表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/57

1

 横内は自宅からバイト先まで、車で通勤している。駅直結のコンビニなのに電車で通勤しないのは、彼の自宅アパートが市内屈指の田舎エリアで、近くに駅がなく、バス停はあっても便が少ないからだ。駅の裏にある契約駐車場に停めていた車に俺とハク様を乗せ、彼はそのアパートへと向かった。

 知り合いが安く貸してくれているというその木造アパートは、建物自体は小ぢんまりしていても部屋はひとり暮らしには充分な広さで、田舎であるおかげで周辺が静かである。少し不便でも、寝に帰るには理想的な環境だ。

 部屋に着くと、横内はすぐにクーラーをつけた。


「散らかっててすまんな。この部屋を使ってくれ」


 案内された部屋は、八畳ほどの和室だった。ワンルームのアパートであるここでは、この一室が寝室兼、居間である。

 ハク様が畳にぺたんと座った。


「涼しい! 和室っていいね。畳がいい匂い」


「おい、あんまり寛ぎすぎるなよ。人んちだ」


 俺が気色ばむのを、横内が笑って流す。


「ははは、いいよ、自宅だと思って寛いでくれ。さ、飯にしよう」


 彼はそう言って、部屋の真ん中の座卓に幕の内弁当を置いた。


「ありがとう、いただきます」


 腹が減っていては気分まで落ちて頭が回らなくなる。受け渡しの失敗と、教団が約束を守らなかった事実にはまだショックを受けているけれど、くよくよしていても仕方ない。

 俺は鞄の中の携帯を手にとって、電源ボタンを押した。


「そうだ、中原に結果を連絡してから……」


 しかしその携帯は、横内に取り上げられた。


「電源、入れないほうがいい。中原から聞いたけど、加藤の携帯、教団に番号知られて、キャリアに勤めてる信者に個人情報抜かれたんだろ。電源を入れたことでまたなにか流出するリスクあるから、必要最低限以外は電源を切っとけ」


「うーん……たしかに教団の信者は数が多いから、いろんな職業のいろんな技術を持っていろんな権限で介入してくる人がいるっぽいからな……」


「中原には俺から連絡しておく。それより携帯を充電しておいたほうがいい」


 消耗している俺と違って、横内は冷静だ。俺は彼に従って、携帯の電源はオフのまま、充電させてもらうことにした。

 自分たちも、充電の時間だ。横内が用意してくれた弁当を、ありがたくいただくことにする。弁当を開けて、ハク様は箸を割った。


「お腹すいた! いただきまーす」


 教団の裏切りにご立腹だった彼も、今は表情が明るくなっている。明るくなってはいるが、教団への怒りが収まったわけではない。


「全く、教団にはがっかりしちゃうよ。神様あってこそ教団なのに、なぜこんなに蔑ろにされるのか。許すまじだね」


 ハク様がコインロッカーから死守してきた古紙は、ここに来るまでの道中で古紙回収のコンテナに捨ててきた。トランクは、着払いで教団の本部に送り返した。

 俺は弁当の中の肉団子を箸で摘まんだ。


「ハク様、神様名乗るなら未来を見通してくれればいいのに」


「未来はこれから作るものなんだから、見通せるものじゃないんだよ。だったらこれから起こりうる楽しいことを想像して、その方向へ、現在の自分が向かっていくしかない」


 もっともらしい持論を述べて、彼は続けた。


「さて、反省会だ。といっても、今回は作戦としては上手くいった。中身が三億じゃなかっただけ」


「受け渡し自体は、危なっかしかったとはいえできてはいるんだよな」


 俺は弁当の中の、揚げ物の下の味の薄いパスタを箸で挟んだ。


「教団は、ダミーのトランクを用意して、誘拐犯である俺たちをおびき寄せて捕まえようとした。ってことだよな」


 だからはじめから、トランクは盗られてもよかった。もし本当にコインロッカーの裏に隠し通路があり、トランクを持っていかれていたとしても、どうでもいい。それより見張りの大男に近づき、事件への関与を仄めかした、俺を追いかけるほうが大事だったのだ。


「つまり教団は、三億を用意していないし、誘拐犯からの『邪魔をする信者を出さないように』の指示も無視した。電話に出た教祖も幹部の男も、神様より三億円を守ったんだ」


 などと容赦なくはっきり言ったら、ハク様は落ち込んでしまうかもしれない。でも次の方向性を決めるためにも、事実を受け止めるべきだ。

 ハク様は少し俯きながらも、すぐに否定した。


「そうとも限らないよ。教祖は約束を守ろうとしてるのに、彼の動きを監視してる別の人物が邪魔してるのかもしれない。教祖が用意した三億を、古紙入りのダミーにすり替えた何者かがいる。そう考えるほうが現実味がある」


