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8話

 ヴィンセントは公園を歩いていた.大きな池の一部は上に足場があり,その下は日陰になっており,魚が隠れている.池の端は砂浜になっており,水深の浅いところで烏の群れがが水浴びをしている.水浴びを終えた個体は近くの木の枝に飛び乗り,羽を乾かしている.

 ヴィンセントが池を眺めながら歩いていると,後ろで爆発音がし,振り返る間もなく前に吹き飛び転がり,木に当たって止まった.

「あれはガーディアンズと…CGか?ちょうどいい.この前の借りを返してやる」

 シェイドは杖の先から無数の光の縄を出し,杖を振り回してダークネスを鞭打つ.右腕で左から右へ杖を振った後,右手を下げて左手で杖の柄を掴んで上げ,左腕を軸にして右腕を動かし縄を右下から左上に上げる.続けて右腕を時計回りに動かし,上から下へ叩きつける.左腕を後ろに引き,左手の指の間に作り出した氷塊をダークネスに投げつける.氷塊は当たった直後に広がり,ダークネスの動きが封じられる.

「……」

 ヴィンセントはそのまま帰路についた.


 事務所であり家が見えてきた.家には明かりがついていないため暗い.

「(ナタリアは友達の家に泊まりに行っている.ダリアはまだ帰ってないのか?誰もいない家というのは物悲しいものだな)」

 ヴィンセントは鍵を開けて横の入り口から入る.正面の入り口は客人用で今は閉まっている.

 ヴィンセントはドアを開けてリビングに入り,左に少し1歩歩き,手探りでスイッチを探し,照明を点けた.一旦洗面台に行き,手洗いうがいをしようと左を向くと,部屋の隅にアキュリスが居た.

「来ちゃった」

 ヴィンセントは後ずさりする.

「な,何をしに来たんだ?」

「ヴィンスに苦しみを与えるために」

「何だと?」

「友達に聞いたの.本人よりも仲間が傷つくほうが苦しむ人もいるって.ヴィンスはそうなのかな?」

「まさか!」

 アキュリスは右の人差し指を顔の高さに持ってきた後,ソファを指差す.ソファにはダリアが倒れていた.髪は乱れ,腕に痣が見える.

「大丈夫か?」

 ヴィンセントはダリアの上半身を起こして髪を掻き分けて顔を見る.ダリアは眠っている.痣に触れると苦痛で顔を顰める.

「ヴィンスのせいで彼女は傷つくよ.ヴィンスのせいで」

「……」

「この人綺麗だよね.輝く金色の髪とシルクのような肌,豊満で柔らかくて温かい体…」

「ダリアが何をしたって言うんだ」

「ヴィンスの大切な仲間だったから」

「嫉妬で,こんな…」

「嫉妬?何か勘違いしていない?さっきも言ったとおり,私はヴィンスに苦しんで貰うために…その人を苦しめた.それだけのことじゃない.」

 ヴィンセントは今になって意味を理解し,体の内から汗が噴出すような感覚に陥り,つばを飲む.

「でも,お陰でその,ダリアだっけ?彼女も私と同じような思いを味わうことができた.体験で理解できたのなら親友になれるかも」

「何を…皮肉のつもりか?」

「どうしてそんな穿った捉え方をするのさ.本心だよ.私は本当に友達になれると思って…」

 ヴィンセントはアキュリスに近づき,ビンタする.その手は震えている.アキュリスは驚いた顔をして下を向いて手の甲で口元を抑える.

「…うれしい…うれしいよヴィンス」

「……」

「手が触れた瞬間に伝わる温もり,体の芯に突き刺さる傷み,ジンジン来るよ…フフ…」

「お前は一体誰なんだ?俺に用があるんだろう?」

「つれないね…ハァ…本当はあなたから名前を呼ばれたかった.アキュリスはコードネーム.私の本当の名前はライラ,ライラ・ゼオドール,思い出してくれたかな?」

「ライラ…お前が,あのライラだと」

「そうだよ.思い出してよヴィンス」


 ヴィンセントは15年ほど前を思い出した.当時はまだ10歳未満.

 石造りの神殿があり,その周囲は常緑低木で囲まれていた.神殿は寂れて手入れもしていないが,丈夫な作りと周囲の木によって風雨から守られ,姿を留めていた.木々は所狭しと伸び,鬱蒼とした小さな森を作っていた.

