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「さて、準備が整ったことですし」


 翌日の昼、ハク様は親指と小指を立てて、自身の耳の横に翳した。


「そろそろ脅迫の電話でもしちゃおうか」


 二度目の脅迫。ここまでに土曜の午前を費やした。一旦深呼吸して、俺は脅迫の内容を書き出したカンペを読む。


「早緑駅の、ICカード専用コインロッカー。ここに三億円を入れたトランクを入れておけ。鍵になるコード入りのレシートは、駅構内のパン屋店内にある、レジ横にある肉まん什器の側面に貼り付けろ……よし」


 正午を過ぎた広い駅の片隅で、俺は電話をかけはじめた。


 *


 この作戦の実行に至るまでの経緯は、中原宅で迎えた朝まで遡る。


「河原で受け渡し作戦は、一旦中止。加藤くんがトランクを買ってこなかったから」


 キッチンのトースターの前で、ハク様が切り出す。


「代わりに、すぐできる別の受け渡し方法を思いついちゃった」


 チン! と、トースターが鳴った。中で食パンがこんがりと焼きあがっている。中原が皿を持って、トースターの前に置いた。


「どんな作戦なんだ?」


「駅のコインロッカーを使う。これ、身代金の受け渡し方法の中では、スタンダートなやり方のひとつなんだ」


 ハク様がトースターを開けると、中からふんわりとパンのいい匂いがした。ホイルごと皿に取り出し、それをテーブルに運びながら、ハク様は作戦を語った。


「指定した時間にまでに、駅のコインロッカーに三億円入りのトランクを入れさせる。そして鍵を指定の場所に置かせる。そのあと時間差で回収に行くんだ」


 早緑駅は市内でいちばん大きい駅である。乗り換えが多い便利駅であるうえに、新幹線の停車駅でもあるため、人の出入りが多い。市の中心地であるために朝夕は通勤ラッシュでごった返し、さらに駅併設の商業施設は買い物客で賑わう。俺も会社員時代に、職場の最寄り駅として毎日使っていた駅だ。

 中原が両手で、朝食のトーストをテーブルに運ぶ。


「駅か。人が多いから、怪しい行動するのは危険なんじゃないか?」


「と、思うじゃん? でもね、人間って結構他人に無関心なんだよ。お仕事終わりの疲れてるときなんか、特にね」


 ハク様が三枚目のトーストを手に、中原のあとを追う。俺はテーブルで人数分のコーヒーを淹れながら、ふたりの会話を聞いていた。


「逆に人混みを盾にするんだな」


「そう。だから回収の時間は、夕方六時から七時」


 ハク様はテーブルにトーストを置いた。


「ベーカリー・クラリネット。昨日加藤くんがお風呂に入ってる間に、中原くんから聞いたんだけどね、駅のコンコースに大人気のパン屋さんがあるんだ。ちょうど、コインロッカーの傍にね」


 焼きたてトーストの香ばしい匂いの中、ハク様は言った。


「そのお店の金曜日限定タイムセールが、夕方六時。駅が混み合う時間とセールの行列が重なって、コインロッカーがある周辺がもっとも混雑するこのタイミングに、人混みに紛れ込んで身代金を回収するんだ」


「大量の人の中に溶け込むのか。駅の中はトランクを持ってる人が多いから、紛れ込んで逃げるにも都合が良いな」


 俺はハク様の提案に感心した。とはいえ、もちろん懸念はある。


「逆に言うとたくさんの人を巻き込むリスクがあるんだよな。公園のときだって、教団は周りの目を憚らず武器を持って仲間をボコりに行った。あの調子じゃ危ないんじゃないか? 駅の迷惑になるだろうし」


「今更善人づらするなよ、誘拐犯。三億のためなら多少の犠牲は仕方ないよ」


 ハク様が開き直る。俺は顔を歪めて仰け反った。


「うわあ、自称神様のくせになんて慈悲のない発言。邪神・白珠だ」


 昨晩見たブログの記事のフレーズを引用すると、同じく思い出した中原が笑った。


「あははは! 邪神! 銀翼の会にそう言われてたもんな」


「銀翼!? ちょっと、嫌な名前出さないでよ」


 ハク様が目を見開いて、俺と中原を見比べた。


「なに、ふたりとも銀翼の会のこと知ってるの?」


「お、やっぱハク様も知ってるのか」


 俺はコーヒーをひと口啜った。


「白き自由の教団と、似たようなカルトだもんな。ターゲット層も同じだし、ライバルなのか?」


「うちのほうが圧倒的に規模が大きいから、ライバルにもならないよ。教祖も相手にしてない。でも向こうはこっち悪口言って評判を落とすし、銀翼のほうが高尚だってうるさいしで、ムカつく存在ではあるね」


 ハク様は不服そうに眉を寄せている。たしかにあのブログの主も、銀翼の会に乗り換えてから、白き自由の教団をこき下ろす記事を書いている。

 ハク様がふー、とため息を洩らす。


「やっぱね、ターゲット層が近いカルト同士でも、住み分けはしてほしいよね。天使信仰の『天の恵み教』とか魔術化学の『マジケミカル学会』なんかは、うちと全然被らないからいいんだけど」


「そんな妙なカルトが他にもあるんだな……」


 中原がちょっと引いている。ハク様は頷きながら続けた。


「銀翼の会が邪魔するからうちの信者が減って、このままじゃ信仰心がますますなくなって……いや、弱音は吐かないぞ。俺は神様なんだから、銀翼に流れずに俺を信仰してくれる、誇り高き白珠信者を報いるのが役目だ」


