灰の神殿 ― 責と罪の巡環
そこには、名が示すままの――
灰色の神殿があった。
幾つもの選択の果てに、僕はここに立っている。
そのはずなのに――
なぜか、ここへ来ることは最初から決まっていたような気がした。
「レアノール様。その台座へお願いします。
王族がそこに立つことで、門が開きます」
ヴァルディオの言葉は、どこか当然のことのように響いた。
彼は、この儀を見守る者として、何度もこの光景を見てきたのだろう。
いくつもの灰狼の石像が佇んでいる。
その中心に、ひとつの台座があった。
レアノールはヴァルディオの言葉に応じ、神殿の前にあるその台座へと歩み出る。
そして――
静かに、その上に立った。
すると――
重々しい音が響いた。
神殿の大扉が、静かに開いていく。
その奥から、灰のようなものが風に乗り、ゆっくりと外へ流れ出してきた。
灰が頬に触れる。
漠然とした何かを、微かに感じた。
罪と責。
言葉にならない感情の残滓が、灰となって漂っているようだった。
「では、入ります。人選は私が行います」
ヴァルディオの声が、神殿の前に静かに響いた。
「王女は当然として……そうですね。
儀を妨げようとする野盗どもが現れる可能性もあります。神殿の前の守りも、しっかり固めねばなりません」
どこか――
彼の声は芝居がかったように聞こえた。
気のせいだろうか。
「そうですね。多少の魔物はいるでしょうが、神殿の中はそれほど危険ではありません。
戦力的には――私がいれば十分でしょう。
そこの、ヴァン・クライフさん。それと、シアナ・アルヴェインさん。お願いします。王女とも、懇意のようですし」
――この男は、全てを知っている。
僕たちが王女の願いで、あのオアシスの村の高台へ登ったことも。
「そして――アーシェさん。貴方もお願いします。貴方には興味があります。同じ師に教えを受けた者として」
ヴァルディオは、静かに僕の目を見た。
その灰色の瞳は――
どこか冷たい色をしていた。
僕は小さく頷いた。
「まぁ、これだけいれば十分でしょう」
ヴァルディオの言葉が途切れた、その瞬間。
「エルミナ。お前も王女に同行しろ」
低い声が響いた。
ガイルだった。
姉は、その言葉に目を見開いた。
エルミナが――
動揺する姿など、ほとんど見たことがなかった。
「ガイルさん。神殿の外の守りの方が重要なのですよ?
なんといったでしょうか。あの野盗ども――罪の牙でしたか?彼らも、この儀の妨害を間違いなく狙っているでしょう」
ヴァルディオは、呆れたように肩をすくめた。
「魔導長。この作戦の最高責任者は俺だ。
――俺の決定だ」
ガイルの声が響いた。
ヴァルディオは、わずかに間を置き――
「……まぁ、いいでしょう」
そう呟くように言った。
「やったね、アーシェ。絶対、神殿前で待機組だと思ってた。それに、姉様がいたら安心だし」
シアナは、いつもの調子で楽しそうに笑っていた。
だが――
僕は、このヴァルディオという男に、どこか拭えない違和感を覚えていた。
「では、レアノール様。参りましょう」
ヴァルディオが、神殿の入口へ向けて歩き出した。
神殿の前に残った者たちの視線が、王女へ集まる。
父たちが見守る中――
僕たちは、その中へ足を踏み入れた。
◇
灰が、ゆっくりと宙を舞っていた。
風など吹いていない。
それなのに、灰は静かに漂っている。
広い――
大きな部屋だった。
正面には、二体の灰狼の石像。
その間に、守られるように一つの扉がある。
まるで――
何かを閉じ込めているかのようだった。
「あの扉の向こうが――灰の間です。
ですが、あの扉はこちら側からは開きません」
ヴァルディオは静かに説明を始めた。
この男は、何度もここへ来ているのだろう。
「左右それぞれに道があります」
その言葉に、皆が視線を向けた。
たしかに、部屋の左右には奥へ続く通路が口を開けていた。
「左が責の道。そして、右が罪の道。
まぁ、どちらを選ばれるかは王女次第ですが――
さほど違いはありません」
「なんとなく、罪の方が危なそうだけど」
シアナが僕の耳元で呟いた。
「責から始まる罪もあれば、罪から始まる責もある」
ヴァルディオが、ゆっくりとこちらを見た。
「この二つは――巡っているのです」
シアナは、少し戸惑いながらも頷いた。
その言葉は、どこかこの神殿そのものを説明しているようだった。
「左右の道は、神殿の奥で繋がっています。
道が繋がるその場所に、灰の間の入口があります。
さぁ――レアノール様。罪か責を、お選びください」
その言葉が途切れると、皆の視線がレアノールへ向いた。
だが――
彼女は迷わなかった。
静かに、左を見た。
「責の道を進みます」
その言葉のあと――
彼女の緑の瞳は、まっすぐ中央の扉を見ていた。
灰が、彼女の髪の周りでゆっくりと舞っていた
「責の道ですね。かしこまりました。
では――行きましょう」
ヴァルディオの声が響いた。
そして、前衛のヴァンを先頭に、皆が左の通路へと歩き出した。
王女の咳が、小さく響く。
心なしか――
先ほどより酷くなっているように感じた。
「アーシェ、シアナ。気をつけなさい」
前を歩くエルミナが、静かに声をかけてきた。
「魔導長はああ言っていましたが……
神を祀る神殿は、どこも危険だと聞いています」
僕とシアナは頷いた。
思い返せば――
三人で屋敷の外に出たのは、これが初めてだった。
僕たちは、王女の選んだ道を進み始めた。
灰が静かに漂う――
神殿の奥へと。




