3-6.自分が思うリーダー
冒険者の大多数は、西側入口へと集合していた。もちろん、ケンイチたちもそこで立って、武器を構えている。
ケンイチはショートソードを握り、その先――スノータイタンのほうへと見つめていた。
茶色の二足歩行は依然として遠いのに変わりないが、それでも近づいているのは確かだ。報告にあがっていた時と比べれば、大きくなっている。
「これ脱ぐべきかなぁ」
ケンイチは変わらず赤の防寒具を着ており、脱ぐべきかどうか迷っていた。その理由は、動きにくいからだ。一応この防寒着はカヤコ特性と言うのもあって、腕と足の可動域は広がり、胴回りに余裕がうまれている。しかしそうは言っても、防寒着はダウンジャケットのようなものであるため、体を動かすには十分すぎる違和感があった。
もしもの事を考えさっき脱ぐべきだったか――リーベはその時を考え脱いでいるが、エリスとハンドックは寒さが嫌いと言って脱いでいない。
「悩むぐらいなら、脱いだらどうなの?」
隣でレイピアを構えるリーベは、視線を真っすぐにしながらも言葉を右のケンイチへと向けている。
「そうだけど、脱ぎたくないんだよな」
「どうしてよ?」
「なんていうか……この防寒着けっこう気に入ってるし、何と言ってもカヤコさんの手作りだしな」
グランドウォールに到着してからずっと肌身離さず着ていたこの防寒着に対して、愛着が湧いていた。
「あぁわかる。なんか、人の手作りとかもらいもんって大事にしたくなるよなぁ。オレもよくあるし」
「へぇー以外ね」
エリスに対して、リーベが関心した声をあげる。
「そうかぁ? 誰だって貰いもんは嬉しいだろ。嬉しくねぇのは嫌いな奴からのプレゼントか単純にただの薄情者かのどっちかだよ」
わからんでもないなぁ――スノータイタンが来ていると言うのに相変わらず日常的な会話をするエリス。彼女の口からは緊張が見えず、今回相手する魔物は簡単ではないのか、と錯覚してしまう。だけど、それはきっとエリスが強いからそうできるのであって、まだ成長途中の自分からすれば骨を折る相手なのだと叱責する。
「…………」
しかし、何をやっても緊張しているのは確かだ。
心臓がバクバク音を立てて、脈を打っている。まるで肉を破って飛び出しそうな勢いのある臓器を抑え込むだけでも、吐き気に襲われた。喉奥に蠢く何かを吐きだすために手でかき回したくなるが、そうするわけにはいかず、つばを飲み込んで我慢する。
「あぁヤバい、超緊張する」
酸素をより多く確保するために、ケンイチはわざと喋った。そして、胸いっぱいに空気を押し込み喉奥の異物を胃へと押し戻す。だが、そうしても違和感は拭えない。恐怖という感情は全ての精神を尖らせたかわりに、自身を苦しみへと誘っていた。
――昔もこんなことあったなぁ。でも、あれはなんだっけ。
ケンイチは、思い出せないでいた。比較的大事ではないのだけれど、自分という人間を形成してくれた出来事のはずなのに、その部分だけすっぽりと抜けている。
考え事と今から起きるであろう緊張にケンイチの表情が曇っていた。白く吐かれた息と同じように、顔から色素を奪われ、目線が正面から一向に離れようとしない。
視界が澄み渡っているはずなのに、まるで霧にかかったかのようにボヤけて見える。
――俺って。
何も見えないでいた。
実際にはそこにある景色を脳は理解し、しっかりと記憶の中へとセーブされているのに、ケンイチはそれを認識できていない。
抜けた部分を見つけるために、彼の心は何処かに行ってしまっていた。
「……イチ」
誰かが呼んでいる。ただ今はそれに意識を向けるわけにはいかない。
自分を形成したであろう何かを探すために舵を握る――しかし、それはグワングワンに揺れた視界によって強制的に手放すこととなった。
「しっかりしてよ、ケンイチ」
視界が上下左右に揺れ、白と灰色の世界が混じる。
触られている感覚を理解すると、ケンイチの顔に色素が戻ってくる。頬が赤く紅潮し、目は潤いを取り戻し、さっきまでの事が無かったかのように明るい表情となったケンイチが戻ってくる。
「こんなときにボーッとして、どうしたのよ」
鼻に皺を作ったリーベが彼の顔を覗き込むように見ていた。
なんだか、遠い昔から帰ってきた気持ちだ。
「わりぃ。考え事をしていた」
正確には記憶の再生なのだが、ケンイチは隠した。話したらダメな理由があって、それを律儀に守っただけにすぎない。
しかし、抜けた部分――どうしてそこが思い出せないのか不思議だ。
難しい顔で考えるケンイチを横目に、リーベはため息をつく。
「緊張してるって言いながら、考え事する余裕はあるのね」
――痛い所をついてきやがる。
バツが悪そうに、ケンイチは顔をそらした。
「まぁいいわ。誰の迷惑にもならないのなら、何をするのも個人の自由だから批判するつもりないし」
「はあ」
