2-12.知識は知識でしかない
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「ケンイチ。少しの時間であったが、きみと歩めた道をアタシは光栄に思うよ」
そう言うと、紫髪の女性が動かなくなった。両膝をつき、頭から落ち、力を無くした肉塊はもう戻らない。
「ざ、ザベスさん!!」
そこでようやく、絶望を目の当たりにする。
「どうして、どうして……」
彼女の体を仰向けにする。胸に刺された2本の矢と横腹に刺さった3本の矢――この状態で生き残ることはできない。
呼吸も確認したが、そこに空気が漏れる音は無かった。
「……うそだ」
絶望の森の中でただ1人、生き残ってしまった。
なぜ彼女が助けたのか、ケンイチには想像できない。
彼女は★2冒険者。ケンイチよりも位は上で、経験も豊富なはずだ。生き残るのなら、自分を優先にすべきである。
にもかかわらず、彼女は助けた。その真意を知ることはもうできない。だけど、繋いでもらったこの命を無駄にしないこと、それがいま理解できる唯一の現状である。
だが、どうやってここを突破する――人間の体に360度の目はついていないから全てを見ることができない。だが、全てを見る必要はないはずだ。
咄嗟に自分の背中を木の幹にくっつける。一応、上方にも目を向け、ゴブリンの姿が無い事を目視で確認した。
シールドで守れるぐらいまで、自身の体を縮こませたる。
「シールド」
2枚の防御魔法を出現させ、CPUの敵みたいに、一定の速度で一定の距離まで動かした。
こんなので守れるとは思えないから、少し工夫して変な動きを交えてだが。
「………」
心配ではあるが、背中は守れているし、体も小さくしている。たぶん大丈夫なはずだ。
心配しつつ本を開き、ゴブリンのページに目を通す。交尾方法とか、歴史とか書いてあったが、ケンイチが読みたいのは、習性である。彼らがどういった行動をし、どういう正確が多いのか、それが知りたかった。
「………」
脳内に叩きこむだけだから、熟読なんてしていない。
「なるほど」
声を漏らした。
オスしか人を襲わない――それは、さっき読んだからわかっていたが、どうやらオスは怠けものらしい。自分の縄張りが荒らされたり、子供が殺されたりすれば復讐の行動をするが、それ以外は怠惰。何もしないし、基本的に遊んでばっかりで、もし相手が勝てると見込めば戦うことを放棄し、その場にいた一番弱いゴブリンに任せるとのこと。
また、人間を襲う理由はプレゼントの調達のほかに、遊びとしてもあるらしい。どうやら苦しみながら死んでいく人間の姿を見たいがために襲う――とのこと。
待て……。
ケンイチはその下に目を向ける。
弱いゴブリンに人を戦わせる理由――どうやらそれがゴブリンキングになるための条件のようだ。彼らは本能で、選別し、人間の前に出すようだ。ゴブリンキングになる条件は、以下の通り。
1.オスゴブリンであること。
2.下から数えたほうがいいほど、貧弱であること。(貧弱であればあるほどなお良し)
3.しかし健康であること(怪我や病気をしたとしても、だれも看病してくれることなく、そのまま死んでしまうから)
4.メスからモテないこと。(家族を持ってしまうと、そこでゴブリンは終わるらしい)
5.人間と戦い沢山の経験値を集めること(これは魔力の吸収に近い)
「ほーん。なるほどなぁ」
ってこの情報で生き残れねぇよ――なんて考えていた矢先、緑の魔物が顔を出す。
見ると、それはゴブリンだ。肩を震わせ、鼻水を垂らし、いかにも弱弱しい全裸のゴブリンが震える手でナイフを構えた。
彼の後ろにあざ笑うかのように、指をさしている。
「俺を殺して、ゴブリンキングになるってことだな。そうはさせねぇよ」
ケンイチも立ち上がり、ショートソードを構えた。
「きゅ、きゅうーーーー!」
甲高い声を発し、間髪入れず突っ込んでくる。
ゴブリンの振り方は荒く、大雑把。上ばかりナイフの攻撃が集中しており、下ががら空きとなっている。
教習の間に剣の振るい方を教えてもらったから、ケンイチは知っていた。これの弱点は——
「下からの切り上げ」
ナイフでショートソードを弾いた勢いのまま、左斜めに剣を振る。
竹のように切られた体はパックリと割れた傷が浮かび上がり、血が噴き出した。
「ぎゃーーーー!」
痙攣し、悲鳴をあげながらゴブリンは倒れる。
撃退した――かに思えたが、しかし、顔をかすめる矢は木の幹に刺さった。
見ると、前方の3体のゴブリンが弓を構えていた。その中に河川敷に居たあのゴブリンの姿まで。
情報を仕入れたとして、強くなるわけでもなければ、打開策が閃くわけでもない。知識は知識であるため、活かせる状況で泣ければ本領を発揮しないのだ。
まずいぞ、これ――それから数も増えていた。ケンイチはショートソードを鞘に抑え、背中を向ける。
どこにいるのかわからない。しかし、このままとどまっていたら死んでしまう。
いま死ぬか。後で死ぬか――どうせ死ぬのなら、もう少し長生きしたい。
「………!」
硬直していた体に鞭打って走るケンイチ。彼の背には、先ほどのシールドを張っているので矢による攻撃は防げるだろう。ただ余裕はない。
対して、ゴブリンは攻撃する側で限りはあるが、余裕はある。涎を垂らし、森の中を駆けるその様は、まるで狩人。ゴブリンは、弓を手にケンイチを追いかけていた。
「捕まったら死ぬぞ」
ケンイチは村の方向に逃げる事を考えた。だけど、
「そういうわけにはいかねぇよな」
あの村に居る住民たちにこれ以上の地獄を味わってほしくない。自分が死んで終わるのであればそれでいいのだが、村に逃げてしまえばそうはならないだろう。ユーリ一行とリーベがいるから守れるだろうけど、全てではない。必ず守れるわけではないことを、あの村の状況を見て感じた。
だから、村からなるべく離れた位置へと走る。とにかく、全速力で足を動かす。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
肺がズキズキ痛み、口の中に鉄の味が広がる。足がふらつき、倒れそうになるが、木の幹を支えにし自身の体を正常に戻した。
それでも――限界がくる。
「うわぁ」
自身の足がもつれ、倒れてしまった。地面を転がり、足をすりむきながら、大木に全身をぶつけた。
背中の痛みも入り、苦しむ。それでも、どうなっているのか――状況を確認するため、目を開いた。
「………」
言葉が出ない。ゴブリンは、いたぶるように気持ち悪い目を向けている。
すぐに殺してくれるとは思えない――きっと、苦しんで殺してくるのだろう。
恐怖からか、目じりに涙をためたまさにそのとき
「ファイアー・ショット!」
空から降ってくる火の玉は、数体のゴブリンを焼いた。
影がかかり、上を向く。太陽を反射しているのか、眩しい光がケンイチの目を傷めて、ついつぶってしまった。
「ごめんなさい。遅くなったわ」
その声が聞こえたタイミングで、目を開く。
肩まで伸びた金色の髪。赤い線が入った白の服。右手には、白の輝きをだしたレイピア。
「リーベ!」
安堵からか、ケンイチは泣いていた。
「そんな泣かないでよ」
そう言って、彼女は笑う。




