3-2.到着
ケンイチ一行は、カルラ村に向かって馬車で移動した。途中休憩や同行する冒険者との顔合わせ、ミーティングなどをし、1日かけてようやくグランドウォールへと足を踏み入れる。
ここから先は冷えると言うことでダウンジャケットのような防寒具を全身に包み込み、車内でも快適に過ごせるよう赤い鉱石――熱石を焚いた。しかし、それでも車内は暖かくはなっていない。それもそのはず、グランドウォールは1年中マイナス気温だ。春だろうが、夏だろうが、秋だろうが、関係ない。永遠に凍てつくような寒さで満たされていた。
だがそれも悪い事ではない。その寒さがあるからこそ、雪が降り、銀世界へと誘ってくれる。辺り一面の真っ白い空間は人々を幸せにしてくれて、カップルの聖地とかも言われている(めちゃくちゃ寒いけど)。
が、今回ケンイチが行くところは聖地とは程遠い場所だ。雪によって生まれた悪路で足を止めたり、馬車は滑らせ落ちていったりなど、不吉な事故が起きるたびに冒険者がその対応をし続けた結果、カルラ村につくまで5時間かかった。
そうした旅路に冒険者一同は移動だけでクタクタとなり、皆暗い顔をしていた。もちろんケンイチもそれに含まれており、外に飛び出すなり真っ先にしたのは、背筋を伸ばす事だった。長時間座り込み、小刻みに揺れる車内で酷く痛めてしまった。
「よく眠れた……」
ケンイチは、あくびをした。
「なんか、おじいちゃんみたいよ」
リーベが鼻で笑いながら言った。
彼女は、カヤコお手製の赤い防寒具に身を包んでいる。深くかぶられたフードと、かじかむ手をポケットに入れていた。口から吐く息は白く、鼻先が赤くなり、寒さに震えている。
ケンイチも同じく赤の防寒具に身を包み、フードを被っている――というか、ケンイチのパーティは全員同じ防寒具に身を包んでいた。誰一人として傘をささず、防寒具で耐えようとしていた。
「しゃーらっぷ!」
「?」
リーベはよくわかっていないようだが、なんとなく意図は察したらしい。アハハ、と笑っており、ついケンイチも笑ってしまう。
彼女のお陰で少し心が軽くなっていた。正直、行く道中に様々な事故が起きたおかげで、リーダーとしての責任を感じていた。
受けなければよかった――と思うほどに。
「ちゃっちゃと片付けて、酒飲もうぜ」
馬車から出て早々、エリスはケンイチの肩を組んで大笑いする。
「元気すぎだろ、お前」
「色々あったけど、オレ楽しかったから。来てよかったぁと思ってるぜ」
「景色も良かったものね」
「そうそう! 姫いいこと言うじゃん」
「その言い方やめてよ」
そう言っているが、前ほど気にしている様子はないリーベ。もしかしたら、諦めた可能性はあるのかもしれないが。とは言え、エリスはバカにするために言っているわけじゃないし、ケンイチも触れない事にした。
「で、ハンドックさんは……?」
彼は馬車から降りてこない。まさか何かあったのでは――ケンイチは馬車から降りるとき、彼の様子を確認していない事を思い出す。
急いで戻ろうとしたその時、肩を掴まれ引っ張られる。押す力と引く力がぶつかり、ケンイチの体は倒れた。頭から足先まで雪をかぶり、張り詰めた痛みが全身にくまなく走る。
「わりぃ。そんな強くしたつもりなかったんだけどな」
エリスが手を差し出し、ケンイチを起こす。立ち上がったことで服に乗っていた大量の雪は雪崩のように落ちて行ったが、少数は防寒具の中に入り込んでしまった。おかげで体はさらに冷やされるは、服が濡れるは、で散々な目に。どうにか対処したいが、この寒空の下で脱ぐのは自殺行為だろうし、仕方なくそのまま過ごすことにする。
明日、風邪ひかないといいんだが。
「ハンドックなら寝てるから問題ねぇよ」
エリスが馬車に向けて親指を向けた。
「しかもぐっすりとな……」
隣の席だからよく見ていたようだ。行く前に喧嘩していたが、なんだかんだ言っても2人は仲がいい――というか、大人というべきか。まぁなんにせよ、これなら安心で依頼をこなせられる。
「だから、まぁ起こさないでやってくれ。アイツ夜間で起きた問題を1人で解決していたんだからさ」
それは、知らなかった。ケンイチは「夜何もなくてよかったぁ」なんて気楽に言っていたが、実際はその間に色々なことが起きていた。きっと本来であればリーダーである自分が起きて対処しなければならない問題だってあっただろう。だが、ハンドックは気を遣いケンイチを含めた他の2人の睡眠を邪魔することなく、1人で解決していたのだった。
「冒険者のみなさーん。集合して下さーい!!」
遠くのほうで呼びかけがする。どうやらもう始まるようだ。冒険者たちが続々とカルラ村へと向けて歩みを進めていた。
「よし、行くか」
エリスが頷いた。
「でも、その前にハンドックさんを起こさないと」
そう言ってリーベが車内へと入って行った。本来は起こさないほうがいいかもしれないが、集合がかかってしまったし、仕方ないだろう。
「それにしても雪がすげぇな。オレ絶対無理だわ」
「あぁわかる。王都ルティーナが恋しいぜ」
今も振り続ける銀色の粒。それは風に揺られながらゆっくりと降下し、防寒具の隙間に入ってくる。冷たくてヒンヤリするが、感触はザラザラしていた。
「え?」
雪はザラザラなんてしないはずだ。それなのに今ケンイチの頬を撫で、服の中を滑っているこの粒は砂のような感触がしている。
――なぜだ。
ケンイチは、空へと目を向けた。そこは灰色の雲がいっぺんに広がっており、景色が何一つ変わっていない――はずだった。
「なんだあれは……」
ケンイチが指さした方向に、エリスが目を向ける。
灰色の空の中1つだけ不思議な何かがあった。それは黒い影だ。角が生え、大きな翼をばたつかせた4足の生物。下半部の細い紐は、尻尾なのだろうか。ニュルニュル動いていた。
「あれってまさか」
エリスは、一歩後方へと下がる。彼女は目を見開き、ビビっていた。その影に対して恐れを抱いている。
寒さによって、恐怖心によって、ガタガタ震わせた口から絞られた声で、たったひと言。
「ドラゴンだ」




