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 俺は苦しまぎれに、無理やり話題を逸らした。


「そんなことより、あなたが用意したはずの三億円は、俺の手元には届いていない。教団の教徒に、再び回収されました」


「な、なんだって! それじゃ、白珠様は……!」


 教祖が顔を青くする。彼がいい反応をしたので、俺も思い出したように凶悪な誘拐犯を演じた。


「もちろん無事で返すつもりはない。いいか教祖。あなたがた教団は、神様の身代金を支払わなかった。それは神、白珠を冒涜する行為。信仰心をはかろうとしていた俺たち誘拐犯を幻滅させた」


「白珠様のご神体は、今どこに? どうすれば……どうすれば、神を解放してくれるんだ」


 教祖が恐ろしげに震える。俺は彼の純粋さを、大いに利用することにした。


「取引だ。今この本部に、俺の共犯者がいる。彼が見つかっても、無罪放免としろ。もちろん俺もだ」


 まず、今もどこかに潜んでいるハク様の安全の確保。


「そして俺たちに、三億円を払え」


「な……! 待ってくれ、まさか渡せていないだなんて知らなかった! 私は金を用意したし、要求どおりに橋から落とした。今、どこに金があるのか、私だって知らないんだ」


「回収したのは教徒だ。祭礼の場で聞き出し、捜せ」


 教祖から問い詰めさせ、安東の身の回りの銀翼信者に三億円の在りか吐かせる。安東自身は吐かないだろうが、外堀を埋めて、ヒントを探り出す。


「出し惜しみするなら、神の無事は保証しない」


「分かった! 要求を吞もう。君らを裁こうとする者には注意しておく。それだけじゃない、君たちが不利になるようなことは言わないし、ネットの情報も消して拡散させないよう、沈静化に務める。三億円の場所も、私が責任持って聞き出す」


 教祖が大慌てで頷く。教祖という大きな力を持つ存在がこうも扱いやすいと、俺みたいな誘拐犯にはありがたい。

 教祖は腕時計を確認し、立ち上がった。


「もうすぐ祭礼が始まる。私は礼拝堂に行くが、君はここで待機していてくれ。まだ聞きたいことがたくさんある」


「そのつもりですよ。くれぐれも、先ほどの約束は破らないように頼みます」


「もちろんだ。神に誓おう」


 教祖はこくこくと頷いて、デスクの上の資料をかき集めた。その傍にあったマグが目に入り、俺はなんとはなしに問う。


「そういえば、この部屋は他のところと違って白で統一していないんですね」


「ああそれは、自由の象徴として教団のイメージカラーを白にしてるんだが、私の好みはそれとは限らないからだ」


「白より赤のほうが似合うから、赤にした! 神様だからね、誰よりも自由を愛しているのさ」……なんて言っていた、自称神様を思い出す。

 資料を抱えた教祖は、扉を開けつつ、照れ笑いで振り向いた。


「アイドルのミーニャンの、イメージカラーが赤でね……まあ、それはいい。では、行ってくるよ」


 ぱたんと、扉が閉まった。残された俺は、口を半開きにした。

 カルトの教祖でもアイドルのファンになるんだ。推しのカラーでインテリアをコーディネートしたりするんだ。まあ、人間だもんな、そういうこともあるよな。

 浮世離れしているのに人間くさくて、変人だけど憎めない。そういうところは、なんだかちょっと、ハク様に似ている気がした。


 *


 教祖が祭礼に向かった数秒後、突然バーンと、扉が開いた。


「やっほー加藤くーん! 元気!?」


「うわあー!!」


 この部屋の鍵は俺と教祖しか持っていないはずで、誰にも開けられない安全地帯だったのに、扉が開いた。

 と思ったら、そこにいたのは、ご機嫌なハク様だった。


「無事だったんだな! 月華さんは!? えっ、ここの扉開いてた? 教祖、鍵かけていかなかったのか」


「一気に喋るじゃん。情緒乱れ気味?」


 ハク様があははと笑う。


「加藤くんも何事もなく執務室に入れたんだね」


「何事もなくはなかった。懺悔室に入れられて、戻ってきてここにいる」


「えっ、やばー」


 可笑しそうに叩かれるその軽口が、すとんと胸に落ちる。なんだろう、すごく安心する。俺も肩の力を抜いて話す。


「懺悔室、すげえ銀色だった」


「あれ? 懺悔室も壁は白のはずだよ」


「銀のシートを張られてた。銀翼仕様かな」


「悪趣味なことしやがって! うちの教団のカラーの上に他の色を乗せるだなんて」


「ハク様も自称白珠様なのに、赤着てるじゃん」


 教祖も個人単位では、教団の色よりアイドルのイメージカラー優先だし。ハク様がハッとする。


「加藤くん、懺悔室に入ったってことは……もしかして洗脳済み!? だから解放されてるの?」


「まさか。春代夫人を味方につけて、脱出してきたんだよ」


 そしてその過程で、春代夫人の本音も聞き出せた。ハク様が訝る。


「春代夫人を味方に? 罠ってことはない?」


「ないと思う。しっかり脅したから」


「人の良さが魅力の加藤くんが、平気で脅迫するようになってる! 人間は黒いほうにはどんどん染まっていくんだな」


 ハク様は頭を抱えて震えた。俺がこうなってしまった元凶は他でもないハク様なのだが、もうこれ以上言うのはやめておく。

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