表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/57

3

 ハク様が無邪気に問いかけてきた。


「それより加藤くん、三億あったらなにしたいか決まってる?」


「それが、ぴんとこないんだよな。とりあえず三千万を中原に渡すことしか」


 公園での受け渡しの前にも少し考えはしたが、華やかで盛大な願望が思い浮かばなかった。ハク様が目を輝かせる。


「俺だったら、この駅ビル買い取って全部肉まんの専門店にしちゃうね! 夏場は肉まんがないなんていう、悲しい常識をひっくり返すんだ」


「危険思想だ」


「でもお金を受け取るのは俺じゃないからね。加藤くんはなにに使いたいか、考えておこうよ。そのほうが受け渡しのモチベーションも上がるし!」


 言われてみて、改めて考えてみる。三億あったら、なにができるだろう。海外旅行はしてみたい。困っている人に寄付してみるのもいい。あともしかしたら、貧乏よりはモテるかもしれないから、ちょっと広野さんを食事に誘ってみても……いや、それは一旦置いておこう。

 ハク様が天井を仰ぐ。


「お金の価値は使い方次第だと思わない? 楽しいことに使って、経済回そ!」


「そうだな。前向きに考えてみるよ」


 お金の価値は使い方次第。当たり前だけれどそのとおりだ。札束は、使わなかったらただの紙の束だ。


「俺にはそんなこと言うのに、ハク様は本当に金、いらないのか?」


「いらない」


「じゃあ、この計画が成功したらどうするの?」


「どうって、教団に帰るんだよ」


「教団に帰る?」


 そういえば彼は、河原での受け渡しの作戦を立てたときも、そんなようなことを言っていた。怪訝な顔をする俺に、ハク様も怪訝な顔を返した。


「だって誘拐犯の加藤くんが三億円を受け取ったなら、約束どおり人質の神様を帰さないと。それともなんだい? お金だけ受け取って人質を解放しないつもりだったの?」


 そうだった、狂言誘拐とはいえ、人質は神様、ハク様だった。と、いっても、ハク様は所詮“自称”神様である。


「そういう設定だけど、教団が返してほしがってるのはご神体だろ? ご神体を返せば交渉成立だろ」


「神様を帰さないとご神体なんてただの石だよ。俺という神様が宿った石を返してはじめて、人質を帰したといえるんだよ」


「宿るってなんだよ、どうやってだよ。もういい加減教えてくれ、ハク様は何者なの!?」


「だから神様だって。何度も言ってるでしょ」


「何度も言われてるけど、一度も納得してない」


 困惑する俺に、ハク様は苦笑した。


「言ったでしょー、俺の目的は、教団の信仰心の確認なんだよ。三億を確実に用意したという事実さえあれば、満足なんだ」


 信仰心を確認したがる本当の理由だって、まだ知らない。これでもし計画どおりに進行して、ハク様とこれきりになってしまったらと思うと、納得して実行できない。

 俺は少し考えて、改めてハク様の目を見た。


「じゃあ、三億……の一部の、三千円くらいの使い道、今決めた。この計画が終わったら、飲みにでも行こう。そんで、本当のこと、全部話してよ」


 すべて終わったあとなら。きっと話してくれる。そう期待したのだが、ハク様はきょとんとして、やがて眉を顰めた。


「え? 飲みに? 加藤くん、俺のこと友達かなんかだと思ってない?」


「……違うの?」


「加藤くんは狂言誘拐の相方ではあるけど、友達ではないよ。友達って、対等な関係のことを言うんでしょ? 俺は神様、加藤くんはただの人間。格が違うよ。友達だと思われてたなら複雑だなあ。もう一度言っとくけど、俺、神だから」


 はっきりと、そしてばっさりと、ハク様はそう言い切った。おかげさまで俺が抱えていた寂しさは、一気に吹き飛んだ。


「なんだよ、楽しいことに金を使えって言うから、ハク様と飲んだら楽しそうだから提案したのに。そうかよ、ハク様がそう言うなら友達じゃないな。分かったよ」


 拗ねる俺を、ハク様はなぜか少し、ほっとしたような顔で見ていた。それからまた、いたずらっぽい笑みに切り替わる。


「さて、準備が整ったことですし、そろそろ脅迫の電話でもしちゃおうか」


 そうして、脅迫電話をかけるまでに至ったのだ。


 駅員や周囲の人がこちらに関心を向けていないのを確認し、携帯を取り出す。電源を入れると、着信の履歴が一気に表示された。教団が俺にコンタクトを取ろうと、何度もかけてきているのだ。

