10話
田圃で耕運機が緑肥作物を鋤き込み,土を引っくり返している.その後にはサギが降り立っており,カエルや虫を食べている.田園都市の外側にあるこの地域から防砂林と防風林で覆われた並木道を抜けた先,田園都市の内側に都市部がある.並木道の中は周囲の音が吸い込まれて静けさが漂う.
ジュードとジェシカは歩道を通って並木道に入り,木陰のベンチで一休みする.
「そうだ,ジェシカ」
「ん?」
「まだ皆には言っていないが,パーツ集めの前にSCを先に潰すべきだと思っている.というのもSCと遭遇することが増えてきたので,これでCGとやり合っている間に横から殴られると困る」
「私は異論ないよ.それでどうするの?」
「まずは情報を得ること.情報源だが,彼らの元メンバーであるクリスから得るのが最適だと思う」
「どうして?」
「SCメンバーの使い魔は強いし連携が取れているから情報を引き出す十分な時間を取る困難だ.今は戦いから身を引いているクリスがベスト.情報が古いかもしれないが,本命について調べるための下準備としては全く無駄にはならないだろう.思考パターンや代わりようのない情報があるはず」
「でも古い情報で役立つかな?それにクリスから情報が出たと分かると対策を練られるかもしれない.こちらの狙いが分かって待ち伏せされるかもしれない.最初からメンバーを狙ったほうがいいと思うよ」
「しかしSCについて何人居るのか,ファルシオンたちの背後に控えているのは誰なのかわからない,目的が何かということすら知らない.いきなり短時間で多くを考えるのは難しいから考える時間も欲しい.だとすると同じことじゃないか?」
「確かにそうね…」
「さて,次にSCに会ったときにはクリスの情報をそれとなく引き出そう.探すのは探偵に任せてもいい」
烏がジュードの前に下りてくる.
「…なるほど,この周辺にはCGはいない.ご苦労コバルト,休んでいてくれ」
コバルトは木の陰に隠れた後にバッジに戻る.
「すぐに帰ろう.エルサが心配だ」
2人は立ち上げってエルサ達の居る家への帰路に着く.
ジェシカは並木道に紅茶の缶が転がっているのに気付いた.
「これは?」
「どうやらあの人のものみたいだ」
車椅子の女性が体を屈めて地面に落ちた缶を拾い上げようと手を伸ばしている.ジュードはそれを拾い上げて渡す.
「どうぞ」
「ありがとうございます.この紙袋に穴が開いてしまって…」
「どうぞ」
ジェシカがさっき拾った缶を渡す.
「ありがとう.助かったわ」
「では私達はこれで」
「待って.お礼をしたいの,お茶とお菓子を出すから家に来てくださらない?ここから3分くらいで着くところにある」
「お気持ちだけ受け取ります.急いでいますので」
「あら,ちょうど新しい夏摘みのダージリンがあるのに」
女性は缶を見せた.
「いいですね.行きましょう」
「えっ?」
ジュードとジェシカは女性についていき,エレベーターで昇ってアパートの一室に着いた.女性は支え棒と装置を使い,玄関で室内用の車椅子に乗り換える.ジュードとジェシカは靴を脱いでスリッパに履き替えて部屋に入る.
「紹介が遅れました.私の名前はフィリー」
「僕はジュリウス,そして妹のジェミー」
前回と同じ偽名である.
「あら,兄妹だったの?よろしくね.お茶を淹れてくるので少し待っていてくださいね」
「手伝いましょうか?」
「いえ,1人でできます」
フィリーは台所へ入って行った.ジュードとジェシカは周囲を見渡す.コートかけには男性用の服もあり,2人で暮らしているらしい様子が見える.
「洒落た服だな.花柄の男物の服か」
「私はああいう細身の服よりも肩幅のしっかりした服の方がいいと思うけどね」
「そうなのか?まあ,細いと軟い印象を受けるからな」
2人は引き続き周りを見渡す.
「変だね.写真がない」
「変じゃないさ.俺だって写真あんまり好きじゃない」
「どうして?」
「記憶や絵であれば印象というものがあるが,写真はどこに照準を合わせているのか分かり辛い.まあ上手い人はそうじゃないけど.それに面倒だし興が冷めるし…」
「良くわかんないや.まあとにかく別段珍しいことでもない訳ね」
「多分」
「はいお待たせ」
フィリーがお盆を持って来た.暖められたスコーン,ティーポットとカップがある.フィリーはスコーンを配った後に紅茶をカップに注ぐ.
