3-13.彼を思う気持ち
良かった、エリスが付いてる――彼の小さくなる背中を見て、リーベは安心した。
「…………」
さて、こっちも始めるべきだ。
合流したハンドックにアイコンタクトを送ると、彼は頷いて反応してくれる。
リーベたちは、今スノータイタンの大群と対峙している状態だ。頓着しているわけでも、苦戦しているわけでもなく、お互いが出方を伺っていると言って問題ない。
まずは、どちらが動くか――人型魔物の前に、リーベとハンドックは背中を合わせていた。お互いがお互いの背後を守ることで、敵の攻撃を防ぐと言う算段である。
「…………」
状況と数は明らかに不利ではあるが、しかし、実力はどうか。スノータイタン1体とリーベ1人なら確実に彼女のほうが勝てるし、実際に本人もそう思っている。
――負ける気がしない。
と、自負してここに立っている。驕ってもいなければ、背も伸ばしてはいない。現実でしっかりと答えが出ており、我らリーダーが直々に目を見てその事実を教えてくれた。
「…………」
思い出すだけで、にやけてくる。
きっと褒められたことが嬉しかったその生理現象で、口角が動いている。
リーベは、噛みしめた。
さて、と彼女は周りを見てスノータイタンを一瞥する。どうやら、彼らは待つのが得意じゃないらしい。
所詮、猿と言ったところか。強力な魔物でも思考回路と見た目は猿と同じだから、大体わかってくる。
両手を上げて、スノータイタンが威嚇をした。
「ウォー!」
「ウォー!」
猿らしく、獣らしく、声をあげながら自分が強いのだとアピールをしてくる。しかし、そんなことでビビらない。それは――あぁだめニヤけちゃう。
リーベは思考を放棄した。
「きた」
背中のハンドックがそう言葉を漏らした。瞬間、前方のスノータイタンたちが一斉に迫ってくる。
「やりますよ」
「あぁ!」
2人の息の合ったコンビネーションが炸裂する――が、本人たちは全く意識していない。
リーベがジャンプしたその一瞬の隙に、ハンドックが地面を叩いて、周囲のスノータイタンの体勢を崩した。そして、着地と同時にリーベがレイピアを振って、数を減らす。
数体だけどうしても無傷になってしまったが、半数以上が屍と化していた。我ながら、ビックリするほど調子がいい。
いつもこんな調子が良ければいいのだけれど……。
戦いに集中するため、スノータイタンをまた見る。ピクリと動くものが目の端にうつり、自分の剣先じゃ届かないのがわかった。ならば――。
「ハンドックさん、右!」
「おーけー」
リーベの言われた方向に、拳を振る。放たれた右拳は、真っすぐ進み、巨人の胴体へとめり込んだ。
ブチブチと音を立てながら、奥に奥に進み、肉体を貫通した。手には心臓らしき臓器も持っており、リーベは驚きすぎて声も出ない。
「どうしたんだ?」
優しい笑顔をしているのに、拭えないサイコパス感……。
ほんと彼が良い人でよかった。
「いえ、なんでもないです」
リーベはハンドックに背中を向け、レイピアを握る。そして、囲んでいる魔物たちの懐に潜り込んで、突き刺した。
1体、2体、と次々軽やかな身のこなしで倒していって、ついに周りからスノータイタンの姿が消える。
全部倒したのか――と考えたが、チラホラとまわりの冒険者が戦っているのを見て、終わっていない事を知る。
それでも最初と比べれば明らかに数が減っているのは確かで、終わりは見えていた。
あともう少し。下手したら援軍が来る前に終わるかもしれない。
「そうだ。ケンイチくんたちはどこに?」
「えっと………負傷した女冒険者を背負って、村のほうに行きました。もちろんエリスを連れて」
脳裏に浮かび上がるった彼の姿。それは、良い事をしているはずなのに、褒められるべきなのに、自分はどうしても受け入れられていない。少し考えるだけで嫌な気持ちになり、ざわざわしてしまう。
「そうか。ケンイチくん凄いなぁ。ボクは、あの年では無理だったよ」
「確かに、彼すごいですよね。だれよりも果敢に魔物と戦って、挫けた人を勇気づける優しさを持っていて、超最弱と言われた防御魔法でも模索する強さを持っていて、彼には特別なものを感じます」
「リーベがそこまで人を褒めるとはね」
「……ッ!」
うかつだった。
顔が赤くなる。
気がつけば色々と喋っていた。自分ではそこまでなつもりだったが、思い返してみれば、あれは喋りすぎだ。
――あぁもう、アタシどうしたのよ!!
少し前の自分が思い出せない。
これも全て、ケンイチのせいだ。そういうことにしよう。
「ちょっと気が緩んじゃいました」
って誤魔化すが、ハンドックは「そういうことにしておこうか」と言って頷いた。
――えっどういうこと?