 その番号に、俺のほうからかける。緊張して手が止まっていると、ハク様が俺の手から携帯を奪い、勝手に電話をかけて、こちらに返してきた。


「教祖に取り次がせて、脅迫するんだよ。時間は余裕を持って、三時までに。回収は六時だけど、ロッカーにお金が入ってから時間を空けずに回収するのは危険だから、三時間の隙間時間を作る」


 俺はこの人のペースに振り回されっぱなしだ。

 脅迫の内容を回りに聞かれてしまわないよう、人けの少ないほうに歩きながらコールする。ハク様は少し、真面目な声色になった。


「それから、教祖に聞いて。昨日はどうして身代金の受け渡しに失敗したのか。用意はしたのか、それなら引き渡さずに仲間同士で奪ったのはなぜなのか」


 呼び出し音が途切れて、中年の男の声が、電話の向こうから聞こえた。


「はい」


 どきんと、心臓が跳ねた。昨日電話を取った、電話番の事務員の声ではない。誘拐犯の電話番号なのが分かっているからだろう、待ち構えていた人物が取った……そう感じた。「はい」のほんのひと言だけなのに、背すじが伸びるような、ずっしりと重厚間のある声だった。


「もしもし……じゃない、ええと、教祖に代われ」


 緊張で声が裏返る。誘拐犯なのに、たどたどしい気迫のない声になった。電話の向こうの男は、冷静に、落ち着いた口調で返した。


「待っていたよ、誘拐犯くん」


 歩きながら電話するつもりだった。だが気づいたら、俺の足は凍ったみたいに止まっていた。

 決して高圧的ではない。それなのに、本能が拒絶する、芯の部分に恐ろしいなにかを秘めたような声だ。教祖のものではない。誘拐犯からの電話を待っていた、幹部の人物だろう。


「昨日は失敬した。誘拐犯に金を渡すまいと、我が教徒たちが手荒な真似をしたようだ。驚かせたね」


 こちらが教祖に代わるように要求したにも拘わらず、男は続けた。それに、公園で金を教団の車を襲ったのも、教徒、つまり信者であると自ら認めた。「何者かに奪われてしまった」という自作自演ではなく、信者が勝手にやったことだと言う。


「金が欲しいか」


 男は静かに問いかけてきた。


「大切なことを教えよう。金が欲しいなら、賢く立ち回りなさい。富を得たいのであれば、こんな野蛮な手段は通用しない」


 聞いているだけで、緊張感で呼吸を忘れる。肩が重くなって、手が震える。顔を上げると、数歩先で立ち止まったハク様がこちらを振り返っていた。パーカーのポケットに手を入れて、俺を見つめている。俺はひと呼吸置いて、一歩、歩き出した。


「教祖を出せ。話はそれからだ」


 主導権を握られてはいけない。俺はこの相手との対話を拒み、頑なに迫った。それでも相手の男は応じなかった。


「教祖は外せない用事があって、不在なんだ。代わりに私が要求を聞こう」


 俺はハク様に目配せをした。心配そうに見ているが、なにも指示してこない。俺はこの、電話の向こうの男に要求を伝えればいいのだろうか。この人物も重鎮っぽいし、教団の総意として行動してくれるなら、どちらでも構わない。


「昨日の時点で三億を用意しなかった罪は重いぞ。神の運命は俺の手に委ねられている。よく肝に命じておけ」


「案ずるな。三億はたしかに用意がある。昨日も一部の教徒の勝手な動きさえなければ、きちんと君に渡るはずだった。金は今、教団本部に戻ってきている。今度は必ず手渡そう」


 彼は冷静に、状況を俺に伝えてきた。この様子だと、公園での出来事は幹部も想定外で、信者たちの行動を制御できなかったようだ。俺はしどろもどろで慣れない指示に入った。


「受け渡し場所は早緑駅。中央コンコースの交通系IC専用コインロッカーだ。このロッカーに身代金入りのトランクを入れて、利用明細のレシートを隣のパン屋のレジカウンターにあるホット商品什器の側面に貼り付けろ。タイムリミットは三時間。三時までに指示どおりにしろ。誘拐犯を捕まえようなどと考える愚かな信者が出ないよう、スムーズに受け渡しができるように、三時間以内に通達しておくことだ」


 と、俺がそう告げた直後だった。電話の向こうの音声がザザッと乱れ、言葉として聞き取れない音が流れた。そして次の届いたのは、一度目の要求でも聞いたあの声だった。


「誘拐犯! 誘拐犯だな!? 私だ、教祖、沓谷だ。昨日は受け渡しに失敗して済まなかった! 神様……白珠様は無事か!?」


 耳がキーンとなる。動揺しまくった教祖が、電話口で叫んでいる。どうやら今話していた男から受話器を奪ったようだ。


「あれっ? 教祖は不在だったんじゃ!?」


「身代金は必ず払う! 神に誓う! だから神の安全だけは……」


 俺の疑問を聞きもせずに教祖が騒ぐ。その語尾を聞き終える前に、再び先ほどの物静かな男の声に戻った。


「失礼。受け渡しの方法は、私から教祖に伝えておく」


「おい、教祖は不在なんじゃなかったのか? 嘘だったのか!」


 俺が語気を荒らげるのも無視して、男は一方的に電話を切った。誘拐犯からの電話を、脅迫されている側から切るなんて……。通話の切れた画面を呆然と見ていると、ハク様が声をかけてきた。


