいたのに最後まで気づかなかったと思われる」
俺は唖然とした。安東に月華さんのことを尋ねたとき、安東は「知らない」と答えた。あれはしらばっくれていたのではなく、本当に知らなかったのだ。
そういえば、河川敷で月華さんが安東に連れられていく様子を見ていたおじいさんは、見ていたのに止めに入らなかった。安東を俺の仲間だと思ったとまで言った。月華さんが嫌がっていたとしたら、あのおじいさんが放っておかない。
「いや、意味が分からない! なんで月華さんはそんなことを!」
「でっしょー。なんかね、『ふわふわ、秘密、いらなくて、かわいい』って言ってる」
そう言うハク様は、ニヤーッと意味深な笑みを浮かべていた。俺はますます首を捻る。
「ふわふわ? 秘密? いらなくてかわいい……? なにもかもが分からない」
「さて、月華ちゃんを救助してからは、この執務室に向かった」
ハク様は俺の疑問には答えず、話を進めた。
「その途中で、宿泊室のフロアで有明ちゃんに会った。で、びしょ濡れの月華ちゃんを案じて、有明ちゃんが宿泊してる部屋に案内してくれた。今も月華ちゃんを匿ってくれてる」
「有明さん、味方になると強いな」
今この時間までハク様がここに来なかったのも、有明さんと情報の共有をしたり、自分たちの事情を話したりしていたのだろう。
「祭礼が始まる時間になったら、有明ちゃんも礼拝堂に向かう。そのとき、月華ちゃんを連れていってくれる手筈になってる」
「そうなのか。月華さんは教団の信者にとっては誘拐犯の共犯者なんだから、信者たちの前に連れて行かないほうがいいんじゃ……?」
今のところ、教団には共犯者月華さんのことは知られていないから、本人が余計なことを言わなければ大丈夫だとは思うが……。俺は彼女には、自分たちと同じように執務室に隠れていてもらったほうがいい気がする。
だがハク様は、楽しげににんまりして、首を横に振った。
「いやいや、月華ちゃんにはちゃんと安東に会ってもらいたい。そして……」
ハク様はくるっと背を向け、扉を開けた。俺は彼の手首を掴んだ。
「どこ行くんだよ。ここで大人しくしてる約束なんだけど」
すると逆に腕を掴まれて、廊下に引っ張り出された。
「行くよ、加藤くん」
「どこに?」
「決まってるでしょ、礼拝堂だよ、礼拝堂!」
ハク様の無邪気な笑顔に、俺は絶句した。どうしてこうも波風を立てる方向に進みたがるのか。俺は足を踏ん張って、執務室に戻ろうとした。
「だめだって! ここで大人しく教祖を待つんだよ」
「やだよ。もうすぐ祭礼が始まっちゃうよ。ほらほら行くよ」
ハク様が俺の腕をぐいぐい引っ張る。有無を言わさない強引さだ。俺は扉にしがみついて粘る。
「信者が大勢いる場だぞ、即行捕まってその場で袋叩き待ったなし!」
「いいから行くよ。文句はあとで聞き流してあげるから」
「聞き流すのかよ! せめて聞け!」
わざわざ教祖を脅して、身の安全を確保したのに。ハク様はきゃっきゃと俺の腕を引っ張る。こうなったハク様はもう、なにを言ってもどう抵抗しても聞かない。
むちゃくちゃに見える行動には、なにか意図がある。ハク様の強引さには、もう慣れっこだ。俺は根負けして、彼についていった。
エレベーターで一階まで降りる。ドアが開くと、目の前にはもう、溢れんばかりの信者たちが、礼拝堂に入りきらずに入り口前のホールにまで詰め掛けていた。あまりの人の多さに、俺はぎょっと仰け反る。
「すげえ、こんなにたくさん。祭礼っていつもこんなに混むのか?」
身の危険を感じるより先に、正直な驚嘆が出た。横に立つハク様もびっくりしている。
「いや、こんなの初めて見た。なにこれ。これは流石に想像以上だ」
人々はステージの方向に注目していて、エレベーターから降りてきた誘拐犯たちに気づきもしない。俺はこの圧巻の光景に感嘆した。
「誘拐された神様が心配で、普段は支部の祭礼に出てる人まで本部に来てるのかもな。教祖から直々に言葉を聞けるのは、本部だけだから」
以前ハク様は、ご神体のない礼拝堂には人が集まらないかもしれないとぼやいていた。でも、実際にはこんなにもの人が、誘拐事件を気にして集まった。それはご神体がそこにあるかどうかではなく、彼らの心に神様がいるからこそ。
ハク様は目をまん丸にして驚いていた。やがてぽかんと開いていた口がゆっくりと綻び、ふわりと穏やかな笑みになった。
こんな素直な喜び方をしているハク様は、初めて見たかもしれない。肉まんに出会ったときより、もっと嬉しそうだった。
少しだけ、ほんの少しだけだが、愛おしい民たちを見つめる、神様みたいに見えた。




