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 遠い山並みが白く燃えはじめている。朝が来た空に、蝉が歌いだす。夜明けのバス停で、俺はハク様とSNSを確認していた。


「問い合わせ先は白き自由の教団本部だけど、動画の提供元は教団の有志サークル『誘拐犯討伐団』になってるな」


 動画の撮影者は、俺のアパートへ攻めてきた人たちだ。あれは有明さんの通報で動いた人々である。あれが誘拐犯討伐団だ。

 ハク様が首を傾げる。


「誘拐犯討伐団って?」


「そっか、ハク様にはまだ言ってなかった。誘拐犯を絶対許さない信者のサークルだよ。神様への信仰心は厚いけど、だからこそ誘拐犯に三億を渡さない。瀬名川くんが教えてくれた」


 教団本部はこのサークルから動画を提供してもらい、教祖の資産をかけて誘拐犯捜しに乗り出した。通報の受付は、誘拐犯の確保に燃えている討伐団が請け負っているらしく、二十四時間体制で持ち回りで対応しているという。


「すごいよな、誘拐犯の情報を得るだけのために、深夜も教団本部に誰かしらいるんだろ? 熱心だな」


 俺が皮肉を零すと、ハク様は、ね、と苦笑した。


「信者たちは教団本部で寝泊りするの、慣れてるから。本部の建物は信者の研修施設でもあってね、大量の信者が数ヶ月泊まりこめるように、宿泊室がいっぱいあるんだよ」


「そうなのか。じゃあ誘拐犯討伐団なんかやってるような人たちなら、躊躇なく連泊しそうだな」


 仕事とか学校とかどうするんだろう、とは思うけれど、信者たちの前では、神様より大事なものはないのだろう。


「ネットの住民を煽って俺たちの居場所を探ろうとしてるのはすげえ嫌だけど、この討伐団は敬虔な白珠信者なんだよな。少なくとも、銀翼の会のメンバーではなさそう」


 俺が言うと、ハク様は携帯を横目に頷いた。


「有明ちゃんもそこに含まれてるんだよね。清らかだね」


「でも信者の鑑とはいえないよな。手段を選ばないやり方で、人様の迷惑になってるんだから、規律違反だろ」


「それはそう。純粋な信者なのは嬉しいけど、誘拐犯を憎んで暴走してるところは嬉しくない、複雑な存在」


 ハク様は冗談っぽく言ってから、はは、と乾いた笑いを零した。


「それと、『誘拐犯討伐団なら銀翼の会のメンバーではなさそう』と捉えるのは、純粋すぎるかな。銀翼の会は三億円を狙ってるんだから、三億円を横取りしようとした誘拐犯が現れれば大人しくしていられない」


「あ……そっか。紛れ込むよな、多分」


「そう。公園での受け渡しで、誘拐犯を囲い込んで捕まえるんじゃなくて、とにかく三億円の回収を優先したくらいだからね」


 そうか。今思えばあれも、彼らに指示を出せる立場に銀翼の会信者がいたから……。白珠に信仰心がない銀翼の会にとっては、誘拐犯なんかどうでもよくて、それよりも三億円を取り返すことがいちばん重要だったから。

 誘拐犯討伐団も、内側から銀翼の会に操作されているのだ。


 ネットの反応は様々である。これは横内が話していたとおりで、殆どが教団の行動を面白がっている印象だ。イベント的なキャンペーンと捉えている人や、ネットモラルについて注意を呼びかける人、自身と宗教の関係を語る人など、いろんな角度で広まっていた。

 俺は画面をスクロールし、ネットの反応を流し見た。


「懸賞金をかけられたとて、こんなヘンテコな呼びかけに本気で飛びつく人は少ないよな」


「ね。話題に乗って騒ぎが大きくなってはいるけれど、変な宗教絡みだし、関わりたくない人が殆どじゃない?」


「自分で変な宗教って言った……」


 俺は腕を組んで頭を捻った。


「とはいえあんまり大騒ぎされると、本気で食いつく人も出てきそうだし、人目についたら教団に情報が行きそうなんだよな」


 この状況ではどこにいても人目が気になる。殆どの一般人は俺のことなど気にしないとは思うが、駅での出来事みたいに、急になにかのきっかけで注目を集めてしまう可能性はある。ハク様が自嘲的に言う。


「そうそう、横内くんみたいな人もいるからね。あのSNS投稿が加藤くんの身内にも届いて心配かけちゃうかもしれないし、それこそ横内くん同様、君を売ろうとする人もいるかもしれないし」


「それあんまり連呼しないでくれ。まだ傷ついてるんだから」


 傷口に塩を塗りこまれ、俺はまたずんと沈んだ。ハク様はちょっと面白そうに俺を眺め、それから夜明けの空を仰いだ。


「勝手に信じて、勝手に裏切られた、って言われたら、それまでだけどさ。やられたほうは傷つくよね。きっと、教祖もそうだよね」


 ハク様の言葉で、俺ははっとした。教祖は愛した妻と大事な友人の両方に、騙されている。銀翼の会の件はまだ疑惑の段階ではあるが、少なくとも、不倫は事実だ。ハク様が眉を寄せ、遠くを睨んだ。