 ハク様は自分の頬を叩いて、切り替えた。


「というわけで、真面目に白珠様を信仰する信者であれば、身代金を払う。教団がちゃんと神様のために金を払うなら、信者は駅で暴れたりしない。この作戦は上手くいくさ」


 それが信じられないから不安なのだが……。しかしこれはどんな場所を選んでも誰かには迷惑がかかってしまうものだ。受け渡しがスムーズに成功して、信者にマークされる前に逃げられれば、追いかけられることもない。なるべく上手くやるほかない。

 ハク様は椅子に座り、トーストに手を合わせた。


「さて、最近の、それも特に駅のコインロッカーは、ICカード決済が増えてる。早緑駅のロッカーは、交通系ICで事前に決済、利用明細レシートが出てきて、そこに印刷されたコードを読ませると開錠できるタイプ。……なんだよね、中原くん」


「そう。パン屋に行くついでに見てるから、間違いない」


 中原がこっくり頷く。俺もあつあつのトーストを手にとる。


「レシートがロッカーの鍵なんだな。それを指定した場所に持ってこさせて、俺かハク様がそのレシートを受け取り、ロッカーを開けると」


 一連の流れを聞くと、中原はわあっと無邪気に目を輝かせた。


「すげー、面白そう」


 そんな彼に、ハク様が顔を向ける。


「そうだ。中原くんは信者に顔を知られてないから、受け取りは中原くんが……いや、昨日車で助けてもらったときに見られたかな?」


 平然と中原に大役を担わせようとしたハク様だったが、中原は残念そうに首を横に振った。


「やりたすぎるけど、俺、今日は午後から面接なんだよ。履歴書を送ってた企業から、書類選考通過の連絡があってな」


「そうだったのか。ごめん、大事な日に」


 俺は慌てて中原に頭を下げた。俺が神様誘拐なんてアホなことをしている間も、中原は着実に就活を進めていたというのに。中原は中原で、悔しそうに唸った。


「気持ち的には逆だけどな。折角加藤が面白そうなことしてる日に、タイミング悪く面接なんて。けどこればっかりは先に決まってたから仕方ない。面接は午後からだから、それまでは協力できることはするぞ」


 中原はそう言って、トーストを齧り、身代金の受け渡し計画の話に戻った。


「で、無事にロッカーからトランクを出したとする。そのあとどうするか決まってるか?」


「えーっとね、信者がロッカー周辺を見張ってると想定し、まずパン屋さんの方向に退避。お店の行列はコンコースまではみ出るほどだから、そこに滑り込めば、見張りの信者も誘拐犯を見失う。そのあとは……」


 ハク様はここで、虚空を見上げはじめた。この先は決めていないようだ。俺もトーストを食べ進めつつ、考えた。


「より混んでる方向に紛れ込むとしたら、在来線のホームの方向か? そのまま電車に乗って逃げるとか。もしくは駅を抜けて外に出て、タクシーを捕まえて離脱はどうだ?」


 しかし中原が首を捻る。


「電車の中は密室だ。信者が追いかけてきて乗り合わせたら逃げられない。タクシーは万が一拾えなかったらアウト。事前に呼んでおくというのも手だけど……それよりもっと信頼できる奴がいるだろ」


 彼は身を乗り出し、人差し指を立てた。


「早緑駅の南口に、コンビニがあるだろ。あそこ、横内が働いてる」


 そうだった。会社員時代によく使っていたコンビニは、今は元同僚で友人、横内のバイト先だ。

 中原は自信満々に言った。


「あいつ、たしか金曜日は午前中から夕方までシフトを入れてる。横内に頼んで、トランクをバックヤードに隠してもらうんだ。そんで横内がシフトを終えて帰るときに、一緒に持った帰る。横内のことだから、頼んだらそのくらいなら協力してくれそうじゃないか?」


「そうか。ちょっと横内に頼りすぎだけど、横内が協力してくれるならそれがいいな」


 俺はその提案に膝を打った。中原は得意げに続ける。


「タクシー乗り場は北口にある。見張りの信者は加藤がそっちに行くと見越して、乗り場周辺を張り込んでるかもしれない。そう考えると、コンビニがある南口は手薄になってるはず。名案じゃね?」


「すげえ、よく思いついたな」


 俺が感嘆し、中原がしたり顔になる横で、ハク様がきょとんとしている。


「横内さんって?」


「そっか、ハク様は知らないんだった。横内は中原と同じで、俺の会社員時代の同期だよ」


 俺が説明すると、中原が付け足した。


「そうそう、よく飲みに行った信頼できる仲間だ! 感情に流されないで合理的に行動するタイプだから、こういう戦略で動く計画には強い」


 俺はまた、中原に向き直った。


「バックヤード、使わせてもらえるものなのかな」


「分からん! でも俺が説得する。任せとけ」


 感情に流されないで合理的に行動する横内とは対照的に、中原は情に訴えるタイプである。彼なら、あの頃の営業トークみたいに、半ば強引にでも横内の協力を得てきそうだ。

 ハク様がトーストの最後のひと欠片を飲み込んだ。


「そんじゃ、トランクを受け取ったあとは横内くんのところへ。断られたら代替案を考えるとして、一旦これで進めよう」


 コインロッカーに金を入れさせ、パン屋の行列で混みはじめる頃に人混みを盾にして金を回収。回収したトランクを引いて南口のコンビニへ逃げ込む。想像したら、出来そうな気がしてきた。

 朝食を終えた中原が席を立った。


「昨日の様子だと、もうお前らは教団に顔も名前もバレてるからな。慎重に行動するんだぞ。特にハク様、目立つからせめて服の色変えたら? 俺の服を貸してやろうか」


「おっ、ファッションショーいいねー! でも俺、白き自由の教団の白珠様なのに赤いっていう自由さ加減が自分のトレードマークだと思ってるから、このままでいっちゃうよ」


 身代金の受け渡しのために目立たないように……という局面であっても、ハク様は自由気ままだ。

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