「さあどうぞ」
「では頂きます」
ジュードたちは紅茶を飲む.
「うん,いいですね.僕は夏摘みのが一番好きなんですよ」
「そうですか.私はどれが一番というのは無いかな….どれもおいしいけど,同じのばかりだと飽きるって感じ」
「ああ,それはありますね.でもどちらかというとフレーバーティー全般はワンランク下がるかな」
「それはどうして?」
「余計な感じがしますね.澄み切ってないというか….刺身で食べられる味じゃないから煮るみたいな,そんな葉を使っているんじゃないかと邪推してしまいます.しかし,その力強い風味が欲しいときにはフレーバーを飲みます」
「へえ,随分と繊細な舌をお持ちのようですね.あ,私の淹れ方間違ってません?」
「何が正解か分からないです.苦味が出る前に切るべきか,旨みが多く出るまで待つべきか,両方を楽しむか,ジャンピングは効果が有るのか無いのか試しても良く分かりません.まあ,説明書に書いてある時間でいいんじゃないですか?」
「普段はどうされてます?」
「沸いたお湯をすぐに耐熱ガラス横に広いティーポットに注いで,ああ茶葉はあらかじめ淹れておきますよ,注ぐときは中央に注いでお湯がドーナツ状にグルグル回るようにします.それで,勘でもうそろそろいいかなと思ったら,茶漉しで別の容器に移します.その後にカップに注いで飲みます」
「そっちの方がおいしいですか?」
「さあ,比較したのは随分昔で忘れてしまいました.しかし今やっているということはその方がいいのかも…,いや苦くなる前に取り出しておこうという考えから始めたわけだからどちらがいいかは分かりません」
「今度試してみますね.横に広いポットか…」
「ごめんジェミー,2人だけで話していたから退屈だったろ」
「別に.お兄ちゃんたちの話を聞いているだけでもいいよ.内容はイマイチピンと来ないけど,楽しそうな雰囲気は好き」
「でも関れないと辛くない?」
「そうでもないけど…,お姉さんはそうなの?」
「そうね…,仲間外れは嫌じゃない.怪我で身を引くともう関れない」
「怪我?その足ですか?」
「ええ,今はリハビリ中.人通りの少ない所で腱を切られて….彼氏が偶然見つけてくれてすぐに対処したから生きているけど,誰にも発見されなかったらと思うと怖いね…」
「すみません,変なことを聞いてしまって」
「いいのよ,変に気を遣わせってしまってごめんなさいね.もっと気を楽にしていいのよ」
「…(とはいえ,どうやって話題を変えよう)」
「彼氏はどんな人ですか?」
「かっこよくてやさしくて,ちょっと変わっているけどこだわりとプライドがある人」
「うーん,ふわふわしていて良く分からない」
「彼は昔いた組織の仲間で,彼の方が後から入って来たんだった.私は怪我して辞めたけど,彼はまだそこで働いているよ.彼には幸せを教えて貰った.私はその組織の前には,軍閥の1つに所属してたんだけどね,有力者の血縁関係や師弟関係にある人を王にして祖国の混乱を鎮めようという組織.…まあ色々あって,私は傷を負っただけで何も残らなかった.思い返せば,私は物足りなかったんだと思う.何もしないのは悪い気がして,何か動いていられる理由が欲しくて….悩まなくていいように動いていたくて….でも彼に会って気づくことにできた,足りなかったのは愛.それに気付く代償は決して小さくなかったけどね」
フィリーは一息ついて紅茶を飲み,話を続ける.
「そんなわけで,こんな負の塊のような私に深く関ろうとする人は居なかった,彼を除いて.私は組織の雑用係として勤め,よく走り回っていた.あ,掃除しながら意味も無く走るなんてことはしてないよ.走るというか動き回るのが好き.でも,ある時病気になって休んだ.そのときは彼が看病してくれた.動けない私なんて存在価値がないように思えて自暴自棄になって八つ当たりした.彼は受け止めてくれた,私の全てを.そうしたら毒気が抜けたようになって私は新しい私として生まれ変わることができた」
「……」
「ああ,話がそれてしまったかな?とにかく優しいのが伝わったかな?ああ,あと表情を良く見ていて,彼には本心が分かってしまう.何も聞かずに慰めてくれる.かっこいいのは見れば分かるから…,ああでも写真は嫌がるから….こだわりとプライドの話がまだね.彼は食器や家具,服にこだわるところがある.芸術的かどうかについて細かい.私には大差ないように思えるけど,情報量が違うのねきっと」
玄関の鍵を開ける音がして,誰かが部屋に入ってきた.
