第一章 はためくリネン(2)
「さてシズク、昨夜の続きだ。我々も道理というものは弁えているつもりだ。その診療所とやらを形にするには、何をし、何を準備すればよい?」
「……そうですね……リテアさん、私も記録しておきたいので、予備のペンと紙をお借りしても?」
リテアが斜めがけしている鞄から予備のペン、紙、携帯インク壺をシズクへ渡す。
「リテアさん、ありがとうございます、お借りしますね。オーダさんはどのような規模の治療体制をご希望ですか。私一人ではせいぜい五床……五人分しか見られないと思いますが……」
「それは昼夜通しての数とみなしてよいか?」
「そうですね……私の代わりとなる人や医療の心得がある方がいれば話は変わるのですが……」
「リテア、村はずれの森に住んでいる、薬草摘みのクロ婆さんがいるだろう。そのうちシズクと行くと良い。協力を仰げるかもしれん。クロ婆さんの助力があって、私とリテアも手伝うとすれば、看られそうなのは何人になる?」
「……難しいですね。それでも十人といったところでしょうか……」
「構わん。教会のように無造作にではなく、病人を一箇所で看る仕組みそのものは効率がよさそうだな。どこか場所の指定はあるか?」
「できるだけ集落から離れて……風通しが良く、清潔な水がある高台がいいと思います」
「オーダ様、私には上の村外れに一箇所心当たりがあります」
「ふむ。では上の村に建てるとしよう。他に希望はあるか」
「たぶん無茶なお願いになると思うのですが、井戸も欲しいです。流れる水より衛生的なことが多いのではと……」
「わかった。あちこちの村の男手に頼むとしよう」
ヴィルは何かを考えながら言葉を継ぐ。
「今が農閑期で良うございました。日当をはずめばひと月で掘れると思いますが、井戸は掘れば出るというものではございません。これは賭けに近い部類のものです」
「だ、そうだ。他には何が必要だ?」
「布が欲しいです」
「布? この領は毛織物が名産でな。毛織物なら沢山工面できるぞ」
「毛織物って今私が着ているこのゴワゴワした布のことですか。これじゃなくて、ええとなんていったっけな……さっきも教会で顔に当てたような布です。できれば真っ白な。もちろん毛織物の毛布も沢山」
「亜麻と木綿だと!? いささか私財に自信がある私でも木綿は直ぐには用意できん。最も早くともひと月は頂く。木綿はこの領内では育たんのだ。紡ぐ術もない。行商人に頼るしかない」
「わかりました。ではなるべく早く調達をお願いいたします。亜麻はいかがですか?」
「真っ白とは言いかねるが、それなりに備蓄はある。……しかたない領館の蔵が寂しくなるが用意しよう。おいヴィル、このシズク、とんでもなく金がかかるぞ」
「シズクさん、他にも必要なものはありませんか。先ほどの様にお湯を沸かしたりするのでは?」
「!そうです。ありがとうございます、リテアさん。大きなお鍋と硝子瓶、沢山の薪が欲しいです」
「薪? 薪は今の時期、命に関わる大事な資源だ。そして薪は木を切り倒して、割れば直ぐ使えるというものではないのだぞ」
「横から失礼いたします。領内全ての家から一抱えずつ買い上げる、という形は如何ですか?」
「一抱えなら家々から不満もでない落とし所だな。男手を集めるついでに触れを村へ回そう。対価はヴィルがよしなに決めてくれ。それで、鍋はどれくらいのものが必要だ?」
「そうですね。百人分の粥が炊けるくらい、このお屋敷の台所にあった水瓶くらいに大きいのを一つお願いします。すぐ用意できますか?」
「とんでもない。村の鍛冶場に頼むことになるが、これもたっぷり半月からひと月はいただくことになる。あとでリテアに案内して貰って、直接姿形を依頼するといい」
オーダは顎の無精髭を触りながら続ける。
「硝子瓶か……あるにはあるが、数も形も揃わんぞ。追加で手に入れるなら、行商人に前金を握らせて――これもひと月だ。割れずに届けば、な」
ヴィルが割り込んでくる。
「硝子瓶は通りすがる行商人へ随時発注を行うことにいたしますが、数はお約束できませぬ。そのおつもりで」