ケンイチは、つい間抜けな返事をしてしまう。
狙ったわけでもなく、単に思い出せない何かと、スノータイタンが大きくなっている状況に焦りを感じた結果、気の抜けた声になったにすぎない。
――ほんとなんで思い出せないんだろう。
寒いはずなのに、こめかみ辺りを水滴が走った。気づけば、自身の体温が上がっており、体中が汗で蒸れている。
この状況で戦えるのだろうか――不安になってきた。
「もしあのことを気にしているのなら、アタシにも責任がある。ケンイチは自分のこと責めないで」
彼女が唐突に話しかけてくる。一瞬何のことかわからなかったが、ケンイチはすぐに理解した。
リーベが言ってるのは、村人から石が入った雪玉をぶつけられたことをさしている。
申し訳ない事に、いま考えているのはそれじゃない。だけど、それを言ったら悲しませるだろうし、傷つけることになるだろう。
少し考えた後に、
「そうだな。あんま考えすぎないように注意する。ありがとう」
彼女の気遣いを無下にしないよう言葉を慎重に選び、口に出した。
「…………」
彼女をチラッと視界に入れる。リーベは表情を変えず、眉間に皺を寄せたままだった。
間違ったことを言った覚えは無い。しっかりと答えたはずだ――それなのに、どうしてそんな険しい表情をするのか。
ケンイチは、心配したが、それは必要が無かった。どうやらリーベは、スノータイタンの数と距離を測るためにそのような顔をしていたらしい。
数えるように左手の人差し指が動いていたからだった。
「気にしないでいいわよ、そんなこと。それよりも一緒に頑張りましょ。大丈夫よ、ケンイチはいつも通りすれば、問題ないんだから」
リーベが励ましの声をかけてくれる。
こんなときまで人の心配をする余裕があることに、感心した――が、それは間違えだとすぐに気付く。
リーベは数える動作をカモフラージュに、震えを隠していた。
レイピアを持つその手が、腕が、肩がブルブルと小刻みに揺れている。
いや、彼女だけではない。周囲を見渡してみると、同じように身が竦んでいる人ばかりだ。別に他の人がそうなってても驚きはしないのだが、なんとエリスとハンドックも含まれているのだ。いつも強そうな雰囲気がある彼女たちが、防寒着によってよく見えないけれど、微かに震えていた。
――あぁなるほど、だから防寒着を着ていたのだな。
ケンイチは、思い出せない過去にクヨクヨ考えるのを止め、前を向くことにした。どうせ思い出したところでクソの役にも立たないただの出来事だし、それならばこれから生き残ることを考えて必死に食らいついたほうがいいのではないか。
自然と焦りは消え、体温が通常へと戻ってくる。そのせいなのだろうか、思考が澄み切っていた。
「そうだな。いつも通りやろう」
パーティメンバーの顔を見て、腕を上にあげた。
「頑張って終わらせようぜ!」
しかし、反応はない。
口を開けて、不思議そうな表情をしている。
ケンイチは、慌てて、
「こういうときは、一緒に腕をあげるんだよ。ほら“えいえいおー”ってやつ。聞いたことない?」
首をかしげている。どうやら、この世界にはその掛け声は無いらしい。
そこはしっかりと伝えてくれよ、先輩方。
「まぁいいや。とにかくやり切って、この村を救おう! 俺たちが力合わせればどんな困難でも乗り越えられるさ」
リーダーらしいことができたのかわからない。けれど、ケンイチが思っているリーダーは、仲間と共に頑張り、支える人だと思っている。
現にメンバーの表情が明るくなり、震えは止まっていた。みんなケンイチの声で自然と前に向き始めている。
「言葉一つでこんな変わるもんなんだなぁ」
ハンドックがポツリとつぶやいた。
「そうなんですよ。俺も過去――」
そのとき、色鮮やかな景色が脳内に流れ込んでくる。チームメンバーが緊張した面持ちで白のユニフォームを身に着け、各々の愛用する道具を手に、どこかに向かって進んでいる。
そうだ。これは試合入りするときの緊張感だ。どうして忘れたのか、なんでこのタイミングで思い出したのか、わからないけど、これで後腐れなく依頼に集中できる。
「…………」
気付けば、地面を揺らすスノータイタンは、すぐ近くまで迫っている。
冒険者たちは各々引きつった表情をし、震えた手で武器を握りしめている。中には逃げ出すかのように、後ずさりするものまで出てきていた。
まぁそれは無理も無いだろう。太陽のない空に、体を冷凍できるほどの寒さ、そして何と言っても巨体の魔物が集団で迫ってきているのだ。正直、状況によっては逃げ出していたにすぎない。
だが、ケンイチを含めた4人は違う。頼れる仲間がいて、信じれる言葉があるからこそ、迫りくる巨体を前にしても臆することなくしっかりと目を逸らすことなく、戦う闘志を燃やせていた。
――さぁこい。今の俺たちなら負けるはずがねぇ。
野太い笛の音が天高く舞いあがった。




