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 その後、俺たちは、視察のために早緑駅へ向かった。駅までは中原が車を出してくれた。

 昨日の一件があったから、中原の車は教団にナンバーを記録されているかもしれない。俺の電話番号から部屋まで特定した信者たちなら中原も見つけ出しそうなものだ。と警戒したのだが、案外、何事もなく駅に到着した。信者たちも必死だったし、ナンバーを控え損ねたのかもしれない。

 駅に着くと、中原は俺とハク様を降ろして言った。


「そうそう、横内にはもうさっき、チャットで連絡しといたから。概要は伝えてある」


「いつの間に! ありがとう」


「加藤の携帯は電源入れとくと、教団からの着信がうるさいからな。代わりに俺が連絡しといてやったよ」


 ニッと笑って親指を立て、中原はまたハンドルを握った。


「じゃあ、俺はこれで。絶対成功しろよ。で、三千万、よろしくな」


「中原、ここまで本当にありがとう。面接、頑張ってな」


 外から運転席に向かって、俺は改めて礼を言った。ハク様も大きく手を振る。


「大感謝だよ! 神の祝福で面接は成功するから、安心して堂々挑むんだ」


 中原の車が去っていく。青い車が小さくなっていくのを見守っていると、ハク様がぽつんと言った。


「良い友達持ってるねえ、加藤くん」


「だろ」


「神様の俺は、信仰を集められてるか不安で困ってるのに、なんのカリスマ性もない加藤くんには信頼できる人がいて、その人が加藤くんを信じてる。いいなあ、やんなっちゃうな」


 彼なりの嫉妬だったのか、神様風の自虐的冗談だったのか、俺にはなんとも言えなかった。

 俺は帽子を深く被り、マスクで顔の下半分を覆った。ハク様ももう面が割れているくせに、彼はそのままだ。まずは南口のコンビニへ、横内に会いに行く。

 店内に入ると、品出しをしていた店員が、こちらが話しかけるより先に顔を上げた。


「来たな、加藤。中原から聞いたぞ」


 横内だ。コンビニのユニフォーム姿はまだ見慣れないけれど、フランクな話し方は普段どおりのよく知る友人のそれだった。彼は品出し中のスナック菓子を片手に立ち上がった。


「なんかすげえことになってんな。その隣にいるのが、共犯のハク様?」


「そう。厄介な話に巻き込んでごめんな」


 横内の性格を鑑みると、面白がって食いつく中原とは違って、こんな関わらないほうがよさそうなことは避けたいだろう。と思ったのだが、彼は案外あっさり承諾した。


「いいよ。バックヤードに荷物を隠して、そのあと加藤と連れのハク様をひと晩泊めればいいんだろ」


「いいの?」


「うん。今日は店長いないし。トランクを持ってきたら俺のレジに来て、『宅配の発送をお願いします』とでも言ってくれれば自然に受け取れる」


 中原が事前に連絡してくれたおかげだろうか、こんなめちゃくちゃな事件に巻き込まれたというのに、横内は驚く素振りも見せなかった。

 ハク様が横内に握手を求める。


「話が分かる人でよかった! 初めまして、横内くん。俺はハク様。神様やってます」


「神様かあ。うん、よろしくな」


 横内は柔軟に受け止めて、握手に応じた。あまりにもスムーズでびっくりしている俺に、横内が目を向けた。


「もちろん驚いてないわけじゃないし、意味分かんねえとは思ってるからな。でも、そんなこと言ってる場合じゃないんだろ。困ったときはお互い様」


「ありがとう。それじゃあ、またあとで」


 横内に頭を下げて、店を後にする。自動ドアを出てからも、ハク様は繰り返し店を振り返った。


「さっきのコンビニ、肉まんなかった」


「肉まん、冬は人気だけど夏場は売ってないところが多いんだよ。うちの近所のコンビニが変わってたんだよ」


「そんな! 肉まんはインフラであるべきだ。あんなにおいしいんだから、通年で食べられたほうがいいに決まってる。暑いからって、温かいものの価値がなくなるのはおかしいよ」