「ありがとうございます。手元のメモで再確認させてください。リテアさんの手元と照会したいです」
シズクはそういうと、メモを見ながら読み上げる。
・診療所…ひと月
・井戸…ひと月(保証薄い)
・硝子瓶…ひと月(保証薄い)
・木綿布…ひと月
・亜麻布…蔵から放出
・大鍋…発注して半月からひと月
・薪…領内の皆さんから一抱えずつ
オーダは二人が照会しているのを横目に大きな溜め息をついた、引き受けたものの、蓄財を相当に切り崩す必要がありそうだ。ヴィルはいつの間にか帳簿を持ち出して何やら書き込み始めた。
「シズクよ、病の流行が次か新月その次の新月だとするとあまり時間がない」
ヴィルは帳簿に何かを書きながら付け足す。
「シズク様、何か漏れているものはございませんか? 今は時間が最も大切だと考えられますので……」
「……あっ。大事な物が漏れていました。洗濯桶を三~四個お願いします。子どもが水浴びできるくらい大きなのを」
シズクはこれが最後の依頼でいいのかと自問自答した。重圧で胸が締め付けられる。
「むう……これも村の木工屋に依頼しよう。もうこれで終わりか?」
「今のところこれで全部……だと思います。無理を言ってすみません」
「本当に無理を言ってくれる。ただ引き受けた以上全力で応えよう。これから忙しくなるな……」
「私は行商人を捕まえて木綿と硝子瓶の発注と、各村へ出す触れの下書きをいたしましょう。もちろん木工屋への依頼も忘れてはおりません」
ヴィルのモノクルが光を帯びた気がした。
「私たちは鍛冶場へ参りましょう。お鍋といっても色んな形がありますからね」
リテアはシズクへ微笑みながら語りかける。
シズクはとんでもないことを始めて、それがもう後戻りできないことなのだと改めて気づかされた。
——数日後——
村はずれの森の中をシズクとリテアがおっかなびっくり歩いている。
「リテアさん、その『クロ婆さん』て所はまだまだなんですか?」
「……過去のリテアの記録によればそろそろ……この辺のはずです」
森の中、大きな常緑樹を柱に見立てた、絵本で見た魔女のような小屋。シズクの第一印象がそれだった。
「おやまあ、見た目病気でもなさそうな娘っこが二人もきたよ。誰かの使いかえ?」
クロ婆とおぼしき人物は小屋の軒下で何かを煎じているのか、ツンとくる匂いが周辺に漂う。リテアは身じろぎしている。シズクにとっては前いた世界のおばあちゃんの匂いであり、実習先の病棟でも嗅いだことのあるどこか懐かしい文明の匂いだ。
「こんにちは、はじめまして。私、シズクと言います。そのお薬、もしかして腰や膝に塗るものではありませんか」
サリチル酸メチル。湿布薬の成分として匂いのほうが有名な薬品。この老婆はそれを抽出していたところだった。
「おや、良く分かったねぇ。見たところ若いのにこれは驚いた。そうだよ、これはむしった緑葉を潰して、水に浸けて煮出した湯気からほんのすこし取れる精油でね。アタシの腰痛によく効くのさァ。で、ご領主さまの付き人まであわせて、この老いぼれになんの用だい」
「はい、下の村で例の流行病が出ました」
鍋をかき混ぜるクロ婆の手が止まる。シズクが続ける。
「私たちの見立てでは次の新月頃には領内で大流行する、と出ています。もちろん思い過ごしであればよいのですが」
「あの坊やがそう言うのなら、おそらくそれは当たるだろうよ。けれどあんたらは教団のやり方に縋るしかないだろう。違うかい?」
「今回の流行はオーダさんが少しでも食い止めたいと思う一心で、色々備えようとしています。我々がこちらへお邪魔したのもそのためです」
「オーダからこれを言付かってきました。『よろしく頼む』と」
「ヒヒッ、これはこれは強いお酒じゃないか。あの坊やも上手くなったもんだねェ。で、何が望みだい」
「はい、私のいたせか……領内の野草の知識がこの領内では通用しないので、お婆さんのお知恵をお借りしたいのです」
「……なるほど。あの病が流行ると、坊主どもの目を盗んでアタシのところにやってくる領民は多くてね。流行の途中で薬草が尽きていたんだよ。……あんたら、泥にまみれて地面をはいずり回る覚悟はあるかい?」
「……はい」