 たしかに教祖は、他の幹部の人間が世話を焼くほど天然な人だ。「神に誓って」と繰り返す取り乱した様子は演技っぽくはないし、そしてあれだけ取り乱していれば隙だらけだろう。

 それに今回の作戦は、コインロッカーの鍵となるレシートを特定の場所に貼り付けさせている。作戦の内容を知っている人がいれば、俺たちより先にその鍵を手に入れてロッカーを開け、別のトランクを入れて、またレシートを出してパン屋に貼っておく……ということも可能だ。

 黙っていた横内が口を挟む。


「そのポンコツそうに見える教祖が、実は全部演技、という可能性は?」


「それはない。ない、と、思いたい」


 ハク様が顔を歪める。


「神様である俺がこうして存在してるのは、少なからず、誰かの信仰心があるからなんだ。下っ端信者たちの信仰を集めるためにも、トップ自身も本気で神様を信じていないと」


「それも含めて、信者を騙すための演技かもしれないだろ。あれだけ教団を拡大できる経営手腕も持ち主だぞ? 無知で蒙昧な庶民を騙して金を巻き上げてやろうと考えてるんだとしたら、信者に神様を信じ込ませるために、自分も信じてるふりくらいする」


 横内の言うとおりだ。教祖が金を目的に、ここまで計算づくで教団を大きくしたのなら、神様なんかより三億円のほうがよほど重要に決まっている。

 でも、なんとなくだが、俺は教祖の白珠信仰が金稼ぎのための嘘とは思えなかった。


「ハク様は教祖との付き合いが長いんだよな。そんなハク様が、教祖は嘘をつけるタイプじゃないって感じるなら、やっぱり教祖本人は金を用意してそうだよな」


 俺自身は、教祖とは電話で話しただけで、会ったこともない。でもハク様と彼の間で積み重ねてきた信頼関係があるのなら、きっとそれが真実だ。

 ハク様は箸を止めて下を向いていた。それから数秒後、再び口を開く。


「仮に加藤くんの言うように、教祖は金を用意してたとするじゃん。なら、教団内に教祖の邪魔をしてる人がいるってことになる。末端信者にすぐに指示を出して、駅に張り込ませる、そんな影響力を持つ人」


 そうだ。電話のあとにすぐに指示を出し、すぐに行動させるだけの、強い権力を持った人物。それが教祖に三億を出させないよう、出し抜いている。

 ハク様は天井を仰ぎ、言った。


「奥さんの春代夫人か、側近の安東。この辺が怪しい」


「ハク様、前に俺に教団の映像を見せたときも、このふたりを気にしてたよな。他にも幹部はいるのに」


「だってこのふたり……」


 ハク様はなにか言いかけ、俺と横内の顔をそれぞれ窺った。


「まず春代夫人は、金庫の番人だから。実際に三億円を出し入れするときには、春代夫人に金庫を開けさせる必要がある。出したお金を教祖にバレないうちに金庫に戻すことができるのも春代夫人。少なくとも、関与してると思われる」


 それを聞いて、横内がふむと唸る。


「なるほどな。春代夫人自身が金を出さないようにコントロールしてるか、或いはそういう意思の人物と共犯ってわけだ。脅されてるとか、金庫の鍵の暗証番号が誰かにバレたとかでなければ」


 以前のハク様の説明では、春代夫人は信者から恐れられていて、まるで恐怖政治のように信者は夫人に逆らえないと聞いた。であれば、彼女の一存で三億円が引っ込められてしまうことも、鶴のひと声で信者が動かされることも、合点がいく。

 ハク様はもうひとりの人物にも焦点を当てた。


「で、安東は、教祖のいちばんの側近で、頭脳派。教祖夫婦の学生時代からの友人で、教団内ではトップクラスの発言力を持つ権力者。春代夫人だけでも充分、信者を動かすだけの力はあるけど、俺はこっちにも注意したい」


 ハク様が険しい顔で、言葉を選ぶ。


「資産家の家に生まれた教祖とは正反対で、安東は貧しい家の出身でね。教祖夫婦の金銭感覚に驚かされていた。三億なんて大金が動くとなったら、ちょっと黙っていられないと思う」


 俺はコインロッカーへ入れるように指示したときの、あの電話を思い出した。教祖に代わって応対したのは、落ち着いた低い声の男だった。教祖でも春代夫人でもない。彼もまた、「三億は用意する」と答えていたが、それこそ横内の言うように金を守るための計算ずくの言葉であっても不思議ではない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