 いつになく真剣な顔で、彼は頭を抱えた。ハク様はどこか少し、浮世離れしている。

 コンビニから駅のコンコースに入り、コインロッカーとパン屋の位置を確認する。駅構内は、これから大金の受け渡しがおこなわれるとはつゆほども知らない、ありふれた日常が流れていた。

 金曜の昼間は、朝の通勤ラッシュほどは混んでいないが、絶えず人がいる。夏休み満喫中の学生や、仕事中のサラリーマンなど、いろんな属性のいろんな人が行き交う。俺とハク様も、そんな有象無象の群集の一部になっていた。


 対象になるコインロッカーは、コンコースと駅ビル内の商業施設を繋ぐ通路にある。人が四、五人くらい横並びに広がって歩ける程度の広さの通路で、コインロッカーはその片側の壁沿いに設置されている。大中小のサイズから選べて、いちばん大きいロッカーは百リットルクラスのスーツケースが入るほど大きい。三億円入りトランクが入らない心配はない。

 この通路からコンコースに戻ると、すぐそこにベーカリー・クラリネットがある。店の外にも黄色い照明と焼きたてパンの匂いが洩れ出して、コインロッカーのある通路まで香ばしい匂いが漂っていた。

 ハク様がコンコースを覗き込み、南口までの距離を見通す。


「ここからコンビニまで、一分かからないくらいの距離だね。混んでてちょっとペースが落ちるとしても、そんなに大きなタイムラグはない。行けそうだね」


 ハク様は通路から踏み出し、ベーカリー・クラリネットの店内に入った。俺も続く。手狭な店内においしそうなパンが並び、セール時間でなくても、トングを持った客が楽しそうにパンを選んでいた。

 惣菜パンの鮮やかな色合い、スイーツ系パンの華やかさ、どのパンもふんわりこんがりといい匂いを放ち、見ているだけでお腹が空いてくる。しかし丁寧に製造されているパンだけあって、やや値段が高い。貧乏人の無職には、なかなか手を出しにくい価格帯だ。


「コインロッカーの鍵になる利用明細レシートの隠し場所は……あ! 加藤くん、見て」


 ハク様が息を呑んだ。何事かと振り向くと、彼はレジ横に置かれたホット商品の什器に目を釘付けにされていた。什器の中にはホットサンドやカレーパン、フライドチキンなどが温められており、よく見るとその下のほうの段に中華まんもあった。


「に、肉まんだ! ほら加藤くん、暑い季節でもあったかい商品コーナーはあるし肉まんもあるんだ」


「へえ、珍しいな。もしかしたらハク様みたいな人が他にもいて、案外需要があるのかもな」


「ここは肉まんの価値をよく分かっている素晴らしいパン屋さんだね。祝福しちゃうよ」


 興奮したハク様を見て。俺は考え直した。たしかにこの店のパンは高級パンの部類に入り、俺たち貧乏人が日常的に買うパンではない。でも今日はこの周辺で身代金の受け渡しをする。もしかしたらご迷惑をおかけするかもしれない。それでいてなにも買わないわけにはいかないではないか。

 折角なので昼食はここで調達することにして、俺は惣菜パンをいくつかと、そしてレジで頼んで肉まんを買った。ハク様が目を輝かせる。


「加藤くん最高! やったー! 肉まん!」


 会計を終えてレジを離れると、ハク様は興奮した顔のまま、声のトーンを落とした。


「でね、加藤くん」


 肉まんにご満悦のまま、彼は言った。


「あの肉まんが入ってた什器の側面に、コインロッカーのレシート、すなわち鍵を貼り付けさせよう」


 たしかに什器の側面は、店の邪魔にならず、目立たない。カウンター内でレジ打ちをする店員からは死角だ。


「六時のセールで店が混んでる時間に、加藤くんはお客さんを装って店内へ。特にレジ周りに列ができて、店員さんもてんてこ舞い……ってときに、鍵を回収。ロッカーを開けてお金を取り出す」