「待て!」

 ヴィンセントはライラを連れ去ろうとするオッサンにとび蹴りをする.オッサンが怯んだ隙にライラの手を引いて逃げる.

「大丈夫だったか?」

 ライラは黙って首を縦に振る.

「危なっかしいから離れるなよ」

 ライラはヴィンセントの服の裾を掴んで後について行く.ヴィンセントの両親と合流して,ベンチでお茶を飲む.母親はお菓子の箱を開ける.ヴィンセントはその中からライラに何を渡そうか尋ねる.

「ライラ,好きなものは何?」

「ヴィンスは何が好き?」

「ん?僕はこれ」

 ヴィンセントは薄味のクッキーを取り出した.

「私も好き.あはは…同じ物が好きっていいね」


「(思い返してみると変だな.同じ物が好きというのはこれの前にも後にも何度か聞いた気がする.本当に好きだったんだろうか…)」

 次に10年前を思い出す.

 部屋には世界地図があり,ヴィンセントはライラの前で指差しながら話している.

「我らが島国は貿易できなければ成り立たない.大陸側に同盟国を作り,隣の大国との間の緩衝地帯とすると同時に,海上の安全を確保する必要がある.海の反対側の同盟国は同盟こそしているが,実際は自身の至上の影響力と小国乱立の勢力均衡が狙い.統一した方が自然だが,統一できていない国がある.とはいえ,半島の向こう側とこっち側が1つになって大陸から陸路で繋がるのは,我々の防衛上良くない.ただし,統一してしまえば,わざわざ遠くから買っているものをもっと楽なルートで入手可能になり,わが国の繁栄に大きく寄与する.あの大国はそうさせないために,分断工作を行っている.協調した統一は無理だろう.ならば,力で捻じ伏せるのが最適だ.どちらも相手より下になるなんて思っていない.ならば,力でどちらが上かを示し,諦めさせて1つに纏め上げる!ウィーン体制のような現状では真の力を発揮できない.力のない奴が上で抑えつけ,力のある奴がその割を食らうのは間違っている.馬鹿げた戦争経済でなければ存続できないカスなど必要ない.世界はあるべき姿に向かうべきだ」

「どこから攻める?」

「ん〜,外側から順に攻めるのはもはや時代遅れ.意外性もあった方がいい.中央から星のように外側に広げていく.いくつもの星が流れ,蹂躙する.最優先は長距離ミサイル基地,その次は背後の補給の要衝.こちらからの補給ルートを繋げるために,最初の一撃以降はこちら側に繋がるように狙う」

「それでうまく行くの?」

「やるなら徹底的に新システムに移行しなければならない.頭の固い老人には無理だから若い人が中心となってやるべき.赤いローブを纏った男が味方になれば勝ちは確定する」


「(なぜよりによってその恥ずかしい記憶を思い出す!違う,もう少し後)」

 7年前を思い出す.

「ヴィンス,もう聞いたかもしれないけど…失踪していたお父さんが戻ってきたの」

「それで…?」

「明後日からお父さんとおばあちゃんの3人で暮らすことにする.遠い町に行く.ヴィンスと離れるのは寂しいけど…」

「そうか….なあに,メールすればいい」

「うん…そうだけど……やっぱりさみしい」

「忙しくなればさみしさなんて忘れるさ.居穴ことや苦しいことがあったらすぐに連絡してくれ.すぐに駆けつける」

「ふふ…ありがとう.守ってばかりで悪いね.いつかお返しするよ」

「いつかって?」

「秘密」


「(そうだ.あの時に約束した.最初のうちは,メールのやり取りをしたが,段々減っていった.お互いになれたんだろう.わざわざ今日何をしたかを離すのが面倒になった.そして,ある時から迷惑メールが増えて,登録済みの連絡先や進路や学校の連絡のような重要なメール以外は形式が違うから開かずに捨てた.開いてウィルスが入ったら面倒だから.…もしかしたらライラからのアドレス変更のメールもあったかもしれない.もしかして…)」

「思い…出したって顔だね」

「面影はある,しかし…俺の知っているライラではない」

「成長したからね,いつまでも子供じゃない.私の助けを求める声を無視するヴィンスはとても良かったよ」

「俺を恨んでいるのか?」

「…?どうしてそんなことを言うの…?寧ろ嬉しかったよ.私が苦しみ,唯一の希望であるヴィンスに助けを求めている間はヴィンスのことを一瞬でも忘れることはできなくなる.その永遠の中で私の心はヴィンスと同化できたのだから」

「お前は,間違っている」

 アキュリスはしおらしく頭を垂れる.