「教祖を騙すふたりも、分かってて放置してる周りの幹部も、なにも知らずに平和ボケしてる教祖も、全部嫌だ。教団の内部だけでも、人間を煮詰めて出た灰汁みたいな、強欲さや愚かさをひしひし感じる」


 冗談っぽい口調だけれど、心からがっかりしているのだろうと、なんとなく分かった。ハク様が俺に目線を向ける。


「君もそうだよね。無条件に信頼していた人が、あっさりお金に目を眩ませてしまった」


「……あいつ、捜しにこなかったな」


 俺はもしかしたら、教祖に似ているのかもしれない。俺も横内を一ミリも疑わなかったし、有明さんの本心にも気がつかなかった。中原のことも、瀬名川くんのことも、彼らの言葉を鵜呑みにしてばかりいる。この状況になってやっと、誰がどんな目的で動いているのかなんて分からないのだと、ようやく実感した。

 SNSを開いていた携帯の画面が、ふいに切り替わった。着信だ。そこに表示された名前に、ひゅっと息を呑む。


「あ、ハク様」


 俺はその画面を、ハク様に向けた。


「中原から」


 画面には、中原からの着信を知らせる表示。ハク様は黙って見ている。夜明けの薄暗さの中、画面の光がハク様の輪郭を照らす。


「こんな時間になんだ……? 普通ならまだ寝てる時間だ。中原も金を欲しがってたから、懸賞金を狙ってるのか。横内と手を組んだ可能性も……」


 手の中で携帯が規則的なバイブレーションを続ける。振動がぞわぞわ、胸をざわつかせる。


「どうしよう。出たらまずいのか」


 悩める俺を横目に、ハク様は不思議そうにまばたきをした。


「なにやってるの、早く出なよ」


 あっさりと、彼はそう言った。俺は一秒の停止のあと、携帯とハク様とを交互に見比べた。


「いや、だから中原も俺を売る可能性が」


「加藤くんは、信じたいの? 信じたくないの?」


 ハク様の瞳は、少しずつ上る旭で、透き通って見えた。


「どうせ裏切られる可能性がくっついてて、判断材料がないなら、どうするかはもう自分の気持ちで選ぶしかないんじゃないかな。自分が、なにを信じたいか」


 自分の中で、なにかが切り替わった気がした。

 不安はある。でも、中原を疑いたくはない。信じたい。本当はもう、誰のことも疑いたくなんかない。俺は黙って、電話の応答ボタンに触れた。

 耳に当てた瞬間、中原の馬鹿でかい声が鼓膜に響いた。


「加藤! お前、なにやってんだよ! ネット見てびっくりしたわ」


 俺も引っ張られるように、同じトーンの声が出た。


「だよな、俺もびっくりした。そっちには変な連中が訪ねてきたりしてないか?」


「こっちはなにもない。車のナンバー覚えられてるかと思ったんだけど、あんとき混乱してたからな、信者のほうも控えてる余裕なかったのかな」


 中原は一気に喋って、ひと呼吸置いて、心配そうにまた喋り出した。


「早くに目が覚めたから、なんとなくSNS見たら、お前らの動画が出回っててさ。こんな大ごとになってたなんて知らなかった。あ、驚いて咄嗟に電話かけちまったけど、こんな時間にごめん。寝てた?」


 あまりに慌てていて、話がとっ散らかっている。


「なあ加藤、困ってるんじゃないか? 家にも帰れないだろ、遠慮なくうちに来ていいからな。いつでも泊めてやれるわけじゃないけど、匿ってやるくらいならできるから」


「う、うん、ありがとう」


 勢いに圧倒される俺に代わって、ハク様が俺の腕を少し引いて、代わりに返事をした。


「ありがとー! 俺たちは大丈夫だよ。三億円、絶対手に入れちゃうから、中原くんは期待して待っててね!」


「あー! ハク様、お前も元気そうでよかった」


「えへへ、そりゃそうよ。加藤くんのことは俺に任せな。じゃあ、またね」


 ハク様は自由に話して、そして自由に通話を切った。押し流されてぽかんとする俺を、ハク様がしたり顔で言う。


「俺ね、人間は強欲で愚かだとか言ったけど、なにもそれが全部が全部悪いとは思ってないんだ。誰もが聖人君子で聡明だったら面白くない。バカ正直でもいいんだよ」


 ハク様はときどき、妙に達観した素振りを見せる。まるで本当に、神様が天から人間を観察しているかのような、そんな視点で話すときがある。

 振り返ってみると、発言の内容自体は至って当たり前のことだったりはする。宗教の経典なんかも読み解くとごくごく当然の道徳観念が書いてあったり、意味不明に見える儀式が当時の社会の中で衛生を保つために必要な処理だったりもする。神様というものは、意外と、人の行動の指針を擬人化したもの……そのくらいの存在なのかもしれないな、と思った。


「ところでハク様、どうやって横内のところから脱走してきたんだ?」


 ふと思い立って問うと、ハク様は急に目を逸らした。


「それはあれだよ、レスリングごっこして、眠ってもらったんだよ」


 ……ハク様はときどき、底知れない恐ろしさを見せるときがある。神様が天から見守っているような、そんな畏怖の意味ではなくて、身体能力的な意味で。どうりで捜しにこないわけだ。横内の安否が、気になるところだ。

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