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それから俺たちは、停留所を出て一本道を南下した。朝が来るとともに徐々に市街地へ近づいていき、やがて早緑川の土手に出た。
ハク様がまだ薄暗いを明け方の空を仰ぐ。
「加藤くん、今日何曜日?」
「土曜日」
この頃、曜日感覚が薄くなってきている。無職にはあまり曜日は関係ないからだ。ハク様がああ、とぼやく。
「じゃあ祭礼は明日か。週に一度の、日曜日の儀式」
「あったな、そんなの」
祭礼の様子は、ハク様と出会った頃に動画で見た。個性豊かな信者たちが礼拝堂に詰めかけ、神様と、その代弁者たる教祖を崇め奉っていた。異様な光景だったなあ、と口の中で呟く。ハク様は遠い空を眺めている。
「神様誘拐事件が起きて以降、最初の祭礼だ。どうなるかなあ。ご神体がないのに、本部に来る意味がなくて人が集まらないか、または経過を気にしてる信者が多いだろうから、いつもより人が集まるか。どっちに転ぶと思う?」
「集まるんじゃない? ご神体がないから、祈りの場というより、教祖から直に説明を受けにくるという感じになるだろうけど」
教団の信者の価値観は俺とはだいぶ違うから、どう考えるかは想像でしかないが。
「あ、そうだ。リユースショップ、土曜日も営業してるかな。営業日確認するの忘れてた」
急に広野さんからのショートメールを思い出して、携帯を確認する。店の名前でネット検索をしたら、土日も営業日だった。
「よかった、今日は九時から開店だ。昨日リユースショップから連絡が来てたんだ。トランク買えるぞ」
営業日と時間の確認ついでに、俺はハク様に報告した。報告した上で、でもなあと宙を仰ぐ。
「今更河原の橋受け渡し作戦を実行したところで、またトランクの中身を擦りかえられるよな。逃げ場のない見通しのいい河原では、見張りに追いかけられたときに逃げるのも難しそうか」
折角だが考え直したほうがいいだろうか、と、ハク様を振り向く。ハク様はこちらを見て、目を輝かせていた。
「か、加藤くん。それだ」
「ん? どうした?」
「それだあ! 次の行動を思いついたぞ」
俺はまだぴんときていないのだが、ハク様の中ではなにかが噛み合ったらしい。彼はだだっ広い河原を背に、腕を大きく広げた。
「誘拐犯討伐団も、悪目立ちしてることも、教祖の信仰心も。全部、利用しちゃうよ」
川は山からは流れ出して、だんだん幅を広げながら海に流れ出ている。その間にかかる複数の橋が、ハク様越しにいくつか、霞んで見えている。
「基本形は、以前考えた橋からトランクを落とさせて、その直下でダンボールハウスに引き込む手段。それを少しアレンジするよ」
ハク様は歩きながら、進行方向に見える橋を指差した。
「まず、加藤くんに教団に身代金受け渡し指示の電話をかけてもらう」
「受け渡し場所に指定するのは、たしか早緑橋だったな」
前に聞いていた作戦を思い起こして言うと、ハク様は首を横に振った。
「この時点では、早緑橋は指定しない。その三つ先の、より河口に近いところにある、あさぎ橋を指定する」
ハク様の言葉に、俺は目をぱちくりさせた。
「あれ? でもこの間は、早緑橋がベストだって言ってたのに」
「そう。あさぎ橋はブラフ。誘拐犯討伐団を、そっちにおびき寄せるんだよ」
ハク様はニヤリとして、人差し指を立てた。
「そして加藤くんは、もう一度、教団に連絡する。今度は、教祖本人にね」
教祖はたしかな信仰心を持ち、神様のためなら身代金三億円を出す覚悟がある。
「教祖にのみ、本当の受け渡し場所は早緑橋だと伝えるんだ。そして教祖本人に、三億円を持ってこさせるんだよ」
受け渡しの邪魔をする信者はあさぎ橋に集め、がら空きになった早緑橋に教祖を呼ぶ。これが、ハク様の新しい作戦だった。
