3-12.意味が無い——なんて悲しいこと言わないでくれ
「呼ばれた気がしたんで、来ちゃった。邪魔か?」
「んなことねぇよ。むしろ、来てくれて良かった」
「そっか。そっかー」
まんざらでもない笑顔を見せ、背中にいる人を指さす。
「コイツを村まで守ればいいんだろ。だったら、楽勝だな」
「そう。でも、絶対に離れないでほしい」
「おっ寂しいのか?」
「じゃなくて、俺1人だと確実に守れないから」
「あぁーん。そういうことか。いいぜ、ぴったし付いて行ってやらぁ」
「ありがと。――ってことでいい、キョウさん?」
「なんでもいいです……」
疲弊しきった声。
早いとこ、連れて行かないと――ケンイチは、エリスに目を向ける。
「じゃあ行くぞ」
「おーけー。やってほしいことがあるなら、言ってくれ。すぐに合わせるから」
そう言って彼女は先を走り、後ろをケンイチが付いて行く。ピッタリ――というほどでもないが、しっかりと道を作り、周囲に敵がいないか目を張り、いつでも闇魔法が展開できるよう準備していた。
「…………」
何事も無ければ村に着くのだけど、まぁそうはいかないのが人生ってもの。スノータイタンが4体ほど現れ、ケンイチたちを囲む。
しかし、
「だろうな。予想していたぜ――スモック」
辺りが黒い煙に覆われ、見えなくなる。
「ケンイチ。そのまままっすぐ走れ。すぐに追いつく」
暗闇の中で反響するエリスの声は、よく聞こえた。
「わかった。絶対来いよ」
「もっちろん。お前寂しがり屋だからな」
「うるせぇよ」
そう言いながら、彼女の言われた通りまっすぐ走った。しかし、ちょっとズレているかもしれない――ケンイチは、透視に関する魔法を持っていないため、闇魔法によって現れた煙幕の中は見えていない。だから、不安でしかなかった。
自分がどのように走って、どのような道の上を進んでいるのか、全くわかっていない。
「あっちです」
後方から聴こえる声。それは、どう考えてもエリスの者でもないし、リーベでもない。
一体だれが――ケンイチの考えを察したのか、また聞こえる。
「ケンイチさん。まっすぐ進んでください」
それは背中に居る彼女の声だった。よく見ると、こめかみ辺りに腕が右斜めに伸びているのがかすかに見える。
「わかった」
その指が示す方向へと、走り出すケンイチ。
ナビゲーターになってくれたおかげで、進みやすい――てか、どうして見えたのだろうか。
「なんで、見えるの?」
「えっと……」
ケンイチの質問に考えた後、ポツポツと喋り始める。
「わたし魔法使いで、全部の属性が最低でもDは取っているんです」
魔法使い――それは、言葉通りの意味だ。5属性の炎、水、雷、光、闇を全て習得している、言わば魔法のエキスパートだ。
例えるなら、国数英理社の5教科全て4以上とっていると考えてくれて構わない。たぶん、そのほうがわかりやすいだろう。
自分で自分の例えに上手くいった、と納得するケンイチであった。
「詳しくきいてもいい?」
「はい、構いませんよ。炎A、水B、雷C、光D、闇B」
ーーワーオ、ただのエリート。
こんな才能の塊であれば伸びしろは十分だし、パーティの誘いがあってもいいはずなのに、どうして1人でやっているのだろう。
不思議でたまらない。
「備考はなんかあるの?」
「そこは、無いですね」
「なるほど」
備考ない――それでも十分なレベルを持っているのに変わりない。
「気になった事きいていい?」
暗闇の中、走るケンイチは彼女に質問する。
「いいですよ。大体、予想できますけど」
「あっまじ? まぁいいや。えっと、なんで一人でやってるの?」
「やっぱり、そこききますよね。1人でやっている理由は、そうするしかなかったんです」