 レシートに印字されたコードをロッカーに読み込ませれば、該当の扉が開く。俺はハク様とともに、店を出た。


「金を受け取ったら、コンビニに向かうんだな」


「教団に、こっちの要求を呑んでちゃんとお金を引き渡す気があれば、これで解決。問題は、教団が反撃してきた場合。昨日の様子を見る限り、誘拐犯が来ると分かっているのに大人しく指を咥えて見てるとは思えない。鍵を取りに来る加藤くんを、ここで待ち構えてるはずだ」


 ハク様が歩きながら言う。


「誘拐犯が確実に姿を表すのは、鍵の受け渡し場所になるパン屋、それとコインロッカー。少なくともこの二箇所には教団の信者が見張りにつく」


「それを混雑を利用して撒くという作戦だけど、現実的にどうなんだろうな」


 パン屋もコインロッカー前の通路も狭く、見張られていたらすぐに追いつかれそうなのだ。そこでハク様は、次の策に出た。


「加藤くんが作戦実行中、俺はあそこで待機してる」


 ハク様が指差したのは、パン屋の正面方向、商業施設の入り口だった。


「鍵を取った時点で信者に追われて、このままロッカーを開けるのは危険だと判断したら、加藤くんはロッカーは開けなくていい。とにかく捕まらないように逃げ切って、俺のところに来て」


 商業施設の前は、常に客が出入りし、賑わっている。


「そこで俺にバトンタッチ。信者にバレないようにこっそり俺に鍵を渡して、そのまま信者を引きつけて。加藤くんが追手の注意を引いてる間に、俺がコインロッカーを開ける」


「ハク様が回収役になるんだな」


「そう。そしたら俺は、約束どおり南口のコンビニに向かう。加藤くんは、困ったら駅員さんに助けを求めてもいい。なんか変な人に追いかけられてるんです! ってね。ロッカーの鍵も三億円も持ってない君は不審者でもなんでもないんだから、信者以外の人々は君の味方だよ」


 得意げに語るハク様に、俺ははあと感心した。よく思いつくものだ。


「もしも鍵を手に入れたあとのハク様が、信者に見つかったら?」


「全力で逃げる!」


「そこは力技なんだ」


 ならば俺が信者の目を引いて、少しでもハク様が動きやすくなるようにサポートするほかない。緊張する俺の横では、ハク様が涼しげな顔でコンコースを行く人々を眺めている。慌しく電話をしながらコンコースを走るサラリーマンが、目の前を通り過ぎていった。


「真面目に働いてる人がいるってのに、俺はなにをやってんだろうな」


 ふいに我に返った俺を、ハク様が二度見した。


「なんで? いいじゃん、一攫千金。無職なのに三億、手に入る直前だよ?」


「働く意味って、金だけじゃないんだよ。忙しそうなのは、あの人に任されてる仕事があるから。人から必要とされてるってことだろ。それが羨ましい」


 自分が会社員の頃は、働かなくても大金があったら夢みたいだと思っていた。でも今となっては、世の中を回すために頑張っている人が、格好良く見える。ハク様が両手を握って俺を励ました。


「加藤くんだって俺の役に立ってるよ! まあ無職だし俺のいうこと聞いてるだけだし、加藤くんじゃなきゃいけない理由もないけど! 強いて言うなら顔に特徴がないから逃走に有利なくらいで」


「励ましてくれたのかと思いきや、そうでもなかったな」


「働くことで人から必要とされてるって感じるのは、仕事のやりがいとも言えるからいいんだけどね、なにかに所属したからそれが存在理由になるってものでもないからね! 自分でなくちゃいけない理由とか、あんまり深く考えないほうがいいよ! 世の中大抵のことは他の人で代用利くから!」


「なんかチクチクすること言う!」


 存在理由か。そういえばハク様は、信者の信仰心が弱いと嘆いていた。神様の存在理由が信仰なら、信仰が薄れるのは存在価値を否定されたようなもの。銀翼の会が信者を横取りしていけば、自分の立場を他の人に奪われてしまうようなもの。ハク様が教団の信仰心を試したい理由が、少し分かった気がした。……いや、ハク様が本当に神様なら、の話だが。

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