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「白き自由の教団は、自由と言いつつも束縛があるでしょう。枠に収まった自由でしかないの。それはつまり、神による支配。皮肉なことに、根本は自由とは対照的な、支配の宗教なの。銀翼の会は、その支配からも解き放たれる、輝く翼を象徴とした会ですの」
「その自由は、不倫も許すんだな」
俺がついそう呟くと、春代夫人は顔を顰めた。でも肯定も訂正もせず、彼女は続けた。
「銀翼の会は、まだ始まったばかり。でもこれから、世界中に広がる大規模な団体になるわ。まだ会員が少ないから、今入れば幹部まで上れる。幹部は特別な権利を得られるの。もう少し規模が大きくなってきたら、毎月二十万の幹部自由信仰金という特別手当が配当される予定よ」
他の銀翼の会信者たちも、この条件で買収されたのだろう。それにしても、毎月二十万を……いったい、平信者からどれだけ巻き上げる計算なのだろう。
俺を取り囲む銀色が、照明の光を反射して、屈折させる。春代夫人のペンダントが光る。
「ああしたい、こうしたい、でも常識が邪魔をしてできないこと、たくさんあるでしょう。その常識を取り払い、我慢から解放されることが、自由への第一歩なの」
「ふうん、そっか。それはなんか分かるかも」
春代夫人の言葉が、妙に腹落ちした。たしかに、俺の身近な自由人ハク様は、常識があったら思いもよらないような発想で、我が道を突き進んでいた。あんな生き方は俺とは違うけれど、少しだけ、羨ましくもあった。
常識を覆したら、俺も、自由になれるのかな。
春代夫人が語りかけてくる。
「常識やルールにとらわれることが間違いなのだと気づいたら、視野が広がる。幹部になってお金を受け取るようになれば、お金に悩む必要はなくなって、心に余裕が生まれる。人に優しくなれて、愛する人から愛され、人生はもっと豊かになる」
「お金の余裕かあ……たしかに金があったら、俺もこんなことしてないんだよな」
俺が呟くと、春代夫人は釣餌に魚がかかったみたいに、ぱっと目を見開いた。
「そうでしょう? それに銀翼の会は、配当だけじゃなくて、努力で資産を増やせる仕組みなのよ。会員が増えて宗教法人として認可されたら、安東さんを会長とする会社を興すの。会員はその会社の商品のお守りを売ると、報酬が支払われるの」
「会社……なるほど。宗教法人なら税制優遇措置が適用されるから、純利益が大きいのか」
「そう! よく分かっているわね」
春代夫人のピンクのリップが艶めく。
「もちろんただのビジネスじゃないわ。安東さんの望みは、仲間同士の助け合いの心を育むことと、会員の努力が報われること。この資産形成システムでは、紹介すればするほどランクが上がって、ランクが上がれば収入も増える。仲間を想う心と懸命な努力さえあれば、誰でもお金持ちになれるの」
俺は眩しいペンダントから、目を伏せた。
安東と春代夫人に反発しても、もうどうにもならない。だったらこのまま春代夫人の言葉を信じて、銀翼の会に入ってしまったほうが、ずっと幸せになれるのではないか?
と、そんな思考が一瞬過ぎって、ハッと我に返った。春代夫人の言葉は甘く耳に心地よいばかりで、中身がない。惑わされてはいけない。
それに今、さらっと鼠講ビジネスの計画を喋らなかったか? しかも税制優遇を悪用する気まんまんだ。なんて奴らだ。
銀翼の手玉に取られず、どうにかこの状況を切り抜ける方法を探さなくては。なにかあるはずだ。教祖をここに呼んで、安東の計画を話すとか……いや、呼び出す手段がない。春代夫人が目の前にいるのだから、不審な動きひとつできない。
教団の動きをひっくり返すには、教祖を味方につけるのがいちばんなのに……。そこでふと、俺は自身もポケットの中の白い石のことを思い出した。
これ、使えるんじゃないか?
「春代さん、俺、実はご神体を捨ててないんです」
「捨ててない?」
春代夫人の目の色が変わった。俺は深く頷いた。
「売ったら金になるかと思って、捨てるのやめたんです」
「どこにあるの?」
食いついてくる。返答を考えていなかった俺は、目を泳がせた。
「売るので在りかは教えませんけど」
「あれは売れる代物ではありません。ただの白いガラス玉です。教団に置かれて初めて価値が生まれるの」
早口で捲くし立てる春代夫人は、若干、厚化粧が崩れはじめていた。
「大切なのは、石じゃなくて、石に宿る神様よ。礼拝堂にないと、意味がないの!」
「春代さんは安東についた、銀翼の会の一員なんですよね。じゃあ、白き自由の教団の神様なんて、あなたにとっては邪神ですよね?」
俺は春代夫人の迫力に圧倒されながらも、挑んだ。春代夫人が、息を呑む。
ご神体は、白き自由の教団の神様だ。銀翼の会にとっては価値のないものである。このまま紛失したほうが、教団の勝つ直が弱まるのだから、川に捨てても気にしないはず。実際、安東は無反応だった。
でも、春代夫人は目に見えて動揺した。捨ててないと聞けばこの反応なのだから、あの動揺は気のせいではなかったのだ。
マニュアルみたいに銀翼の勧誘をする一方で、ご神体の価値を認めている。俺には、この人の立場が分からない。
「春代さん、あなたは銀翼の会の味方なんですか? それとも、白き自由の教団の味方なんですか?」
「わ、わたくしは……」
春代夫人は視線を漂わせて、そのまま語尾を消した。目尻からファンデーションが割れはじめ、濃いアイシャドウは溶けだしている。
なにも言わなくなった春代夫人に代わり、俺は口を開いた。
「もしかして……どっちにつくべきか、迷ってるんですか?」
銀翼の会は、教団から三億円と信者を奪い、これから成長していく将来性を持っている。一方で搾取された側である白き自由の教団は、衰退していく。そう考えた春代夫人は、銀翼側についた。金庫番として役に立つ彼女は、安東からも重宝されたことだろう。
しかし春代夫人は、教祖と夫婦なのである。彼女の都合で離婚となれば慰謝料が発生してしまうから、自分に非がなく見えるように操作しなくてはならない。それは簡単なことではないだろう。なにせ不倫に金の横領と、やりたい放題してしまっているのだから。
白き自由の教団では、春代夫人は地位が確立されており、好きなだけ信者から金を搾取できる立場にある。教団自体の規模もすでに大きく、多少銀翼に信者を持っていかれたとしても、充分大きい。認知度も高い教団だし、まだ成長に時間がかかる銀翼に寝返らなくても、春代夫人にとっては悪くない環境だ。離婚を諦めて教祖と金を集め直すのも、選択肢から捨てきれないのかもしれない。
「安東のしたことは、立派な犯罪ですもんね。訴訟を起こされたら教祖が勝つ」
俺は春代夫人の立場を、改めて考えた。
「春代さんが教祖のほうに残ると決めるなら、当然、銀翼のやってきたことを教祖に伝えて、安東を訴える方向に舵を切る。自分が安東に取り入ってたのは、動向を窺うためとでも言っておけば、自分の立場は守れる」
俺の想像は、春代夫人の図星をついてしまったようだ。彼女は青ざめて、厚化粧の上に汗を浮かべていた。




