2-15.暗闇の孤独
「シールド!!」
ハンドックは盾を前に突き出して、四角い防御魔法を張った。ケンイチのシールドよりも数倍大きく、縦横3メートルぐらい。厚みは10センチほどあり、これならゴブリンの弓を簡単に防げるだろう。
「スモック!」
エリスの手から黒煙が舞い上がり、辺りを暗い世界に染める。太陽の日差しも貫くことができない暗黒の世界は、視界を妨げる事となった。全く見えない――モクモクと立ち上る煙の中で、ケンイチは目を開けているのか閉じているのか感覚がわからなくなっていた。
「敵は……15だ」
聞こえるエリスの声は、トンネルの中で喋っているように反響している。
「そうか――」
ユーリの声をエリスはさえぎった。
「いや、待て。20……25……28か」
反響したエリスの声に、ユーリが「そうか」と声を出す。
「これは、めんどくさいな。エリス、数を減らせ」
「おーけー」
途端に響き渡る甲高い声。これはゴブリンだろう――切られた魔物の叫び声と共に、地面に倒れる鈍い音が黒煙の向こう側で聞えた。
しかし、それでも限界はある。
「これ以上は無理だ」
「はぁ? なんでだよ」
ユーリが苛立ちを見せる。
「やつら背中を守るように円陣を組んじまった。それに……さっきから目があうぞ。まさか、暗闇に慣れてきたのかよ。早すぎだろ、もう少しゆっくりでいいのになぁ」
暗闇でも見えている。それじゃあ、エリスの不意打ちが通じなくなっていた。
ユーリは舌打ちをする。
「下手糞がよ。何体やった?」
「8体」
「あと20か」
「どうするか」と声を漏らし、考えているようだ。
「…………」
見られている――ケンイチは前方から注がれる視線を感じていた。視界が死んだ暗闇の世界だから感覚が研ぎ澄まされたからなのか、睨まれている視線にケンイチは唾を呑み込んだ。ヘビに睨まれるハムスターのように、恐怖心で身がすくみ、思考が遮られる。
すると、突然、誰かに襟首をつかまれる。
離せ、と言った感じで暴れ回るがその力は強く、逃げる事はできない。
「ケンイチ!」
後方でリーベの叫ぶ声が聞こえ、死にたくない一心で手を伸ばし、ぶつかった。
見ると、それは軽くウェーブのかかった赤髪の男性――ユーリだ。彼は無表情のままケンイチの襟首をつかび、笑顔を浮かべていた。
なぜこの顔が見えたのか、ケンイチにはわからない。光が無い世界で光が突如として生まれ、彼の顔を輝かせた――なんてことは、現実的に考えてありえない。
まぁ理由はどうだっていい。いま大事なのは、彼の表情がたまたま見えたことにある。
「…………ッ!」
声を出すこともできず、されるがままに、飛ばされるがままに、ケンイチの体は地面を転がる。回転がやみ、立ち上がって周りを確認した。
何一つ音は聞こえず、だれかがいる感覚もない。手を伸ばした先にあった木の幹に摑まりながら、ケンイチは立ち上がる。
ここがどこなのかわからないが、しかし、位置的にゴブリンの中なのはわかった。
「きぃー」
「きぃー」
「きぃー」
四方八方から聴こえる甲高い声がそう物語っている。
興奮のまま辺りを見回してしまったから、方向を失ってしまった。シールドの枚数は残り3枚。仕方ないけど、使うしかない。
恐怖と暗闇の中、無駄うちする。
「シールド」
2枚の防御魔法を展開し、自分を囲んだ。正直な話、この枚数ではあまりにも守りが薄いため木の幹に背中を預け後方は守った。
3枚全て使いたかったが、状況が状況だ――ケンイチは、出し惜しみをする。
「…………」
体を小さくし、シールドで身を守る。歯をガタガタ鳴らし、いつどこから来るのかわからない死に震えながらも暗闇の中で丸めた。
孤独はつらい。
しかも、自分が弱いのだから特にそうだ。
――リーベの元に戻りたい。
そう願うが、場所がわからないからそれはできない。
場所さえ分かればできるのに――まぁそれができるなら、こんなところで苦しまないだろうが。
「…………」
いつどこから来るのかわからない中、響くゴブリンの鳴き声。
あぁそうか俺は囮にされたんだな、とケンイチは本能で理解し、理性で納得する理由を導き出した。
――俺は弱い。あの3人の中で一番使い物にならない。
だから…………。
だから、囮にした。
ユーリの表情が思い浮かぶ。
あのときの彼は、笑っていた。満面の笑みとかではなく、生き残る打算があったからこそできたごく自然な普通の笑み――と言えるだろう。
ナイーブになっているからこそ多少脚色されているかもしれないが、絶対にあんな表情をしていた――という確固たる自信がある。
思い出すだけで胸が傷つき、自分は死ぬことでしか人に役立たないのか、と考えてしまう。けれど、それは絶対にないはず――そう信じたい。16年間という人生を意味があったと考えたかった。
しかし、世界は違う。
何かが横をかすめた。早すぎてわからなかったが、しかし、左手を滑る液体と熱にわかった。
刺されたのだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
暗闇の中で響き渡るケンイチの叫び声。ゴブリンの中に囲まれているのはわかっていたが、それでも痛みによる反射行動はあらがえなかった。
どうしようもない痛みに体を動かしそうになるのを必死に耐えて、刺された箇所を手探りで探す。どうやら、それは左腕の肩だ――そこに細い木の枝のようなものが刺さっている。
――シールドで守っているはず。なんでだ!?
ケンイチは、そう言って気付いた。ゴブリンはその隙間を狙ってきたのだと。
そりゃそうだ。大きなすきまがあるのだから。
――まずい、死ぬ!
リーベの位置は以前としてわからないから、向かうことはできない。彼女たちが来てくれるのであれば話は別だが。
痛みと絶望に襲われたケンイチに襲い掛かるのは、死への恐れと孤独の誘い。まさに彼の思考を壊すには、十分すぎる材料であった。
「…………」
悔しすぎて、涙が出る。
防御魔法で何かできると思っていたのに、何もできなかった――弱い。弱すぎる。
「……クッソー」
歯を噛みしめ、隙間から声を漏らした。
これが走馬灯と言うのだろうか。ケンイチは、気づけば過去の思い出に縋っていた。
自分はただ女子中学生を助けて、トラックに轢かれただけじゃないか。それなのに、こんな残酷な世界に飛ばされるなんて俺が一体何をしたって言うんだ。
逃げ出したくても、逃げることができない世界。
あっちでは、どんなことが起きているのか。両親はいま何をして過ごし、何を思っている。友達は?
教師は?
部活のみんなは?
過去にすがっていくうちに、一つの結論を無理やり導き出す。
「死んだら……戻れるのかな」
命を落として来たのだから、死ねば戻れるんじゃないか――あぁそうだ。絶対にそうだ。
暴論を無理やり正しい答えへと変化させる。
ケンイチは、気が動転していた。この暗闇の中で、囮にされ、痛みを飲んで、恐怖へと潰されている状況で判断が鈍ってしまっていた。
1人ではどうすることもできない。
孤独の中、ふと注がれる光。ケンイチは閉じていた瞼を開き、上を向いた。あぁきっと迎えが来たんだ、そう思った。しかし、それは違った。
「ケンイチ、大丈夫。アタシがいるから」
黒い煙は消え始め、空に浮かぶ太陽光がケンイチに降り注いでいる。そして、彼を守るように立つリーベ。
どうして彼女が――ケンイチは、わからなくなっていた。