「…まあ,そう考える人もいるよね.でも私はそうじゃない.たとえ少数派だとしても,ヴィンスには本当の私を見て欲しいから.上辺の付き合いで結婚しても意味が無い.少なくとも私にとっては」

「(だめだ….話の通じる相手じゃない)今日は帰ってくれライラ」

「嫌よ.これからホテルでディナーを…」

「ならば力ずくで…」

「使い魔?ヴィンスじゃ勝てないよ.あなたは戦いに向いてない.これからは私がずっと,あなたが死ぬまで代わりに戦ってあげるから,ね?引いてよ」

「出て来い,ディヴィ」

「く…仕方ない,出て来い,ガイデ」

 2人は使い魔を呼び出した.

「ここでは戦い辛い」

 ヴィンセントはカードを取り出した.上に掲げる.渦が発生し2人と2体を吸い込んだ.後にはカードが宙に浮かび残る.

「こんなものどこで?」

 アキュリスは周囲を見渡す.ガラス瓶の中に居るように,外の世界が歪んで見える.

「あるルートで手に入れた.使い魔が消えた1体以下にならなければ外には出られない」

「ヴィンスから2人きりにしてくれるなんて…」

「やれ,ディヴィ」

 ディヴィは地面を蹴り,羽ばたき,ガイデ目掛けて右手で貫手を決める.ガイデは外に広げた羽でそれを受け,バネのように曲げてから跳ね返し,2枚目の羽を地面に擦らせながら衝撃波を飛ばす.ディヴィは羽で体を包んで衝撃波を防ぐも,後ろに吹き飛び,羽を開いて立ち止まる.すぐに胸の前で組んだ両腕を後ろに勢い良く開き,重心を前にしつつ上空へ跳ね上がる.ガイデは開いた3枚の羽の先から光線を出して螺旋状に束ねてディヴィ目掛けて飛ばす.その光線ディヴィの両手の平の間に作っていたエネルギー弾ごと体を貫通し,ディヴィの内側から体を徐々に崩し,バッジに戻った.

 天井から吸い上げられ,2人と1体は外に出た.

「私の勝ちね.さ,行きましょう」

 アキュリスはヴィンセントに近づく.

「お困りのようだな探偵さん」

 窓から眼帯をつけた男が飛び込む.

「オーギュスト…」

「オーギュスト?こいつが?」

 オーギュストはポケットから眼帯を取り出し,ヴィンセントに投げる.ヴィンセントはそれを受け取り,目につける.

「ヴィンスをどうするつもり?」

「見れば分かるだろう.俺が相手だ.こっちへ来い,カゴサミ」

 オーギュストは使い魔を呼び出す.

「邪魔.どいて」

「戦おうぜ.その使い魔の羽の奥の本体が気になる」

「見せたらどいてよ」

「俺の使い魔は籠塞御(カゴサミ),裏征(リ・フラット)した真の名は御籠塞閉神(ミカゴサイヘノカミ).そいつも本体が姿を現したときの本当の名前があるんだろ?」

「聞いたことの無いシステムだ.ガイデはガイデ.名前で変化などしない」

「そりゃそうだ.俺の使い魔だけが特別な出で立ちだから」

「なんだこいつ.心底どうでもいい,どかないのなら…やれガイデ」

「そうはいかない」

 カゴサミは照明を破壊する.部屋の中は真っ暗になり,ガイデの光線で明かりをつけた後にはヴィンセントとオーギュスト,ダリアの姿は無かった.

「(眼帯は暗闇に目を慣らす為か…その時間稼ぎを許してしまった)」

 アキュリスは仲間に連絡を取る.

「こちらはアキュリス.今,ヴィンセントの拠点に居る.ヴィンセントは逃がしたけど,有益な情報はあるかもしれないから調べる人を送って欲しい.私は疲れたので帰る」

「分かった.すぐに送ろう.…逃げられたのか」

「フフ…ヴィンスには私から逃げられないということを教えてあげる」

「…では入れ替わりで帰還してくれ.以上」

 アキュリスは周囲を見渡す.ヴィンセントの席の椅子に座り,もたれかかって部屋を眺める.

「逃がしはしないよ,私の愛しい人…」


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