二人は声を揃えて答える。
「……わかった。『関節薬』の抽出も終わったことだし、早速二人にはとってきて貰いたい物がある。『熱冷まし』と『咳止め』に効果のある草と葉と根が幾つかある。それを集めてくるんだよ。干したものがウチの中にあるから今から説明したげよう。そうだそうだ『絶対に触ってはいけない草』もあるからね、ヒヒッ」
——その日の夕暮れ——
「ダメですね。これ以上暗くなると識別できませんし、森の中で迷子になってしまいます」
「そうですね、リテアさん。お婆さんのところに戻りましょう」
二人は足下に気をつけながらクロ婆の小屋へと急ぐ。
「ただいま戻りました」
それぞれ背負い籠に相当の草葉と根が入っており、二人の手と膝は泥だらけだ。
「ヒヒッ、若いねェ。こんなに沢山採ってくるとは……」
それぞれ集めてきた草、葉、根を仕分ける。全く関係ない草もいくつか混じっているため、クロ婆は選別しながら数えていく。
「草が五束、葉が百枚、根が三本。初めてにしちゃあ上出来だ」
「あの……これだけの薬草でどれくらいの人を助けられる量になりますか」
「……そうだねぇ。これから乾かして潰して煎じたりするもんだけど、子ども一人ぶんくらいだよ。大人ならこの倍の目方が欲しい」
「ということはもし、百人の病人へ処方するとすれば、それぞれ千束、二万枚、六百本ですか……途方もないですね……」
クロ婆は目を見開き、いつもせわしなく筆記しているリテアの手が止まった。
「……どうしました? 私計算間違えましたか?」
「……驚いた、アンタ、算術の使い手なのかね……ぞんざいに扱って悪かったよ……」
「……シズクさん、この領内でこの計算をそらでできるのはヴィルさんや旅の商人くらいです。驚きました」
シズクは照れながら謙遜する。
「……そんな、私のいたところでは小さな子どもでもできますから。私が特殊なわけではありませんから……」
「アンタ、それだけの技能があればそれだけで食っていけるのに、どうして病人の面倒を診ようなんて思ったんだい?」
「……私がいたところでは病人の世話をするにも資格が必要なんです。もう少しで手が届きそうだった資格……けど志半ばで倒れてしまい、それが叶うことは永遠になくなりました。なので、それを実現させてくれる、というオーダさんのお話に乗らせてもらったんですよ……」
シズクはどこか遠くを見つめながら暗げな表情で呟いた。
「……そうかい。アンタの人生だ。好きにすればいいさ。ヒッヒッヒッ…… まだまだ薬種は足りないからね、また明日も集めに来るんだよ。もう暗いから気をつけて帰んな」
「はい、ありがとうございました。またお邪魔します」
「オーダの坊やにもたまには顔を出すように伝えておきな」
「わかりました。オーダさんにそう伝えておきます」
オーダ邸周辺が行商人で騒がしくなり、続々と物資満載の荷車が集まってくる。ヴィルは生き生きとしながら物流を裁いていく。
「硝子瓶はひとまず邸内へ運んでください、ええ、木箱ごと。木綿はいまから屋敷の者が先導しますのでそちらへ運んでください」
オーダが汗を拭きながら満足げにヴィルと行商人たちを眺めている。診療所計画が始まってからというもの、空き時間を見つけては、少しでも足しにしようと一人で薪割りの仕事をやっていたのだ。
「空荷の車はこちらへ。屋敷の裏に積んである薪を木綿と同じところへ運んでください。契約にない?それでは前金でこれくらいで如何ですかな?」
ヴィルは巧みに行商人と交渉し、物資が診療所建設地へ運ばれる手筈を整える。行商人たちが捌けて、オーダに気づいたヴィルが近寄ってくる。
「オーダ様、木綿と硝子瓶は期日までに間に合いました。いつもより多めに握らせたのが功を奏したようです」
「……高くついたが仕方ないな。領民のために私財をなげうつのも領主の嗜みだ」
「ルーメン家の財政はこれくらいではびくともいたしませんよ。盤石です」
「ならば良い。会計の報告はまた今夜にでも頼む。あの二人は鍛冶場に向かったきりのようだが」
「大きい鍋ですから鍛冶場から直接診療所へ運んでいるのかもしれません」
