A級の器
よろしくお願いします
「では、急ぎ準備を開始します。艦長は身だしなみを整えてください」
「身だしなみって……別に面接官じゃないんだから、そこまで見ねぇだろ」
「見ます」
アイカが即答した。
「A級昇格審査における第一印象は重要です。少なくとも、“昨夜その辺で寝ました”みたいな顔では減点の可能性があります」
「そんな顔してるか?」
「してるよ」
マリナが即答する。
「というか、してるのが通常運転」
「ひどくない?」
「心配するな、海賊よ。このリズ・ベラット特製“第一印象改善スプレー”を使えば、たちまち知的で有能そうな雰囲気が――」
「使わん」
「即答!?」
「おにいちゃん、がんばってね!」
キョウカがきらきらした目で見上げてくる。
「……そう言われると、逃げづらいな」
「逃走の選択肢はありません。移動開始まで残り、二時間四十六分です」
「細かく言うな! 余計焦る!……てか、服って何着ればいいんだ?スーツ?」
「別に普段着でいいんじゃない?スーツとか着てったら逆に浮くでしょ」
「宇宙海賊にスーツ文化があるとも思えんしな……」
「もっとも、“最低限清潔であること”は大事です」
アイカが淡々と言う。
「審査以前の問題として、身だしなみがだらしない艦長は印象が悪いかと」
「おい、なんか遠回しに俺が汚いみたいな言い方してないか?」
「先日の大掃除の結果を踏まえた、客観的事実です」
「ひでぇ……」
「じゃあおにいちゃん、ちゃんとあらって、ちゃんとしたおようふくきるの?」
「そうなるな」
「かっこいいのがいい!」
「お前が着るわけじゃないんだけどな……」
「しかし艦長、面接想定問答の時間を取るなら、入浴、着替え、移動時間を逆算してもあまり余裕はありません」
「わかったわかった。とりあえずシャワー浴びてくる」
「ネクタイとか用意しとく?」
「いらんだろ」
「私、ちょっとだけなら髪いじれるよ?」
「やめろ。嫌な予感しかしない」
「艦長、整髪剤ならありますよ」
「なんであるんだよ」
「以前、バーのVIP席用アロマと一緒に購入しました」
「なんで買ったんだよ……」
「艦長専用リラクゼーションプランの一環です」
「なんでアロマと整髪剤が同列なんだよ……」
俺は深いため息を吐いて立ち上がった。
「……とにかく、十分で戻る」
「二十分はかけた方がいいですよ」
「やかましい!」
十分後。
食堂に戻った俺を見て、クルーたちが一瞬黙った。
「……なんだよ」
「うん、まあ、……普通?」
マリナが微妙な顔で言う。
「頑張ったけど、劇的には変わらない、って感じだね」
「シャワー浴びただけだからな」
「でもおにいちゃん、ちゃんとしてる!」
キョウカだけは素直に拍手していた。
「よかったですね、艦長。一名には高評価です」
「髪型にあと一工夫欲しいところだな。任せろ。私が三分で知的かつミステリアスな若き艦長ヘアーにしてやろう」
「やめろ」
「大丈夫だ!変なことしないから!」
「まったく信用できん」
「では、問答を始めます」
アイカがホログラムを展開する。
画面には《A級昇格審査・想定問答》と大きく表示されていた。
「本当に就活じゃねえか……」
「まず定番の質問から行きます。あなたが艦長として最も重視していることは何ですか?」
「急だな……えーと、そりゃ生きて帰ることだろ」
「無難ですね」
「無難ってなんだよ。大事だろ」
「大事ですが、やや防御的です。A級審査であれば、任務達成とクルーの生還を両立させること、くらいには言い換えた方が印象がいいかと」
「うわ、面倒くせぇ……」
「就活だからね」
「就活言うな」
「次。A級艦長として、ギルドに何を返せますか?」
「うっ」
「止まりましたね」
「いや、急にそういうこと聞かれると……」
「貢献度を見る質問だろうな」
マリナが空になった酒パックを指で弄びながら言った。
「ここで頑張ります、だけだと弱いよ。A級はギルドの看板でもあるから、高難度依頼への対応、若手への影響、帝国との関係構築、あたりが答えになるんじゃない?」
「……お前、こういう時だけは頼りになるな」
「だけって何よだけって」
「いや、仕事の時も頼りにはしてるけど」
「ふーん?」
マリナが少しだけ口元を緩める。
