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事情を知った中原が、ふむと顎を撫でる。
「まあとりあえず、今夜はここに泊まってけ」
「ありがとう。でも彼女さんに悪いし、これ以上、中原を巻き込みたくない」
俺が恐縮するも、中原はもう決めているみたいだった。
「加藤が誘拐犯なんて似合わない。心配なんだよ。分かるだろ? 面倒見のいい俺が、お前を放っておけないの」
中原は腕を組み、真剣な顔で続けた。
「お人よしで真面目な加藤に、誘拐なんてできるわけがない。悪いことするのが下手そう。やるなら俺か横内だろ。だから俺を頼れ。っていうか、そんな面白そうなことしてるなら俺も仲間に入れろ!」
真顔のまま、口調だけ冗談っぽくなっていく。
「協力者としてやれるだけやってやる。だから、三億円を手に入れた暁には、一割俺にくれ」
「一割……三千万?」
俺が言うと、中原は急にごにょごにょと声のトーンを落とした。
「ほら……俺、今、ヒモ男状態だろ。就職活動も上手く行かなくて、いろいろとまずい状況でな。まとまった金が欲しいんだ、俺も」
「切実な事情だな。でもこんなことに自ら首を突っ込んだら、それこそ彼女さんに愛想つかされないか?」
「ともかく、決まりだ。俺を頼れ。以上」
中原が強引に決定した。やけに優しく協力的だと思ったら、金が目的だったか。でも中原のことだから、俺を心配しているのも本当なのだと分かる。仕事でもプライベートでも、俺は中原にたくさん支えてもらってきた。これからも、世話になる。
「分かった。ありがとう、中原」
「よっしゃ。頼むぞ、三千万」
中原が拳を握ってガッツポーズをとった。できれば巻き込みたくはなかったが、味方が増えたのは嬉しい。
中原はご機嫌で立ち上がった。
「そんじゃ、泊まってくついでに飯作るの手伝ってくれ」
それを音頭にハク様も顔を明るくする。
「はーい! 俺、肉まん作りたーい!」
「肉まん!? うち、蒸篭はないぞ」
ふたりの弾んだ声が、キッチンに向かっていく。結構絶望的な状況のはずなのに、彼らの楽しげな様子を見ていると、まあなんとかなるかな、なんて気がしてきてしまう。俺も麦茶を飲み干して、キッチンに向かった。
*
その夜、中原宅のリビングのソファを寝床に貰った。風呂から出たら、ハク様がすでに床で寝ていた。タオルケットに包まれてぐっすり眠っている。終始元気なハク様でも、体はちゃんと疲れているのだ。まるで、はしゃぎ疲れて電池が切れた子供みたいだ。
電池といえば、俺の携帯の電池も切れてしまっていた。中原が充電器を貸してくれたから助かったが、まだ充電が足りなくて電源が入らない。
俺もハク様みたいに寝てしまおうと、うとうとしはじめたところへ、風呂から上がった中原が扉を開けた。
「お、加藤。まだ起きてたか」
「うん。中原、今日は本当にありがとう。感謝してもしきれない。どうしたら伝わるか……」
「ははは、三千万で伝わるぞ」
「金が理由でもなんでも、味方してもらえて、本当に嬉しい。悪いことしてる自覚あるから、味方なんてつくわけないと思ってたんだよ」
俺が苦笑すると、中原は俺の座るソファに歩み寄り、隣に座った。
「味方、か」
ひとり言みたいに呟いて、彼は床に転がるハク様を見下ろした。
「ハク様は寝ちゃったか。残念。もっと話したかったんだけどな。結局何者なのか、とか」
「それは俺も何度か聞いてるけど、全然口割らないぞ。自称神様の一点張り」
俺はため息とともに、窓に顔を向けた。カーテンの隙間に細く、外の夜の闇が覗いている。
「教えてくれないから想像するしかないんだけどさ。なんか、すごく過酷な状況の人かもしれない、っていうのは考えた。所持品はご神体の石のみ、名前すら言わない」
俺の家に戻れなくても、ハク様に家があるならそこを拠点にできる。でもその提案すらないのだから、恐らく、拠点もない。
「複雑な事情があるんだろうな。赤の他人の俺に、こんなことさせるくらいには」
平凡な俺には想像を絶するようななにかが、ハク様の身に降りかかったのかもしれない。そんなふうに思えてからは、もうあまりハク様に、この件を聞かないようにしていた。
中原がソファの背もたれに寄りかかった。
「事情ねえ。そうだな、なんかワケアリだろうな。すっげえ悪いことした、っていう可能性も含めて」
「悪いこと?」
「そう。人を殺して逃走中とか、あるいは脱獄中とか。それなら所持品がなくて自宅にも戻れないのも説明がつく。本名を聞いたら、ニュースで報道されてるような凶悪犯だったりして」
中原が素っ気ない口調で言う。俺はひゅっと血の気が引いた。ハク様の正体が凶悪犯。悪事に慣れた犯罪者なら、ご神体を窃盗したり、俺のような思考の甘い奴に漬け込んで騙したりも、できるかもしれない。
強ばる俺の顔を、中原が横目で一瞥した。
「三億でお前を釣って、利用するだけ利用して、一銭も出さずにポイ。加藤に罪だけ着せて、自分は金を持って逃げるつもりかもしれない。『味方』なんて、局面次第で変わるものだ」
中原の仮説は、目から鱗だった。その可能性は、全く考えていなかった。途端に、ぶわっと焦りがこみ上げる。
「そっか、そういうこともありうるのか。ごめん中原、やばい奴を家に連れてきちゃったかも」
「あはは、加藤はお人好しだから、こんな発想なかったよな。気にすんな、家に上げたのは俺だよ」
中原は悠長に笑って見せたが、俺は自分の思慮の浅さに腹が立った。ハク様の勢いに押し負けて、悪事と分かっていながら神様誘拐に関わり、その上中原まで巻き込んでしまった。自分でちゃんと考えず、流れに流されてしまった結果がこれだ。
「ハク様、何者なんだろう。教団に詳しいから関係者っぽくはあるけど、信者ではなさそう。誘拐の目的は『信者の信仰心を確かめる』らしいけど、中原の仮説が正しければ、それもブラフかもしれない」
「『信仰心を確かめる』なんて意味不明な理由のために、こんなリスキーな事件を起こすか? やっぱおかしいんだよな、本当に神様でもない限り、そんなどうでもいいことのためにここまでしないだろ」
中原は首に引っ掛けたタオルの両端を握り、まばたきをした。
「とはいえハク様が教団に異様に詳しいのは間違いない。なんらか関係があるのは確かだ。教団について、もうちょい調べられねえかな」
「そうだな。さっきハク様、教団が警察に警戒されてるみたいなこと言ってたし、なんか犯罪絡みの関係性とか、見えてくるかも」
ハク様からは教祖や奥さんと幹部の話と、祭礼と祝福の件くらいしか聞いていない。教団もハク様も悪事を働いているなら、そこで繋がっている可能性がある。調べようとして癖で携帯を捜し、あ、と呟く。そうだった、携帯は充電中だった。中原がソファを立ち、パソコン机に向かう。
「パソコン使えよ。ハク様起こさないように、そーっとな」
「うん、ありがとう」




