3-5.リーダーの在り方
今回の標的は、スノータイタン。身長3メートル。体重270キロ。針金のように太くてかたい茶色の毛に全身が覆われており、顔は猿と人間の中間と言ったところだ。体の筋肉は鉄板のように固いため、並の剣では傷つけるのが精いっぱいだろう。一応弱点として挙げられるのは、両腕の脇、股関節、首、耳が柔らかいとされている。
生活は基本的に1つのグループで分けられているが、ゴブリンとは全く異なる。ゴブリンの場合、大人数で集まったグループで暮らしているが、スノータイタンは父、母、子供1,子供2となっており、人間と近い構成をしている。そうなった理由として考えられるのは、スノータイタンが自立していると言う点だ。
ゴブリンの場合、彼らは助け合いの精神を根強く持っており、例え面識が無かったとしても、同じ種族に危機が迫れば助けに行く。
だが、スノータイタンの場合、同じ種族であったとしても面識がなければ助けには行かない。つまり、彼らは自分たちのグループ――家族に危害が加われない限り襲ってこないのだ。
しかし、今は――。
「襲ってきてるじゃねぇか」
図鑑の情報と現在の状況を見比べれば、一目瞭然。スノータイタンは、なん十体もの大群を引き連れて、カルラ村ラビへと襲撃を開始しているのだった。
「それ嘘書いてるんじゃねぇの?」
エリスがため息をつく。
「流石にそれはないって。だって、本だぜ。嘘書いたら罰金ものだろ」
「はぁ? どう考えても本が一番嘘書きやすいだろ。なに言ってるんだ、お前」
それってSNSでは――と、考えたが、この世界にそんなものはない。あるのは剣と魔法と、そして魔物だ。
「痴話喧嘩している暇はないだろう。エリス」
「はいはい」
ハンドックに突かれたのが嫌だったのか、エリスは少々不機嫌だ。しかし、彼はそれを無視してケンイチへと目線を向ける。
「ケンイチ君。ボクたちは、どうすればいいかな」
「えっと、俺たちは西側の門を守るって指令がありました」
「おーけー。西側ね」
ハンドックと一緒にそちらのほうへと目線を向ける。あれ、確かそっち側って――。
「スノータイタンがすぐそばまで来ています!!!」
西の入口を守っていた冒険者が声を荒げる。それと共に響く地響きは、屋根に積もった雪を振り落とすのに十分だった。
「えっほんとにオレたちあっちなの?」
エリスは「冗談じゃないよな」と言った目を向けている。
「実は、そうなんだよ。嘘だと思うだろ? 嘘じゃないんだなーこれが」
「マジかよ」
エリスは、ため息を吐いた。
「なんでお前は、いっつも面倒ごとを持ってくるんだ。そんなんじゃこの先、損しかしねぇぞ」
「んなこと言われても、頼まれたんだから仕方ないだろ」
「はぁ~? 断れないってか。リーダーならバシッと断るのも必要なことだぜ」
ケンイチのひたいに人差し指を押し付け、グリグリとねじるエリス。
「次から、気を付けます」
振り絞ったように言ったのが気に食わなかったのか、額の痛みは増した。
「もっと心を込めて!」
「気を付けます」
エリスは首を振った。
「足りん。もっとパン生地をこねるように力強く言え」
なんだそれは――と思ったが、口にはしない。かわりに、
「気を付けます!」
と、意思表示をする。
しかし、エリスは首を横に振った。
「愛情も込めろ」
「はい、気を付けます!!」
「ゆう――」
彼女の言葉を遮る誰かが居た。
それは、リーベだ。彼女は、エリスの頭に手刀を打ち付け、
「そんなことしてる暇はないでしょ」
と、呆れ口調で言った。
エリスは目ん玉を大きく開いたかと思えば、憎たらしいほどに口角を上げ、指をさした。
「まさか、お前寂しいのか~」
リーベの頬をツンツンと突っつきながら、
「構ってやれなくて、ごめんよぉ。これから、いっぱい構ってあげまちゅからねぇー」
リーベは、歯を食いしばり、エリスを強く睨みつける。
「はぁ。なわけないでしょ。ふざけるないで!」
一瞬怯んだかに思えたが、エリスには『やめる』という三文字は無い。リーベに向けてのちょっかいを続けていた。
「本当は、嬉しいくせに」
「嬉しくないし」
「あっちょっと口角あがった」
「えっ嘘!?」
リーベは、すぐさま口を手で隠す。
その反応が良かったのか、大きく口を開いて、
「嘘だよーん!!」
と、からかった。
「はぁ~? 嘘だったの。ほんと信じられない。あり得ないんだけど」
「ヒャはっはっはっ。おもしれぇ! やっぱ、おもしれぇ」
腹抱えてエリスは大声で笑った。目じりに涙をためて、肩を上下に揺らしながら暗い空に向かって笑い声をあげる。
「…………」
非常事態でも関わらずふざけるエリスには、負の感情など抱いてはいない。ただただ、気楽でいいなぁ、としか思っておらず、それはきっとハンドックも同じなはずだ。ちょっかいをかけられているリーベも似たような考えを持っているだろう。
しかし、見ていない人はどう思うか――そこまで考えが及ばなかった。
突然、白い玉がケンイチに向かって投げられる。意識しているはずもなく、ケンイチはもろに顔面にその玉を受けた。
「つめてぇ」
し、痛い――鈍い痛みに襲われ、脳みそが揺れる。ただ雪玉を投げられたはずなのに、ぶつかったその瞬間、ドン! と大きな音が頭蓋骨の中に響いた気がした。
下に顔を向けると、そこには赤く染まった物体が雪の中から顔を出している。
なんだこれは――拾おうと思い、体をかがめた。
ポタ。
「…………?」
何かが上から垂れている。
ケンイチは上に顔を向けるが、そこには何もない。魔物が飛んでいなければ、雪も降っていない。あるのは、太陽の光さえも遮る灰色の雲のみ。
――なら、これはどこから……?