「まあ、あたしは元A級だからね。経験者のありがたいお言葉よ」
「現在停止中ですが」
「余計なこと言わない!」
「事実ですので」
「じゃあ、今後とも高難度依頼に応えつつ、ギルドと依頼主の信頼を積み重ねる、……とかか?」
「まだ弱いです。リサ提督との関係もアピールして、帝国とも連携のできる、ということを強調していきましょう」
「帝国との協力実績がある、ってところか」
「そうですね。そこは大きな強みです。押し出していきましょう」
「なるほどな……」
「次。あなたの艦は、なぜA級に値すると考えますか?」
「それ、俺が決めることか?」
「自身を客観的に見れているかの問答です」
「そうだな……まず依頼達成率、依頼主からの評判、これはどれも高水準で、高評価。艦の質、ってところも、旧帝国との戦闘で十分。帝国の提督ともそこそこのパイプがある。A級、ってのには十分値する成績だと思うぞ」
「そうですね。メルセデス戦、旧帝国との交戦、ゴーストリンク機体の撃破、帝国への協力、これだけあれば十分かと」
「よくよく実績だけ見ると凄いな」
「運が良いんだか悪いんだか」
「間違いなく悪いと思うぞ」
「あと、クルー管理ですね」
アイカが補足する。
「多少問題児がいますが」
「問題児しかいねえよ」
「あたし以外がねぇ」
「お前が筆頭だよ」
「それを統率して、一定以上の成果を出しているのは、明確に艦長の能力と言っていいでしょう」
「……そう言われると、ちょっとだけその気になるな」
「実際そうでしょ」
マリナが肩をすくめる。
「普通ならとっくに空中分解してるよ。クルーも艦もね」
「否定できん……」
「おにいちゃん、えらい?」
「たぶんな」
「たぶんじゃなくて、すごいの!」
キョウカがきっぱりと言い張る。
一瞬、食堂が静かになった。
「……ま、そういうことにしとくか」
「では、最後に意地の悪い質問を想定します」
「まだあるのか……」
「当然です。あなたの艦には、素行に問題のあるクルーが複数確認されますが、A級として問題ないのですか?」
「おい」
「困った奴もいるもんだねぇ」
「まったくだ」
マリナもリズも明後日の方向を向きながらなんか言ってる。
「心当たりしかないんだよな……」
「どう答えます?」
アイカが俺を見る。
俺は少しだけ考えてから、口を開いた。
「……問題がないとは言わない」
「ほう」
リズが面白そうに顎に手を当てる。
「でも、あいつらはちゃんと働く。必要な時に逃げない。実力もある。だから俺が責任を持つ。――でどうだ?」
数秒、沈黙。
それから、アイカが静かに言った。
「十分です」
「そう?」
「飾りすぎていません。艦長らしい回答です」
「うん、今のは悪くなかった」
マリナも珍しく素直に頷いた。
「コウキもちゃんと艦長っぽいこと言えるじゃん」
「普段から言ってるだろ」
「そう?初めて聞いたけど」
「言ってるって」
「おにいちゃん、かっこよかった!」
キョウカがにこっと笑う。
「……ありがとよ」
「この分なら問題なさそうだな。あとは本番で余計なことを言わなければ大丈夫ではないか?」
リズが腕を組みながら言う。
「それが一番難しいのでは?」
「やめろ、不安になる」
「時間です」
アイカが端末を確認する。
「そろそろ出発しなければ間に合いません」
「もうそんな時間か……」
さっきまで休みだったはずなのに、気分はすっかり消耗していた。
「よし、行ってくる」
「頑張ってください、艦長」
「落ちたら酒の肴にはしてあげる」
「縁起でもないこと言うな!」
「おにいちゃんがんばってー!」
「待っているぞ、A級艦長」
俺は小さく手を上げて、食堂を後にした。
……アイカが隣を歩いている。
「なんでお前いるの?」
「備品ですので。艦長が私物を持ち歩いてる、それだけです」
「じゃあさっきの問答必要だったか?」
「艦長としての自覚をはっきりと持っていただくためには、必要でした」
「つまり必要なかったってことだよな?」
「必要です。……おそらく」
「今おそらくって言ったな?おそらくって!」
「時間がありません。行きますよ、艦長」
俺はアイカを連れて、ギルド本部へと向かうのだった……
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