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俺はありがたく、パソコン前の椅子に座った。中原は後ろから覗き込む。パソコンを立ち上げて、直球に「白き自由の教団・評判」で検索をすると、当然ながら真っ先に公式ホームページが表示された。
だが俺は、ホームページは通り過ぎて、その次に表示された個人ブログに目を留めた。
『白き自由の教団の元信者の私が目を覚ました理由』という、分かりやすいタイトルの記事だ。「新たな被害者が出ないように、ここに書き記します」と説明文が添えられているし、このブログには教団に都合の悪いことが書かれていそうだ。
早速記事にアクセスしてみる。まずはこのブログの作成者の自己紹介から始まった。ギャンブルに嵌まって家の金を使い込んだことが妻にバレて、離婚し、人生を悲観していたときに、白き自由の教団に勧誘されたという。弱っている人に甘く優しく接して、漬け込むのが、教団のやり口だと語っている。
ブログの主は見事に教団に染め上げられ、依存し、幸せになりたくて教団に献金を詰んだ。貢いだ額が大きかったので教団内のカーストでは上のほうの会員になれたが、献金のために借金を膨らまし、決して幸せになれたとは言えない……と語っている。金に困っただけでなく、勧誘活動で友人知人にしつこく迫ったせいで周りから人が離れて孤独になった。なにもかもを失ったと、恨み節で綴る。
「わあ。実体験、同情する……」
中原が興味津々に顔を寄せてくる。
「この人、ギャンブルで金をなくした人なのに、借金してまで献金してたんだな。金払わないと信者失格なのか?」
「ハク様が言うには、献金は任意らしいけど……実体はこのブログの人みたいになっちゃうんだろうな。払わないと不幸になるって脅されたり、他の信者とのマウント合戦があったりで、無理して納める。あとなんか、現金で払うのが通例になってるらしい」
「デカイ額なのに、振込とか小切手じゃなくて、現金なんだ」
中原が唸る。俺も、多額の金を集めるなら、払う側も受け取る側も口座振込のほうが管理しやすいと思う。でもハク様が話していた感じだと、教団の財務の担う春代夫人は、金を金庫で管理している様子だった。受け取った金は金融機関に預けているのではなく、本部の金庫で夫人がセルフ管理しているのである。
「現金は流動的で、教団が掲げてるコンセプトの『自由』と相性が良いから……って理由らしいけど、本当かな」
「そんな理由で? 実際は銀行に預けたくない理由でもあるんじゃねえの」
中原も怪訝な顔で勘繰っている。
ブログの主は教団信者の活動を赤裸々に書き連ねた。彼は教団のために活動することが自分の幸福に繋がると信じて、献金を詰んでは、新しい信者を勧誘した。
新しい信者を勧誘するプロセスとして、本部までの複雑な山道をわざと遠回りして何時間もドライブして疲れさせ、判断力を弱らせる手法があるらしい。迷路みたいな山の中なら、逃げても教団に地の利があるからすぐ捕まえられるという。おまけに携帯の電波が入りにくく、外部への助けも呼ばせない。
「悪意のある立地だな。営業の身にもなってみろ」
もう営業で向かうわけでもないのに、俺はついそう零した。あの本部までの道は、事務用品の納品に行くだけでもひと苦労する、とんでもなく不便な立地だった。
記事の中に画像が差し込まれている。本部以外の拠点、支部の位置を記した日本地図のイラストだ。支部は関東と中部に密集しており、他の地域にもぱらぱらと点在している。教祖はアジアの小国でも出張演説をおこなったらしく、その写真も掲載されていた。ブログの主は、騙される人が広がり続けていると警鐘を鳴らす。
ブログの主は教団にずぶずぶと嵌まって宗教中心の生活になってしまったようだが、ブログのタイトルのとおり、今は『元信者』つまり脱会に成功している。ここからどうやって抜け出したのかと、俺はブログを読み進めた。
『そんな私を救ってくれたのが、“銀翼の会”でした』
「銀翼の会?」
俺は書かれていたその言葉を声に出した。ブログの主が綴る。
銀翼の会は、邪神・白珠に落としいれられた真の救世主にして絶対神、煌珠様を崇拝する団体だという。煌珠様こそが真の幸福へと導いてくれる。白い自由は空虚の自由であり、真実の自由は銀の翼がもたらす。……だそうだ。
俺は椅子ごとひっくり返りそうになった。
「このブログの主、白き自由の教団から抜け出せたと思ったら、別のカルト宗教に移行しただけかよ」
「救いようがないな」
中原も呆れてため息をついた。
ブログの主は別の宗教に移ったことで一旦は懺悔室に入ったと触れているが、新たなカルトの神に祈っているうちに苦痛は終わり、すぐに解放されて晴れて白き自由の教団を脱会した、と語っていた。
このブログの主は会ったこともない人だが、ギャンブルに嵌まりカルト宗教に嵌まり、抜けたらまた別のカルトに嵌まり、そういう性質の人なのだろうな、と思えてしまった。
このオチに苦笑して、中原はパソコン机から離れた。
「寝るか」
「そうだな」
俺もブログを閉じて、パソコンの電源を落とす。
ハク様は相変わらず、タオルケットに包まれて丸まっている。彼の無防備な寝姿を見ると、複雑な気持ちになった。彼は何者なのか。ブログの主のように、かつて教団の内部にいたのだろうか。それとも全く別の関わり方をしていたのだろうか。
中原が真剣な声で言った。
「ハク様を疑うようなことを言ったのは俺だけどさ。ハク様は、必死にはぐらかしてまで、加藤に見捨てられたくないんじゃないか。さっきのブログの人みたいに、人に言えないようなことをして、後悔して……ゼロからやり直したい、とかさ」
自分のことを全く知らない人についていき、人間関係を一から作る。ハク様は今、その段階に立っているのかもと、中原は言う。
「だったら、ハク様を信じてやれるのって、加藤と俺くらいしかいないのかもしれないぞ」
中原は寝室に向かいながらそう言って、扉の前で振り向いた。可笑しそうにニッと笑って、付け足す。
「なんて、そんな事情もクソもなく、本当に神様だったりして?」
「そんなわけあるかよ」
「あはは。でもそうだったらいちばん面白いよな。ハク様の話って作り話にしても出来がいいし、それに妙に達観してて神目線っぽい話し方するときあるし。いやあ、本当に神様だったらなあ。協力者の俺は白珠様に徳を積んでるわけだから、なんかいいこと起こんねえかな」
後半は普段どおりの冗談だらけの中原らしく言い、彼は寝室の扉の向こうに消えた。