その瞬間、エリスが誰かに詰め寄っていた。
「てめぇふざけんなよ‼ ぶっ殺してやる」
慌ててリーベが抑えに入る。
エリスが怒りの矛先を向けた人物は、中年の男性だった。小太りで身長はケンイチよりも低い。目には怒りが込められており、ケンイチたちを強く睨んでいた。
「大丈夫か」
ハンドックが白い布を渡してくる。
「ありがとうございます」
それを受け取って、初めて理解した。自分が怪我していることを。そして、なんでこうなったのかも。
「こんな状況でふざけたことしているからだ!」
「だからって、石を投げなくていいだろ。このクソじじぃが」
あばれ牛の如く体を揺らすエリスは、リーベの静止も効きそうにない。
早いとこ手をうたなければならない――が、額の痛みが増してきた。どうやら認識したことによって、痛みを思い出してしまったらしい。
「…………」
周りの視線が集まる。気づけば、逃げる村人たちはケンイチたちに対して非難の目を向けていた。胸の奥を突き刺すようなその尖った目線は、自分たちの行いのせいだと思い知らされる。
よく考えればわかる話。突如訪れた恐怖と不安の気持ちを押し殺して必死に逃げているさ中、部外者がふざけ倒し大笑いして居たら怒りに震えて仕方ないのだろう。それも、自分たちを守るという名目で来た冒険者なら尚更。
――なんで気付かなかったんだ。
早く気付いて注意しておけばこんなことならなかったのに。
「それは、たまたまだ。狙ってやったわけじゃねぇ。そもそも、お前らが遊ばなければよかった話だろ」
「んだと、ごらぁ!!」
エリスは、リーベを引きずりながら男に詰め寄る。
このままじゃ彼を殴ってしまいそうだ。そうなれば、どうなるか――冒険者としての地位は最悪となり、今後の支障が生まれる。
「エリス!!」
震える声で彼女の名を呼んだ。
エリスは、一度動きを止めた。しかし、それでも前に進もうとしている。
「オレはこいつを殴らなきゃ気が済まねぇんだ。黙って殴らせろ」
気持ちはわかる。でも、それは今じゃない――脳内で見つけた言葉を現実に返そうとケンイチは、口を動かす。
そんな中、男は鼻で笑い、ボソッと一言。
「女なのにオレって言うんだ」
その瞬間、無へと変わった。エリスの怒号も、リーベの静止の声も、ハンドックの謝罪の声も、全てが聴こえなければ、音もしなくなっていた。全てが白黒テレビのように見え、雑音混じりの声ばかり。
もし自分の中に1つあるとすれば――それは赤だ。溶岩のように赤くて熱い液体が腹の中でグツグツ音を立て、今すぐにでも飛び出そうとしていた。
「…………」
ケンイチは、わかっていた。ここで開放するメリットが無くて、デメリットしかないことを。しかし、それでもここで冷静を保てるほど、ケンイチは大人ではない。
全て無駄になってもいい。仲間を侮辱された怒りを向けなければ、自分がどうにかなってしまいそうだ。例えそれがこちら側に非があったとしても、相手にぶつけなければリーダーとしての資格も、威厳も持てる自信が無い。
「…………」
ケンイチは、男を睨みつけ、ありったけの気持ちをぶつけようと口を開いたそのとき、
「うちの者が失礼しました!!」
男に向かって頭を下げる金髪の男――それは、ソルだった。彼は班長として、1人の冒険者として、体を直角に体を折り、謝罪の言葉をひねり出す。
「皆さんのお気持ちを考慮せず、こいつらが軽はずみな言動をしたことを謝ります。本当に申し訳ありませんでした」
ソルの誠心誠意の謝罪が響いたのかわからない。けれど、男はため息を吐いて、
「しっかりしてくれよ。ほんと」
ブツブツと小言を言いながら、男はこの場を去った。
「…………」
ソルは彼が去ったのを確認し、顔を上げる。そこには、笑顔とは無縁の怒りに満ちた顔をしていた。
眉を寄せ、鼻に皺を作り、ズカズカと音を立てケンイチに近づいたその瞬間、
バチン!!
大きな音が電撃のように走ったのも束の間、今度はヒリヒリとした痛みが襲ってくる。
「このクソ野郎が。なんてことをしやがる。殺されてぇのか!」
エリスがソルに向かって汚い言葉を吐くが、彼は無視して、ケンイチに向かって喋りかける。
「リーダーなら、謝ることも大切なんだ。覚えておけ」
その一言を伝えた後、ソルは背中を向け歩いて行った。きっと自分の仕事に戻ったのだろう――その背中には、たくましさがあると共に長としての責任が乗っているように見えた。
――そうか、リーダーってそういうことなんだな。
己の愚かさと未熟な考えが嫌になる。いくら15歳以上が成人と言われていても、これじゃあ子供と変わらない。リーダーならば、リーダーらしくもっと強くある必要があった。あの世界とは違うんだ――この世界は別物だ、と言い聞かせる。
それはまるで自分を押し殺しているよう気がして、積雪の痛みがのしかかる。
これは戒め――成長途中である自分に対するけじめとして強く受け入れた。




