2-10.行動の選択を決めるには
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「大変だ、ゴブリンが出た!」
村の若い人に声をかけられたケンイチとリーベは、さっそく村へと戻った。
ショートソードを腰に添え、深く息を吸って吐いた。
「リーベはここに居てくれ」
彼の言葉に「でも」と言ったが、リーベは口を閉ざした。彼女は、自分が戦えないのを知っている。わかっていたから、ケンイチを止めるなんて行動ができなかった。
「大丈夫、俺は戻ってくるから」
そう言って、ケンイチはゾベルのパーティに加わって、午前中の間に村を出発した。
◆◇◆◇◆◇
「お嬢ちゃん。昼食にしようか」
サブの孫――シユが木でできたバスケットを抱えて持って来たのを見て、老婆はそう言った。
畑がよく見える場所で、シートを敷き、リーベたちは座る。
「今日は、サンドウィッチだよ」
サブはそう言いながら、バスケットの蓋を開けた。
中には昨日収穫したララッポのサンドウィッチのほかに、卵、ハム、レタス、と様々な種類の具材を食パンが挟んだ簡易的な料理たち。
リーベはその中からララッポのサンドウィッチを取り、一口かじった。
「おいしい」
心の底から漏れるその言葉に、サブは安心したのか食べ始める。
「たっくさんあるから、腹いっぱい食べるんだよ」
その言葉に頷き、2人の少女はバクバクと食べ始める。1人は何も気にすることなく貪り、もう1人はおしとやかに迷いの目をしていた。
無心で食べる――それがリーベにはできなかった。今頃、彼らも昼食を取っているはずだが、それは魔物がはびこる魔境の中で。
心配である。本来であれば、自分も同行するべきだが、剣は握れない。
怖い。
魔物と戦うことが怖くてたまらない。
どうしてこんなに憶病なのか、と自分を責めてしまう。誰よりも勇敢なケンイチに頼る自分が惨めでたまらない。
「………」
気がつけば、ハムのサンドウィッチを握りしめていた。黙ってモクモクと食べる自分に嫌な顔一つせず、サブも食べている。
甘えてしまっている――迷いが断ち切れなかった。
ちょんちょん、と右の服が引っ張られる。見ると、それはシユだ。
彼女は、手に紫の実――ブドウを持っており、それを渡そうとしていたのだった。
「ありがとう」
お礼を言って、そのブドウを食べる。甘酸っぱく、美味しい。迷いは消えなかったけど、不安は消滅しなかったけど、気持ちが落ち着いてきた。
いつしか、サンドウィッチを入れたバケットは空になり、腹がパンパンになる。
食べ過ぎで動けないと思うほどに、満たされていた。
「…………」
風が横を通り過ぎる。
ケンイチもこの風を感じているのだろうか、なんて呑気に考えてみた。そうすれば救われるかと思ったから。
「…………」
だが、消えない。秘めてるざわめきは、嵐のように轟々と音を立て、耳元まで迫っていた。
居ても立っても居られない――だけど……なんて思考の迷路に迷い込んでしまった。
「何か、悩んでいるようだね」
湯気が立つお茶を一口すすったサブが、リーベにそう喋りかける。
「それは、ぼうやのことかい?」
頷くことも、否定することもできない。
あぁこんなときまで甘えようとするなんて――自分が嫌になってくる。
サブは察したのか、一度目を閉じた。
「悩むのは、いいことだ。若いってことだからねぇ」
サブの首が上に動く。そこには、雲一つない最高の青空が広がっている。
「わが悩むのは、この畑とシユの将来ぐらいさ」
しゃがれた声で笑う老婆。
シユは、シートの上で赤い鉛筆を走らせ何か絵を描いていた。
「昨日話した通り、この子には両親が居ない」
「………」
シユの両親は、3年前ゴブリンによって殺された。それも自分の目の前で、無惨にも、残酷にも殺され、以来言葉が喋れなくなっている。
ワイバーンの襲撃のときに居たあの女性は、シユの遠い親戚で、名前はスア。彼女は東の都――サンティーナに住んでおり、買い物がてら王都ルティーナに2人で行ったら巻き込まれたのである。
「本来であれば、あの日がラロット村に居る最後の一日になるはずだったんだけど……あの惨状のあとだと少女と暮らすことが困難だろうってことで、この村に留めることになってしまった」
淡々と語っているが、サブは危機感を持っていたようだ。
一度呼吸し、気持ちを落ち着かせている。