加えて、ハク様はさらに案を重ねた。
「ついでに加藤くん、今からSNSの捨てアカウントを作ってくれる?」
「なんだ? SNSの利用するのか」
「そう。誘拐犯のアカウントを作って、教団の投稿に便乗する」
ハク様がなにを考えているのかまだ読めないが、俺は恐る恐るSNSを開いた。これまではアカウントは作らずにウェブブラウザから見ていたが、今回は「アカウント登録」のアイコンをタップして、先に進んだ。
ハク様がご機嫌で指示を出してくる。
「アカウント名は『誘拐犯』でいいかな」
「うん」
「できた? じゃあ早速遊んでいこう」
出来立てのアカウントを閉じると、ハク様は俺の手から携帯をとり、数枚、俺と自分との写真を撮った。
「どうせ顔バレしてるから、わざと顔出し写真を撮るよ」
「写真をネットにアップするのか?」
俺はぎょっとして携帯をハク様から取り返そうとしたが、彼はひょいとかわして返してくれなかった。
顔写真を投稿したら、「教団の投稿に映っていた人、本人だ」とネットが盛り上がってしまうかもしれない。そうなったら教団の投稿がより話題になって、ますます俺とハク様の身が危なくなるではないか。
しかしハク様は、そんな俺の不安げな反応を気にしない。
「わざと目立つんだよ。ほら、さっき撮った写真は……」
ハク様は今撮ったばかりの写真を開くと、画像編集機能でいじりはじめた。プリインストールの機能でも色味や明るさを変えられる。内蔵されているAIを使えば、タップひとつで他の写真と合成できて、背景も変えられた。
たった今撮った、河原をバックにした写真は、以前中原と横内と出かけた先の観光地の写真と合成され、まるで俺とハク様が神社仏閣を散策しているみたいな写真になった。
「こうやってフェイク画像を作って、教団の投稿にリプライする。こうすれば、ネットの特定班が面白がって場所を特定しようとする。これで加藤くんと俺の居場所を撹乱するんだ」
「なるほど。こんなんで騙せるか?」
「本当に騙すことが目的じゃない。情報が入り乱れて、整理できない状態に持っていくのが目的。ついでに真実も混ぜて、『誘拐犯はあさぎ橋にいる』とを匂わせ、あさぎ橋に注目を集めさせる」
ハク様はSNSにログインすると、早速、教団の投稿にリプライをぶら下げた。先ほど作った観光地背景の、俺とハク様の画像つきである。
『誘拐犯、アカウント開設しました! 白き自由の教団のご神体を連れ回して逃亡中でーす』
ハク様のその煽りに、早くもネット民が飛びついた。『これ、近所の風景に似てる』『この建物って、つきとじ寺じゃない?』……見事に釣られている。フェイク画像ってこうやって作られて、出回るんだな……と、俺は半ば恐れつつ感心した。
ハク様が俺に携帯を返却する。
「じゃ、このまま定期的にフェイク画像を流し続けながら、次の準備に入るよ」
軽い足取りで俺を先導し、彼は続けた。
「加藤くんはリユースショップのトランクを買ってきて。その間に俺は、受け渡しに使うダンボールハウスを作る」
「分かった」
一旦、別行動だ。ハク様は新しい作戦がよほど楽しみなのか、足を弾ませて去っていく。俺はすでにうるさいSNSの通知を切って、代わりに広野さんとのチャットルームを開いた。
「返信遅れてごめん、今日これから行きます」と打ったあと、ちらっと、広野さんのメッセージを読み直す。「ランチに行きませんか」――俺から誘うつもりだったんだけどな、と、胸の中で呟く。
生憎今の俺には、いろんな意味で広野さんと食事に行く余裕がない。でも、また今度、とか、そのうち、みたいな返事だと気乗りしないっぽく見えそうだ。「ランチ、いい店探しておく」……よし、これなら具体的に決めずとも前向きに検討している感がある。
こんな状況でも広野さんとのやりとりに浮かれている……俺は結構、能天気な性格なのかもしれない。