問い詰めたくなるが、その思いは消える。
いや、消さなくてはならない。突如として現れた巨大な何かが、リーベとハンドックの前に立ちふさがった。
どうやら、ボスのお出ましらしい――6メートルぐらいあるスノータイタンが近づいていた。
ハンドックは、ニヤリと口角を上げる。
「やっと骨がある奴が来たな。腕が鳴るよ」
コキコキッと手首の関節を鳴らし、正面に立つ。
「リーベ。ここはボクに任せてほしい。久々に暴れたいところなんだ」
――さっきまでのは、なんだったんだろう。
しかし、リーベはそんなこと口にせず、「わかりました」と言って、レイピアを鞘に納める。
まわりのスノータイタンも数が減っているから、自分が出る幕は無いだろう。ケンイチのことも考えたが、彼にはエリスがいる。きっと何かあれば彼女が助けてくれる。エリスは、そういう人間。恩を感じた人を裏切れない性格をしている。だから、やり方が気に入らなくてもユーリに固執していた。
「ありがとう」
ハンドックは、礼を口にした瞬間、雪の上を走った。
巨人の腕を掴み、力勝負に持っていく。さっきまでの戦いを見ていたリーベは今回も大丈夫だろう、と高を括っていた。むろん、それはハンドックも一緒なはずだ。彼も口角をあげていたからだ。
だが、
「…………!?」
ハンドックの体が後方にのけぞる。
体格差により引き起こした不利か、足場の悪さか、見ているだけじゃ判断は付けられない。ただ1つわかることは、彼が確実に負けているということ。
「ハンドックさん!!」
彼の名を叫ぶ。
――もし死んでしまったら、戦闘不能になったら、どうなる?
自分が責められるだけならいいのだが、これによってケンイチの希望を失うことになったら――マズい。それだけは、さけたい。
リーベはレイピアのグリップを強く握る。
「手出しは無用。少し、驚いたけどね」
彼はハハッと笑って見せる。以前として体勢は変わっていないが、余裕を見せる。
リーベの表情は曇ったまま。もし何かあったらそのときは、自分が戦おう――あのとき、助けられなかった後悔を償おう。
握る手が強くなった。
「ちょっとビックリした。でも、まぁそんなもんか」
突然、スノータイタンの手が赤く染まる。肉が裂け、骨を突き出しながら大きな魔物の手が潰れた。
「ウゴォォおぉぉぉおぉおぉぉお――――!!!」
空が揺れる台風のような咆哮が轟く。
よく見れば、スノータイタンの目から涙が流れていた。ポロポロと、星を思わせる輝いた粒が下へと落ちる。
だからと言って、ハンドックは手加減なんてしない。すぐに股間部へと蹴りを入れる。
スノータイタンの体勢が崩れた――が、倒れないよう手を掴んで足を腹部に付けた。
「………!」
彼は引っ張る。腕に力を込めて、念入りに。
そして腕が千切れ、スノータイタンの肘から下が亡くなった。血が濁流のように流れ、魔物は叫ぶ。
「ウォォォオオオオオーーーー!!!」
天に向かって、助けを乞う。
その姿を見て、リーベは絶句した。
――そこまでしなくていいじゃない。苦しめる必要なんて……。
心では、どうとでも言える。彼女は、ハンドックのその姿に恐れ、おののき、喋れない。
「…………」
ハンドックは無言のまま膝を蹴り、骨を折る。スノータイタンの体勢が崩れ、頭の位置が手の届く範囲になった。
そして、
「…………!!」
ゴキッ。
鈍い音が響いたのも束の間、首は動かなくなり、スノータイタンが仰向けへと倒れた。
死体にもなってもなお流れる赤い液体は、涙のようだ。
「リーベ。ありがとう」
笑顔のまま近づいてくる彼に、つい退いてしまうリーベ。
仲間なのはわかっているけど、頼れるべき人なのはわかっているけど、ここまで彼がやるとは思っていなかった。
しかし、考えればわかる。自分もそれなりのことをしているんだ。
ゴブリンとスノータイタン、そのどちらとも沢山の数を自分で殺している。今回たまたま彼が惨いやり方をしただけで、『殺した』という結果は同じ、批判なんてできる分際ではない。
ただそれでも、あのやり方はあんまりじゃないか――魔法を使えば、一瞬にして終わるじゃないか。
そこまでして殺す必要は、絶対に無かったはずだ。
「…………」
ハンドックは、そんなことを気にしてもおらず、不思議な表情で彼女を見ていた。
どうして逃げるんだろう。終わったのだから――「あっ」とそこで声をあげる。
「そうか、血が付いていたからか。それは失礼。考えが及ばなかったよ」
――本当は、違う。
でも、そんなこと言えるわけない。
「そ、そうですよ………」
表情が硬くなると、返事もぎくしゃくになった。
「そうだよね。ハハ。申し訳ない」
頭に手を置いて、周りを見渡し、何か目にとまる。
「あれって」
ハンドックが指さした方向には、大量の冒険者が――どうやら援軍が来たらしい。
しかし、彼女は違う所――村野方面へと目を向けていた。
居心地の悪さから、ケンイチかエリスが戻ってくることを望んでいた。だけど、
「なに、あれ………」
村には、同じ大きさのスノータイタンが迫っており、それと戦う2人の冒険者。
ケンイチとエリスだ。