「ただいまフィリー,誰か来ているの…か…」
「お前は…」
「フィリー,彼らがなぜここにいる?」
「困っていたところを助けてもらって,そのお礼にお茶を出したんだけど…」
「そうなのか.俺の知り合いなんだ.君たち,ちょっと向こうで話がしたいから来てくれ」
「クッキー焼いて待っているから後で来てね」
ジュードとジェシカは男について行き,屋上に上った.
「そうか,ここがお前の家だったのかフォチャード」
「まさか嫁が敵とお茶を飲んでいるとは….彼女には手を出すな,そしてすぐに帰れ.見逃してやる」
「聞きたいことがある.彼女は活動的な人だ.しかし,足を痛めて以前ほど自由に動けないように思う.話し相手を求めているようにも思えた」
「だから何だと言うんだ?俺では彼女の相談役になれないと言いたいのか?」
「違う,ただ…(もしかしてフィリーに伝えていないが,犯人のことを知っているのかもしれない.彼女がショックを受けないように心の中にしまっているんじゃないか?)」
「どうした?」
「フォチャード,お前,彼女の足を傷つけた犯人を知らないか?」
「…さあね,知らん」
「(目をそらした?フィリーのことで煽れば引き出せるか?)しかし間抜けな奴だな.隙だらけだからβの力を与えられなかったのか?」
「あいつを馬鹿にすることは許さん!それに隙だらけじゃない,元々兵士だったから隙はほとんどない.そのせいで中々チャンスを伺えず困ったものさ」
「ガード固いのか,よく落とせたものだな」
「あなたが彼女の足を…」
「(いや,そっちの意味じゃないだろうジェシカ)」
「俺としたことが…バレては仕方が無い.お前達を生かして返すわけには行かなくなった.出て来いフェニー」
フォチャードの手の平から使い魔が飛び出す.
「来いシェイド」
「ウィン,出てきて」
ジュードとジェシカも使い魔を呼び出す.
「(今日のフォチャードは知能が下がってないか)」
フェニーは空高く舞い上がり,太陽を背にして羽ばたきと共に8つの火球を飛ばす.火球は弧を描いてシェイドとウィンの側面から襲い掛かる.シェイドは杖に水を纏わせ,右腕を上に挙げて杖の先を振り回し周囲の火球を消す.フェニーはシェイドの中心部目掛けて急降下しつつ突進する.遠心力の影響で杖を引き戻すのが遅れたシェイドに直撃し,屋上から放り出される.ウィンは翼を広げて魔力を集めてフェニー目掛けて発射する.フェニーは空中で回転を掛け,ジグザグに飛び,羽を畳んで砲弾のようになってウィンに衝突する.ウィンは空に打ち上げられ,フェニーは羽を広げて飛び上がる.フェニーの目の前に氷の網が投げられる,網はフェニーに接触後,立方体を作るように変形する.フェニーは炎の力を強めて網を溶かす.その隙にウィンとシェイドは死角に入った.できた影から見つけ出したフェニーはシェイドを狙う.ダメージが多きく連撃を避けきれないシェイドのサポートのためウィンがフェニーに攻撃して隙を作らせる.
「ハハハ!お前達の使い魔では俺たちには勝てない.これで終わりだ!」
「フォチャード,なぜ彼女の腱を切った.逃げられないようにするためか?」
「逃げられないように…?ああ,そんなこともできたか.だが違うね」
「何?」
「フィリーは笑顔を絶やさない.どんなに苦しんだとしても,仲間の前では笑ってみせる.本当は辛いのに….仲間を心配させまいという強い意思.とてもいじらしくて可愛い.その顔を見られるのだからしょうがないじゃないか.ある時,ふと元気に走り回っていた頃を思い出して悲しみに沈んでも,俺達の前では気丈に振舞う.その顔には光があり,瞳の奥には闇がある.その絶妙なバランスから作り出される崇高の美がそこにあるんだ!」
「分かったそれ以上喋るな」
「どの道お前達はすぐに死ぬ.俺がスッキリするから聞け」
「弱っているフィリーもかわいい.自暴自棄になっているのは勘弁願うが,自信をなくして縮こまった姿には嗜虐心のような庇護欲のような良く分からない気分にさせる.それもとても心地いいのだ.もっと俺に頼ってくれていいんだ.俺なりの愛を以って還してあげるんだ」
「フォチャード,後ろ見た方がいいんじゃない?」
「ん?」
フォチャードが振り向くとフィリーが居た.
