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「信者に連れてかれたんだろうけど……帰ってこられるのかな」
なにか情報はないだろうか。俺は土手の法面に座り、しばし考えて、ハッとした。そうだ、教団のSNSがある。信者以外にも向けて誘拐犯の捕捉を呼びかけていたくらいだ、ハク様を捕まえた彼らが速報を発信しないわけがない。
携帯をチェックすると、案の定、教団がSNSを更新していた。
「優秀な教徒の活躍により、白珠様のご神体が教団に戻りました。ご協力ありがとうございました」
あの白いガラス玉が、祭壇に置かれている写真も添付されている。まだ投稿されて三十分程度だったが、すでに返信欄は賑わっていた。「結局なに? 茶番だったの?」「誘拐犯のアカウントは音沙汰なしかよ」……ネットで見守られて、否、おもちゃにされていた神様誘拐事件は、これで幕を閉じたように見られた。
実際そうだろう。教祖は身代金を支払ったからご神体が返ってきたと思っているし、誘拐犯討伐団やその他の信者は、身代金を払わずして自分たちの力でご神体を取り返したと思っている。
俺からしても、ご神体と身代金がトレードされたのだから、要求どおりだ。ハク様にとっても、教祖の信仰心のおかげで、不穏な三億円を教団の外へと払い出せて、一件落着である。
でも、もやもやする。
俺は祭壇に置かれた石の写真を、呆然と見ていた。これがここにあるということは、つまり、ハク様は教団に連行され、石も取り返されてしまったことを意味する。彼は無事なのだろうか。
ハク様は自称神様だけれど、実際そんなわけないのだから、教団から見たらご神体を盗んで金を要求した不届き者である。しかも自称神様なら尚更不敬。
教団のSNSは、ご神体が戻ってきた写真をアップしている以外、他の写真は上げていない。ハク様が写っている写真はないし、捕まった彼がどうなっているかの詳細も、どこにも記されていない。
捕まったら、懺悔室行きだ。あの怪しい教団のことだから、改心のための儀式だとか言って、拷問じみた罰を与えそうな気がしてならない。ハク様だけがそんな苦痛を受けているかもしれないのに、実際に三億を手に入れた俺は野放し。これでいいのだろうか。
携帯の画面の端に、ぽんと、ショートメールの通知が入った。中原からだ。
『加藤、今どこにいる?』
中原は今も俺を気にかけてくれている。返事をする前に、中原はもうひとつメッセージを送ってきた。
『横内から連絡があった。加藤とハク様を匿ってたけど、夜のうちにどっかいなくなったって。俺のところに来てないか聞いてきた』
ドキンと、心臓が飛び跳ねた。そりゃそうか、横内はいなくなった俺たちを捜している。行きそうな宛てとして、中原に相談しているのだ。
このふたりが手を組む可能性は充分ある。返事に詰まっているうちに、中原は前のめりでメッセージを送ってくる。
『なんで横内に相談もなく出ていったんだ? 教団が攻めてきたとか?』
横内と俺の間になにがあったのか、中原は横内から聞いていないようだ。あるいは、もう結託しているからこそ、知らないふりをしているのか。
ひとまず無難な返事をしようと文字を打とうとしたが、それよりも先に中原が次のメッセージを突っ込んでくる。
『てかお前も誘拐犯名義でSNS始めたのか? 教団をおちょくってる余裕があるんだな? 見た感じだとあさぎ橋にいたよな』
この件の事情も説明しなくてはならない。しかし返事を書いている途中でも、中原が矢継ぎ早にメッセージを追加してくる。
『教団のSNS見たら、ご神体が返ってきたって言ってるけど!? お前どこ? 捕まっちゃったのか!?』
「あーもう、返事を待ってから次の話題送ってくれよ」
俺はもう中原の文字打ち速度についていけなくなり、返信を諦めた。通話で話したほうが早い。
電話をかけると、今まさに携帯を見ていた中原は即応じた。
「加藤ー!! 無事かー!!」
「声でっか」
「やべっ、先輩が見てる。職場の休憩室からかけてんだよ。交通整理の仕事してんの」
「あっ、採用されたのか。おめでとう」
信じたいか、信じたくないか。なにを信じたいのか。ハク様の言葉が、頭の中に蘇る。
俺は中原を信じたいと、決めたのだ。
「横内とは、ちょっとトラブってさ。SNSアカウントを作ったのはハク様の提案で、情報を撹乱させるため。あさぎ橋にいるように見せかけたのも、フェイク」
これまでの経緯を、簡単に説明する。
「で、受け渡しに成功して、三億は手に入れた。けどちょっと別の人に取られちゃって、それをどうやって説き伏せて返してもらおうか考え中」
「ええ……折角三億円が手に入ったのに? なにやってんだよ」
中原は素っ頓狂な声で言って、小さく息をついた。
「俺、ちょうどシフトが終わったところなんだ。どうせ行く宛がないなら、うちに来るか? 場所教えてくれれば迎えに行く」
「そんなに甘えてばっかりじゃ、流石に……」
「協力するっつったろ。こっちは三千万に期待してんだよ」
中原は有無を言わさぬ勢いで、俺の遠慮を遮った。たしかに、中原と合流できれば、安全性の意味でもメンタル面でも助かる。
「早緑橋の、東側の袂にいる」
「OK、すぐ行く」
世話焼きな中原は、俺の答えに嬉しそうに応じた。