「なるほど。では私も診療所へ赴くとしよう。手が空いたらヴィルも来てくれるか?」
「承知いたしました。道中お気を付けて……」
オーダは診療所までの道のりを馬で駆ける。行商人たちの一団に声をかけながら追い越して、牛車で運ばれる大鍋と出会った。シズクとリテアが牛を牽いている。
「あっ、オーダさん。おつかれさまです」
すっかりこの土地に馴染んだシズクが元気よく声をかけてきた。オーダも馬から下りて二人に合わせる。
「どうやらいい鍋が出来たようじゃないか」
「はい。あの強面の鍛冶場の大将さん、流石ですね。思っていた以上のお鍋が出来ました」
診療所の物資に関する情報共有をしながら歩いて行くと、見えてきた。診療所だ。建物はほぼ完成している。
「おっ、オーダ様、丁度良いところに!」
村人の代表と思わしき中年の男性が手を振りながら息せき切って駆け寄ってくる。
「ついに井戸から出ましたよ。水が!」
その知らせを聞いたオーダはニヤリとほほ笑み、シズクとリテアは抱き合って喜んでいる。歳が近いというのもあるのだろう、二人はすっかり打ち解けている。オーダとしては無謀に近い賭けに勝てたので内心ホッとしている。井戸掘りの金銭が問題ではない。来るべき流行病の大流行までの時間が恐ろしかったのだ。
そのとき、井戸の縁にしゃがんで泥を払っていた短髪の男が立ち上がった。日に焼けた頬に土がついている。腰の左には剣、右には巻き尺代わりの細縄と木札が下がっていた。
「水脈は浅めでした。崩れもありません。上の村と下の村から出してもらった男手も、今日はこれで一度返せます。返してよろしいでしょうか」
男はオーダへ一礼し、それからシズクへ視線を向けた。
「境務官のアルコです。人足の差配と、夜番と、道の見張りを預かっています。診療所まわりのことは、ひとまず私に言ってください」
「は、はじめまして。シズクです」
「話は伺っています。病人を集める場所なら、揉め事と火の始末だけは先に潰しておいたほうがいい。夜番は置きます」
診療所は小高い丘の上にあり、積み上げた石で床の水平をとっている。床も壁も板張りで、屋根は薄く割った木が重なって葺かれている。診療所内からその屋根を突き破るように石造りの煙突が伸びている。煙はまだ出ていない。軒下には村の家々から一抱えずつ集めた薪がうずたかく積み上がっており、大鍋を置けと言わんばかりに大きな石積みの竈も用意されている。
「ちょうど男手もあることだし、竈にその大鍋も設置してもらおう。皆の衆、少し手伝ってくれるか」
アルコの号令とともに井戸掘りを終えた村人達総出で牛車に乗せられた大鍋を竈へゆっくりと乗せる。羽釜式鍋の羽根の部分が石竈に上手く乗っかりピタリと嵌まる。オーダはほう、と感心する。
「すごいな。現場合わせせずに、鍋が竈にここまで嵌まるとは。それにしても変な形の鍋だ」
「これは私の居たところでは『羽釜』と呼ばれていたものです。先に竈を作って貰って、その大きさ通りに鍛冶場で調整してもらったんです。竈のほうも微調整していただきましたが……とはいえ実際にお湯を沸かしてみないとどうなるか分かりません」
診療所近くを流れる小川の水を汲みはじめた。建築現場、井戸掘り現場に居合わせた村人達が文字通りバケツリレーをして鍋に水を注いでいく。これもシズクの発案によるものだ。鍋に水を集めている間に遅れてやってきた隊商が荷物を下ろし始める。すぐに木綿の反物がうずたかく積み上がる。いつの間にか到着していたヴィルが薪の束を列ごとに数え始めている。
湯沸かしをアルコと村人に依頼した三人は引き戸を開けて診療所の中へと入っていく。中はまだ薄暗い。おが屑と樹脂の匂いが鼻を突く。シズクの見積り通りベッドが十床。部屋の隅には事務用の机。その眼前には薬瓶用、布類用、書類用の棚がそれぞれ備え付けてある。事務用机の対角には暖炉が備え付けてあり、簡単な煮炊きもできるようになっている。真新しいベッドには亜麻布と毛織物の毛布が積み上がっている。
シズクは壁に駆け寄り、木枠に指をかける。木枠は溝を切った桟の上を滑って診療所内が一気に明るくなる。引き違い式の木製窓だ。大工頭と思わしき村人がやってきて窓を見ながらこう告げる。