「い,いつからそこに…」
「さっき前の残りのクッキーあるのを思い出して,呼びに来ようとして…」
「いつからと聞いているんだ」
「あの魔術師みたいな使い魔が吹っ飛んだ時あたりから…」
「なんだと…」
「今だシェイド!やれ!」
フェニーが主人の異変に気付いて戸惑った瞬間にシェイドは杖の先から氷の矢を放ち,フェニーをしとめた.フェニーはフォチャードの手のひらに戻る.
「戻れシェイド」
「ウィンもお疲れさま」
2人は使い魔を戻した.
「う…,うう….謝っても許されないだろう.好きにしてくれ」
フォチャードは膝を地に着け,頭を垂れる.
「(知られたくなかったこの気持ちを.知ったら俺のことを嫌いになって離れてしまいそうで…)」
「頭を上げてヨハン.許すよ.これでおあいこじゃない.私達はこれでさらに一歩深く踏み込めたのだから全くの無意味だったわけじゃない」
「おあいこ?」
ジュードが口を挟む.
「….あまりに優しいから,どうやったら蔑む目で見てくれるのか気になってスープに失明する毒を入れたことがあるの.彼はいい舌を持っているから毒に気付いて吐き出した.その時,彼は私を許してくれた.今の話を聞く限りじゃ,ひょっとして自責の念で,許してくれたのかもしれない」
「違う.フィリーが分かってくれる人で,悪いのは俺だったから…」
「…….来て」
フィリーは手でヨハンを誘う.
「ね,ヨハン.あなたほどよく見てくれる人はいない.いつかこの恩を返せる日が来ると信じている.あなたは私にとって大切な人.あなたの隣に居させて」
「俺の方こそ.すまなかった.よろしく頼む」
ジュードとジェシカはその場を離れようとする.
「借りを作ってしまったなガーディアンズ.いつかこの借りを返す」
「さようなら,またイザコザが終わったら会いましょう」
ジュードとジェシカは帰宅した.
ジュードとジェシカは家に帰った.
「ふう…疲れた」
「さて,2人の体調はどうかな」
ジュードとジェシカはリビングに入る.半目のマイがパジャマで椅子に座っている.
「マイ,具合はどうだ?」
「私は大丈夫.ずっと寝ていてお腹が空いたのでヴィヴィにご飯作ってもらっているところ」
「そうか,強い負担を掛けないようにな」
2人はエルサの部屋に行く.エルサは起きてベッドに座ったまま漫画を読んでいる.髪の毛が数本顔に垂れている.
「エルサ,元気か?」
「ジュード,ジェシカ….良かった…」
「どうした?怖い夢でも見たか?」
「そんな感じかな?…多分.覚えてない」
「何か飲み物持ってこようか?」
ジェシカはエルサのベッド横の水のボトルが空であることに気付いて尋ねる.
「後でいいよ.ジェシカ,ちょっと来て」
エルサは足をベッドから下ろし,両腕を広げる.ジェシカは戸惑ってキョロキョロする.
「いいのよ」
ジェシカがエルサに近づくと,エルサは両腕でジェシカを囲い込み,ぎゅっと抱きしめる.ジェシカの顔を胸で受け止め,右腕で後頭部を優しくポンポンとする.
「ふふふ,ジェシカの匂いだ.ここは夢じゃない」
同時にジェシカはエルサの胸の寝汗からエルサが強烈なストレスを受けていた様子を読み取る.
「うん,元気をいっぱい貰ったよ,ありがとねジェシカ」
「どういたしまして.じゃ,水取ってくるね」
ジェシカは足早に部屋から出て行った.
「ふふ,恥ずかしがり屋さんね」
「ジェシカは年頃なんだから,からかっちゃだめだよ」
「そんなつもりは無かったんだけどね,撫でちゃ駄目なの?」
「人前ではね.ジェシカは俺やエルサのようにターニングポイントを超えたわけじゃない」
「そうね….気をつけるよ.ところでジュード,疲れてそうだけど大丈夫?」
「少し寝る.夕食になったら起こしてくれ」
「ここで寝てていいよ.私はもう目が覚めて眠れないから,私は椅子で本読んでるから」
「…じゃあそうさせてもらう」
ジュードはベッドで眠りに就き,ジェシカは本を本棚から抜いて机の上に置いて眠る男を見守った.