「最近、ネーヴェックの影響で魔物の動きが活発になっただろ。それによって、ゴブリンの気性が荒くて心配でたまらんのさ」
「だから、冒険者を護衛に」
「そう。協会に頼んだら快く承諾してくれてね。遠征してくれたのは良いんだけど、彼らにも生活はあるしいつまでも続かないだろ。その間にどうにかしてこの村を安全にできればいいんだけどねぇ」
サブは一口お茶をすすり、「さて」と言葉を漏らす。
「老いぼれの話はここまでにしよう。お嬢ちゃん――いや、リーベさん」
名前を言われドキッとする。
「はい」とだけ返事をし、皺だらけの顔に目が釘付けとなった。
「あんたは、どうしたいんだい」
「んー」
どう……したいんだろう。
ケンイチが心配でたまらない。でも、魔物と戦うのは怖い。
ゴブリンに馬乗りされたときの記憶も相まって、恐怖に身がすくむ。
「これは老人からのアドバイスだけど、考えて時間を失う分には構わない。じっくりと考えたほうが見えてくるものもあるからね。ただ選択で悩むのは、時間を無駄にするのさ」
サブは大きな背伸びをする。
「するかしないか、どっちを選ぶかはリーベさん次第さ。わは、この子と一緒に彼らが帰ってくるのを待っているよ。それが待つ人の使命だもの」
シユの頭を撫で、その絵を「綺麗な花だね」と褒めていた。
「………」
選択……か。
リーベは、自分に置きかえて考えてみる。時間的には1分も満たないが、様々な思考を巡らせ、色々な状況をシュミレーションしてみる。
彼が無事ならそれでいい――しかし、無事じゃなかったら。リーベはそれを考えるだけでゾッとした。
怖くて、そのシュミレーションを放棄しそうになるが、逃げてはダメだ、とそれを受け止める。
「………」
河川敷に居たゴブリンの数は3匹。そのうちの2匹は討伐したが、もう1匹は逃してしまった。
逃げたゴブリンはどうなるのか――彼らは集団生活をするから、きっと根に持っているはずだ。大群による復讐の可能性が考えられる。
「アタシ……」
リーベは立ち上がった。
このまま畑仕事を淡々とこなすのもいい――きっとケンイチ的にも速く終わったほうが喜ぶはずだから。だけど、今はそんなことどうだっていいじゃないか。ケンイチが無事ならそれでいい――魔物と戦えない自分を受け入れてくれた彼が、生還してくれるなら、もし助かっているのなら――それでいい。
いや、まて。そもそも、考えてみれば★2冒険者であるザベスと共にこの村を後にした。つまり、自分が行かなくても大丈夫じゃないか、と考え、畑に目を向けた。
きっと大丈夫――それは自分を落ち着かせるために、目の前の現実と向き合い始めたまさにそのとき、
「村長。こんなものが……」
それは誰のかわからないが、見覚えがあった。
ザベスのパーティメンバーが着ている黒いマント。そこに血がかかっており、よく見ると矢に貫かれたからなのか、穴が空いていた。
「………」
血の気が引く。それを見ているだけで気絶してしまいそうで、視界がチカチカする。
「ケン……イチ」
彼の身に何かあったのか。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ――死んでほしくない。溢れそうになる涙を堪え、恐怖に支配されていた体が、焦りへと変わる。
「サブさん……アタシ」
「行っておいで」
老婆は強い口調で言った。
「助けられるかもしれないんだ。迷っている暇はないよ」
それが引き金となり、リーベは瞬時に走った。
そのとき考えていたことは、彼が夜な夜な泣いていたことだ。どうして彼が泣いているのか、リーベは知らなかった。自分を含め、人と会うときはニコニコで悲しい表情を見せていないのに、何故か彼は夜になると決まって泣く。それは2週間続いて、あとは定期的にバラバラであったが、泣いていた。
「…………」
いつも強がっているケンイチが、泣いているのだ――今も泣いてるかもしれないし、もし泣いていたとしてその涙を拭けるのは誰か。
仲間であるアタシだ。
自分たちが寝泊まりしている家の扉を開け、階段をのぼり、右に曲がる。壁にたてかけられたレイピアを握ったらすぐに窓を開け、飛び降りた。
着地した瞬間、前転する。突然金髪の少女が飛び降りてきたから、村人が駆け寄ってきた。
「大丈夫か」
その言葉を無視し、ケンイチが出て行った道へと目線を合わせる。
体を起こし、レイピアを腰のベルトに巻き付け、その方向へと走った。
こんなところで死んでほしくない——。