「その窓は拵えるのが手間掛かったけんど、面白かったよ。これなら日中も部屋が明るくて良いですな」
「明かりも大事なんですが、この診療所では別の役割も果たすんですよ。大変な細工だったと思いますけど、ありがとうございます」
シズクはそう返事しながら大工に向かって深々と頭を下げる。冷たい北風が窓から入り、開けっぱなしの入口まで駆け抜ける。
「これからも必要に応じて無理なことをお願いするかもしれませんが、その時はよろしくお願いいたします」
「構わんよ。東方の技術を学べるいい機会だぁ」
シズクはオーダが当初描いた筋書き通り、東方の隊商からはぐれてアペルティアに留まった異邦人、という表向きの身分を与えられていた。
「じゃあワシは井戸の屋根……釣瓶と言いましたっけ、それを拵えてきますわい。あれも井戸を雨風や葉っぱから守るいい考えですな。明日には完成しますよ」
大工は腕まくりしながら診療所を出て行った。
「さてシズクよ、これからどうする?」
「そうですね……、今お湯を沸かして貰っていますが、それで布を全て煮ます」
「煮る?木綿も亜麻も食えんぞ。どういうことか説明してもらおう」
「見かけ上、布は綺麗だと思います。けどもしかすると病気の種が潜んでいるかもしれません。煮ることでその種を取り除くことができるんです」
「わかった。物干し場が必要だな……男衆にはもう一働きしてもらうか。ヴィル、聞こえているだろう。手配を頼む」
それから一行には恐るべき重労働が待ち受けていた。沸騰した大鍋からの蒸気と熱で行動が遮られている中、木綿布を入れて木灰と煮込む。鍋が煮沸したら二人がかりで棒をつかって大鍋から布を引き上げる。布が腕や身体に触れようものなら大やけど必至だ。
「せーの……っ!」
シズクとリテアが二人がかりで、吸水して鉛のように重くなった木綿布を棒で吊り上げる。 蒸気で視界は白く染まり、滴る熱湯が足元を濡らす。 華奢なリテアの腕は、小刻みに震えて止まらない。次に水で湛えてある大きな洗濯桶に布を入れ、徹底的にもみ洗う。水の冷たさで二人の手は真っ白に凍り付きどうにかなりそうだ。一段階目のすすぎが終わったら、またせーので次の洗濯桶へ……
これを四度繰り返す。途中で見かねたオーダとヴィル、アルコも手伝うが圧倒的物量の前では無力だ。四回目のすすぎが終わると五人がかりで水気を絞り、物干し場へ。一枚を干すだけでも大変な作業だ。それでも夕刻までに数枚の木綿と亜麻布が綺麗に煮沸消毒された。診療所の裏手で干されている亜麻布と木綿布を見ながらシズクは両手をかざす。この世界に来てから薬草摘み、水仕事、薪運び、そして今日の洗濯で手が大惨事だ。
「皆さん本当にすみません。私の作業量の見積が甘すぎました。こんなに重労働だったなんて……」
「シズクさん、私……今日はもうペンを持てないかもしれません……。指が固まって腕が上がらなくて……」
いつもクールなヴィルにも疲労の色が見て取れるようで、腰をさすっている。オーダは真っ赤になった二人の手に見比べてながら言う。
「……女衆は、いつもこの重労働を、当然のようにやっているのか。……これは、なんらかの手を打つべきだ。しかしそれでも壮観な眺めだな。これほどの木綿と亜麻を干している光景はなかなか見られるものではない」
「念のため昼夜警護を置いておきましょうか」
アルコがオーダに申し出る。
「頼む。領民を疑って懸かるわけではないが、ここまで手間暇かけた布が盗まれでもしたら流石の私でもどうにかなりそうだからな」
井戸を固める石積みをしていた村人も家々に帰り、釣瓶も建設途中だ。シズクが一つのことに気づく。
「オーダさん、明日の夜は新月ですが、やはり私の時と同じく、秘密裏に捜索隊は出すのですか?」
「無論。たとえ空振りに終わっても迷子を捜すことは止めんよ」
シズクも力のある瞳でオーダに答える。
「私は明日も布を煮て干します。例の病気の流行まで時間がありませんから……!」
ヴィルが一同を眺めながら一言告げる。
「屋敷の他の者にも手伝わせましょう。このままでは皆さんが持ちません」