「と、いうと?」
「わたし結構、裏切られたんですよ」
「…………」
パーティ内の裏切り合いは、よくあること。実際にエリスとハンドックがそうだったから。
「能力が高いから皆優しくしてくれるんですけど、危機的が迫った瞬間、わたしを盾にするんです。『お前は能力が高いから戦えるだろ?』って言われて。でも、それは困らないんですよ。だって、裏を返せば自分の能力を信じてくれてるってわけですから」
「…………」
「でも、違うんです。わたしと組んだ人たちは、面倒ごとは押し付けてそそくさと逃げるんです。で、戦いが終わった後に、やってきてわたしが狩った魔物を剝ぎ取るんですよ。しかも、なーんの悪びれもなく自分たちの資金にしちゃうんです。で、最後にはこう言うんです。『仲間だから山分けは当たり前だろ』って」
いつしか、彼女の声は震えていた。悔しさと哀しさに阻まれ、肩の上でしゃっくりを上げながら。
「そんなことを沢山経験して、悔しいし自分が情けないんですよ。何も言い返さなかった自分に腹が立って、馬鹿にした奴らを見返したくて、今回の遠征に参加したんですけど……意味なかったですね」
認めたくはない。けれど、現実がそうだった。彼女は、スノータイタンに負けていた経験と、今までの過去によって、メンタルが立ち直れないほどに折れている。
それが悔しくて彼女は、泣いた。まわりのスノータイタンに気付かれないよう声を押し殺して、自分の無力さを憂いてる。
しかし、それだけならどれだけ良かったか。
彼女は、自分がやった行いを、決断を、意味がないと切り捨てた。それはあんまりじゃないか、とケンイチは考えている。だから、気持ちのまま喋る。
「意味は、あったと思う」
と。
「どうしてですか?」
「本当に意味が無いのなら、俺泣かないと思うんだよ」
「?」
「悔しくて、情けなくて、泣いてるんだろ? だったら、意味はあったってことじゃねぇか。そうじゃなきゃ、涙は流れない」
「そ、そうですかね」
「どう考えてもそうだろ。感情だけじゃねぇ、今こうして出会えた縁も後々に響くはず。それがどういう風に転ぶのか俺にはわからないけど、この遠征で得た全ては絶対に意味があるはずなんだ。ただそれが見えていないか、見えないだけで」
「…………」
「だからまぁ、意味がないって切り捨てるのは止めるべきだろ。せっかく得られたものを捨てちまうなんて、もったいないよ」
彼女は、しくしく泣いている。それは、どういう涙かケンイチには察しがつかない。しかし、自分の言葉で彼女が救われたのであれば、それは結構。喜ばしいものだ。
「…………」
この世界に過去の思い出は必要性を見出せていなかったけど、自分の経験があったからこそ、1人の人間を救えたのだと思うと案外いい人生を歩んできたんだと感じる。
――本当に良かったよ。俺が涙を流せる人間で。
彼女の鳴き声が止まると同時に、暗闇は消えた。広がる銀世界が眩しくて、目を瞑りそうになる。
「前を向いて歩こうなー。ケンイチ」
前方で腰に手を当て、犬歯を見せるエリスが居た。
「もう終わっていたのか」
「まーなー」
死体は見つけられていないが、袖口から落ちる赤い水滴から察するに相当の数を倒したのだろう。見れば、ダガーのグリップの部分まで、赤くなっていた。
「村まであと少しだ。走れケンイチ」
「あったりまえだ」
言われなくてもわかっていた。ケンイチは、足に力を込め、積雪を踏みしめる。なんだか少しだけ体が軽くなった気がする。
気付けば、心にずっしりと圧し掛かったものが消えている。
――そうか、力がない自分をちょっとだけ救えたんだ。
あの言葉は、全て自分に向けていたのかもしれない。2か月間苦しんでいた自分と重ね合わせていた。