「教祖の代わりに対応した人がいたんだね?」


「うん、教祖じゃなかったけど、幹部だと思う。しっかりした人だったから、却って教祖より話が通じやすかった」


 電話の向こうの男は、ピリッと張り詰めた堅そうな印象を残した。終盤の対応から察するに、危なっかしい教祖を表に出さないように引っ込めて、代わりに対応しているといったところだろうか。ハク様が眉を寄せて唸った。


「そっかあ……」


「え、教祖じゃないとだめだったのか? 真面目そうな人だったし、教団の総意として身代金を用意してくれるなら同じじゃないのか?」


「教祖を脅迫したかった。いちばん律儀に三億用意しそうだから。しかも教祖いたっぽいじゃん。もう、加藤くんったらちゃんと確認してよ」


 今更文句を言われ、俺はむっとして言い返した。


「じゃあハク様が電話してくれればよかったのに。なんで身代金の要求は俺の仕事なの?」


「教祖は神様の声を聞く存在だから、俺の声を知ってるから。神様自身が身代金要求の電話をかけたら、狂言誘拐だってバレちゃうじゃないか」


「出たな自称神様。『教祖は神の声を聞く存在』もだいぶ意味不明だけど。教団の世界観だとそうなのか」


 カルト宗教の常識を前提に持ってこられると、ついていけない。俺は携帯を鞄にしまい、電話を振り返った。


「それより教祖の慌てぶり……あれじゃ脅迫してるこっちが心配になるぞ。いつもあの調子だとしたら、教団の運営が崩壊するだろ」


「ちょっとちょっと、教祖は神の声が聞こえる希少な存在なんだから、そんなポンコツおじさんみたいに言わないでよ。お察しのとおり、組織運営の実力はからっきしなんだけどね」


 教祖をフォローしつつも、ハク様は容赦なく言った。先ほどの電話だけでも、手に取るように分かる。感情が昂ぶりやすい教祖を、幹部の付き人が世話を焼いているのだろう。ハク様がため息をつく。


「でも信仰心は誰よりも厚いんだよ。いちばん信仰心があってお金に執着がなく、かつ理性より感情で動く判断力の持ち主だから、身代金の受け渡しを指示するなら教祖自身がよかった」


「それは……うん。でも教祖の付き人も、同じくらい信仰してるんじゃないか」


 直接教祖の声を聞いた俺は、今度こそは身代金を用意される、と確信した。あんなに取り乱すほど真剣なのだ。公園での失敗は末端信者の身勝手な行動であり、教団の意志ではない。教祖はちゃんと、神様のために三億を差し出す信仰心の持ち主だ、

 付き人らしき幹部の男も、上手く立ち回ってくれる。今度はきっと、彼らは信仰の証を見せる。

 やがてハク様は、スイッチを切り替えた。軽い足取りで、駅ビルのほうへと踏み出す。


「駅ビルの中、散策してくるね」


「余裕だなあ。信者に顔バレしてるんだから、どこで会って追いかけられるか分かんないのに」


「大丈夫、大丈夫! そうなったら逃げるから。それより、この受け渡しに成功したら俺は教団に戻らなくちゃいけないでしょ? だったら今のうちに、自由を楽しみたいんだよね」


 白き自由の教団の神様でも、ご神体の中に宿って本部に閉じこめられて不自由な思いをしているのか。こんなに自由人なのに。いや、神様というのは設定だから普通に日頃から自由人でどこにでも自由に行けるのでは……。ハク様の神様ジョークに真剣に向き合うと訳が分からなくなってくるので、俺はこの辺で考えるのをやめた。


「コインロッカーを開けるのは夕方だもんな。それまで暇だし、どこかで時間潰さないとな」


「うんうん、じゃ、行ってきまーす。駅ビルの中に肉まんのお店がないか、探すぞー」


 ハク様が足を弾ませて商業施設の中へ消えていった。そこにはアパレルか本屋か雑貨の店くらいしかないが……最上階のレストラン街の中華料理店にならあるだろうか。

 夏に肉まん、意識的に探したことなんてなかったな。そう考えながら、俺も時間を潰しに散歩に出かけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